ファントム オブ ラース【小説版】

Life up+α

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第二部【8章】閉ざされた世界の革新

29.提案

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俺がキティを受け持つようになった次の日、仕事帰りに顔を出すと、部屋の奥から白いシーツを頭からすっぽりかぶった彼女が顔を出す。シーツの下から伸びる両手には、俺が好きなチョコチップクッキーが山ほど乗った皿がある。
「ハルくん、お疲れさまー!今日は前に食べて貰いたかったクッキー作ってたの!」
「いや、そのシーツなんだよ」
シーツには目元に穴が開いており、恐らくキティはそこから俺を目視しているのだろうが、俺から見ればシーツオバケだ。ハロウィンの仮装を真似してるわけじゃなかろう。
キティはクッキーの乗った皿をダイニングテーブルに置くと、もじもじとシーツの下で手をいじる。
「だって…まだ顔が元に戻ってなくて…ブスなんだもん…」
そう言う彼女の足元を見ると、ふくらはぎのあたりまでは肌にハリが戻っている。俺が関わればすぐに人間になるとは思っていたが、顔以外はもう元に戻りつつあるのかもしれない。
「変わんねーって」
「複雑ぅ!!」
暗に外見を気にしないことを伝えるが、キティは笑うだけでシーツを脱ごうとはしなかった。
あまり長い時間を過ごしては、エドヴィンがここまでキティを人間から引き離したのも無駄になるので、晩飯だけ食べて帰る。久しぶりのキティのクッキーは相変わらず美味かったし、苦労して得た距離感のおかげでキティとの会話はスムーズで、リセット前の特別房の期間を彷彿とさせる空間がそこにはあった。
「今度はハンバーガーのお勉強して待ってるね!」
俺を玄関まで見送りに来たキティがシーツを被ったまた元気よく手を振った。
外見は気にしないし、ここにいる時間は居心地がいいが…そのシーツだけは気になる。
「お前、それなんとかしろよ」
「ええー、この頭が入るようなサイズのフードとか持ってないんだもん…」
「そんな気になるかよ」
本人がそんなに嫌なら無理強いする気もないが、その状態では何事も行動しずらいだろう。俺は腕を組んで、キティを見下ろす。
「…わかった、サイズが合うならいいんだな」
「え?」
俺の発案にキティが間抜けな声を出す。彼女をそのまま置いて、俺は一度自分の部屋に帰ることにした。
自室に帰り、クローゼットを漁る。私服など看守になってからあまり着る機会がなかったが、フード付きの服くらい俺もいくつか持っているだろう。
自分が持っているフードの中でも、服とフードが一体型の一番大きなパーカーを選ぶ。それ以外にも一応、シッパーのないものや、色違いの物を手に自室を出ると、その足でキティの元へと帰った。
部屋に戻ると、キティはてっきり俺が帰ったものだと思っていたらしく、ドアの開閉音で慌ててベッドの中へと滑り込んでいくのが見えた。
「どんだけ見られたくねーの」
「好きな人の前でくらい可愛くいたいー!!」
毛布を被ったキティが尻尾だけ出したまま答える。果たしてシーツを被った状態が可愛いのかと聞かれれば、俺からすれば疑問しかないが、本人からすればマシなのかもしれない。
「ほら、フード」
パーカーをそのまま毛布の上から被せる。キティは服の重みに気付いたように、もぞもぞと毛布の下で起き上がる。
「え?お洋服?」
「あと二着持って来た。サイズ合うか試してみろ」
俺の言葉にキティは毛布を被ったまま顔を上げる。毛布とパーカーを被ったまま彼女はベッドから立ち上がった。
「え?いいの?ハルくんのお洋服?」
「自分の目で確認したらどうだ」
他の二着もベッドに放り投げる。それを毛布の隙間からキティが確認すると、手だけ伸ばして胸に抱えた。
「えっ、えっ、ありがとう…!着替えてみる!」
顔は見えないが、声が凄く喜んでいる。小走りで彼女は毛布とパーカーを被ったまま洗面所へと消えて行った。
パーカーくらいならすぐ着替え終わるだろ。立ったまま部屋で待っていると、少し経ってから洗面所からキティがゆっくりと顔を出した。
黒いパーカーはスッポリと彼女の顔の上半分を覆い隠していて、口元だけ見るといつものキティだ。ワンピース丈のそれを着た彼女はもじもじと袖を口元に当てる。
「いい匂い…」
「何嗅いでんだ」
リセット前からこういうことをやるタイプではあったが、今も健在だった。予想はしていた。
他の余った二着を両手に彼女は俺の傍まで来ると、顔こそは上げないものの俺に丁寧に畳んだ状態で返してきた。
「シーツより動きやすいだろ。次からそれにしとけ」
「うん!ありがとう!」
シーツオバケを脱却できたのが本人も嬉しいらしく、口元は孤を描いていて嬉しそうだ。こういうのを見ていると、やっぱり気分が良くなってしまう。
「そういえば、エドはあれから大丈夫なの…?」
「あー?知らねえけど、死んではねえだろ」
エドが強制入院になってから、当たり前だが会っていない。見舞いに行くような関係でもないし、さほど興味もない。発狂したと言うくらいだから、精神状態がまともでないことくらいは想像に容易いが。
「入院ってことはお見舞い行けるの?私、シーツ被らなくていいなら、お見舞いに行きたいな…。差し入れとか持って、一緒に行かない?」
「はあ~?誰のせいでこうなってると思ってんだよ」
俺は思わず顔をしかめる。確かに最初にエドヴィンを担当にあてがったのは俺みたいなものだが、ここまでキティを追いつめたのは他ならぬエドヴィンだ。それをお見舞いに行きたいとは、俺の感性では信じられない。
「でも、エドも私のためを思ってしてくれたんだし…辛いのはきっとエドも一緒だから心配…」
もじもじとキティが俯く。
キティのそういうところがあったから、俺はリセット前はキティと交際に至ったわけだが、それをエドヴィンに対して言われるとモヤモヤする。
まさか、今回の虐待でキティがエドヴィンのことを好きになったとかねえよな…。優しさより厳しさに傾くような奴だ。あり得なくなさそうで嫌だ。
ジッと彼女を見下ろしていると、違和感でか俺を見上げたキティが慌てたように両手を振った。
「えっ!?ち、違うよ!?私、二股しないよ!ハルくんしか好きじゃな…あれ?私たちって恋人…?」
「は!?ちげーよ!何、勝手に嫉妬認定してんだ!」
恋人かどうかは酒で飛んだ記憶の部分も配慮してはぐらかす。とは言え、否定もしたくない。元々は俺の嫁みたいなもんだったし、この先もいつか嫁にするが今ではない。
「じゃあ、ハルくん一緒にお見舞い…」
「だー!しゃーねえなあ!でも行けるかわかんねーからな!」
相変わらず押しが強いキティのこのメンタルはどこで育ったんだ。根負けして俺が声を上げると、キティは嬉しそうに両手を叩いた。
「ハルくん、ありがとう!エドのこと、一緒に元気づけてあげようね!」
「それはしない」
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