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8章
3 静かな崩壊
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3.
ミズキと敬之が付き合いだしてから、敬之は人目をはばからずに彼女の教室まで休み時間のたびに顔を出すようになった。敬之は目立つ容姿をしているためか、二人が付き合っていることはあっと言う間に周知の事実と化していた。
「瑞希が描くキャラクターはどれも個性的でいいね。他にはない魅力がある」
昼休みにミズキの教室でお弁当を食べた後に敬之がミズキのノートを眺めながら頷く。彼の片手にはそのノートと、もう片手にはミズキの手。彼はミズキの手の甲に頬を寄せながら、本当に楽しそうに微笑んでいた。
小学校での挫折を経て、すっかり大人しくなっていたミズキは高校では目立たない日陰者の位置にいる。そんな彼女の隣に目立つ敬之がいつもいるのは、僕から見ても不自然な光景だ。普通に暮らしていれば交わることのないような世界観の二人がずっと傍にいるのだから。
ミズキは握られた手こそ引っ込めなかったが、居心地の悪さを感じているのか、彼女は敬之の話を笑顔で聞きながらもたまに周囲を気にするように目線だけで教室を見回していることがあった。
「あ、ありがとうございます…」
「敬語はなしって言ってるじゃん。いつまでも瑞希は堅いなあ」
敬之はミズキに苦笑いする。
ミズキと敬之が付き合い初めてから半年が経とうとしていた。映像の始まりは夏が始まりそうなくらいの陽気だったが、季節は秋を過ぎて冬に差し掛かっている。敬之は冬服のセーターの上にブレザーを着こみ、さらにブランケットをいつも持ち歩いていて手放さないたり、寒がりなのかもしれなかった。
毛布のように肩にかけたブランケットがずり落ちるのを見て、ミズキがそれを彼の肩に掛けなおす。それを嬉しく思っているのか、敬之はパッと笑顔になる。
「そうだ、文化祭なんだけど美術部は一応、展覧会をやるんだ。人数も人数だし、地味だから教室に作品を置いておくだけなんだけど…瑞希も参加してくれるよね?」
「あっ、はい」
相変わらず押しの強い敬之の言葉に対して、ミズキは大概イエスマンだった。彼に押されて断ることに成功している場面を僕まだ見たことがない。今回もミズキの意見を聞く前から展覧会に参加前提で話を進める敬之に、ミズキは戸惑いを見せつつも頷く。
想像通りの回答だったのか、敬之は満足そうに微笑んで彼女の手を両手で握った。
「俺、今回はキャンバス3枚繋げてデカい絵を描こうと思っているんだけど、瑞希と合作したいと思っているんだ」
「えっ、あっ、そうなんですか?」
「うん。だから、半分担当して貰いたいな。テーマは迷子でいく。今日の放課後から打合せをしよう」
合作をしようと言っているくせに、テーマは勝手に向こうが決めている。そもそもミズキは合作については最初から聞かされてもいないし、承認のタイミングすら与えられていない。出会った時から強引になりがちだった敬之の手口は、日を追うごとにエスカレートしていく。
彼は彼女に断られたことがない。だから、断られる未来など最初から考えてもいないのだ。ポーズだけの疑問符は、きっと彼女に断られても別の理由をつけてねじ伏せるのだろう。ミズキは恐らくそのことにも気付いていない。
彼女からすれば、本来なら出会うことも出来なかったような学園の殿上人が恋人になっている時点で、自己肯定感の低い自分には不相応と思うだろう。断る気などハナからないのかもしれない。
断ったら、相手を困らせてしまうかもしれない。嫌われてしまうかもしれない。それは僕も美奈子を相手に考えたことがあるから、痛いほど分かる。
分かるのだが…美奈子を通した出来事で僕個人の意見を言うならば、そのまま彼の強引さに引っ張られた先の未来に良いものが見通せないのだ。簡単に言えば、ひたすらに心配だ。
「放課後、楽しみにしてる!また次の休み時間も来るね!」
予鈴が鳴る。敬之はブランケットを肩に掛けたまま、ミズキに笑顔で手を振る。それにミズキも控え目に手を振ったが、敬之がそれに気を取られて背後にいた女生徒とぶつかってしまった。
彼は女生徒から一歩下がり、眉を下げて笑って頭を下げた。
「ごめんねー、痛くなかった?」
「大丈夫ですよー!てか、のりピー先輩、日向さんのことマジ好きすぎー!」
「そりゃ、彼女だしね!」
ケラケラと笑う女生徒たちに敬之は笑いながら、いとも簡単にミズキを特別扱いする。
彼は自分の立ち位置を分かっているのだろうか。彼は先輩、後輩、同級生ともに人気のあるヒエラルキーの最上位に近い人間。上の人間が突然現れた人間をあからさまな特別扱いして、公にすることが一概に良いことばかりではないはずだ。
敬之が軽快な足取りで教室から出ていくのを女生徒のグループが見送り、彼女たちは彼が遠くまで離れたのを見計らって自分たちの席へと戻っていく。
「てかさ、日向さんのどこがいいんだろ…無口で暗いのに」
「言ってやんなよー!強いて言うなから顔が好みとか?」
「まじ?そんな美人かな?」
一応は声をひそめてはいるが、十分ミズキには聞こえる声量だ。ミズキはそれを前にしても、いつも通りに教科書とノートを机に並べた。聞こえていないふりは、彼女なりの必死の抵抗だったのかもしれない。
授業を終えたミズキは敬之が言った通りに美術室に向かい、彼と合作の打合せをする。打合せをする彼らはとても楽しそうで、絵が好きなミズキにとっても心から楽しめる時間だっただろう。敬之と合作に勤しむミズキの表情は、僕と一緒にキャンプ地で弾丸を作ったり、絵を描いていた時と同じくらい生き生きとしていた。
彼らの合作活動は一か月ほど続いた。出来上がった絵はどことなく不思議の国のアリスを連想させる仕上がりになっていた。
道に迷う小さな女の子の傍には丸くて可愛らしいコウモリや兎たちもおり、夢でしか出会ったことのない僕にも彼女らしいと感じられる要素がちりばめられていた。
ミズキが担当した左半分は限りなく夜に近い夕闇で、先ほどの可愛らしい動物たちこそいれど、どこか寂しげで陰鬱な色合いだ。対して、敬之が描いているのは迷子がこれからどこか明るい世界へ旅立っていけそうな明るい空と生命力に溢れた植物たちが彼らしい儚げな細い線で描かれていて、二つ合わせると陰と陽の綺麗なグラデーションとして仕上がっていた。
頬についてしまった絵具を指で拭いながら、敬之が絵からゆっくり離れて全体を見通す。出来上がったその作品を見て、彼は満足そうに目を細めて笑った。
「完成だ!凄いよ、瑞希がいてくれたからこんなに綺麗な絵が出来た!」
声を上げる敬之に対して、絵を見ているミズキは口を半開きにして目を輝かせている。高揚している頬が彼女の興奮を物語っており、何も言葉を発さずとも喜んでいるのは一目瞭然だった。
「さすが瑞希!俺の目に狂いはなかった!」
そう言って、彼はミズキを勢いよく抱きしめる。彼女が呆気にとられていると、その勢いのまま彼はミズキを抱き上げて一回転した。
まるで少女漫画の一コマだ。床におろされたミズキはしばらく驚いた顔のままだったが、敬之の顔を見て顔を赤くして笑いながら顔を逸らす。すると、敬之は彼女の逸れた顔を追いかけるように顔を覗きこみ、何も言わずにミズキの唇に自分の唇を重ねた。
音もないような静かなキスだった。実にスマートだ。照れて口元を押さえて笑うミズキに、敬之も一緒になって笑った。
「そんなに慣れない?初めてじゃないのに」
初めてじゃない。なるほど。
僕の眉尻が引くつく感じがした。
「やっぱり面白くないでしょう?」
あくまで声は笑っていなかったが、ルイスが腹の中で大笑いしていることが分かるようなニヤニヤ顔で僕を見ていた。僕はますます不愉快になって口を曲げる。
「べっつに」
「彼女のなーにがいいんだか」
ルイスも長い時間をここで一緒に過ごしていたせいか、最初に出会った時よりも随分と馴れ馴れしくなってきた。これだから彼のような人間とは反りが合わない。
「まだしばらくアリスの身に起きた、奇跡のような恋物語は続くけど、スキップするかい?」
彼の言葉に僕は押し黙る。
ここでスキップすると答えたら負けな気もするし、全部細かく全て見たいかって言われても、細かい部分は正直省いて欲しい気持ちもある。僕は彼女の細かい心の動きや境遇を見たいのであって…なんというか、あまり恋人同士らしい行動に焦点を当てる必要はないというか。
キスとかそれ以上とか…そういうのはプライバシーにも反するし、見ない方がいいだろう。そうだ、そうに決まってる。
「肝心な部分以外はスキップで」
「潔いじゃないか」
自分の中で納得のいく理由を見出したので、今回ばかりはルイスに賛同する。ルイスはそんな僕が面白くて仕方ないのか、キシキシと歯を鳴らして笑った。
彼がリモコンの早回しボタンを押すと、上手い具合に肝心な部分以外が飛んでいく。あえて僕が見ようとしなかったせいもあるかもしれないが。
ミズキと敬之の恋人関係は順調に1年以上の維持を見せた。ただ、問題があるのだとしたら、敬之に対して恋心を抱いている人間はミズキ以外にも学園には数多く存在していたことだ。
2年生になったミズキには女生徒たちから嫌がらせが増えた。廊下の端っこを歩いているミズキにわざと肩をぶつけて痛めつけてみたり、ミズキが席に帰るタイミングを見計らってわざと席を占領して談笑を行ってみたりと、静かに彼女に居場所は狭くなっていく。
敬之のいない場所では聞こえるような声で陰口を叩かれるのは日常茶飯事だ。ブスのくせに。根暗なのに。不釣り合いだ。遊びじゃないの。調子乗ってる。全て憶測でしかないのに、ミズキとちゃんと話したこともないのに、彼女たちはミズキに聞こえるように話し、嘲笑う。
そんなことが起きているとは思いもしない敬之は、それでも休み時間のたびにミズキの教室まで足蹴く通ってはミズキの手を握ったり、頬にキスをしたりとますますクラスメイトたちから反感を買う。その反感の矛先は、もちろんミズキに向かった。
ミズキは自分に自信がないせいか、そんなことがあっても敬之にはクラスの現状など話そうとはしなかった。もはや、彼女を支える柱は絵と敬之だけだ。敬之に嫌われるようなことをするのは、まだ狭い世界で生きなくてはならない高校生のミズキにとっては死を意味していたのかもしれない。
「今日も良かったら俺の家くる?」
部活が終わった放課後に敬之がキャンバスを片付けなからミズキに尋ねる。それに対して、ミズキは相変わらずのイエスマンで拒否することなく頷いた。
「行く」
顔には笑顔が浮かんでいるものの、この日のミズキの顔色は明らかに良くなかった。ミズキは日に日に増える嫌がらせに対し、元来頭痛持ちのミズキは更に胃を患うようになっていた。声もここまで元気が出ないとすると、この日は頭痛と胃炎で物凄く体調が悪かったのかもしれない。
しかし、敬之は気付かない。彼女の返答に彼は嬉しそうに笑うと、手を繋いで普段通りに下校した。
ミズキの家とは逆方向の敬之の家まで電車に乗り、二人が家に辿りつくと、いつもは家族に帰りを告げて玄関に入る敬之が無言で玄関に上がった。
「今日、親いないんだよね」
そう笑って敬之は階段を上がって行く。
「そうなんだ。お邪魔するね」
ミズキは何も違和感を感じていないのか、そのまま敬之の後を付いていく。それを見ている僕が一番、違和感を感じている。
いや、違和感っていうか、危機感か。それはまずいんじゃないかと思いながら、ハラハラとモニターに見入る。しかし、ルイスにはプライバシーに関わる部分はスキップをお願いした。まさかそんな展開が上映されることはないと信じたい。
敬之の部屋に入ると、敬之はすぐにブレザーの上を脱いでベッドに弾むように座った。付き合ってから何度もここを訪れているせいか、ミズキも特に緊張した様子もなく彼の隣に腰を下す。
何か談笑するでもなく、ミズキが座ったのを確認すると敬之が当然のようにミズキの肩を抱く。恋人になった彼らの間ではよくある流れなのかと思いきや、普段あまりこういう展開はないのかミズキが不思議そうに目を開いた。
敬之はそのままミズキの身体をベッドに倒し、上に跨る。
「ちょ、ちょちょ、待った待った!スキップって言っただろ!」
明らかに予想通りの展開になってきたので、僕はどうしていいのか分からずに片手で自分の顔を覆いながらルイスに声を掛ける。それでも続きが気になってしまって、つい指の隙間から見てしまう。モニターに映された敬之がミズキからブレザーを剥ぎ取っていくのが見える。
「肝心な部分は見たいと君が言ったんじゃないか、ジャバウォック」
「そういう肝心じゃない!」
「まあ、いいから見てなよ」
慌てふためく僕が面白くて仕方ないのか、モニターから目を離さずにはいるが、ルイスはお腹を抱えて静かに笑っている。
こんなの見ていいわけがないじゃないか。しかも、友人だぞ。割と満更でもなく思っている異性のだぞ。そう思いつつ、僕も指の隙間から見てしまうので、やはり僕の心は色んな意味で脆弱だ。
敬之はブレザーを剥ぎ取ってから、続けざまにミズキのシャツのボタンを開け始める。それにミズキは開けられたシャツを手で握って閉めた。
「ごめん、今日はちょっと…」
「え?なんで?もしかして生理?」
止められた敬之は不思議そうに首を傾げる。そもそも談笑も何もなく、部屋に招いていきなり致そうなんて、普通に考えてどうかと思うが、ついでに投げかけてくる疑問も不躾だ。
それに対して、ミズキは申し訳なさそうに目を逸らした。
「今日はその…お腹痛くて…頭も痛いし…」
「えー?大した事なくない?」
いや、大した事あるだろ。
僕の気持ちとは裏腹に敬之は不満そうに顔をゆがめる。様々な場面を早回しやスキップで見ていたとは言え、明らかに機嫌を損ねた敬之のその表情は初めて見るものだった。
まだ諦める気がないのか、敬之は一回止めた手を再開させる。無理やりシャツのボタンをこじ開けようとするのをミズキは首を小さく横に振って謝罪した。
「ごめんなさい、本当に今日はちょっと…」
「そう」
敬之は舌打ちをして、ミズキの上から身体を起こして立ち上がる。ミズキのいるベッドの脇にあるデスクチェアに座り直すと、聞こえるような大きなため息を吐いて黙り込んでしまった。
ミズキは服を直しながらベッドに座る。流れる気まずい沈黙にミズキはうろたえたように視線を泳がし、身を縮こませた。
「ごめんなさい…」
再度ミズキが謝罪するが、敬之は腕を組んで椅子に座ったまま何も喋らない。
ただただ、耳が痛くなるような沈黙が部屋を支配する。ミズキは自分の謝罪すらも無視されてしまったことで落ち込んでしまったのか、俯いてそれ以上話すことをやめてしまった。
部屋には静寂だけが残った。ミズキはベッドの上から動くことも出来ず、ただ置物のようにそこにいる。
キイキイと敬之がデスクチェアを回す音がする。敬之も喋らなかった。
「…なにこれ?」
顔を覆っていた手を下ろしながら、僕はこの異様な光景に思わず声を漏らす。まるで静止画を見せられているようだ。何も進まない。何も進展しない。窮屈で不自由な空間だけが画面に映し出されていた。
「肝心な部分だっただろう?」
「いや、まあそうなんだろうけど…たかがセックスを断っただけだろ。体調も悪いって言ってるんだから、こんな沈黙で責めなくたっていいのに」
僕にとって沈黙というのは一種の拷問だと思っている。自分が悪かったのかとか、何がいけなかったのかとか、黙り続ける相手に対して永遠に考える時間を問答無用で強いられる。敬之がやったことは明らかにモラルに欠けている。
正常な思考ならば、きっとここで話し合うなり、理由をもっと聞くなり、話題転換するなり色々な方法があっただろうし、ミズキは帰ることだって出来たはずだ。だけど、ミズキは帰ることすら出来ない。今までの流れで彼女の思考回路がもうまともじゃなくなってしまっているのが分かる。
こんな二人が一緒にこれから長い時間寄り添っていけるか考えると、やはりあまり良い未来は描けない。改善の余地は沢山あるのに、二人ともその問題点に気付いていないのだ。
「…いつまでそうしてんの?」
デスクチェアに座ったまま、目も合わせずに敬之が言い放つ。沈黙は2時間以上もあったが、ようやく出てきた言葉はそんな棘付いたものだった。
「え、あ…ごめんなさい…」
ミズキずっと謝ってばかりだが、それでも再度謝罪する。怯えた様子でミズキは立ち上がるが、そうは言っても当の敬之だって動こうとしていない。どうしたらいいのか分からずにミズキがその場で立ちすくんでいると、敬之はデスクチェアを回して背中を向けた。
「何もないなら帰れば?」
「わかった、ごめんなさい…」
ついさっきまで見ていた少女漫画のような展開が嘘みたいに凍り付いた空気だった。ミズキは悲しそうに肩を落とすと、剥ぎ取られたままだったブレザーを着こみ、鞄を肩に掛けて敬之の自室から廊下へ踏み出した。
「…お邪魔しました」
小さな声で振り返って彼女はそう言うが、敬之は振り返りもせず、無視を貫き通す。ミズキは静かに扉を閉めて敬之の家を後にした。
学校よりも遠い敬之の家から電車に乗って彼女が家に帰ると、すっかり外は暗くなっていた。重たい足取りで家路についたミズキが家の扉を開けると、いつも明るい彼女の母親がいつもに通り顔出した。
「お帰り!敬之くんの家に行ってたの?お夕飯出来てるわよ!」
「そうそう、お腹空いた」
先ほどまでの落ち込み具合から、もうちょっと暗くなっているのかと思いきや、ミズキは先ほどよりも声のトーンを上げて母親に返答する。母親の顔を見て元気が出たのだろうか。
最近のミズキの姉は専門学校に通っていて、忙しくしてるようだ。食卓にはラップが掛けられた夕食が4人分。父親と姉の分まで残っているあたり、彼女はミズキの帰りを待っていたのだろう。まだ作られてそこまで時間はたっていなかったのか、ラップはかけられていたが、ミズキがそれを取り払うとほかほかと湯気が立ち上る。
今日のメインディッシュはクリームコロッケだ。ミズキの正面に母親は座ると、二人は手を合わせて箸に手をつけた。
「敬之くん、元気してる?また遊びに連れておいでよ」
「そうだね、また連れてくる」
先ほどの恐ろしい沈黙の喧嘩を終えたばかりとはあまり思えない、前向きな返答をミズキが返す。その様子に母親は笑みを浮かべ、クリームコロッケを箸で割って口に運んだ。
「そういえば瑞希、杏の新しい彼氏のこと知ってる?ちょっと変な人みたいなの」
母親の言葉にミズキが顔を上げる。ミズキの母親は陽気で呑気な雰囲気をまとう明るい人だ。そのせいもあってか言葉にあまり危機感を感じないが、彼女の口からネガティブな話題が出ること自体がとても珍しい。
「あまりファッションに興味がなさそうで、スニーカーもボロボロだし…。でも、それよりも性格がちょっとねえ…杏が困ってるみたい」
「そうなんだ、大変だね」
母親の言葉にミズキは一応、聞いているような返事はしているが、どこか上の空な口調には母親の話題に対する興味のなさが滲んでいる。しかし、母親はそんなミズキの反応に気付かない。
この長いリプレイを見ていて分かったことなのだが、ミズキは小学校の時に経た自分の価値観での挫折を機に、自分が本当に思っていることと違うことを話すことを学んでしまっているようだった。
彼女の持つ圧倒的マイノリティに属する個性は、残念ながら日向家を始めとして多くの人が共感できないものだ。だが、人間は群れをなして生きる。群れをなくして生きてはいけない。だから、ミズキは群れの中で生きていくために、大勢がよく口にする模範解答を学んで、それを真似るように口に出すのだ。
今の彼女には中身がなかった。あんなに強烈な個性を持っているのに、それをミズキ本人が殺してしまっている。
不思議の国に迷い込んだ時の僕と同じだ。自分の言動すら疑って、人の顔を伺っては手探りで正解を探し出すしかない。本来の自分を見せることで、誰かを傷つけるとミズキは信じ切っているのだろう。
日向家は明るく、穏やかな家庭だ。それゆえに呑気で、次女が少しずつ壊れていくことに気付かない。今もミズキの心がどこかへ行ってしまっていることに、母親は気付けない。
「彼氏の束縛が酷いみたいで、杏は何もしていないのに浮気を疑ったりするんだって。杏が選んだ人だから、お母さんはその気持ちを優先してあげたいとは思っているんだけど…瑞希が連れてきた敬之くんは清潔感もあって礼儀正しいし、明るくていい子なのにねえ」
母親の言葉に白飯を突いていたミズキの手が一瞬だけ、ピクリと止まったが、彼女は何もないように小さく笑みを浮かべて夕飯の続きを再開する。
「敬之くん、かっこいいからね」
薄っすらと浮かぶミズキの笑顔は何故か少しばかり満足げだった。あんな酷いデートを終えたばかりなのに、声は明るくすら聞こえる。
ここまできて、僕はようやく合点する。彼女が家族に敬之にされたことや、自分がどう思ったかを全く話さない理由。それはプライドだ。
儚いプライド。絵と敬之しか手札のないミズキにとって、姉に勝てる唯一の切り札は敬之だ。容姿端麗で話術に長け、学園のヒエラルキー上位の彼氏は彼女にとっての数少ないアドバンテージで、それにしか今の彼女は自分自身に価値が見出せない。
だから、敬之と上手くやっているように見せていた。見せていなくてはいけないのかもしれなかった。
「ただいまー!」
そんな話をしていると姉が丁度帰宅する音が聞こえる。母親は玄関の方に少しだけ身体を傾けると、ミズキにするように声をかける。
「杏、おかえり」
「わ!良い匂い!今日のご飯も美味しそー!」
玄関からリビングへ姉がトートバックを肩から下げて笑顔で現れる。相変わらず元気な彼女は鞄をテレビ前のソファに投げると、すぐにミズキの隣に着席して夕飯のラップを取り払った。
「瑞希も一緒の夕飯久しぶりじゃん!元気してた?」
4人で一緒に住んでいるはずなのに、やはり瑞希が一人暮らしをしているような感覚は全員に一応あるらしく、姉の口からは僕が思ってもなかった挨拶が飛び出す。
僕の家の方がよほど荒れていたのに、逆に僕の家は全員が僕の部屋に集まって喧嘩したり、夕飯は固定で強制全員集合だったりと、常に親が傍にいる謎の空間が広がっていた。家族に対して久しぶりと口で言ったことはない。
「あ、うん…」
ミズキは姉に苦笑いしながら答える。一応は笑顔ではあるが、苦虫を噛みつぶしたようなその表情と口調からは歓迎の意図は読み取れない。
それでも姉も母親もミズキの様子に気がつかない。
「ねえ、聞いてよー!今日も彼氏のメールが止まんないの。しょーがないから、途中でスマホの電源を切ったんだけど、後で連絡したら死ぬとか言ってさー」
姉の口から早速出てきたのは、母親が話していた例の彼氏のようだ。姉はあっけらかんとそれを話し、笑顔のまま溜息を吐くくらい明るいが、言っていることはとんでもない。そんな男がこの世にいるのかと僕は絶句する。
美奈子に入れ込んでいた僕も大概おかしかったと思うが、そこまで腐ってはなかった。なかったと思いたい。
「だから、ご飯食べたら会いに行かないと機嫌直してくれないんだ」
「またー?やめなさい、そんなのー」
言葉通りに急いでご飯を口にかき込む姉に、母親は苦笑いしながら軽くたしなめる。しかし、その声色にはあまり真剣さがなく、どこか茶化すようにも聞こえる。
というか、傍から聞いていると明らかにまともな彼氏には聞こえないし、ご飯を食べてすぐに彼氏にご機嫌伺いしなくてはならない状況は完全に狂っている。なのに、日向家の人間はみんなが明るすぎて気付いていない。もうここまでくると、さすがと褒めるのもはばかられる。
姉の彼氏の話題で盛り上がっている食卓で、ミズキは黙々と黙ってご飯を食べる。姉が来てすぐに黙り込んでしまう彼女は、やはり姉に猛烈なコンプレックスを抱いているのだろう。
姉はすぐに夕食を完食し、慌ただしくまた家を出て行く。それを母親は笑顔で見送り、夕飯を再開した。
「…瑞希、杏の彼氏どう思う?やっぱり変よねえ?」
のんびりとした口調で食卓に残された瑞希に母親が問う。それに対して、ミズキはただ静かにクリームコロッケを口で租借しながら頷く。
「そうだね」
「お母さんも最初はやめとけって言ったんだけど、あんまり言うのも可哀想だから瑞希からも言ってあげてよ」
上の空のままの瑞希に母親は困ったように眉を寄せつつも、明るく笑った。
横から聞いていると、母親はこれ以上もう姉に対して悪役になるのを恐れているように聞こえる。母親が言って可哀想と思うことを、何故娘に言わせようとするのだろう。それは自分に向くかもしれない嫌悪を瑞希に分散するための逃げ口実にも聞こえてしまった。
ミズキがそれに対してどういう感情を持っているのかは、見ているだけでは分からないが、ミズキは首を縦にも横にも振らずに完食した皿を前に手を合わせた。
「ごちそうさま」
「あれ?お代わりいらないの?」
「うん、もうお腹いっぱい」
引き留める母親にミズキは淡々とそれだけを言い残すと、二階の自室へと上がっていった。この日のミズキは随分と夜遅い時間までぼんやりと外を眺めて、明け方にようやく眠った。
次の日、敬之は休み時間にミズキの教室に顔を出さなかった。ミズキは敬之が来ないことに強い焦りを感じたのか、震える手で彼女は必死にスマートホンにメッセージを打ち込んでいた。
内容はただただ謝罪の文章だった。あの時のミズキの対応に非があったようには見えなかったのに、ミズキはあれこれ理由を付けて謝罪する。
あなたの気持ちを考えなくて、ごめんなさい。傷つけてごめんなさい。自分勝手なことを言ってしまってごめんなさい。何も言えなくてごめんなさい。すぐに帰らないで気まずい思いをさせてごめんなさい。
もう無茶苦茶だ。モニターを見ている僕は思わず頭を抱える。彼女はやけに僕に謝る癖があったが、こういう遍歴があったのかと思うと納得できるが、ごめんなさいで責め立てられた身からすると胃が痛くなる文章だ。
結局、敬之からの返信はなく、ミズキはガタガタと震えながら1限目の授業を受ける。授業中も教師の目を盗んでミズキは逐一メッセージの返信がないかを確認するが、既読のまま返信は一向に来ない。
板書は表面上きちんとノートに写し取ってはいるが、ミズキは完全に上の空だった。気もそぞろのまま授業を終えた。次の休み時間に入ると、すぐにミズキはスマートホンを取り出して、先ほどのメッセージに新しい文章を打ち込み始める。それでも会いに行かないのは、きっとミズキが顔を合わせるのが怖いのだろう。
もうすでに謝罪のネタは尽きているだろうに、彼女は必死に思考を巡らせて他に謝罪できる点がないかを考えているようだった。嵐のような謝罪文章を打ち込んで、送信ボタンを押そうとした時、不意に彼女の前に細長い影が落ちる。
「…ねえ」
震えるミズキの前に不機嫌そうに口を曲げている敬之の姿があった。返信もせず、彼は直接会いに来ることを選んだようだったが、声色からしてまだ機嫌は直っていない。
ミズキは彼の姿を確認するなりすぐにその場で起立する。涙が浮かんだその瞳には怯える感情がありありと読み取れた。
「あっ、あの、その…ごめんなさい」
「分かってくれたんなら、いいんだよ」
しどろもどろに謝るミズキに敬之が口元だけで少しだけ笑った。
「…は?」
僕は思わず声を出す。
何が?何が分かれば良かったんだ?ミズキが謝罪する理由もよく分からないし、なんでこんなに人に謝罪させて得意気になるのか全然理解できない。
普通、こんなに人に謝罪されたら胸糞悪くならないか?そもそも、論点がおかしい。いや、おかしい以前に論点が存在しない。不毛だ。不毛にも程がある。
僕の様子にルイスはモニターを見ながら手を叩いて笑った。
「君とは対局に位置する人間だろう?呆れたんじゃないか?」
「呆れたっていうか…こんなことあるのか?」
「あるさ。往々にしてある。みんなが君みたいにいちいち相手と自分を同一化させて、必要以上に感情を汲み取って生きてると想ったら大間違いさ。彼は人の謝罪で自分が相手より格上であることに快感を覚える。だから、ミズキの謝罪が気持ちいいのさ」
ルイスの解説を聞いて僕はどうにもならない不快感を覚える。どう考えても、相手を下にも上にもみる方が居心地が悪いものだろう。どんな相手だろうと、愛する人間であるなら自分と対等でいて欲しいし、高め合っていける存在の方が有意義だ。それを何故、愛しているのに踏みにじっていくのだろう。
「君は逆に人の気持ちに敏感すぎる。必要以上に相手の感情を汲み取るから、コミュニケーションを上手くやろうとすれば、饒舌なその舌が嘘を吐いてでも自分の居場所を確保させてくれる。君が生きづらかったのは、本当の自分の言葉で話せないことが原因だ。アリスも同じなのだろうが、彼女は価値観ゆえに共感性に欠ける。だから、相手の感情を君ほど汲み取ることも出来ないのさ」
そう言われて、僕は思わず黙り込む。確かに、思い返せばミズキは僕の愚痴や弱音に共感を示していたかと言われれば、心からの共感ではなかったように思えるからだ。
彼女はきっと、周囲に馴染むために共感力を磨いてきたのだろう。日向家自体がそもそもマイペースで明るすぎる人々だ。その中で一番共感力があるのはミズキのように見えるが、ミズキには生まれ持っての価値観ですでに共感性にはハンデがある。
全部が全部、彼女が共感していなかったわけではないだろう。でも、僕の弱音や愚痴に対する彼女の感想は共感よりもしっくりくる単語が一つ、頭の中にあった。
リスペクトだ。あれは僕の不自由さや生きづらさから生まれる、歪な何かに彼女は憧れていたのではないだろうか。喋ることのできない友達、何かのハンデを抱える特別支援学級の子供たち、喘息を持つ敬之。彼女が惹かれる人たちは皆、歪なのだ。
「…共感だけが全てではないし、彼女の感性は素敵だと思うよ」
モニターを眺めながら、僕は腕を組む。
だって、彼女が僕と出会ってそこに憧れや魅力を感じてくれなかったら、今の僕はいない。少し欠けた彼女の共感力があったから、僕は気兼ねなく弱音も愚痴も話せた。自分に向けられた純粋なその好意が、僕を救ってくれたのは間違いない。
「僕はもっとミズキには、価値観を隠さずにマイペースに生きててほしい」
「ここまで見て、君も諦めが悪いね」
ルイスは僕の言葉を真に受けていないのか、彼はまるで勝負に勝ったかのような口調で喉をクツクツとさせて笑った。
敬之はミズキの謝罪でまるで何もなかったように、昨日と同じように気の向くままにミズキを可愛がった。その異様な手の平返しにミズキは気付いていないのか、安堵に旨を撫でおろして今まで通りに敬之と一緒に絵を描いて過ごした。
放課後の帰り道でミズキと敬之は画材を買いに百貨店に併設された小洒落たホームセンターへと寄った。そこにあるマジック用の道具を見て、ミズキが目を輝かせて敬之に指さして見せた。
「ねえねえ、敬之くん!見て、マジックの道具が沢山あるよ!」
嬉しそうにマジック用品が揃っている棚へと向かうミズキに敬之は鼻で笑った。
「マジック?そんな子供っぽいこと、もうやらないよ」
「えっ」
「だって、これから受験で忙しいし、やってる暇なんかないよ」
そう言って、敬之はさっさと画材コーナーを探して歩き去ってしまう。ミズキは一瞬だけ呆気に取られたようだったが、歩き去ってしまうその背中を見てトボトボと後に続いた。
敬之は受験勉強の影響なのか、日に日に人格を変えていった。あれだけ生き生きとやっていたマジックをもう二度とミズキには見せてくれなかったし、絵を描く頻度も落ちていった。廃部に王手ということもあってか、一応は美術室には顔を出すのだが、彼は絵の頻度を減らして勉強に励む時間が増えていく。彼の親は学歴に厳しい価値観を持っているようで、彼が受からなくてはいけない学校のハードルはとても高かった。
敬之のマジックでミズキは素敵な魔法にかかったはずだったのに、その魔法がどんどんと消えていく。魔法使いだった敬之の杖であるトランプは、今はもう部屋の隅で埃を被っていた。
受験の時期が終われば、敬之は元に戻るのではないかと僕は淡い期待を抱いていたが、残念ながらそんなことはない。
受験勉強で苛立つ敬之の機嫌は本当に些細なことで悪くなり、悪くなるたびにミズキはずっと謝罪をして機嫌を直していた。勉強で忙しいのにごめんなさい。気が利かなくてごめんなさい。お願いだから別れるとか言わないで。悪いところ直すから。気を付けるから。本当にごめんなさい。
もうミズキ自身も何に対して謝罪をしているのか、深く考えることを諦めてしまったようだった。彼の機嫌が直るまで永遠に謝った。それが彼のワガママを増長させてしまったのか、彼は事あるごとに彼女を責め立てては「分かればいいんだよ」と満足そうに笑うようになった。
受験が終わったところで、そんな長い時間かけて出来上がってしまった関係が修復されるわけもない。受験には成功したものの、彼はどんどんと傲慢で横柄になっていった。それどころか、受験で良い学校に受かったことで彼はますます天狗になってしまう始末だ。
「卒業作品描くの手伝ってよ」
部員が全員はけた後、残って絵を描いていたミズキに敬之テーブルに腰かけて言い放った。絵すらほとんど描かなくなった彼の手には小さな魚の形をした金属の塊を持っている。その先には透明な糸が下がっており、針がついている。
ルアーだ。受験勉強を終えた彼の新しい趣味は釣り。もうミズキが初めて出会った時の人物とは遠くかけ離れた人間が、出会った時と同じ顔で笑っていた。
「俺ちょっとこの先しばらく予定が詰まっててさ。キャンバス水張りしといたから、下書きしておいて。何でもいいから」
下書きからお願いする絵など、それはもう彼の卒業作品ではないのでは…そう思っている僕がおかしいのかと思うくらい、そんな無茶ぶりをされたミズキは当たり前のように頷いた。
「うん、わかった」
ミズキは自分が描いていたキャンバスを片付け始める。それに合わせて敬之は自分のキャンバスを彼女のキャンバススタンドに乗せると、鞄を肩に引っかけて振り返りもせず手を振った。
「じゃあ、後よろしく。先生にバレないようにしといて。期限は3月いっぱいまでだから」
「わかった」
敬之の言動にミズキはもう何の疑問も抱かないようになってしまったのか、それとも考えることを諦めてしまったのか、ただただ彼の命令を聞く。これでは、ミズキは彼女というよりも奴隷だ。
彼に与えられた真っ白なキャンバスを前に彼女は新しい作品を考え始める。鉛筆を握り、スツールに座り続ける彼女の目の下には色濃いクマが出来ており、食欲も減ってしまったせいか随分とヤツれて見えた。
ただでさえ女生徒たちからの嫌がらせが絶えないのに、頼みの綱の敬之もあんな状態だ。それでも、彼女が敬之にすがり続けるのは、今の彼女に残された切り札が変わらず彼だけだからだろう。
彼らの間に残されたのは、もう愛ではない。依存だ。ミズキも敬之も、自分のすり減ったものをお互いで補填するだけの栄養剤。親の重圧が強そうな敬之も、恐らく受験勉強で大きくすり減ったものや、溜め込んだ鬱憤があるのだろう。彼がミズキを手放さないのも、きっと彼にとってミズキが一番都合がいいからだ。
ミズキは絵の描きすぎで手首が痛いのか、鉛筆をキャンバスに走らせながら時折手首を揉んだり、さすったりする。それでも、彼女は何の疑問も抱かずにキャンバスに向かう。どこからどう見ても、今の関係はすでに破綻しているのに気付こうとしない。
不意に、ミズキの視線が何かを捉える。さっきまで敬之が座っていた机の上には、紫色をした円形のプラスチップで出来た手の平サイズの物体が落ちている。ミズキはそれを拾い上げ、慌てて美術室を飛び出した。
それはモニターの中で頻繁に見かけた、敬之の喘息を予防するための薬だ。喘息には発作用の吸引器と予防用の吸引器が存在しているらしい。予防にせよ、発作用にせよ、大事なものには変わりない。彼女はそれをすぐに敬之に届けようと考えたようだ。
パタパタと小走りに彼女は校舎口へと向かう。道すがらスマートホンで敬之に忘れ物をしている旨を伝えてみるが、既読にすらならない。予定が詰まっていると言っていたし、すでにお取込み中で見る暇もないのかもしれなかった。
ミズキが下駄箱で靴を履き替え、校庭に出ようとしたところでクスクスと笑い合う男女の声が耳に飛び込んでくる。聞き覚えのあるその声に、ミズキは思わず下駄箱の影に身を潜めた。
「富樫くん、彼女いるんじゃなかった?」
「えー、いないよ?」
富樫という苗字に僕は頭を抱える。想像できないことではなかったが、そうでないと信じたかった。ミズキは驚いたように目を見開く。ミズキが下駄箱から声のする方を覗き込むと、そこには敬之と綺麗な女生徒が談笑している姿があった。
「これから一緒にどっか行かない?受験終わって暇なんだよね」
「そうなの?まあ、鬼のように勉強頑張ってたしね。私も受験で疲れたから、一緒に打ち上げでもする?カラオケとかでパーッと!」
「いいね!俺もカラオケ好き!」
ミズキには卒業作品を描く暇もないほど予定が詰まっていると話していたのに、舌の根も乾かぬうちに敬之は目の前の女生徒を遊びに誘っている。敬之に誘われた彼女も勿論、満更でもないようで嬉しそうに彼の隣を並んで校庭へと出て行く。
僕はミズキが泣いてしまうんじゃないかとハラハラとモニターを見つめていたが、ミズキは呆然と二人の背中を見て立ちすくんでいた。
「あ、予防薬忘れてきた」
歩き始めた敬之が自分の鞄の中を見て呟いた。それに女生徒は首を傾げる。
「喘息の?大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫。家に予備あるし、発作用のはあるから」
敬之は明るく笑って、女生徒の手を取った。女生徒は少し戸惑ったようにその手を見たが、頬を少し高揚させて握り返した。
立ち去っていく2人の背中を見ても、ミズキは泣かなかった。けれど、彼女は肩を落として美術室へと戻って行く。重たい足取りでトボトボと戻ってきたミズキは、またスツールに座って絵を描き始める。
彼氏が浮気していると知っていて、暇を持て余していると知っていて、それでも彼女はキャンバスに鉛筆を走らせる。春らしい桜と校舎が薄っすらと描かれていたそのキャンバスを途中まで描き進めていたが、彼女は突然それに消しゴムをかけ始める。大胆に、全てを白紙に戻していく。
白紙に返ったそのキャンバスに、ミズキはまた改めて鉛筆を走らせる。さっきまで遅かった筆が急に早くなり、絵の全容がみるみる浮かび上がってくる。
夜遅くまで部室に残って彼女が描き上げたキャンバスにいたのは、醜い顔で前歯を見せて威嚇するドラゴンの姿だ。
「ジャバウォックだ…」
モニターに映る彼女の絵に僕は思わず声に出す。僕が何度も読み返した童話の不思議の国のアリスの挿絵にいる醜悪なドラゴン。特徴的な前歯と巨大な目玉、長い首をしたその化け物は彼女のキャンバスの中でパワフルに、激情に溢れて、酷く醜いそれが心を動かされるほどの迫力で吠えていた。
「怒っているんだろうね」
ソファの背もたれに寄りかかり、ルイスは頭の後ろで手を組んだ。
「汚い絵だ。そもそも、ジャバウォックというモチーフが美しくない。彼女の美的感覚はイカれてる」
「でも、恰好いい。醜悪で目を覆いたくなる感じがシビれるじゃないか」
彼女が持って生まれた、歪なものが美しく見える瞳から生み出されるそれは、彼女の瞳を通さなくては誰も見られない。それだけ素晴らしいことがあるだろうか。才能だ。彼女の中でずっと殺され続けてきた強烈な個性が残されていたことに僕は嬉しくて笑う。
「一般的な「美しい」が必ずしも美しいわけじゃない。一般的な、世間尺度で計る感覚だけじゃ新しいものなんて何も生まれないじゃないか。違うから高め合って、進化していけるんだろ。彼女は凄い人だよ」
「まだ言うのか…」
モニターを前にニヤつく僕に、ルイスは辟易したように溜息を吐いた。
僕はこんなに長い時間をミズキと一緒に過ごしてきたのに、本当に何も知らなかった。ミズキが世間体に囚われて、迷子になったまま自分の個性を殺しているなんて知りもしなかった。
勿体ない。羨ましい。心からそう思った。美奈子に抱いた劣等感と憎しみがこもった嫉妬じゃない。このまま、その個性を抱いて走り抜けていって欲しい。その魅力を存分に僕に見せつけて、差を付けて欲しい。限りなく尊敬に近い、明るい嫉妬がそこにあった。一心不乱にキャンバスに向かう彼女は僕の目から見ると、生命力に溢れていて美しかった。
ミズキは下書きを終えると、首を回したり、伸びをしたりと軽いストレッチをする。そのままキャンバスをしまって、彼女は家路につく。心なしか彼女の顔は少しスッキリしているように見えた。
いつもほどは重くない足取りで家に帰ると、いつも明るい母親が顔を出さない。ミズキがリビングを覗き込むと、そこには床で泣き崩れる姉がおり、それを母親が背中をさすって慰めていた。
ミズキの姉の彼氏も、あれから酷い変化を遂げていた。もともと地雷臭のする男ではあったが、束縛が行き過ぎて姉に同棲を強要していた。姉はそれに従って家を出て行ったので、どうなったものかと思っていたが、やはりロクでもない展開を迎えてしまったようだった。
急に家の中で始まった悲劇にミズキは驚きよりも困惑した様子で、おずおずと声を掛けた。
「…ただいま」
「瑞希!ちょっと聞いてよ!」
何事も笑顔で話す彼女の母親が、珍しく怒っている。真剣さに欠けた様子はなく、迫真に迫る母親に気圧されてミズキは静かにリビングに上がる。
「どうしたの?」
「杏が彼氏に叩かれてたんだって!何回も!可哀想でしょう!」
母親は一息にそこまで言うと、泣き続ける姉の背中をさすりながら顔を覗き込んだ。
あの男はついに暴力まで振るうようになったのかと思うと気が遠くなるが、不幸中の幸いで姉の身体に大きな外傷はなく、痣も赤くなった肌も見受けられない。僕は内心、少しだけ安心してしまう。
「今まで誰にも言わないで頑張っていたのね。辛かったね、頑張ったね。そんなに我慢しなくて良かったのに、杏は気が弱いから…」
並べ立てられる母親の同情や愛情を一身に受けながら、姉はただただ泣き続ける。その様子を見ているミズキは、とても冷めた目をしていた。
彼女の中にあるのは虚無だ。恐らく、彼女は同情などしていない。むしろ、ミズキ自身も様々なコンプレックスを抱いて日々を生きているのに、母親は姉にしかその言葉をかけない。いつだって笑顔で輝いていて、母親と同じ価値観で母親の気を引くのが上手い姉を贔屓しているように見えていたのかもしれない。
彼女の姉は確かに可哀想だ。明るく楽しく生きていたはずなのに、突然に訪れた悪意に挫折している。だけど、それを言えばミズキだってとうの昔に価値観の違いと悪意を前に挫折している。その時の彼女には寄り添う家族は誰もいなかった。ミズキはただ一人で自室にこもって、談笑する家族の真上で眠れない夜を過ごしていた。彼女には背中をさすってくれる人はいなかったのだ。
「それは酷いね、大丈夫?」
色々思うところはあるだろうが、ミズキはいつも通り模範的な回答を返す。それに対して姉はすすり泣き、涙を拭って、掠れる声を絞りだした。
「でも…彼は私がいないとだめなの…。私も、私みたいなのと結婚してくれるような人は彼しかいないし…」
「だからって暴力はおかしいでしょう!」
姉の言葉に力強く反論する母親を見て、ミズキはチラと二階を見る。恐らく、ミズキは自室に帰りたくて仕方ないのだ。だが、空気が空気だ。これじゃ帰るに帰れない。
「薄情な女だ」
ルイスがひじ掛けにだらしなく上半身を預け、もたれかかる。
「姉が泣いているのに、顔色ひとつ変えない」
「痛みを比べてるんだろ」
僕は自分の顎を撫でながら返答を返す。コイツのあしらい方も慣れてきた。
「ミズキは幼少期にすでに理不尽な仕打ちを受けて、一人でそれに対処してきた。事実はどうあれ、誰も助けてくれなかったと彼女は感じている。彼氏も今はあんなんだし、彼女の精神状態も崩壊してるに近い。その状態で、今更のように姉が自分と同じような仕打ちを受けて泣いているのを母親が慰めてるのを見たら、誰にも寄り添われないでいる自分の痛みの方がずっと辛いと感じるだろ。ミズキの挫折は幼少期、姉はもう成人してる。時間を比較すればミズキの方が長い」
自分の痛みと他人の痛みを比較する時、僕がやっていた計り方がある。時間や怪我などの数値化、可視化出来る物的証拠を集めて比較するのだ。
アマネから言われた言葉を借りるなら、怪我に大小もない。痛かったものと骨折したものを比べても、痛いことには変わりない。それを理解した上であえて比べる例を上げるなら、僕も幼い頃から父親から体罰を受けてきている。ミズキの姉の赤くすらなっていない肌と、僕の肌に残った痣を見比べて、可視化した時にどちらが痛そうかと言えば、僕の方が痛そうに見える。ミズキがしている比較はそれに近い。
本質はそこじゃないのだろう。姉は初めて向けられた理不尽な仕打ちに対する抗い方を知らない。対処法が分からないことが問題だ。だけど、今のミズキにはそんなことを考えている余裕はない。今の自分が痛くて辛いから、誰にも分かってもらえないから、姉と自分の痛みを比べて計って、自分の方が痛いと怒っている。
自分の怪我を誰も手当してくれないことが腹立たしいのに、彼女にはその場からすぐに姿を消せるほどの勇気もないし、自分の気持ちを殺し続けた彼女には、今まで精一杯学んできた世間一般の模範解答を口に出すしか対処方法が分からない。
だから、こんなにちぐはぐで、一歩間違えば喜劇のような悲劇がリビングで行われている。そして、みんなが自分の気持ちで一杯だから、誰もその状況に気づけないのだ。
「君は難しい話をするのが好きなんだね」
「そうかな?僕は自分で考えていることをそのまま口に出しているだけだけど」
理解に苦しむと言いたげに眉間を押さえるルイスに僕は半笑いで答える。
「自分の気持ちを押さえないで好き勝手に話せって言われたら、これくらいいくらでも話せるよ。個人的な僕の解釈、もっと聞かせてやろうか」
「もういいよ、頭が痛くなる」
ルイスは僕の言葉にそれ以上を返さず、モニターへと視線を戻した。そんなに難しいことばかり話してるんだろうか。別にどう思われたっていいけど。
ミズキはとりあえず姉と母親の話に形式上、耳を傾けてはいたが、恐らく大部分は聞いていない。上の空になりがちな彼女は二人の間から自分の存在が薄まっていくのを感じ取ると、そっと足音を殺して二階の自室へと逃げ込んだ。一階ではまだ二人が話している声が小さく聞こえたが、ミズキは制服を脱いで寝巻になるとベッドに潜り込んだ。
次の日、驚いたことにあれだけの騒動を起こしたミズキの姉は、彼氏の家に帰っていた。姉は姉で彼氏にミズキとは別の意味で依存しているようで、母親にどう説得されても別れる気はないようだった。
ミズキは姉のことを気にかけてはいるようだったが、それは心配ではなく、怒りとかうっとうしさに近い感情のようで、姉がたびたび彼氏に叩かれて家に逃げ帰って来ても顔すら見せない。母親の話には耳を傾けず、むしろ聞きたくないといった様子でどんどんと部屋に閉じこもる時間が増えた。
ミズキの居場所はもはや美術室だけとなった。キャンバスに描かれた、恐ろしい表情を浮かべて咆哮するジャバウォックの絵を描いている問だけ、彼女は生き生きと鉛筆を握っていた。
敬之はもう来ない。メッセージすら来ない。付き合っているのかも怪しいが、それでもミズキは敬之の卒業作品を描き続ける。それは何のために描かれているのか、僕にも分からなかった。
1週間もするとジャバウォックの絵が仕上がった。出来は目を見張るものだ。
美奈子ほどの飛び抜けた技術力もない。キラキラと輝くような美しさも、人を惹きつけるような華やかさもない。そこにあるのは怒りと憎悪が詰め込まれた醜悪なドラゴンの慟哭だ。
一般的には醜いと称されるはずの歪なそれが、僕の目にはとても美しく見えた。
そうか、これがミズキの目に映る世界なんだ。ミズキの価値観と特殊な目から生み出される、彼女が考えている最高にカッコイイものが詰め込まれている。胸が踊った。視界が眩しく感じるほどの感動を僕は覚えていた。
「どう?出来た?」
ずっと姿を現さなかった敬之が突然現れる。もう部活が終わってかなりの時間が経っているのに、何故こんなタイミングで現れるのだろう。新しい彼女とカラオケでもした帰りなのかもしれない。
ミズキは少し驚いたように目を見開いたが、おずおずと仕上がったばかりのジャバウォックの絵を見せる。それを見た敬之はキャンバスを眺め、嫌悪に顔を歪めた。
「何この気持ち悪いの…これ、俺の卒業作品なんだよ?俺の名前で提出するのに、どういう神経してんの?」
そもそも他人に卒業作品を描かせる方がおかしいんじゃないか。あまりに無神経な彼の言葉に僕はイライラと足踏みをする。ミズキはそれでも描いた絵を今までになく気に入っているようで、遠慮がちに絵を手で示す。
「この子は不思議の国のアリスに出てくるジャバウォックっていうドラゴンなんだけど…」
まるで友人を紹介するようなノリだ。それはちょっと微笑ましくもあり、それだけミズキがこの絵を大事に思っている証拠でもあるだろう。
だが、敬之はすでにそれを醜悪だと言っている。表情から好感が読み取れないのは、僕の目には明らかだ。ミズキにはどう見えているのか分からないけど。
「アリスは知ってるけど、ジャバウォックなんて知らないよ。どうせならアリス描けよ」
「で、でも、この子は凄く強いドラゴンで…詩も凄く素敵なの!かくて暴なる想いに立ち止まりしその折、両の眼を炯々と燃やしたるジャバウォックって…」
詩を暗唱するミズキの前で敬之はキャンバスの端に爪を立てる。
嫌な予感がした。ついさっき、僕がリプレイした記憶と彼の指先の動きが重なる。
やめろ。
ビリビリと紙が引き裂かれる音がミズキの声を遮った。まるでトンボの羽を千切る子供のように、敬之は無邪気な笑顔でミズキの絵を引き裂く。
やめろ、やめてくれ。
美奈子が自分の絵に鉛筆を刺して破いてちぎっていく光景がフラッシュバックのように敬之の姿に重なる。
ビリビリ、ビリビリ。静かで、儚くて、耳が痛くなるような音に吐き気がする。人が頑張って、命削って生み出したものになんてことをしてくれる。いとも簡単に踏みにじるんだ。人の気持ちも知らないで。
怒りで頭が熱くなった。今にも血管が切れそうなほど、頭に登った血が僕の頭を圧迫して、ガンガンと酷い痛みを発する。
破片になって床に散っていくその絵をミズキが丸い目で見つめていた。状況がまるで把握出来ていない、思考が完全に止まった表情で彼女は散り散りなって落ちていく友人を見つめていた。
「ふっざけんな!人を何だと思ってる!見下すのも大概にしろ!!」
湧き上がる怒りで先に怒鳴ったのはミズキではなく、僕だった。
「ちょっと綺麗な顔してるからって調子乗ってんじゃねえぞ!舐めやがって!ぶっ殺してやる!」
今まで人に向かって一度も言ったことがないような汚い言葉が口をついて出た。僕の罵倒に反応するように、ミズキが不意にモニターに振り返った。
「アスカ…?」
「そんな男やめろ!そんな奴に依存すんな!勝手に一人で不自由すんな!そこはミズキの居場所じゃないだろ!」
僕の声にミズキの瞳が揺らぐ。何かを探すように彼女はモニターの方を向いたまま、視線だけで周囲を見回す。
「ミズキ、一緒に帰ろう!こっちにおいで!」
一瞬だけミズキと視線と僕の視線が交わった気がした。彼女は僕を見て、何かを言いたげに口を開いた。
「ちょっと聞いてる?やり直し」
敬之の声にミズキの視線が戻って行く。敬之はキャンパスの端にこびりつくテープを引き剥がしながら苦笑いしている。
「こんなんじゃなくて、ちゃんと卒業式っぽいやつにして。あと2週間しかないんだから、ちゃんと間に合わせてね」
紙が完全に剥がされてしまったそれを敬之はキャンパススタンドに戻すと、踵を返して教室から出て行く。ミズキはしばらくその後ろ姿を見つめていたが、彼の背中が見えなくなると、ほうきと塵取りを持ってくる。
心が死んでしまったのか、ミズキは無心で自分の絵の破片を集めると、そのまま塵取りでゴミ箱へと捨てた。
「なんでだよ…」
ミズキに自分の声が届いたような気がしていた僕は落胆で肩を落とす。それにルイスはクスクスと鼻で笑った。
「無駄だよ。君だって記憶を追体験している間に色んな人の声を聞いただろう。だけど、追体験しているものは過去の事象だ。変えられやしない。君と同じように、一瞬だけ思い出そうともすぐに忘れてしまう。ここに帰って来たら、誰の声だったかは思い出せるだろうけど、過去に君は存在しないのだから今は無理だ」
がっかりした気持ちもあるが、そう解説されてしまうと納得できる仕組みだ。確かに、これは彼女の過去の記憶だ。僕がここでどう喚こうが、声が聞こえようが、過去のことは変えられない。僕は嘆息する。
ミズキはキャンパスに新しい紙を水張りして家に帰った。さすがに食欲がなかったのか、その日の彼女は晩御飯を食べることを珍しく拒否した。胃炎の時ですら、僅かに残ったプライドで晩御飯を完食したのに。
姉は帰って来ない。母親もミズキの様子を気にかけてはいるが、ここのところずっと機嫌が悪かったミズキに積極的に話しかけたがらなかった。父親はいつも仕事で帰りが遅く、顔すら合わせることがない。幼少期にあんなに暖かかったはずの家庭が、僕の目にはどんどんとバラバラになっていくように見えた。
ミズキと敬之が付き合いだしてから、敬之は人目をはばからずに彼女の教室まで休み時間のたびに顔を出すようになった。敬之は目立つ容姿をしているためか、二人が付き合っていることはあっと言う間に周知の事実と化していた。
「瑞希が描くキャラクターはどれも個性的でいいね。他にはない魅力がある」
昼休みにミズキの教室でお弁当を食べた後に敬之がミズキのノートを眺めながら頷く。彼の片手にはそのノートと、もう片手にはミズキの手。彼はミズキの手の甲に頬を寄せながら、本当に楽しそうに微笑んでいた。
小学校での挫折を経て、すっかり大人しくなっていたミズキは高校では目立たない日陰者の位置にいる。そんな彼女の隣に目立つ敬之がいつもいるのは、僕から見ても不自然な光景だ。普通に暮らしていれば交わることのないような世界観の二人がずっと傍にいるのだから。
ミズキは握られた手こそ引っ込めなかったが、居心地の悪さを感じているのか、彼女は敬之の話を笑顔で聞きながらもたまに周囲を気にするように目線だけで教室を見回していることがあった。
「あ、ありがとうございます…」
「敬語はなしって言ってるじゃん。いつまでも瑞希は堅いなあ」
敬之はミズキに苦笑いする。
ミズキと敬之が付き合い初めてから半年が経とうとしていた。映像の始まりは夏が始まりそうなくらいの陽気だったが、季節は秋を過ぎて冬に差し掛かっている。敬之は冬服のセーターの上にブレザーを着こみ、さらにブランケットをいつも持ち歩いていて手放さないたり、寒がりなのかもしれなかった。
毛布のように肩にかけたブランケットがずり落ちるのを見て、ミズキがそれを彼の肩に掛けなおす。それを嬉しく思っているのか、敬之はパッと笑顔になる。
「そうだ、文化祭なんだけど美術部は一応、展覧会をやるんだ。人数も人数だし、地味だから教室に作品を置いておくだけなんだけど…瑞希も参加してくれるよね?」
「あっ、はい」
相変わらず押しの強い敬之の言葉に対して、ミズキは大概イエスマンだった。彼に押されて断ることに成功している場面を僕まだ見たことがない。今回もミズキの意見を聞く前から展覧会に参加前提で話を進める敬之に、ミズキは戸惑いを見せつつも頷く。
想像通りの回答だったのか、敬之は満足そうに微笑んで彼女の手を両手で握った。
「俺、今回はキャンバス3枚繋げてデカい絵を描こうと思っているんだけど、瑞希と合作したいと思っているんだ」
「えっ、あっ、そうなんですか?」
「うん。だから、半分担当して貰いたいな。テーマは迷子でいく。今日の放課後から打合せをしよう」
合作をしようと言っているくせに、テーマは勝手に向こうが決めている。そもそもミズキは合作については最初から聞かされてもいないし、承認のタイミングすら与えられていない。出会った時から強引になりがちだった敬之の手口は、日を追うごとにエスカレートしていく。
彼は彼女に断られたことがない。だから、断られる未来など最初から考えてもいないのだ。ポーズだけの疑問符は、きっと彼女に断られても別の理由をつけてねじ伏せるのだろう。ミズキは恐らくそのことにも気付いていない。
彼女からすれば、本来なら出会うことも出来なかったような学園の殿上人が恋人になっている時点で、自己肯定感の低い自分には不相応と思うだろう。断る気などハナからないのかもしれない。
断ったら、相手を困らせてしまうかもしれない。嫌われてしまうかもしれない。それは僕も美奈子を相手に考えたことがあるから、痛いほど分かる。
分かるのだが…美奈子を通した出来事で僕個人の意見を言うならば、そのまま彼の強引さに引っ張られた先の未来に良いものが見通せないのだ。簡単に言えば、ひたすらに心配だ。
「放課後、楽しみにしてる!また次の休み時間も来るね!」
予鈴が鳴る。敬之はブランケットを肩に掛けたまま、ミズキに笑顔で手を振る。それにミズキも控え目に手を振ったが、敬之がそれに気を取られて背後にいた女生徒とぶつかってしまった。
彼は女生徒から一歩下がり、眉を下げて笑って頭を下げた。
「ごめんねー、痛くなかった?」
「大丈夫ですよー!てか、のりピー先輩、日向さんのことマジ好きすぎー!」
「そりゃ、彼女だしね!」
ケラケラと笑う女生徒たちに敬之は笑いながら、いとも簡単にミズキを特別扱いする。
彼は自分の立ち位置を分かっているのだろうか。彼は先輩、後輩、同級生ともに人気のあるヒエラルキーの最上位に近い人間。上の人間が突然現れた人間をあからさまな特別扱いして、公にすることが一概に良いことばかりではないはずだ。
敬之が軽快な足取りで教室から出ていくのを女生徒のグループが見送り、彼女たちは彼が遠くまで離れたのを見計らって自分たちの席へと戻っていく。
「てかさ、日向さんのどこがいいんだろ…無口で暗いのに」
「言ってやんなよー!強いて言うなから顔が好みとか?」
「まじ?そんな美人かな?」
一応は声をひそめてはいるが、十分ミズキには聞こえる声量だ。ミズキはそれを前にしても、いつも通りに教科書とノートを机に並べた。聞こえていないふりは、彼女なりの必死の抵抗だったのかもしれない。
授業を終えたミズキは敬之が言った通りに美術室に向かい、彼と合作の打合せをする。打合せをする彼らはとても楽しそうで、絵が好きなミズキにとっても心から楽しめる時間だっただろう。敬之と合作に勤しむミズキの表情は、僕と一緒にキャンプ地で弾丸を作ったり、絵を描いていた時と同じくらい生き生きとしていた。
彼らの合作活動は一か月ほど続いた。出来上がった絵はどことなく不思議の国のアリスを連想させる仕上がりになっていた。
道に迷う小さな女の子の傍には丸くて可愛らしいコウモリや兎たちもおり、夢でしか出会ったことのない僕にも彼女らしいと感じられる要素がちりばめられていた。
ミズキが担当した左半分は限りなく夜に近い夕闇で、先ほどの可愛らしい動物たちこそいれど、どこか寂しげで陰鬱な色合いだ。対して、敬之が描いているのは迷子がこれからどこか明るい世界へ旅立っていけそうな明るい空と生命力に溢れた植物たちが彼らしい儚げな細い線で描かれていて、二つ合わせると陰と陽の綺麗なグラデーションとして仕上がっていた。
頬についてしまった絵具を指で拭いながら、敬之が絵からゆっくり離れて全体を見通す。出来上がったその作品を見て、彼は満足そうに目を細めて笑った。
「完成だ!凄いよ、瑞希がいてくれたからこんなに綺麗な絵が出来た!」
声を上げる敬之に対して、絵を見ているミズキは口を半開きにして目を輝かせている。高揚している頬が彼女の興奮を物語っており、何も言葉を発さずとも喜んでいるのは一目瞭然だった。
「さすが瑞希!俺の目に狂いはなかった!」
そう言って、彼はミズキを勢いよく抱きしめる。彼女が呆気にとられていると、その勢いのまま彼はミズキを抱き上げて一回転した。
まるで少女漫画の一コマだ。床におろされたミズキはしばらく驚いた顔のままだったが、敬之の顔を見て顔を赤くして笑いながら顔を逸らす。すると、敬之は彼女の逸れた顔を追いかけるように顔を覗きこみ、何も言わずにミズキの唇に自分の唇を重ねた。
音もないような静かなキスだった。実にスマートだ。照れて口元を押さえて笑うミズキに、敬之も一緒になって笑った。
「そんなに慣れない?初めてじゃないのに」
初めてじゃない。なるほど。
僕の眉尻が引くつく感じがした。
「やっぱり面白くないでしょう?」
あくまで声は笑っていなかったが、ルイスが腹の中で大笑いしていることが分かるようなニヤニヤ顔で僕を見ていた。僕はますます不愉快になって口を曲げる。
「べっつに」
「彼女のなーにがいいんだか」
ルイスも長い時間をここで一緒に過ごしていたせいか、最初に出会った時よりも随分と馴れ馴れしくなってきた。これだから彼のような人間とは反りが合わない。
「まだしばらくアリスの身に起きた、奇跡のような恋物語は続くけど、スキップするかい?」
彼の言葉に僕は押し黙る。
ここでスキップすると答えたら負けな気もするし、全部細かく全て見たいかって言われても、細かい部分は正直省いて欲しい気持ちもある。僕は彼女の細かい心の動きや境遇を見たいのであって…なんというか、あまり恋人同士らしい行動に焦点を当てる必要はないというか。
キスとかそれ以上とか…そういうのはプライバシーにも反するし、見ない方がいいだろう。そうだ、そうに決まってる。
「肝心な部分以外はスキップで」
「潔いじゃないか」
自分の中で納得のいく理由を見出したので、今回ばかりはルイスに賛同する。ルイスはそんな僕が面白くて仕方ないのか、キシキシと歯を鳴らして笑った。
彼がリモコンの早回しボタンを押すと、上手い具合に肝心な部分以外が飛んでいく。あえて僕が見ようとしなかったせいもあるかもしれないが。
ミズキと敬之の恋人関係は順調に1年以上の維持を見せた。ただ、問題があるのだとしたら、敬之に対して恋心を抱いている人間はミズキ以外にも学園には数多く存在していたことだ。
2年生になったミズキには女生徒たちから嫌がらせが増えた。廊下の端っこを歩いているミズキにわざと肩をぶつけて痛めつけてみたり、ミズキが席に帰るタイミングを見計らってわざと席を占領して談笑を行ってみたりと、静かに彼女に居場所は狭くなっていく。
敬之のいない場所では聞こえるような声で陰口を叩かれるのは日常茶飯事だ。ブスのくせに。根暗なのに。不釣り合いだ。遊びじゃないの。調子乗ってる。全て憶測でしかないのに、ミズキとちゃんと話したこともないのに、彼女たちはミズキに聞こえるように話し、嘲笑う。
そんなことが起きているとは思いもしない敬之は、それでも休み時間のたびにミズキの教室まで足蹴く通ってはミズキの手を握ったり、頬にキスをしたりとますますクラスメイトたちから反感を買う。その反感の矛先は、もちろんミズキに向かった。
ミズキは自分に自信がないせいか、そんなことがあっても敬之にはクラスの現状など話そうとはしなかった。もはや、彼女を支える柱は絵と敬之だけだ。敬之に嫌われるようなことをするのは、まだ狭い世界で生きなくてはならない高校生のミズキにとっては死を意味していたのかもしれない。
「今日も良かったら俺の家くる?」
部活が終わった放課後に敬之がキャンバスを片付けなからミズキに尋ねる。それに対して、ミズキは相変わらずのイエスマンで拒否することなく頷いた。
「行く」
顔には笑顔が浮かんでいるものの、この日のミズキの顔色は明らかに良くなかった。ミズキは日に日に増える嫌がらせに対し、元来頭痛持ちのミズキは更に胃を患うようになっていた。声もここまで元気が出ないとすると、この日は頭痛と胃炎で物凄く体調が悪かったのかもしれない。
しかし、敬之は気付かない。彼女の返答に彼は嬉しそうに笑うと、手を繋いで普段通りに下校した。
ミズキの家とは逆方向の敬之の家まで電車に乗り、二人が家に辿りつくと、いつもは家族に帰りを告げて玄関に入る敬之が無言で玄関に上がった。
「今日、親いないんだよね」
そう笑って敬之は階段を上がって行く。
「そうなんだ。お邪魔するね」
ミズキは何も違和感を感じていないのか、そのまま敬之の後を付いていく。それを見ている僕が一番、違和感を感じている。
いや、違和感っていうか、危機感か。それはまずいんじゃないかと思いながら、ハラハラとモニターに見入る。しかし、ルイスにはプライバシーに関わる部分はスキップをお願いした。まさかそんな展開が上映されることはないと信じたい。
敬之の部屋に入ると、敬之はすぐにブレザーの上を脱いでベッドに弾むように座った。付き合ってから何度もここを訪れているせいか、ミズキも特に緊張した様子もなく彼の隣に腰を下す。
何か談笑するでもなく、ミズキが座ったのを確認すると敬之が当然のようにミズキの肩を抱く。恋人になった彼らの間ではよくある流れなのかと思いきや、普段あまりこういう展開はないのかミズキが不思議そうに目を開いた。
敬之はそのままミズキの身体をベッドに倒し、上に跨る。
「ちょ、ちょちょ、待った待った!スキップって言っただろ!」
明らかに予想通りの展開になってきたので、僕はどうしていいのか分からずに片手で自分の顔を覆いながらルイスに声を掛ける。それでも続きが気になってしまって、つい指の隙間から見てしまう。モニターに映された敬之がミズキからブレザーを剥ぎ取っていくのが見える。
「肝心な部分は見たいと君が言ったんじゃないか、ジャバウォック」
「そういう肝心じゃない!」
「まあ、いいから見てなよ」
慌てふためく僕が面白くて仕方ないのか、モニターから目を離さずにはいるが、ルイスはお腹を抱えて静かに笑っている。
こんなの見ていいわけがないじゃないか。しかも、友人だぞ。割と満更でもなく思っている異性のだぞ。そう思いつつ、僕も指の隙間から見てしまうので、やはり僕の心は色んな意味で脆弱だ。
敬之はブレザーを剥ぎ取ってから、続けざまにミズキのシャツのボタンを開け始める。それにミズキは開けられたシャツを手で握って閉めた。
「ごめん、今日はちょっと…」
「え?なんで?もしかして生理?」
止められた敬之は不思議そうに首を傾げる。そもそも談笑も何もなく、部屋に招いていきなり致そうなんて、普通に考えてどうかと思うが、ついでに投げかけてくる疑問も不躾だ。
それに対して、ミズキは申し訳なさそうに目を逸らした。
「今日はその…お腹痛くて…頭も痛いし…」
「えー?大した事なくない?」
いや、大した事あるだろ。
僕の気持ちとは裏腹に敬之は不満そうに顔をゆがめる。様々な場面を早回しやスキップで見ていたとは言え、明らかに機嫌を損ねた敬之のその表情は初めて見るものだった。
まだ諦める気がないのか、敬之は一回止めた手を再開させる。無理やりシャツのボタンをこじ開けようとするのをミズキは首を小さく横に振って謝罪した。
「ごめんなさい、本当に今日はちょっと…」
「そう」
敬之は舌打ちをして、ミズキの上から身体を起こして立ち上がる。ミズキのいるベッドの脇にあるデスクチェアに座り直すと、聞こえるような大きなため息を吐いて黙り込んでしまった。
ミズキは服を直しながらベッドに座る。流れる気まずい沈黙にミズキはうろたえたように視線を泳がし、身を縮こませた。
「ごめんなさい…」
再度ミズキが謝罪するが、敬之は腕を組んで椅子に座ったまま何も喋らない。
ただただ、耳が痛くなるような沈黙が部屋を支配する。ミズキは自分の謝罪すらも無視されてしまったことで落ち込んでしまったのか、俯いてそれ以上話すことをやめてしまった。
部屋には静寂だけが残った。ミズキはベッドの上から動くことも出来ず、ただ置物のようにそこにいる。
キイキイと敬之がデスクチェアを回す音がする。敬之も喋らなかった。
「…なにこれ?」
顔を覆っていた手を下ろしながら、僕はこの異様な光景に思わず声を漏らす。まるで静止画を見せられているようだ。何も進まない。何も進展しない。窮屈で不自由な空間だけが画面に映し出されていた。
「肝心な部分だっただろう?」
「いや、まあそうなんだろうけど…たかがセックスを断っただけだろ。体調も悪いって言ってるんだから、こんな沈黙で責めなくたっていいのに」
僕にとって沈黙というのは一種の拷問だと思っている。自分が悪かったのかとか、何がいけなかったのかとか、黙り続ける相手に対して永遠に考える時間を問答無用で強いられる。敬之がやったことは明らかにモラルに欠けている。
正常な思考ならば、きっとここで話し合うなり、理由をもっと聞くなり、話題転換するなり色々な方法があっただろうし、ミズキは帰ることだって出来たはずだ。だけど、ミズキは帰ることすら出来ない。今までの流れで彼女の思考回路がもうまともじゃなくなってしまっているのが分かる。
こんな二人が一緒にこれから長い時間寄り添っていけるか考えると、やはりあまり良い未来は描けない。改善の余地は沢山あるのに、二人ともその問題点に気付いていないのだ。
「…いつまでそうしてんの?」
デスクチェアに座ったまま、目も合わせずに敬之が言い放つ。沈黙は2時間以上もあったが、ようやく出てきた言葉はそんな棘付いたものだった。
「え、あ…ごめんなさい…」
ミズキずっと謝ってばかりだが、それでも再度謝罪する。怯えた様子でミズキは立ち上がるが、そうは言っても当の敬之だって動こうとしていない。どうしたらいいのか分からずにミズキがその場で立ちすくんでいると、敬之はデスクチェアを回して背中を向けた。
「何もないなら帰れば?」
「わかった、ごめんなさい…」
ついさっきまで見ていた少女漫画のような展開が嘘みたいに凍り付いた空気だった。ミズキは悲しそうに肩を落とすと、剥ぎ取られたままだったブレザーを着こみ、鞄を肩に掛けて敬之の自室から廊下へ踏み出した。
「…お邪魔しました」
小さな声で振り返って彼女はそう言うが、敬之は振り返りもせず、無視を貫き通す。ミズキは静かに扉を閉めて敬之の家を後にした。
学校よりも遠い敬之の家から電車に乗って彼女が家に帰ると、すっかり外は暗くなっていた。重たい足取りで家路についたミズキが家の扉を開けると、いつも明るい彼女の母親がいつもに通り顔出した。
「お帰り!敬之くんの家に行ってたの?お夕飯出来てるわよ!」
「そうそう、お腹空いた」
先ほどまでの落ち込み具合から、もうちょっと暗くなっているのかと思いきや、ミズキは先ほどよりも声のトーンを上げて母親に返答する。母親の顔を見て元気が出たのだろうか。
最近のミズキの姉は専門学校に通っていて、忙しくしてるようだ。食卓にはラップが掛けられた夕食が4人分。父親と姉の分まで残っているあたり、彼女はミズキの帰りを待っていたのだろう。まだ作られてそこまで時間はたっていなかったのか、ラップはかけられていたが、ミズキがそれを取り払うとほかほかと湯気が立ち上る。
今日のメインディッシュはクリームコロッケだ。ミズキの正面に母親は座ると、二人は手を合わせて箸に手をつけた。
「敬之くん、元気してる?また遊びに連れておいでよ」
「そうだね、また連れてくる」
先ほどの恐ろしい沈黙の喧嘩を終えたばかりとはあまり思えない、前向きな返答をミズキが返す。その様子に母親は笑みを浮かべ、クリームコロッケを箸で割って口に運んだ。
「そういえば瑞希、杏の新しい彼氏のこと知ってる?ちょっと変な人みたいなの」
母親の言葉にミズキが顔を上げる。ミズキの母親は陽気で呑気な雰囲気をまとう明るい人だ。そのせいもあってか言葉にあまり危機感を感じないが、彼女の口からネガティブな話題が出ること自体がとても珍しい。
「あまりファッションに興味がなさそうで、スニーカーもボロボロだし…。でも、それよりも性格がちょっとねえ…杏が困ってるみたい」
「そうなんだ、大変だね」
母親の言葉にミズキは一応、聞いているような返事はしているが、どこか上の空な口調には母親の話題に対する興味のなさが滲んでいる。しかし、母親はそんなミズキの反応に気付かない。
この長いリプレイを見ていて分かったことなのだが、ミズキは小学校の時に経た自分の価値観での挫折を機に、自分が本当に思っていることと違うことを話すことを学んでしまっているようだった。
彼女の持つ圧倒的マイノリティに属する個性は、残念ながら日向家を始めとして多くの人が共感できないものだ。だが、人間は群れをなして生きる。群れをなくして生きてはいけない。だから、ミズキは群れの中で生きていくために、大勢がよく口にする模範解答を学んで、それを真似るように口に出すのだ。
今の彼女には中身がなかった。あんなに強烈な個性を持っているのに、それをミズキ本人が殺してしまっている。
不思議の国に迷い込んだ時の僕と同じだ。自分の言動すら疑って、人の顔を伺っては手探りで正解を探し出すしかない。本来の自分を見せることで、誰かを傷つけるとミズキは信じ切っているのだろう。
日向家は明るく、穏やかな家庭だ。それゆえに呑気で、次女が少しずつ壊れていくことに気付かない。今もミズキの心がどこかへ行ってしまっていることに、母親は気付けない。
「彼氏の束縛が酷いみたいで、杏は何もしていないのに浮気を疑ったりするんだって。杏が選んだ人だから、お母さんはその気持ちを優先してあげたいとは思っているんだけど…瑞希が連れてきた敬之くんは清潔感もあって礼儀正しいし、明るくていい子なのにねえ」
母親の言葉に白飯を突いていたミズキの手が一瞬だけ、ピクリと止まったが、彼女は何もないように小さく笑みを浮かべて夕飯の続きを再開する。
「敬之くん、かっこいいからね」
薄っすらと浮かぶミズキの笑顔は何故か少しばかり満足げだった。あんな酷いデートを終えたばかりなのに、声は明るくすら聞こえる。
ここまできて、僕はようやく合点する。彼女が家族に敬之にされたことや、自分がどう思ったかを全く話さない理由。それはプライドだ。
儚いプライド。絵と敬之しか手札のないミズキにとって、姉に勝てる唯一の切り札は敬之だ。容姿端麗で話術に長け、学園のヒエラルキー上位の彼氏は彼女にとっての数少ないアドバンテージで、それにしか今の彼女は自分自身に価値が見出せない。
だから、敬之と上手くやっているように見せていた。見せていなくてはいけないのかもしれなかった。
「ただいまー!」
そんな話をしていると姉が丁度帰宅する音が聞こえる。母親は玄関の方に少しだけ身体を傾けると、ミズキにするように声をかける。
「杏、おかえり」
「わ!良い匂い!今日のご飯も美味しそー!」
玄関からリビングへ姉がトートバックを肩から下げて笑顔で現れる。相変わらず元気な彼女は鞄をテレビ前のソファに投げると、すぐにミズキの隣に着席して夕飯のラップを取り払った。
「瑞希も一緒の夕飯久しぶりじゃん!元気してた?」
4人で一緒に住んでいるはずなのに、やはり瑞希が一人暮らしをしているような感覚は全員に一応あるらしく、姉の口からは僕が思ってもなかった挨拶が飛び出す。
僕の家の方がよほど荒れていたのに、逆に僕の家は全員が僕の部屋に集まって喧嘩したり、夕飯は固定で強制全員集合だったりと、常に親が傍にいる謎の空間が広がっていた。家族に対して久しぶりと口で言ったことはない。
「あ、うん…」
ミズキは姉に苦笑いしながら答える。一応は笑顔ではあるが、苦虫を噛みつぶしたようなその表情と口調からは歓迎の意図は読み取れない。
それでも姉も母親もミズキの様子に気がつかない。
「ねえ、聞いてよー!今日も彼氏のメールが止まんないの。しょーがないから、途中でスマホの電源を切ったんだけど、後で連絡したら死ぬとか言ってさー」
姉の口から早速出てきたのは、母親が話していた例の彼氏のようだ。姉はあっけらかんとそれを話し、笑顔のまま溜息を吐くくらい明るいが、言っていることはとんでもない。そんな男がこの世にいるのかと僕は絶句する。
美奈子に入れ込んでいた僕も大概おかしかったと思うが、そこまで腐ってはなかった。なかったと思いたい。
「だから、ご飯食べたら会いに行かないと機嫌直してくれないんだ」
「またー?やめなさい、そんなのー」
言葉通りに急いでご飯を口にかき込む姉に、母親は苦笑いしながら軽くたしなめる。しかし、その声色にはあまり真剣さがなく、どこか茶化すようにも聞こえる。
というか、傍から聞いていると明らかにまともな彼氏には聞こえないし、ご飯を食べてすぐに彼氏にご機嫌伺いしなくてはならない状況は完全に狂っている。なのに、日向家の人間はみんなが明るすぎて気付いていない。もうここまでくると、さすがと褒めるのもはばかられる。
姉の彼氏の話題で盛り上がっている食卓で、ミズキは黙々と黙ってご飯を食べる。姉が来てすぐに黙り込んでしまう彼女は、やはり姉に猛烈なコンプレックスを抱いているのだろう。
姉はすぐに夕食を完食し、慌ただしくまた家を出て行く。それを母親は笑顔で見送り、夕飯を再開した。
「…瑞希、杏の彼氏どう思う?やっぱり変よねえ?」
のんびりとした口調で食卓に残された瑞希に母親が問う。それに対して、ミズキはただ静かにクリームコロッケを口で租借しながら頷く。
「そうだね」
「お母さんも最初はやめとけって言ったんだけど、あんまり言うのも可哀想だから瑞希からも言ってあげてよ」
上の空のままの瑞希に母親は困ったように眉を寄せつつも、明るく笑った。
横から聞いていると、母親はこれ以上もう姉に対して悪役になるのを恐れているように聞こえる。母親が言って可哀想と思うことを、何故娘に言わせようとするのだろう。それは自分に向くかもしれない嫌悪を瑞希に分散するための逃げ口実にも聞こえてしまった。
ミズキがそれに対してどういう感情を持っているのかは、見ているだけでは分からないが、ミズキは首を縦にも横にも振らずに完食した皿を前に手を合わせた。
「ごちそうさま」
「あれ?お代わりいらないの?」
「うん、もうお腹いっぱい」
引き留める母親にミズキは淡々とそれだけを言い残すと、二階の自室へと上がっていった。この日のミズキは随分と夜遅い時間までぼんやりと外を眺めて、明け方にようやく眠った。
次の日、敬之は休み時間にミズキの教室に顔を出さなかった。ミズキは敬之が来ないことに強い焦りを感じたのか、震える手で彼女は必死にスマートホンにメッセージを打ち込んでいた。
内容はただただ謝罪の文章だった。あの時のミズキの対応に非があったようには見えなかったのに、ミズキはあれこれ理由を付けて謝罪する。
あなたの気持ちを考えなくて、ごめんなさい。傷つけてごめんなさい。自分勝手なことを言ってしまってごめんなさい。何も言えなくてごめんなさい。すぐに帰らないで気まずい思いをさせてごめんなさい。
もう無茶苦茶だ。モニターを見ている僕は思わず頭を抱える。彼女はやけに僕に謝る癖があったが、こういう遍歴があったのかと思うと納得できるが、ごめんなさいで責め立てられた身からすると胃が痛くなる文章だ。
結局、敬之からの返信はなく、ミズキはガタガタと震えながら1限目の授業を受ける。授業中も教師の目を盗んでミズキは逐一メッセージの返信がないかを確認するが、既読のまま返信は一向に来ない。
板書は表面上きちんとノートに写し取ってはいるが、ミズキは完全に上の空だった。気もそぞろのまま授業を終えた。次の休み時間に入ると、すぐにミズキはスマートホンを取り出して、先ほどのメッセージに新しい文章を打ち込み始める。それでも会いに行かないのは、きっとミズキが顔を合わせるのが怖いのだろう。
もうすでに謝罪のネタは尽きているだろうに、彼女は必死に思考を巡らせて他に謝罪できる点がないかを考えているようだった。嵐のような謝罪文章を打ち込んで、送信ボタンを押そうとした時、不意に彼女の前に細長い影が落ちる。
「…ねえ」
震えるミズキの前に不機嫌そうに口を曲げている敬之の姿があった。返信もせず、彼は直接会いに来ることを選んだようだったが、声色からしてまだ機嫌は直っていない。
ミズキは彼の姿を確認するなりすぐにその場で起立する。涙が浮かんだその瞳には怯える感情がありありと読み取れた。
「あっ、あの、その…ごめんなさい」
「分かってくれたんなら、いいんだよ」
しどろもどろに謝るミズキに敬之が口元だけで少しだけ笑った。
「…は?」
僕は思わず声を出す。
何が?何が分かれば良かったんだ?ミズキが謝罪する理由もよく分からないし、なんでこんなに人に謝罪させて得意気になるのか全然理解できない。
普通、こんなに人に謝罪されたら胸糞悪くならないか?そもそも、論点がおかしい。いや、おかしい以前に論点が存在しない。不毛だ。不毛にも程がある。
僕の様子にルイスはモニターを見ながら手を叩いて笑った。
「君とは対局に位置する人間だろう?呆れたんじゃないか?」
「呆れたっていうか…こんなことあるのか?」
「あるさ。往々にしてある。みんなが君みたいにいちいち相手と自分を同一化させて、必要以上に感情を汲み取って生きてると想ったら大間違いさ。彼は人の謝罪で自分が相手より格上であることに快感を覚える。だから、ミズキの謝罪が気持ちいいのさ」
ルイスの解説を聞いて僕はどうにもならない不快感を覚える。どう考えても、相手を下にも上にもみる方が居心地が悪いものだろう。どんな相手だろうと、愛する人間であるなら自分と対等でいて欲しいし、高め合っていける存在の方が有意義だ。それを何故、愛しているのに踏みにじっていくのだろう。
「君は逆に人の気持ちに敏感すぎる。必要以上に相手の感情を汲み取るから、コミュニケーションを上手くやろうとすれば、饒舌なその舌が嘘を吐いてでも自分の居場所を確保させてくれる。君が生きづらかったのは、本当の自分の言葉で話せないことが原因だ。アリスも同じなのだろうが、彼女は価値観ゆえに共感性に欠ける。だから、相手の感情を君ほど汲み取ることも出来ないのさ」
そう言われて、僕は思わず黙り込む。確かに、思い返せばミズキは僕の愚痴や弱音に共感を示していたかと言われれば、心からの共感ではなかったように思えるからだ。
彼女はきっと、周囲に馴染むために共感力を磨いてきたのだろう。日向家自体がそもそもマイペースで明るすぎる人々だ。その中で一番共感力があるのはミズキのように見えるが、ミズキには生まれ持っての価値観ですでに共感性にはハンデがある。
全部が全部、彼女が共感していなかったわけではないだろう。でも、僕の弱音や愚痴に対する彼女の感想は共感よりもしっくりくる単語が一つ、頭の中にあった。
リスペクトだ。あれは僕の不自由さや生きづらさから生まれる、歪な何かに彼女は憧れていたのではないだろうか。喋ることのできない友達、何かのハンデを抱える特別支援学級の子供たち、喘息を持つ敬之。彼女が惹かれる人たちは皆、歪なのだ。
「…共感だけが全てではないし、彼女の感性は素敵だと思うよ」
モニターを眺めながら、僕は腕を組む。
だって、彼女が僕と出会ってそこに憧れや魅力を感じてくれなかったら、今の僕はいない。少し欠けた彼女の共感力があったから、僕は気兼ねなく弱音も愚痴も話せた。自分に向けられた純粋なその好意が、僕を救ってくれたのは間違いない。
「僕はもっとミズキには、価値観を隠さずにマイペースに生きててほしい」
「ここまで見て、君も諦めが悪いね」
ルイスは僕の言葉を真に受けていないのか、彼はまるで勝負に勝ったかのような口調で喉をクツクツとさせて笑った。
敬之はミズキの謝罪でまるで何もなかったように、昨日と同じように気の向くままにミズキを可愛がった。その異様な手の平返しにミズキは気付いていないのか、安堵に旨を撫でおろして今まで通りに敬之と一緒に絵を描いて過ごした。
放課後の帰り道でミズキと敬之は画材を買いに百貨店に併設された小洒落たホームセンターへと寄った。そこにあるマジック用の道具を見て、ミズキが目を輝かせて敬之に指さして見せた。
「ねえねえ、敬之くん!見て、マジックの道具が沢山あるよ!」
嬉しそうにマジック用品が揃っている棚へと向かうミズキに敬之は鼻で笑った。
「マジック?そんな子供っぽいこと、もうやらないよ」
「えっ」
「だって、これから受験で忙しいし、やってる暇なんかないよ」
そう言って、敬之はさっさと画材コーナーを探して歩き去ってしまう。ミズキは一瞬だけ呆気に取られたようだったが、歩き去ってしまうその背中を見てトボトボと後に続いた。
敬之は受験勉強の影響なのか、日に日に人格を変えていった。あれだけ生き生きとやっていたマジックをもう二度とミズキには見せてくれなかったし、絵を描く頻度も落ちていった。廃部に王手ということもあってか、一応は美術室には顔を出すのだが、彼は絵の頻度を減らして勉強に励む時間が増えていく。彼の親は学歴に厳しい価値観を持っているようで、彼が受からなくてはいけない学校のハードルはとても高かった。
敬之のマジックでミズキは素敵な魔法にかかったはずだったのに、その魔法がどんどんと消えていく。魔法使いだった敬之の杖であるトランプは、今はもう部屋の隅で埃を被っていた。
受験の時期が終われば、敬之は元に戻るのではないかと僕は淡い期待を抱いていたが、残念ながらそんなことはない。
受験勉強で苛立つ敬之の機嫌は本当に些細なことで悪くなり、悪くなるたびにミズキはずっと謝罪をして機嫌を直していた。勉強で忙しいのにごめんなさい。気が利かなくてごめんなさい。お願いだから別れるとか言わないで。悪いところ直すから。気を付けるから。本当にごめんなさい。
もうミズキ自身も何に対して謝罪をしているのか、深く考えることを諦めてしまったようだった。彼の機嫌が直るまで永遠に謝った。それが彼のワガママを増長させてしまったのか、彼は事あるごとに彼女を責め立てては「分かればいいんだよ」と満足そうに笑うようになった。
受験が終わったところで、そんな長い時間かけて出来上がってしまった関係が修復されるわけもない。受験には成功したものの、彼はどんどんと傲慢で横柄になっていった。それどころか、受験で良い学校に受かったことで彼はますます天狗になってしまう始末だ。
「卒業作品描くの手伝ってよ」
部員が全員はけた後、残って絵を描いていたミズキに敬之テーブルに腰かけて言い放った。絵すらほとんど描かなくなった彼の手には小さな魚の形をした金属の塊を持っている。その先には透明な糸が下がっており、針がついている。
ルアーだ。受験勉強を終えた彼の新しい趣味は釣り。もうミズキが初めて出会った時の人物とは遠くかけ離れた人間が、出会った時と同じ顔で笑っていた。
「俺ちょっとこの先しばらく予定が詰まっててさ。キャンバス水張りしといたから、下書きしておいて。何でもいいから」
下書きからお願いする絵など、それはもう彼の卒業作品ではないのでは…そう思っている僕がおかしいのかと思うくらい、そんな無茶ぶりをされたミズキは当たり前のように頷いた。
「うん、わかった」
ミズキは自分が描いていたキャンバスを片付け始める。それに合わせて敬之は自分のキャンバスを彼女のキャンバススタンドに乗せると、鞄を肩に引っかけて振り返りもせず手を振った。
「じゃあ、後よろしく。先生にバレないようにしといて。期限は3月いっぱいまでだから」
「わかった」
敬之の言動にミズキはもう何の疑問も抱かないようになってしまったのか、それとも考えることを諦めてしまったのか、ただただ彼の命令を聞く。これでは、ミズキは彼女というよりも奴隷だ。
彼に与えられた真っ白なキャンバスを前に彼女は新しい作品を考え始める。鉛筆を握り、スツールに座り続ける彼女の目の下には色濃いクマが出来ており、食欲も減ってしまったせいか随分とヤツれて見えた。
ただでさえ女生徒たちからの嫌がらせが絶えないのに、頼みの綱の敬之もあんな状態だ。それでも、彼女が敬之にすがり続けるのは、今の彼女に残された切り札が変わらず彼だけだからだろう。
彼らの間に残されたのは、もう愛ではない。依存だ。ミズキも敬之も、自分のすり減ったものをお互いで補填するだけの栄養剤。親の重圧が強そうな敬之も、恐らく受験勉強で大きくすり減ったものや、溜め込んだ鬱憤があるのだろう。彼がミズキを手放さないのも、きっと彼にとってミズキが一番都合がいいからだ。
ミズキは絵の描きすぎで手首が痛いのか、鉛筆をキャンバスに走らせながら時折手首を揉んだり、さすったりする。それでも、彼女は何の疑問も抱かずにキャンバスに向かう。どこからどう見ても、今の関係はすでに破綻しているのに気付こうとしない。
不意に、ミズキの視線が何かを捉える。さっきまで敬之が座っていた机の上には、紫色をした円形のプラスチップで出来た手の平サイズの物体が落ちている。ミズキはそれを拾い上げ、慌てて美術室を飛び出した。
それはモニターの中で頻繁に見かけた、敬之の喘息を予防するための薬だ。喘息には発作用の吸引器と予防用の吸引器が存在しているらしい。予防にせよ、発作用にせよ、大事なものには変わりない。彼女はそれをすぐに敬之に届けようと考えたようだ。
パタパタと小走りに彼女は校舎口へと向かう。道すがらスマートホンで敬之に忘れ物をしている旨を伝えてみるが、既読にすらならない。予定が詰まっていると言っていたし、すでにお取込み中で見る暇もないのかもしれなかった。
ミズキが下駄箱で靴を履き替え、校庭に出ようとしたところでクスクスと笑い合う男女の声が耳に飛び込んでくる。聞き覚えのあるその声に、ミズキは思わず下駄箱の影に身を潜めた。
「富樫くん、彼女いるんじゃなかった?」
「えー、いないよ?」
富樫という苗字に僕は頭を抱える。想像できないことではなかったが、そうでないと信じたかった。ミズキは驚いたように目を見開く。ミズキが下駄箱から声のする方を覗き込むと、そこには敬之と綺麗な女生徒が談笑している姿があった。
「これから一緒にどっか行かない?受験終わって暇なんだよね」
「そうなの?まあ、鬼のように勉強頑張ってたしね。私も受験で疲れたから、一緒に打ち上げでもする?カラオケとかでパーッと!」
「いいね!俺もカラオケ好き!」
ミズキには卒業作品を描く暇もないほど予定が詰まっていると話していたのに、舌の根も乾かぬうちに敬之は目の前の女生徒を遊びに誘っている。敬之に誘われた彼女も勿論、満更でもないようで嬉しそうに彼の隣を並んで校庭へと出て行く。
僕はミズキが泣いてしまうんじゃないかとハラハラとモニターを見つめていたが、ミズキは呆然と二人の背中を見て立ちすくんでいた。
「あ、予防薬忘れてきた」
歩き始めた敬之が自分の鞄の中を見て呟いた。それに女生徒は首を傾げる。
「喘息の?大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫。家に予備あるし、発作用のはあるから」
敬之は明るく笑って、女生徒の手を取った。女生徒は少し戸惑ったようにその手を見たが、頬を少し高揚させて握り返した。
立ち去っていく2人の背中を見ても、ミズキは泣かなかった。けれど、彼女は肩を落として美術室へと戻って行く。重たい足取りでトボトボと戻ってきたミズキは、またスツールに座って絵を描き始める。
彼氏が浮気していると知っていて、暇を持て余していると知っていて、それでも彼女はキャンバスに鉛筆を走らせる。春らしい桜と校舎が薄っすらと描かれていたそのキャンバスを途中まで描き進めていたが、彼女は突然それに消しゴムをかけ始める。大胆に、全てを白紙に戻していく。
白紙に返ったそのキャンバスに、ミズキはまた改めて鉛筆を走らせる。さっきまで遅かった筆が急に早くなり、絵の全容がみるみる浮かび上がってくる。
夜遅くまで部室に残って彼女が描き上げたキャンバスにいたのは、醜い顔で前歯を見せて威嚇するドラゴンの姿だ。
「ジャバウォックだ…」
モニターに映る彼女の絵に僕は思わず声に出す。僕が何度も読み返した童話の不思議の国のアリスの挿絵にいる醜悪なドラゴン。特徴的な前歯と巨大な目玉、長い首をしたその化け物は彼女のキャンバスの中でパワフルに、激情に溢れて、酷く醜いそれが心を動かされるほどの迫力で吠えていた。
「怒っているんだろうね」
ソファの背もたれに寄りかかり、ルイスは頭の後ろで手を組んだ。
「汚い絵だ。そもそも、ジャバウォックというモチーフが美しくない。彼女の美的感覚はイカれてる」
「でも、恰好いい。醜悪で目を覆いたくなる感じがシビれるじゃないか」
彼女が持って生まれた、歪なものが美しく見える瞳から生み出されるそれは、彼女の瞳を通さなくては誰も見られない。それだけ素晴らしいことがあるだろうか。才能だ。彼女の中でずっと殺され続けてきた強烈な個性が残されていたことに僕は嬉しくて笑う。
「一般的な「美しい」が必ずしも美しいわけじゃない。一般的な、世間尺度で計る感覚だけじゃ新しいものなんて何も生まれないじゃないか。違うから高め合って、進化していけるんだろ。彼女は凄い人だよ」
「まだ言うのか…」
モニターを前にニヤつく僕に、ルイスは辟易したように溜息を吐いた。
僕はこんなに長い時間をミズキと一緒に過ごしてきたのに、本当に何も知らなかった。ミズキが世間体に囚われて、迷子になったまま自分の個性を殺しているなんて知りもしなかった。
勿体ない。羨ましい。心からそう思った。美奈子に抱いた劣等感と憎しみがこもった嫉妬じゃない。このまま、その個性を抱いて走り抜けていって欲しい。その魅力を存分に僕に見せつけて、差を付けて欲しい。限りなく尊敬に近い、明るい嫉妬がそこにあった。一心不乱にキャンバスに向かう彼女は僕の目から見ると、生命力に溢れていて美しかった。
ミズキは下書きを終えると、首を回したり、伸びをしたりと軽いストレッチをする。そのままキャンバスをしまって、彼女は家路につく。心なしか彼女の顔は少しスッキリしているように見えた。
いつもほどは重くない足取りで家に帰ると、いつも明るい母親が顔を出さない。ミズキがリビングを覗き込むと、そこには床で泣き崩れる姉がおり、それを母親が背中をさすって慰めていた。
ミズキの姉の彼氏も、あれから酷い変化を遂げていた。もともと地雷臭のする男ではあったが、束縛が行き過ぎて姉に同棲を強要していた。姉はそれに従って家を出て行ったので、どうなったものかと思っていたが、やはりロクでもない展開を迎えてしまったようだった。
急に家の中で始まった悲劇にミズキは驚きよりも困惑した様子で、おずおずと声を掛けた。
「…ただいま」
「瑞希!ちょっと聞いてよ!」
何事も笑顔で話す彼女の母親が、珍しく怒っている。真剣さに欠けた様子はなく、迫真に迫る母親に気圧されてミズキは静かにリビングに上がる。
「どうしたの?」
「杏が彼氏に叩かれてたんだって!何回も!可哀想でしょう!」
母親は一息にそこまで言うと、泣き続ける姉の背中をさすりながら顔を覗き込んだ。
あの男はついに暴力まで振るうようになったのかと思うと気が遠くなるが、不幸中の幸いで姉の身体に大きな外傷はなく、痣も赤くなった肌も見受けられない。僕は内心、少しだけ安心してしまう。
「今まで誰にも言わないで頑張っていたのね。辛かったね、頑張ったね。そんなに我慢しなくて良かったのに、杏は気が弱いから…」
並べ立てられる母親の同情や愛情を一身に受けながら、姉はただただ泣き続ける。その様子を見ているミズキは、とても冷めた目をしていた。
彼女の中にあるのは虚無だ。恐らく、彼女は同情などしていない。むしろ、ミズキ自身も様々なコンプレックスを抱いて日々を生きているのに、母親は姉にしかその言葉をかけない。いつだって笑顔で輝いていて、母親と同じ価値観で母親の気を引くのが上手い姉を贔屓しているように見えていたのかもしれない。
彼女の姉は確かに可哀想だ。明るく楽しく生きていたはずなのに、突然に訪れた悪意に挫折している。だけど、それを言えばミズキだってとうの昔に価値観の違いと悪意を前に挫折している。その時の彼女には寄り添う家族は誰もいなかった。ミズキはただ一人で自室にこもって、談笑する家族の真上で眠れない夜を過ごしていた。彼女には背中をさすってくれる人はいなかったのだ。
「それは酷いね、大丈夫?」
色々思うところはあるだろうが、ミズキはいつも通り模範的な回答を返す。それに対して姉はすすり泣き、涙を拭って、掠れる声を絞りだした。
「でも…彼は私がいないとだめなの…。私も、私みたいなのと結婚してくれるような人は彼しかいないし…」
「だからって暴力はおかしいでしょう!」
姉の言葉に力強く反論する母親を見て、ミズキはチラと二階を見る。恐らく、ミズキは自室に帰りたくて仕方ないのだ。だが、空気が空気だ。これじゃ帰るに帰れない。
「薄情な女だ」
ルイスがひじ掛けにだらしなく上半身を預け、もたれかかる。
「姉が泣いているのに、顔色ひとつ変えない」
「痛みを比べてるんだろ」
僕は自分の顎を撫でながら返答を返す。コイツのあしらい方も慣れてきた。
「ミズキは幼少期にすでに理不尽な仕打ちを受けて、一人でそれに対処してきた。事実はどうあれ、誰も助けてくれなかったと彼女は感じている。彼氏も今はあんなんだし、彼女の精神状態も崩壊してるに近い。その状態で、今更のように姉が自分と同じような仕打ちを受けて泣いているのを母親が慰めてるのを見たら、誰にも寄り添われないでいる自分の痛みの方がずっと辛いと感じるだろ。ミズキの挫折は幼少期、姉はもう成人してる。時間を比較すればミズキの方が長い」
自分の痛みと他人の痛みを比較する時、僕がやっていた計り方がある。時間や怪我などの数値化、可視化出来る物的証拠を集めて比較するのだ。
アマネから言われた言葉を借りるなら、怪我に大小もない。痛かったものと骨折したものを比べても、痛いことには変わりない。それを理解した上であえて比べる例を上げるなら、僕も幼い頃から父親から体罰を受けてきている。ミズキの姉の赤くすらなっていない肌と、僕の肌に残った痣を見比べて、可視化した時にどちらが痛そうかと言えば、僕の方が痛そうに見える。ミズキがしている比較はそれに近い。
本質はそこじゃないのだろう。姉は初めて向けられた理不尽な仕打ちに対する抗い方を知らない。対処法が分からないことが問題だ。だけど、今のミズキにはそんなことを考えている余裕はない。今の自分が痛くて辛いから、誰にも分かってもらえないから、姉と自分の痛みを比べて計って、自分の方が痛いと怒っている。
自分の怪我を誰も手当してくれないことが腹立たしいのに、彼女にはその場からすぐに姿を消せるほどの勇気もないし、自分の気持ちを殺し続けた彼女には、今まで精一杯学んできた世間一般の模範解答を口に出すしか対処方法が分からない。
だから、こんなにちぐはぐで、一歩間違えば喜劇のような悲劇がリビングで行われている。そして、みんなが自分の気持ちで一杯だから、誰もその状況に気づけないのだ。
「君は難しい話をするのが好きなんだね」
「そうかな?僕は自分で考えていることをそのまま口に出しているだけだけど」
理解に苦しむと言いたげに眉間を押さえるルイスに僕は半笑いで答える。
「自分の気持ちを押さえないで好き勝手に話せって言われたら、これくらいいくらでも話せるよ。個人的な僕の解釈、もっと聞かせてやろうか」
「もういいよ、頭が痛くなる」
ルイスは僕の言葉にそれ以上を返さず、モニターへと視線を戻した。そんなに難しいことばかり話してるんだろうか。別にどう思われたっていいけど。
ミズキはとりあえず姉と母親の話に形式上、耳を傾けてはいたが、恐らく大部分は聞いていない。上の空になりがちな彼女は二人の間から自分の存在が薄まっていくのを感じ取ると、そっと足音を殺して二階の自室へと逃げ込んだ。一階ではまだ二人が話している声が小さく聞こえたが、ミズキは制服を脱いで寝巻になるとベッドに潜り込んだ。
次の日、驚いたことにあれだけの騒動を起こしたミズキの姉は、彼氏の家に帰っていた。姉は姉で彼氏にミズキとは別の意味で依存しているようで、母親にどう説得されても別れる気はないようだった。
ミズキは姉のことを気にかけてはいるようだったが、それは心配ではなく、怒りとかうっとうしさに近い感情のようで、姉がたびたび彼氏に叩かれて家に逃げ帰って来ても顔すら見せない。母親の話には耳を傾けず、むしろ聞きたくないといった様子でどんどんと部屋に閉じこもる時間が増えた。
ミズキの居場所はもはや美術室だけとなった。キャンバスに描かれた、恐ろしい表情を浮かべて咆哮するジャバウォックの絵を描いている問だけ、彼女は生き生きと鉛筆を握っていた。
敬之はもう来ない。メッセージすら来ない。付き合っているのかも怪しいが、それでもミズキは敬之の卒業作品を描き続ける。それは何のために描かれているのか、僕にも分からなかった。
1週間もするとジャバウォックの絵が仕上がった。出来は目を見張るものだ。
美奈子ほどの飛び抜けた技術力もない。キラキラと輝くような美しさも、人を惹きつけるような華やかさもない。そこにあるのは怒りと憎悪が詰め込まれた醜悪なドラゴンの慟哭だ。
一般的には醜いと称されるはずの歪なそれが、僕の目にはとても美しく見えた。
そうか、これがミズキの目に映る世界なんだ。ミズキの価値観と特殊な目から生み出される、彼女が考えている最高にカッコイイものが詰め込まれている。胸が踊った。視界が眩しく感じるほどの感動を僕は覚えていた。
「どう?出来た?」
ずっと姿を現さなかった敬之が突然現れる。もう部活が終わってかなりの時間が経っているのに、何故こんなタイミングで現れるのだろう。新しい彼女とカラオケでもした帰りなのかもしれない。
ミズキは少し驚いたように目を見開いたが、おずおずと仕上がったばかりのジャバウォックの絵を見せる。それを見た敬之はキャンバスを眺め、嫌悪に顔を歪めた。
「何この気持ち悪いの…これ、俺の卒業作品なんだよ?俺の名前で提出するのに、どういう神経してんの?」
そもそも他人に卒業作品を描かせる方がおかしいんじゃないか。あまりに無神経な彼の言葉に僕はイライラと足踏みをする。ミズキはそれでも描いた絵を今までになく気に入っているようで、遠慮がちに絵を手で示す。
「この子は不思議の国のアリスに出てくるジャバウォックっていうドラゴンなんだけど…」
まるで友人を紹介するようなノリだ。それはちょっと微笑ましくもあり、それだけミズキがこの絵を大事に思っている証拠でもあるだろう。
だが、敬之はすでにそれを醜悪だと言っている。表情から好感が読み取れないのは、僕の目には明らかだ。ミズキにはどう見えているのか分からないけど。
「アリスは知ってるけど、ジャバウォックなんて知らないよ。どうせならアリス描けよ」
「で、でも、この子は凄く強いドラゴンで…詩も凄く素敵なの!かくて暴なる想いに立ち止まりしその折、両の眼を炯々と燃やしたるジャバウォックって…」
詩を暗唱するミズキの前で敬之はキャンバスの端に爪を立てる。
嫌な予感がした。ついさっき、僕がリプレイした記憶と彼の指先の動きが重なる。
やめろ。
ビリビリと紙が引き裂かれる音がミズキの声を遮った。まるでトンボの羽を千切る子供のように、敬之は無邪気な笑顔でミズキの絵を引き裂く。
やめろ、やめてくれ。
美奈子が自分の絵に鉛筆を刺して破いてちぎっていく光景がフラッシュバックのように敬之の姿に重なる。
ビリビリ、ビリビリ。静かで、儚くて、耳が痛くなるような音に吐き気がする。人が頑張って、命削って生み出したものになんてことをしてくれる。いとも簡単に踏みにじるんだ。人の気持ちも知らないで。
怒りで頭が熱くなった。今にも血管が切れそうなほど、頭に登った血が僕の頭を圧迫して、ガンガンと酷い痛みを発する。
破片になって床に散っていくその絵をミズキが丸い目で見つめていた。状況がまるで把握出来ていない、思考が完全に止まった表情で彼女は散り散りなって落ちていく友人を見つめていた。
「ふっざけんな!人を何だと思ってる!見下すのも大概にしろ!!」
湧き上がる怒りで先に怒鳴ったのはミズキではなく、僕だった。
「ちょっと綺麗な顔してるからって調子乗ってんじゃねえぞ!舐めやがって!ぶっ殺してやる!」
今まで人に向かって一度も言ったことがないような汚い言葉が口をついて出た。僕の罵倒に反応するように、ミズキが不意にモニターに振り返った。
「アスカ…?」
「そんな男やめろ!そんな奴に依存すんな!勝手に一人で不自由すんな!そこはミズキの居場所じゃないだろ!」
僕の声にミズキの瞳が揺らぐ。何かを探すように彼女はモニターの方を向いたまま、視線だけで周囲を見回す。
「ミズキ、一緒に帰ろう!こっちにおいで!」
一瞬だけミズキと視線と僕の視線が交わった気がした。彼女は僕を見て、何かを言いたげに口を開いた。
「ちょっと聞いてる?やり直し」
敬之の声にミズキの視線が戻って行く。敬之はキャンパスの端にこびりつくテープを引き剥がしながら苦笑いしている。
「こんなんじゃなくて、ちゃんと卒業式っぽいやつにして。あと2週間しかないんだから、ちゃんと間に合わせてね」
紙が完全に剥がされてしまったそれを敬之はキャンパススタンドに戻すと、踵を返して教室から出て行く。ミズキはしばらくその後ろ姿を見つめていたが、彼の背中が見えなくなると、ほうきと塵取りを持ってくる。
心が死んでしまったのか、ミズキは無心で自分の絵の破片を集めると、そのまま塵取りでゴミ箱へと捨てた。
「なんでだよ…」
ミズキに自分の声が届いたような気がしていた僕は落胆で肩を落とす。それにルイスはクスクスと鼻で笑った。
「無駄だよ。君だって記憶を追体験している間に色んな人の声を聞いただろう。だけど、追体験しているものは過去の事象だ。変えられやしない。君と同じように、一瞬だけ思い出そうともすぐに忘れてしまう。ここに帰って来たら、誰の声だったかは思い出せるだろうけど、過去に君は存在しないのだから今は無理だ」
がっかりした気持ちもあるが、そう解説されてしまうと納得できる仕組みだ。確かに、これは彼女の過去の記憶だ。僕がここでどう喚こうが、声が聞こえようが、過去のことは変えられない。僕は嘆息する。
ミズキはキャンパスに新しい紙を水張りして家に帰った。さすがに食欲がなかったのか、その日の彼女は晩御飯を食べることを珍しく拒否した。胃炎の時ですら、僅かに残ったプライドで晩御飯を完食したのに。
姉は帰って来ない。母親もミズキの様子を気にかけてはいるが、ここのところずっと機嫌が悪かったミズキに積極的に話しかけたがらなかった。父親はいつも仕事で帰りが遅く、顔すら合わせることがない。幼少期にあんなに暖かかったはずの家庭が、僕の目にはどんどんとバラバラになっていくように見えた。
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