ファントム オブ ラース【小説版】

Life up+α

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第二部【1章】望まぬ再生

05.悪夢

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男の腕輪にあったスイッチを押すと、本当に俺に譲渡する気だったのかパスワードやロックなど、何一つかかっていなかった。
ホログラムを操作し、テレポート先を選択する画面へと移る。どうやら、この腕輪を装着した上で転送先が稼働しているというのがテレポートの条件のようだ。
腕に装着するにはいささかサイズが小さすぎる…と思っていたが、テレポートにA区画を指定すると使用者名を選択する画面が表示された。
上にあるのは男の名前なのか、ハーロルトとある。その下には驚いたことにハルミンツと俺の名前が表示されていた。
「おい。これはどういうことだ」
俺は画面が表示されたままのそれをハーロルトに突きつける。やっぱり罠か?
それに対してハーロルトは口の片方だけを少し吊り上げ、おどけたように肩をすくめた。
「別に。お前がどん底に落ちるよう、ちょっと細工しただけだ。所有権を譲渡できるようになってる。まあ…お前のデータがここにあるのを他の人間は知らんが」
奴の口ぶりだけ聞きゃ罠ですと言ってるようなもんだが…それにしては意図のわからない情報が混ざってる。あえて意図をわかりづらくして俺を混乱させるのが目的なのかもしれないが。
俺の名前を選択すると、不意に腕輪の縁が回転し、直径を広げた状態で腕を入れられるように口を開けた。
「生体反応の確認が取れません。装着して下さい」
画面上にエラーメッセージが表示される。どう考えても怪しいが、これ以外にキティの元へ至る情報がない。そもそも俺の生体反応ということは、本当にあらかじめ俺の情報を入れておかないと無理のある話だ。
腕を通すと、腕輪が開けていた口を閉じる。手首にフィットするように自動で縮小されたそれは、俺の生体反応を読み込んでいるらしく、画面にローディングと表示された。
「認証完了。所有権を譲渡します」
同時に画面にハーロルトと俺の写真が表示される。どちらも看守服を着ており、古い写真であることが伺えた。ハーロルトから俺の写真へと矢印が表示され、確認ボタンが提示される。恐らく、権利が譲渡されたことの認証だろう。
確認を指先で叩くと、ホログラムが上空に舞うように消える。同じように俺の足元がホログラム状になり、共に宙へと吸い込まれる。何度か人間たちがテレポートしているのを見たことはあるが、自分が使うのは初めてだ。
そもそも、腕輪の使用は人間どもの特権だ。俺のような怪物に譲渡することなど想定されていないはずだ。なのに、こうもすんなりと所有権が俺に譲渡できるのは、ハーロルトが予めそれを想定して組み込んだからだろう。
「次はちゃんと全部壊しにこいよ」
消えていく景色の中で男が静かに言う。その声はどこか祈るようにも聞こえた。
目の前の暗がりの森が消え、次に目を開くと、そこは狭ぜまとした部屋の中だった。いや、狭いのではなく、俺がデカいのかもしれない。
怪物を入ることを想定されていないのか、天井すれすれに頭の位置がくる。所狭しと並べられた機器と、モニター画面。壁は廊下側に窓が並んでおり、人気がないことが一目で分かった。
やけに静かだ。部屋にある沢山のモニターにはそれぞれ、別々の監視カメラ映像らしきものが表示されている。
その画面を見て、俺は思わず目を開く。うちの一つにキティがいた。椅子に座らされ、布を噛まされた状態で縛られている。あんな小さな生き物には過剰とまで言える太い鎖のついた手枷を身につけている彼女は、目を閉じたまま動かない。
「キティ…!」
「生きてんのか?」
「殺す!殺す!」
モニターの中にいるキティに、体中の口が一斉に騒ぎ出した。
「うるせえな!騒いでんじゃねえぞ!」
そう怒鳴ったところで誰一人として口を減らす奴はいない。それだけ自分が冷静さを欠いているのだと指摘されているようで腹が立つ。
騒ぐ口共を無視して監視カメラの端に表示された番号を確認し、腕輪から現在地の情報を引き出す。ご丁寧にこのビルの見取り図から、彼女の部屋の位置まで全てが揃っていた。
こんなにお膳立てされていて、俺が来ることを想定されての異常な人気のなさ。どう考えてもおかしかった。まるで全員、俺に会わないよう避難が済んでいるような。それでも、キティがいるなら放ってはおけないし、邪魔するやつがいねえのは不気味だが都合がいい。
小さな戸を潜り、走って彼女がいる部屋へと向かう。施設内はどこも電気が消えていて、フットライトだけが点灯していた。稼働している機械が森にいる虫のように静かに鳴り続ける音だけがする。
エレベーターを使って彼女がいる最上階へと登ると、廊下は同じように明かりがない。道をつくるフットライトを頼りに廊下を歩く。持ってきた懐中電灯で部屋の名前を一つ一つ確認する。
キティがいる部屋は待機所という名称だった。その名前が書かれた扉を見つけ、扉に手を掛けるが開かない。よく見ると傍には腕輪をかざす認証装置がある。
俺は人間じゃないが、開くのか?そう疑問に思いつつ、腕輪をかざすとロックが解除され、自動で扉が開いた。
部屋は廊下に同じく薄暗い。傍に設置されたモニターの明かりだけが部屋を照らしていた。
辺りを警戒するがやはり人の気配は無い。ゆっくりと中へ踏み込むと、中央の椅子に縛られていた人影が閉じていた目を開く。
見慣れた大きな水色の瞳とオレンジの髪の毛。大きめのフリルがあしらわれた薄い藍色をしたロングワンピースに、ガーデニング用のエプロンを付けた彼女はどう見てもキティだ。ガーデニングの途中で攫われたという憶測が、服装を見て確信に変わる。
「キティ!」
俺が叫ぶように呼ぶと、キティは困惑…いやどこか怯えた顔で俺を見た。
目が合った彼女は大きな目をますます見開いて首を激しく横に振る。攫われたことが余程怖かったのかパニックを起こしたように顔を真っ青にして、ボロボロと大粒の涙を零す彼女の喉笛が恐怖でかヒュッと音を立てた。
「騒ぐな、今…」
そう駆け寄ると、キティが布を噛まされたまま甲高い悲鳴を上げる。今までに聞いたことがないような金切り声。
一年前に俺と離れ離れになることを泣いて嫌がったキティは俺の姿を一目見て安心したように笑ってた。まだ人間に腕掴まれてたってのに。建物だって崩壊して死ぬかもしれなかったのに。
「なあ…コイツ…」
頬の口が何か言いたそうに歯切れの悪い言葉を漏らした。
「…うるせえ、聞いてねえんだよ」
俺はそいつに言い返しながら、噛まされた布を口から取ってやろうと手を伸ばす。
すると彼女はバタバタと一層暴れて椅子ごと床に倒れた。
「たすけてえ!」
倒れた拍子に彼女の口から布が外れる。椅子に括られたまま、彼女は大声で叫ぶと必死に俺から距離を取ろうと地面を這う。
「ごめんなさい!許してください…!お願いだからもう近付かないで…!」
聞きなれた声だ。なのにひとつも聞き覚えのない言葉だ。
「あなたの恋人のフリなんて、やっぱり出来ない!私、もうあなたのお嫁さんじゃないの…!」
カタカタと歯を鳴らすほどに声を震わせて彼女が言う。
キンキンとした金切り声はあまり耳障りのいいものではないが、それでも体中で勝手に喋る口共に比べりゃ静かなもんだ。だというのに、その言葉は俺にとって銃声のように感じる。
撃たれてもない心臓が無駄に熱くなって、逆流してくる胃液は喉からせり上がる血のように思えた。
彼女を拘束する手枷についた鎖がジャラジャラと重たい音を立てて地面を這う。この鎖は華奢な女一人を拘束するには過剰だ。だが、俺が彼女を連れて行かせないようにするには持ってこいの代物だろう。
「ごめんなさい…ごめんなさい…。あなたのお嫁さん、奪ってごめんなさい。でも、そうしないと身体も正しい感情も手に入らない」
俺の顔を見ないように、床を見つめたまま知らない女が言った。キティと同じ顔で、同じ声で喋る、知らない誰か。
「…キティ」
「違います」
消えそうな声で、泣きながら彼女が言葉を絞り出す。
「彼女はもう…数時間前に私の記憶で上書きされて、いなくなりました…」
先ほど森で話した男の話が頭の中で再生される。もう会ったって絶望を深めるだけだ、全部やり直しになると。
そのやり直しが一体どういうことなのか、俺にはまだよく分からなかったが、前者についてはよく分かった。
今日の朝まで俺の顔を見て笑ってくれていた彼女が、顔を見ただけで怯えて泣き出す。近寄るなと震える。大事にしてきたものをただ取り上げられるよりも、見た目が変わらない分だけタチが悪い。この女がいるからキティが消えたのだと…そう思うと今すぐコイツを殺してやりたかった。
こんな小さくて弱い生き物は、首の骨をへし折ればすぐに殺せる。クソをするより簡単なことだ。なのに伸ばした手は人間の首を掴むことが出来ない。
いつもなら、キティが膝を擦りむいたとかで泣きそうになっても、俺が駆け寄れば笑顔になった。そばに居るだけでいつも笑ってくれた。適当に頭撫でりゃあいつはいつも機嫌がよかった。なのに、今は伸ばした俺の手に彼女はさらに怯えて悲鳴を上げるのだ。
伸ばした手をどこにも置けずに引っ込める。行き場のない怒りと虚しさだけがあった。
「…なんでお前はここに拘束されてんだ」
「…時間稼ぎ、です」
こちらを見ずに、背中を向けたまま女が声を震わす。
「ちゃんと記憶が移行出来るか確認できたので、あとは処理が終わるのを待つだけ…あなたが暴れないように、本当は私が…この子のフリをしなきゃいけなかったのに…」
そこまで言うと、彼女は小さく息を呑んだ。
「大きなその一つ目が怖くて、あなたの顔が見られない」
薄暗かった部屋の窓。遠くで何かが強い光を発したのが見えた。その光はまるで核爆弾のように凄まじい速度で広がり、暗かったこの部屋すら白く染めていく。
なんだかもう全てどうでも良かった。世界がどうなるとか、人間が何かやるとか、これ以上は俺には関係ない。
俺はキティの傍にいれりゃそれでよかった。施設での暮らし方を変えたのも、施設を壊したのも、人間の姿でいるのを選んだのも、ただ彼女の隣りにいるのに都合がいいから選んだだけだ。彼女がいないなら、もう俺に目的はない。
視界が白く溶けていく。ここで感じた全ても、今までのことも全て消し去っていくようだった。
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