ファントム オブ ラース【小説版】

Life up+α

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第二部【5章】想定していない成功

20.収穫

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酷い頭の痛みで俺はぼんやりと目を開いた。久しぶりに寝倒してしまった気がする。勉強など慣れないことをしてるからだろうか。
昨日は何をしていたんだったか…思い出そうとしていると、不意に腕の中におさまる柔らかい感触に指先が引きつった。
目の前に薄いオレンジ色をした髪の毛がある。ネズミのような耳を寝息と共に小さく揺らしながら寝ているその姿は、少し前までは毎日のように見た光景だ。
キティが腕の中にいる。薄手のパジャマを着て、なんだか幸せそうな顔で俺の胸に顔を埋めるようにして眠っていた。
おい、なんだよこれ。ちょっと待てよ。一気に覚醒する脳みそと同時に冷や汗が出るのが分かる。
周囲を見回すと、可愛らしい家具とぬいぐるみや花で飾られた見慣れない部屋だ。どう考えても俺の部屋ではない。そう考えると、ここはキティの部屋と考えるのが妥当だ。
身体を少し起こすと、自分の服だけ上半身がない。上裸で寝ていた。どんどんと加速する嫌な予感に俺は再び枕に頭を埋めた。
そういえば、昨日はキティとバーに飲みに行ったんだ。会話を避けようとして酒の追加を頼んでいたら、眠くなってきて…あの後どうなった?嘘だろ、何も覚えてない。しっかり俺が潰れてんじゃねーか。馬鹿か。
何もなかったよな?何もしてないよな?いや、この状態ではそうとも言い切れない。毛布をめくると、ズボンはスラックスのままだ。全く脱いでいない可能性と共に、ズボンだけそのままも逆にあり得そうで嫌だ。
かくなる上はゴミ箱を確認するしかない…ゴミ箱はどこだ。一緒に暮らしていた時なら何も焦らなかっただろうが、今はその過ちは本当にやめてくれ。どんな顔して接すればいいんだよ。
ゴミ箱を探そうと再び身体をゆっくりと起こすと、身体がデカすぎてベッドが必要以上に沈む。大きく傾いたベッドにキティの身体が一緒に転がり、彼女が小さく欠伸をする。
「んん~…ハルくん?」
頼む起きるな。いい子にねんねしててくれ。
そう思った俺の気持ちなどつゆ知らず、彼女の瞼がゆっくりと持ち上がり俺の姿を目視すると、大きな瞳を瞬かせてにっこりと笑う。大きく伸びをすると、俺のすぐ傍にちょこんと座りなおした。
「ハルくん、おはよー!昨日はよく眠れた?朝ご飯用意しよっか?」
「あ…おう…」
これはどう反応するのが正解だ?万が一、手を出していたら冷たくあしらうのはナシ一択だ。さすがに好きな女に対してそこまでクズにはなれない。
今の段階ではキティとの接触を避けているが、俺は諦めたわけではないのだ。いつか自分のものにするつもりで動いている。あまりにクズになりすぎたら、修復が望めない。
目線をどこにやったらいいか分からずに、とりあえず俺は目線だけそっぽを向ける。その様子をキティは特に疑問に思っていないようで、目を線にして笑った。
「じゃあ、ゴミ捨てしたらご飯用意するね!待ってて!ハルくん、この後お仕事だよね?寝てていいからね!」
「…え?ゴミ捨て?」
「今日はゴミの日!」
彼女はそう言いながらベッドから立ち上がると、俺がいる方と反対側のベッド脇にあったであろう小さなプラスチックのゴミ箱を持ち上げる。
もし証拠品があるならあの中だ。どうする?引き留めるべきか?でもなんて理由つけたらいいんだ。
俺が捨てる、なんて普段の俺ならぜってー言わない。ここで急にそんなこと言い出すなんてどう考えても不自然すぎだ。
寝起きで鈍い思考をフル回転させて考えてる間にも、唯一ここで起きた真実が確認できる物品は黒い袋につめられていく。それを持ち上げて、彼女は軽い足取りで外へと持って行った。
「まっ…」
「ん?ハルくんどうしたの?」
思わずベッドから立ち上がかけたが、俺は半裸だしキティはそんな俺を不思議そうに見つめている。なんだかいたたまれない気持ちになって、俺はそのままゆっくりベッドに腰を下ろした。
「…いや…なんでもねえ」
結局、真偽は不明のまま、俺はベッド脇に腰を降ろしたまま溜息を吐く。ここ数日、もう失敗だらけで目もあてられない。ていうか、俺の服どこいったんだよ。
「ハルくん、寝ないの?じゃあ、お洋服出すね!」
ぼんやりとする俺に、ゴミ捨てから部屋に戻って来たキティがテキパキと脱衣所からワイシャツとジャケットを持ってくる。洗い立てほやほやなのか、それらはまだシワが残っている。
「俺の…服…?」
「昨日、汚しちゃったから洗ったよ!アイロンかけないと恰好悪いよね…どうしよう、ハルくんが大丈夫ならご飯作ってからアイロンかけるけど、どうする?寒い?」
汚しちゃったってなんだよ。何があったんだよ。キティの口から出て来る単語一つ一つに眩暈がする。かと言って、素直に覚えていないなどと言えるわけもない。
「いや、もうそのまんまでいい。いつもアイロンかけねーし」
このよく分からない関係性のまま、上裸でいる方が気まずい。キティが持つシャツとジャケットを受け取ると、そのまますぐにシャツの袖に腕を通した。
よく見ると、ダイニングテーブルとセットの椅子に俺のベルトが引っかかっている。もう深いことを考えるのをやめて、シャツを着てからベルトを絞め、椅子に座る。
「ハルくん、コーヒーと紅茶どっちが好き?」
「…コーヒー」
せわしなく家事に走り回るキティを見ていると、少し前に戻ったようだった。何も問題がないなら、よくある朝の光景だ。リセットされても、キティが家事に関しては完璧なのは変わらないようだった。
外を見ると、朝日がようやく顔を出した頃だ。ユニコーン型の時計が指す時刻は早朝4時半。まだ薄暗いのに、キッチンから聞こえてくる料理の音だけで、自室で迎える朝より随分と気分が明るくなってしまう自分がいた。
パンが焼ける匂いとコーヒーの香りが鼻をくすぐる。キティはコーヒーを飲まないくせに、どうしてコーヒーなど用意しているんだろうか。エドヴィンが来訪した時用だろうか。だとしたら、なんか腹立つな。
待っている間、ホログラムを開いて部屋でいつも読んでいるプログラムの専門書を開き、目を通す。
ハッキングなんてどこまで勉強すれば出来るようになるんだろうか。たまに看守の中でもこっそり人間用のエロ動画をハッキングして手に入れたとかいう馬鹿みたいな話を聞くから、恐らくグレーゾーンはあるのだろう。そんな知識あるなら、別のところで活かせよと言いたいところだが。
「おまたせー!」
30分ほど経つと、キティが上機嫌に何やら手の込んだ料理を持ってくる。イングリッシュマフィンの上に、ハムやベーコン、半熟のポーチドエッグが乗っていて、その上から何かのソースをかけた物だ。今のキティは俺の好みなど知らないから当たり前だが、随分と上品な料理を作るもんだ。
「ハルくん、何読んでるの?」
「あー?別に何読んでてもいいだろ」
「見たい見たい!」
ダイニングテーブルに料理を置いて、キティが目を輝かせながら俺の背後に回り込む。エドヴィンに見つかったら面倒だが、相手はキティだ。そのままでもいいかと放っておくと、彼女は俺が見ている資料に目を通して口を半開きにした。
「すごーい!暗号が一杯だ!」
「ただのプログラム言語だ。そんな珍しくもないだろ」
「ハルくんも出来るんだねー!かっこいい!」
「も?」
キティの放った接続詞を思わず復唱する。俺も、ということはキティの知り合いにプログラム知識に長けている奴がいるということになる。誰かと俺が聞くまでもなく、彼女は笑顔で手を合わせた。
「前に男の子たちがすごい動画を手に入れたーってワイワイしてたの!そういうの凄く出来る人じゃないと難しいことなんでしょう?その時に凄く褒められてた看守さん…誰だったっけ。顔に沢山、鱗がついた人!ヌッ…ヌッなんとかさん!」
そこまで言われて、俺は思わずキティと同じように口を半開きにする。驚きとか、感動とかじゃなくて、呆れから開いた口が塞がらない。
エロ動画をハッキングしてまで持ってきたアホって、俺に会うたびに嫌味を言ってくるあのヌッラか。アイツほんとどこまでも間抜けだな。
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