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8章
4 偽りの楽園
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4.
ミズキが珍しく熱を出した。高熱だった。母親に付き添ってもらって病院に行くと、インフルエンザだと診断された。
「しばらく学校はお休みね。ちゃんと寝るのよ?欲しいものはある?」
「別に…」
高熱でベッドに横になったまま、ミズキは母親に背を向けてぶっきらぼうに答える。それに母親は肩を落とす。
「なんかあったらすぐ言うのよ。欲しい物出来たら、すぐ持ってくるから」
「うん…」
最低限の返事だけを寄こすミズキに、母親も諦めたようで静かに部屋を出てリビングへと降りて行った。
久しぶりに学校から解放され、敬之の手が届かない場所にいるはずなのに、ミズキはそわそわと寝返りを打ったり、スマートホンの画面を付けたり消したりする。敬之に対して依存はしているものの、当初のような恋心はミズキもすでに失っていたらしく、彼にメッセージを打とうとはしなかった。
敬之に言われていた卒業作品の期限はあと2週間もない。インフルエンザでは1週間は学校を休まなくてはならない。彼女の気がかりが、敬之よりもそちらに気を取られているようだった。
もう何の感情もない恋人の卒業作品の期限だけを気にする彼女は、第三者から見ていると明らかにおかしかった。彼に愛されたいわけでもないのに、彼の作品を代行する。そこにはもはや、ギブアンドテイクすら存在しない。義務感と彼に怒られたくない強迫観念だけがそこにある。
とは言え、インフルエンザだ。高熱に負けてミズキは眠りに落ちる。長らくまともに眠れていなかった彼女には必要な休養だろう。
時間が過ぎ、月が空に姿を現す頃になってスマートホンがミズキの枕元で激しく振動する。メッセージ着信の音ではない、電話の着信だ。深い眠りについていたミズキを起こそうと、それは執拗に振動を続ける。
眠たそうにミズキは目を擦り、スマートホンを手に取る。画面に表示される名前は富樫敬之。その名前を見てミズキは少し面倒臭そうに眉をしかめたが、振動し続けるそれに渋々と応答する。出なければいいのに、もはやそんな選択すら彼女の頭には浮かばないのだろう。
「もしもし…」
「瑞希?何休んでんだよ!卒業作品の提出期限分かってんの?みんなそろそろ提出し始めてる。俺も早く提出したいんだから、学校来いよ。お前いないと部活休めないし」
か細いミズキの応答に対して、まくし立てるように敬之は一方的に話す。彼の言葉には何の労いもないし、感謝もない。ただただ自分を中心にした、自分勝手な都合ばかりを並べてはミズキに押し付ける。
「ごめんなさい…」
「もうそれは聞き飽きた。謝るくらいなら早く描けよ」
「ごめんなさい…インフルエンザになってしまって…本当にごめんなさい」
病人にその言いぐさは何なんだ。見ているこっちは頭の血管はすでに1本くらい切れてそうだが、ミズキの脳はとっくに考えることをやめている。まるで機械のように謝罪の言葉しか返さない。彼女に残された、この世界に対する模範解答はその謝罪の言葉しかないのかもしれなかった。
「絵は描けるでしょ?お前の家、キャンバスあんだろ。寝てないでさっさと仕上げてよ。どーせ美術室のキャンパス白紙だろ。俺、さっき見てきたから知ってるよ」
「…分かった」
「しっかりやれよ。また変なの描いたら許さないから」
言うだけ言って、敬之は電話を切る。ツーツーと不通音を鳴らすスマートホンを置いて、ミズキはのそのそとベッドから這い出る。
「横暴に程があるだろ…」
「脳を使うことを諦めた人間は搾取される。弱肉強食って言うじゃないか。人間界にもそのシステムは残っている。彼女は搾取される側の人間だっただけさ」
もはやぼやきに近い僕の感想にルイスが得意気に解説する。彼はまだ彼女を悪く言うことを諦めていないようだった。
ミズキは本当に敬之の指示通りに家のキャンパスで卒業作品を手がけた。せめて母親が止めてくれるんじゃないかと、祈るような気持ちで僕はモニターを見つめていたが、母親は見に来ない。
もう少し、ミズキを気にかけてあげて欲しかった。姉にはあんなに甲斐甲斐しく寄り添ってくれるのに、母親はミズキの中でも自分が悪者になってしまうことの方が怖かったのかもしれない。
一週間かけて、インフルエンザで寝込んでいる暇もなく彼女は敬之の卒業作品を仕上げた。仕上がった絵はとても普通な桜と校舎の絵だった。当たり障りのない、世間の模範解答に迎合したその絵の中に、ミズキが最初に描いたジャバウォックのような激情は微塵も込められていなかった。
期限ぎりぎりでミズキはなんとかインフルエンザを完治し、完成したキャンパスを敬之に渡したが、相変わらず彼は偉そうで「最初からこういう絵にしとけば良かったんだよ」とだけ言って感謝の言葉は最後までなかった。見ている僕が胃を悪くしそうなほど、腹が立つ反応だ。
それからしばらくして、もう敬之とは別々に行動をするようになっていたミズキは放課後、廊下で見かけた敬之は複数人に囲まれて談笑している姿を目にする。彼の手には賞状のような紙があり、周囲の人間はそれを褒め称えているようだった。
「富樫くんの絵、選択美術の卒業作品で最優秀賞を取ったんだって!桜が凄く綺麗で、テーマも門出に相応しいよね!」
「いや、うちの学校で美術選択してる奴が少ないし、たまたま先生が気に入ってくれただけだよ。そんな大した絵じゃないし」
生徒たちに囃し立てられる敬之はさも謙遜しているように話しているが、彼らの話を聞く限り彼の卒業作品が賞を取ったのだろう。
しかし、彼が言うその「大した事のない絵」はミズキが高熱に悩まされながら描いた作品だ。決して彼の作品などではない。僕は聞きながら自分の髪の毛が逆毛立ちそうなほどの怒りを覚える。
それは考えることを放棄していたミズキですら感じたようで、彼女は廊下に立ちすくみ、自分の手首を掴んで強く握りしめる。その手に籠る力は間違いなく理不尽な仕打ちに対する負の感情だ。
彼女はそのまま足音を殺して家路に着いた。いつになく足早に自室へと入っていく彼女に、母親は出迎えで顔こそは見せたが、声を掛けるのが怖かったのか話しけることはない。姉は相変わらず家にいないままだ。
崩壊寸前の家の二階、ベッドの上に座ってから弾むように身体を横に倒した。窓から差し込む月明りベッドでミズキは仰向けに転がると、腕を組んで何かを思案する。
しばしの間を空けて、彼女は飛び起きるように傍に置いていたスマートホンを手に取って画面をつけた。呼び出されたのは敬之のメッセージ画面。いつも迷ってばかりの彼女の手が素早く文字を打ち込んでいく。
別れてほしい。元々、手伝うって話だったのに結局全部私が描いた。私の絵で最優秀賞を取ったのに、大したことないって言った。頑張って私が描いたジャバウォックの絵も破いた。もう付き合えない。そこまで打ってから、彼女はすぐに送信ボタンを押した。
僕は思わずガッツポーズをする。
「いいぞ!言ってやれ!頑張れ!負けんな!」
「君も大概、騒がしいね」
声を上げる僕にルイスが苦笑いした。
好きに言えばいいさ。画面越しの声が伝わる可能性があるなら、応援して損はない。
ミズキのメッセージはすぐに既読がつき、それを確認すると彼女はスマホをベッドに放り投げた。返信を待つ気はないようで、彼女はすぐにスマホに背を向けるように寝返りを打って目を閉じた。
普段は既読がついても返信があまり早くない敬之だ。しばらく返信はないだろうと思いきや、意外にも返信は5分も待たずに来た。ミズキは振動するスマホに首だけで振り返り、渋々とスマートホンを手に取った。
敬之の返信はとても簡潔だった。
「なんで?忙しかったんだから仕方ないじゃん。そんなことで別れるの?」
変わらずに横暴で横柄な内容だが、僕は少し意外に感じていた。
敬之にとってミズキはもはや都合がいいだけの女だ。デートどころか顔を合わせることすらほとんどなくなっていた相手に、敬之が別れを提案されて拒否するとは正直思っていなかった。彼にはもう他の女の子だっているのだ、ミズキにこだわる必要などないだろう。
その返信を見たミズキは眉を寄せ、一瞬だけ空を仰いだが、すぐに画面に視線を戻して返信を打ち始めた。
「忙しいって言って他の女の子と遊んでるのも知ってるよ。私じゃなくてもいいでしょ」
「ただの友達だよ。友達と遊ぶことすら許されないの?」
「だったら最初からそう言えばいいじゃん。隠す必要ないんじゃないの?」
「別に隠してるつもりはないし。てか、なんで知ってるの?探るとか怖いんですけど」
「怖いなら別れたらいいじゃん」
「俺のこと嫌いになったわけじゃないんでしょ。なんで別れる必要があるの?」
ピンポンリレーのように次々と続いていくメッセージの内容は次第に論点をずらしていく。彼女の絵から始まった話なのに、敬之は一向に謝罪もせずに無視を続ける。その上で、今更腐りきった恋人関係についての言及が始まる様は、 僕の目から見ていると混乱を呼ぶほどに異様だ。
敬之はミズキのメッセージに怯む様子はない。ただ、彼女を責め立てて、自分を正当化していく。
「嫌いになったわけでもないけど、もう好きだと思えない」
ミズキが反論する。すぐに既読がついた。次の文章は敬之にしては長かった。
「嫌いになったわけじゃないなら、別れなくて良くない?だって、嫌いじゃないなら気が変わるかもしれないし、別れるだけ無駄。卒業作品のことで気を悪くしてるだけでしょ」
怒りを孕んでいたミズキの表情が、その文章を読んで真顔になる。モニター前の僕はただ呆然としてしまった。
敬之は何がどうしてか、絶対にミズキを手放そうとしない。交際を申し込んだ時以上に強引になったやり口で彼女を何としてでも丸めこもうとする。
あんな風に見えて、敬之もミズキに何かしらの依存をしているようだ。その理由は一体なんなのか、モニターから見てるだけの僕には分からない。彼は学校の人気者で、容姿も美しく、受験だって成功した。その裏で彼がどう過ごしていたのか、ミズキの記憶だけで読み取るのは難しいが、もしかしたら何でも言うことを聞くミズキに逃げや甘えを持ち込んでいるのかもしれなかった。
ミズキはスマートホンをしばらく見つめ、何か文字を打ち込んでは消す。何と返信を打つのが正解なのか、彼女も分からなくなってしまったのかもしれない。何度も打っては消して、打っては消してを繰り返し、いよいよ返信が打てないままのミズキの元へ敬之がメッセージを追加する。
「俺は別れるつもりないよ」
あまりに一方的だ。相手の都合など聞く気がない。ミズキはそれに目を通し、ようやく返信を打ち込んだ。
「分かりました」
既読がつく。風にも負けないような早さで返信してきていた敬之の返信が、彼女のそのメッセージを最後に応答がなくなった。ミズキはスマートホンをベッドを投げて、彼女は呆然と月を眺めた。
彼女の言葉を誰も聞いてくれる人はいない。どれだけ言葉を発しても、その上から被せられてなかったことにされる。ようやく考えようとしてくれたミズキの脳は、それ以上考えることをやめてしまったようで、彼女は月を眺めたまま微動だにしなかった。
そこでプツンと映像が途切れる。
「ミズキの日常編はこれでおしまいだ。長時間のご鑑賞、お疲れ様だったねジャバウォック」
ルイスの言葉と共に、モニターがあった場所にミズキの姿が現れる。追体験を終えたばかりの彼女はまだ状況が呑み込めていないようで、ただ彼女は呆然とその場に立ち尽くしていた。
「彼女はアリス。不思議の国は彼女なくして物語は始まらない。だから、僕が直々に招いたんだよ」
ミズキの目の前にぼんやりと半透明の帽子屋の姿が浮かぶ。シルクハットを被った中性的な彼の姿は、こうして見ると敬之の容姿をベースで作られていることがよく分かる。彼が人形のように生気がなく、不気味なまで美しいのは、恐らく造られた容姿だからだろう。
ルイスはソファから立ち上がり、帽子屋の前へと並んだ。彼は丁寧に手を前に綺麗なお辞儀をして見せると、ミズキの視線がルイスの方へと向いた。
僕も彼女の傍に寄ろうとして駆け寄ると、すぐ目の前の見えない壁に激突する。勢いよく顔をぶつけ、鼻に走った痛みに僕は首を振るが、視界がチカチカとした。
「帽子屋は私がアリスの記憶と願いから直接生み出した、理想の姿だ。彼女のオーダーメイドで、彼はこの姿になったんだ」
帽子屋の幻影を前にミズキはたじろぐが、帽子屋は優しく笑って頭に被っていたシルクハットを手に取った。その中から出てくるのは、本物の白兎だ。兎が帽子から飛び出し、地面を駆け抜けていくのを見つめているミズキに、彼は次々に華やかなマジックをして見せる。
何もない手元から花束を出して彼女にプレゼントしたり、ミズキからハンカチを借り、それを杖に変えて見せたりする。次第にミズキの表情に笑みが浮かび、彼女は控え目に拍手を送った。
最後に帽子屋がしてみせたマジックは、敬之と同じトランプマジックだった。彼は裏にした一枚のカードを見せる。それを話している間に手元から消す。
「あれ?君のカーディガンにカードがあるね」
帽子屋の言葉にミズキが自分のカーディガンのむなポケットに目をやる。そこにはトランプが差し込まれており、ミズキは目を丸くしてそれを引き抜く。ハートのエースがそこには挟んであった。
「彼女は帽子屋をいたく気に入ってね。僕の勧誘を快く受けてくれたよ」
ミズキは帽子屋の手を取って、彼と一緒に笑いあう。ルイスはそんな彼らの周りを歩きながら、興味深そうにその様子を見守っていた。
「帽子屋はどこまでもミズキに甘い。ミズキが敬之にやっていたように彼女の全てを肯定し、甘やかす。執拗な叱責は人の思考回路を鈍らせるが、過度な甘やかしも同じく脳の機能を落とす。これ以上の進化を求めなくても、苦労しないからだ」
彼がつま先で地面を叩くと、次に現れたのは帽子屋の胸に抱き上げられているミズキの姿だった。彼女は華美なドレスをまとい、帽子屋の首に手を回したまま遠くを見ている。
彼らの傍に生える草木はどれも枯れていて、土はぬかるむ。誰もが進んで踏みたいとは思わないその地面の上を、帽子屋はミズキを大事そうに抱えて歩く。彼女のドレスの裾すら汚れ一つ付いていない。それだけ彼女が帽子屋から過保護に守られていることが伺えた。
「アリスの心が醜くなるだけ、世界は腐る。私がそう創った」
「何だよその無益なシステム。皆が困るだけじゃないか!」
「ああ、そうさ。争いの火種を生むには持ってこいのシステムだろう?物語に起承転結は不可欠なのさ」
僕の抗議にルイスは大きく口を開いて笑う。鮫のようなギザギザの歯を見せて笑う彼は決して醜い顔をしているわけではないのに、僕の目には悪魔のように見えた。
彼がつま先で再び地面を叩く。地面に黒い波紋が広がった。
「ミズキ!」
僕は叫びながらミズキの元へ行こうと壁を辿るが、どこもかしこも見えない壁が張り巡らされていて入れない。僕の言葉すら壁に反響して、叫んだ声はそのまま僕の耳に跳ね返る。
「そんな腐った世界を人は放置しておかない。放置しておけず、攻撃に転じてでも止めようとする人間を私は三月兎に配役する。彼らは総じて頭が堅く、自分の正義に従順だ」
ミズキと帽子屋の周囲に数人の幻影が現れる。そのうちの一人の女性には茶色の兎耳が生えており、それが彼女を三月兎の配役であることを示していた。
「アリスを殺せ!世界ごと壊せば、現実に帰れるはずだ!」
彼女の号令で傍にいた人々が武器を手にミズキたちへ切りかかる。怯えるミズキの前で帽子屋は彼女を抱えたまま指を鳴らした。
地面から盛り上がるように白い薔薇の塊が相手と同じ数だけ現れる。それらは襲い来る三月兎たちの知る誰かへと姿を変え、攻撃を妨害して見せた。怯えるように帽子屋の首にしがみつくミズキに、帽子屋は籠りをするように優しく彼女を抱えたまま自分の身体を揺すった。
「日に日に怖い人たちが増えていくね。僕らにも強い味方がいたら、襲いかかって来なくなるかもしれないけど、僕の力ではこれが精一杯だ」
帽子屋がミズキにささやく。
「うんと怖くて恐ろしい魔物でも呼べれば、きっと彼らは怖くなって逃げ出すよ。そうすれば、僕らはもう安全だ」
「ほ、本当に?」
彼の言葉にミズキはパッと顔を明るくする。その表情はとても嬉しそうなのに、どこか考えることをやめてしまった現実のミズキにもよく似ていた。
「私できるよ!うんと怖くて恐ろしい魔物、描いたことあるの!」
「凄いや!さすが僕のアリス、君を選んで良かった!」
敬之を彷彿とさせる誉め言葉だ。俺の目に狂いはなかったとか、選んで良かっただの、それは本来相手に向ける誉め言葉としては、おかしいはずだ。その言葉は相手を褒めているようで、発言者を評価するはずなのだから。
だけど、ミズキは気付かない。いや、気付かないんじゃない。気づいている上でミズキは自分自身に価値がないと思っているから、他者からの評価で自分を特別だと思い込もうとしているのだ。それだけ彼女が自分自身に辟易している。
ミズキは何の道具も使わなかった。彼女が笑っただけで、背後に巨大な魔物が姿を現した。
巨大な前歯をカチカチと鳴らしながら唾液を垂らし、かろうじて二足歩行を保つそのドラゴンは巨大な瞳で三月兎たちの前へと歩み出る。胴体に府釣り合いに長い首を蛇のようにくねらせながら、それは紫色の息を吐く。
ルイスはそれを見て拍手を送った。
「これが私の世界に生まれたジャバウォックの起源だ。実に素晴らしい魔物だった」
ジャバウォックが吠える。肌がビリビリとするようなその慟哭は、彼女が現実のキャンバスに描いたもの、そのものだった。怒りと憎悪を詰め込んだような、血走った目をしたその表情は架空の生き物なのに酷く生々しい。
「撤退だ!この人数で敵うわけがない!」
三月兎の号令で人々が背を向けて逃げ出す。そのまま見逃すのかと思っていたが、ジャバウォックは空へと飛び立ち、彼らの上空から紫色の炎を吐いた。
降り注ぐ炎の雨に、人々が悶え苦しみ、そのまま焼け落ちて灰になる。その様子を見て、ミズキはうろたえたように帽子屋の顔を見上げた。
「そんな…こんなはずじゃ…」
「凄い!凄いよ、アリス!こんなこと、君じゃなかったら出来なかった!こんな素晴らしい人、僕は初めて見たよ!」
帽子屋は地面を覆う紫の炎を背に、ミズキを抱えて嬉しそうにくるくると回った。彼は全力でミズキを賞賛しているのに、ミズキは困惑したように炎を帽子屋の背中越しに眺めていた。
「アリスが放ったこの怪物は、眠り鼠が大事にしていた領土まで脅かす存在になる。眠り鼠はこの世界にご執心だ、世界を荒らされることを何よりも嫌がる。彼女の提案で全員に不戦を誓わせ、全員が茶会に集まった。森のあの場所さ」
ルイスの言葉で場面が切り替わる。その場に集まったのは先ほどの三月兎と、ミズキ、帽子屋、そしてシュラーフロージィだった。彼らは同じテーブルを囲んでいるものの、その表情に陽気な雰囲気は一切ない。
「このお茶会は三月兎の裏切りから終わり始める」
三月兎がジャケットの裏地から短剣を引き抜いて帽子屋に襲いかかった。帽子屋はそれを予期出来なかったのか、それを腹に受けて地面に沈んだ。三月兎は彼に跨って帽子屋を滅多刺しするのを見て、青い顔でミズキが悲鳴を上げながら席から立ち上がって逃げ出すが、少し離れた場所で帽子屋の姿をガタガタと震えながら見つめている。助けに行くことも、三月兎に挑むことも出来ない。誰よりも強い力を持っているはずなのに、彼女はただその場に立ち尽くして、帽子屋から上がる血しぶきに怯えることしか出来なかった。
三月兎は帽子屋の身体から力が抜けたのを確認すると、そのままミズキへと短剣を振り上げて走り出す。その間にシュラーフロージィが身体を滑り込ませ、杖でその短剣を弾き返した。
そのままシュラーフロージィは杖の先を引き抜く。杖の中から現れた細身の剣で三月兎の首を突き刺すと、三月兎は口から血を吐いて膝から崩れ落ちた。
その様子にルイスは手を叩いて笑った。
「面白いだろう?不戦を謡っておきながら、皆最初から殺意を持ってこの場に挑んでいたのさ。約束なんて嘘だ。それぞれが、自分の目標の達成のためだけに集まった。馬鹿正直にその提案を飲んだアリスだけが何の対抗手段も持ってこなかった」
腰を抜かして座り込むミズキにシュラーフロージィが寄り添うように座った。彼女は先ほど人を屠ったばかりとは思えない優しい表情でミズキの背中をさする。それはミズキの母親が、彼女の姉にしていたものによく似て見えた。
「大丈夫さ、僕は君の味方だ。恐ろしいものを見せてしまって申し訳なかった。君が願うなら、今見た光景も、君が忘れたい記憶も、全て眠らせてあげることが出来るよ」
彼女の言葉にミズキの瞳からボロボロと大粒の涙が溢れだす。両手で顔を覆い、拭っても拭っても止まないその涙は血とぬかるみで腐りきった地面へと吸い込まれていった。
「もうこんなの嫌だ…メルクリオが死んじゃった。私も人を殺したかもしれない。どこに行っても上手くいかない。全部やり直したい…」
「分かった。帽子屋が死んだことも、君が出した魔物のことも、君が不自由した記憶も全て眠らせてあげよう」
なだめるようなシュラーフロージィの声にミズキはしゃくりあげながら、祈るように手を重ね、折り、目を閉じた。
「私はこの出来事がとても気に入っていてね。ここを起点に世界の住民たちの記憶を改ざんした。皆はこの出来事がこの世界の始まりだと思っている」
ルイスはキシキシと歯を鳴らして笑うと、つま先で地面を叩く。黒い波紋にかき消され、ミズキの姿が次々と変わる。
「帽子屋は本来、君たちが潰した本体の薔薇を壊されない限り死なないのさ。でも、皆はそれを知らない。だから死んだことにして、私はミズキの行く先々に彼を違う姿で遣いに出した。彼は行く先々でアリスを色んな形で甘やかし、叱責し、追い詰め、最後は眠り鼠の元へ行くように彼女を誘う。そうすれば、逃げることしか知らないアリスは最終的に必ず記憶を消しに、眠り鼠の元へと訪れる」
ミズキはフリルがついた可愛らしいドレスに身を包んだり、男の子のような恰好をしてみたり、振る舞いを変え、性格を変え、本来の彼女が何者なのか分からなくなるまで手を尽くす。
ミズキという存在が、人格がどんどんと消えていく。原型を残すまいと、彼女は世界どころか自分さえも創り変えようとする。それが痛々しくて、胸が痛んだ。
「彼女はこの世界で手に入れたアリスという配役に固執した。配役の名前だけは忘れまいと、それだけに縋って人生をやり直し続けた。だけど、戦う術を失敗から学べない彼女はすぐに周囲の反応に左右され、勝手に弱っていく。記憶を捨てなければ、少しは進展があったかもしれないのに、愚かな話だ」
最後に現れたミズキは今と同じ、現実味のある落ち着いた服の上から裾の長いケープを着こみ、顔を隠すように目深にフードを被ってシュラーフロージィの前で泣いていた。
「もう疲れた、何もかもやめたい…」
そう言って泣きじゃくるミズキの前にシュラーフロージィが屈む。彼女は何度も繰り返したように、ミズキの手を握った。
「アリスは眠り鼠を味方だと思ったのかもしれない。眠り鼠は柔和で優しく、相手を安心させることに長けている。だけど、アリスがこの世界を止めてしまったら、眠り鼠が大事にしているこの世界ごとなくなってしまう」
ミズキの手を握ったシュラーフロージィは優しく彼女の背中をさすりながら、耳元で囁くように口を開いた。
「全部終わらせたいなら、全部忘れたいと願うといい。そうすれば、私は君を苦痛なく眠らせることが出来る」
シュラーフロージィの言葉は嘘ではなかった。彼女は苦痛なく人の記憶を眠らせることが出来る。だが、それはきっとミズキが本当に望んでいる眠りではないことは分かる。
シュラーフロージィはミズキが幸せになることより、世界の存続を選んだ。ミズキが迷子であり続ける限り、この世界は未来永劫続く。
生かさず殺さず、シュラーフロージィは全ての記憶をミズキから奪い去った。泣きながら全ての記憶を忘れたいと祈ったミズキは、その場に倒れるようにして眠りについた。
眠った彼女を馬車に乗せて、シュラーフロージィは兵士たちに森へと送らせた。地面に優しく寝かされたミズキの元から周囲の人間たちが離れていくと、眠ったままのミズキの目から一筋の涙が頬を伝った。
その光景にルイスは自分の唇を指で撫でながらニヤニヤと笑った。
「正確には私が消さなければ世界は消えないが、この世界の常識ではそう思われている。眠り鼠はその常識に従って、アリスを犠牲者に選んだ。アリスが自分自身をよく知らないまま、眠り鼠のことまで忘れて世界をただ歩いていれば、眠り鼠を支持する大勢は救われる。人を率いる者としてはよく出来た人間なんだろう」
地面に寝かされたミズキが目を覚ます。周囲には雨が降っていた。何も覚えていない彼女はただ不安そうに周囲を見回す。
ルイスが地面を足で叩く。黒い波紋と共に僕の目の前にあった見えない壁が消えてなくなり、壁に手をついて体重を預けていた僕は前方へ倒れそうになる。
そのまま僕が一歩前に出ると、ミズキがこちらを振り向いた。赤くなった目元と目深に被ったケープのフード。見覚えがある。
これは、そうだ。あの時だ。ルイスが笑った。
「こうして、君たちは出会ったんだ。おめでとう」
真っ黒な空間でルイスが拍手する音だけが響く。ミズキは僕を見つめ、呆然としたように目を見開いていたが、彼女の眉が震え始め、伏せ目がちな青い瞳が再び涙を零し始めた。
「ミズキ」
僕は彼女に駆け寄った。彼女の目から溢れて止まらないその涙を手で拭い、頬を撫でるが、彼女の泣き声はどんどんと嗚咽になってしまう。
「私の人生、凄く平凡なのに…なんで私はいつも頑張れないんだろう…。この世界に来て何回もやり直してるくせに、アリスなんて配役貰ったって、私は何も変われない」
「そんなことない!」
ミズキの人生は言葉にして説明するのが難しいほど、表面的な問題にならないまま、内側からゆっくりと彼女の気持ちを蝕んでいたはずだ。僕は声を大にしてミズキの言葉を否定するが、それをルイスがキシキシと笑った。
「そんなことあるだろう?アリスは愛情豊かな家庭で育った。両親や姉に大事にされていたのに、向かい合わなかったのも、助けを求めなかったのも彼女だ。彼女は自分の意思で逃げることを選択した」
「あの時の彼女に逃げる以外の選択があったと思うか?無理だろ、武器もなしに戦うなんて」
僕はルイスに言い返す。あの狭くて小さな世界が、子供であった僕らにとっては全てだ。
社会に出たら後ろ指をさされるのだと親に脅され続けた僕と、踏み出した先で挫折を積み重ね続けたミズキ。どちらも新しい世界に歩き出すための勇気など持てない。怖くて当たり前だ。幼い僕らには、周囲の機嫌をとってすがることしか、対処法が分からなかった。
「アスカは私とは違う」
止まらない涙をポロポロと零しながらミズキが言った。
「アスカは凄いんだよ…沢山障害を持っていて、怖いお父さんとお母さんがいて、怖い彼女さんがいたのに、今だって気丈に振舞ってる。アスカの周囲に沢山の人がいるのは、それだけアスカが困難を乗り越えた人だからだよ。私はその困難にすら出会ってない」
「そんなことない…そんなことないんだよ、ミズキ」
僕は首を振り、思わずミズキを抱きしめる。身体を強ばらせ、身を縮ませる彼女が僕は可哀想でならなかった。
力強くその身体を抱きしめて、背中をさすった。頬を擦り合わせると、彼女の涙で僕の頬が一緒に濡れた。
「ミズキは沢山戦ったよ。謝罪は生きたくて唱え続けた祈りの言葉だったんだね。もう、そんな言葉は言わなくていいよ。誰の顔色も伺わなくていい。僕はミズキの個性が好き。何も隠さないで、そのままでいて欲しい」
僕の言葉にミズキが遠慮がちに僕の背中に腕を回した。僕を抱き返していいのか分からないのか、彼女の腕からは力が抜けたままだ。
「戦ってなんかない、ルイスさんが言う通りだよ。私はずっと人に甘えてきただけで、逃げてばっかり」
「戦ったんだ。母親と姉へのコンプレックスも、彼氏の横暴さにも、ちゃんとミズキは戦おうとした。あの時は負けてしまったかもしれないけど、僕はミズキの記憶を通してどれだけ奮闘してきたか、ちゃんと見たよ」
ミズキの頭を撫で、指で髪をすく。微笑みながら言うと、彼女は僕の背中に回した腕に力を込める。
今度はぎゅっと。密着すると彼女の身体は熱くなっていて、少し汗ばんでいた。沢山緊張して、泣いて、苦しんだ後のミズキの身体の熱は、風邪の高熱が引いた後の人を彷彿とさせた。
「大変だったね。辛かったね。沢山頑張った。生きててくれて、僕と出会ってくれてありがとう」
彼女が僕と出会ってくれなかったら、僕はアマネに殺されていた。あの時に彼女が僕の弱音をカッコイイと笑って受け止めてくれたから、僕は外の世界へ歩き出すことが出来た。
ずっとずっと手を繋いで、傍で支え合ってきた。僕は1人で歩けるようになったんじゃない。僕を1人で歩けるように強くしてくれたのは、ミズキなんだ。
「ごめんねなんて謝らなくていいから、自分の痛みを他人と比べる必要もないから。ミズキは自分が立派に生き抜いたんだって、自分のことを褒めてあげて。ミズキが出来ないなら、出来るようになるまで何度だって僕が言うよ」
「私、アスカにそんなことしてもらえるような人じゃない…」
「僕がやりたいから、やらせてもらえない?」
ミズキの肩を掴み、彼女の顔を覗き込んで笑う。ミズキは僕と視線を合わせたまま、涙で波打つそれに小さく弧を描かせた。
「アスカは…いつも優しいね」
「優しくないよ、当たり前だから言ってるんだ」
人の数だけ、その人の価値観の尺度がある。世間一般的なもので言う「恵まれない環境」は、人数が多くて一致する尺度での話だ。
僕もその尺度で測れば、酷い環境で生まれたつもりはないが、確かに生きずらさはあった。僕の感じた感性では、死を覚悟するほどアウトだっただけ。
ミズキも同じだ。周囲の価値観と自分の価値観が合わなかった。世間一般的な尺度で測れば、彼女も僕と同じだ。だけど、崩壊していく家庭を前に自分自身さえも思考を放棄しなくてはならないほどの生きずらさは、僕の想像を絶するほどに怖くて苦しかったはずだ。
「一緒に帰ろうよ。僕もミズキがいないと困るんだ。あなたはとても素敵な人だから、あなたがいないと僕は根性なしに戻ってしまうから。だから…その、一緒にいてもらえないかな?」
冗談まじにり僕が笑うと、泣きやみかけたミズキの瞳から、またボロボロと涙が零れる。泣いているけれど、彼女は笑っていた。
「…本当にアリスを連れて帰る気なのかい?」
僕らの様子を見ていたルイスは心底理解出来ないと言いたげに腕を組み、僕らを見ていた。
「アリスが現実で恋人に依存していた姿も見ただろう、ジャバウォック。次は君がそうなるのかもしれない」
「ミズキが僕に依存したいなら、すればいいんだ」
僕は彼に笑って見せる。
「僕がミズキを支える大きな柱になるよ。柱が安定して、安全だと感じれば、ミズキは自ずと他の柱も作る。僕は敬之のようにミズキが新しく作る柱を壊したりしない。自分の籠に閉じ込めたりしないよ。僕は自由でのびのびとしている彼女が好きなんだ」
人は何かしらに依存する。依存の度合いが過度になるのは、それ以外の逃げ道を潰されるからだ。敬之はミズキを手元に置くために、彼女の逃げ場を潰して回った。
学校での居心地、家庭にまで入り込んで彼女の母親から好意を得て、叱責で責め立てて、彼女の絵も彼女の自尊心まで踏みにじっていった。
僕はそんなことしない。するものか。そんなこと、僕が許さない。
ルイスはふうと肩を落としてため息を吐くと、ミズキの前に立つ。拳を差し出した彼にミズキが涙を湛えたままの瞳で見つめていると、彼は親指と人差し指以外を開いて見せた。
彼の手の中から出てきたのは、最初に提示されていた現実へ繋がる門の鍵だ。薄明かりの中でそれは揺れながら、キラキラと儚い光を放った。
「アリス、君が帰りたいならこの鍵をあげよう。連れて行きたいなら、他の人間も連れて去るがいい」
僕がずっと探し続けていたそれに、ミズキが恐る恐る手を伸ばした。それにルイスが少しだけ手を引っ込める。
「本当にいいのかい?現実では君の記憶を眠らせてくれる眠り鼠はいない。アリスなんて特別な配役もない。君は普通の女の子に戻るんだ。その覚悟はあるかい?」
ずっと何者かになろうと足掻いて、何度もやり直そうと記憶を消し続けたミズキ。現実に配役なんてない。僕らはアリスでも、ジャバウォックでもない、何者でもない。死んだってニュースにすらならないような、特別でもなんでもない普通の人間だ。
僕らはか弱く、脆弱だ。多数決で負けては、気持ちが揺らいで自分を疑った。
それでも、ミズキはルイスの持つ鍵に手を伸ばす。儚い光を放つ金色の鍵。それを彼女はしっかりと握りしめた。
「…アリスなんて、特別な配役に選んでくれてありがとうございました」
彼女はそう言うと、まだ涙が完全に止まりきらない目で笑った。
「でも、帰ります。アリスって配役だけにすがるのは、もうやめます」
「ここはお前が創った不思議の国だ。僕もジャバウォックって配役を貰った。最強なんて嘘でも言われる機会を貰って、貴重な体験させて貰ったよ」
僕はミズキの手を握る。強く握ると、彼女もそれを握り返してくれた。
「たとえ僕が周囲から見た現実のエキストラで、周囲が特別な配役をくれなくたって、僕が自分に主人公を配役するさ。僕はミズキと一緒に新しい物語を作るよ。お前みたいな厄介な神がいないだけ、現実の方が余程いい」
「最後まで減らない口だな。次のジャバウォック選びの際には参考にするよ」
呆れたようにルイスは肩を竦めたが、ミズキが手にした鍵を奪い返したりはしない。彼はそのまま手を引っ込めて、僕らから一歩下がった。
「君たちを不思議の国に返そう。ここであったことは好きなだけ話せばいい。私は皆の記憶を改ざんできるから、また作り直す時には全てが白紙さ」
「お前の世界に残ることを選んだ人はどうなる?」
「また物語が面白くなるよう、配役をシャッフルするなり、同じ配役で続投するコマにでも使わせてもらうよ」
僕の問いにルイスは喉を鳴らして彼は笑うと、後ろ歩きで離れていく。その姿は闇に霞み、徐々に黒に溶け込んでいった。
「なかなか興味深い物語だった。感謝しよう。君たちの今後の活躍も楽しみにしているよ」
カツンとルイスの足音が響いた。その音と共に波紋がうまれ、今までにない揺れと衝撃で強風が僕とミズキの手を引き剥がす。
「アスカ!」
ミズキが風で離れていく。彼女は必死に手を伸ばす。僕も手を伸ばすが、あまりに強い風で身体が後退していく。黒い風で視界が暗くなる。真っ暗闇の中、ルイスが笑っていた。
「元の位置に戻すだけさ。心配するな」
何も見えない暗闇に僕の瞼が重くなる。眠気に似たそれは、次第に僕の意識を奪っていった。
ミズキが珍しく熱を出した。高熱だった。母親に付き添ってもらって病院に行くと、インフルエンザだと診断された。
「しばらく学校はお休みね。ちゃんと寝るのよ?欲しいものはある?」
「別に…」
高熱でベッドに横になったまま、ミズキは母親に背を向けてぶっきらぼうに答える。それに母親は肩を落とす。
「なんかあったらすぐ言うのよ。欲しい物出来たら、すぐ持ってくるから」
「うん…」
最低限の返事だけを寄こすミズキに、母親も諦めたようで静かに部屋を出てリビングへと降りて行った。
久しぶりに学校から解放され、敬之の手が届かない場所にいるはずなのに、ミズキはそわそわと寝返りを打ったり、スマートホンの画面を付けたり消したりする。敬之に対して依存はしているものの、当初のような恋心はミズキもすでに失っていたらしく、彼にメッセージを打とうとはしなかった。
敬之に言われていた卒業作品の期限はあと2週間もない。インフルエンザでは1週間は学校を休まなくてはならない。彼女の気がかりが、敬之よりもそちらに気を取られているようだった。
もう何の感情もない恋人の卒業作品の期限だけを気にする彼女は、第三者から見ていると明らかにおかしかった。彼に愛されたいわけでもないのに、彼の作品を代行する。そこにはもはや、ギブアンドテイクすら存在しない。義務感と彼に怒られたくない強迫観念だけがそこにある。
とは言え、インフルエンザだ。高熱に負けてミズキは眠りに落ちる。長らくまともに眠れていなかった彼女には必要な休養だろう。
時間が過ぎ、月が空に姿を現す頃になってスマートホンがミズキの枕元で激しく振動する。メッセージ着信の音ではない、電話の着信だ。深い眠りについていたミズキを起こそうと、それは執拗に振動を続ける。
眠たそうにミズキは目を擦り、スマートホンを手に取る。画面に表示される名前は富樫敬之。その名前を見てミズキは少し面倒臭そうに眉をしかめたが、振動し続けるそれに渋々と応答する。出なければいいのに、もはやそんな選択すら彼女の頭には浮かばないのだろう。
「もしもし…」
「瑞希?何休んでんだよ!卒業作品の提出期限分かってんの?みんなそろそろ提出し始めてる。俺も早く提出したいんだから、学校来いよ。お前いないと部活休めないし」
か細いミズキの応答に対して、まくし立てるように敬之は一方的に話す。彼の言葉には何の労いもないし、感謝もない。ただただ自分を中心にした、自分勝手な都合ばかりを並べてはミズキに押し付ける。
「ごめんなさい…」
「もうそれは聞き飽きた。謝るくらいなら早く描けよ」
「ごめんなさい…インフルエンザになってしまって…本当にごめんなさい」
病人にその言いぐさは何なんだ。見ているこっちは頭の血管はすでに1本くらい切れてそうだが、ミズキの脳はとっくに考えることをやめている。まるで機械のように謝罪の言葉しか返さない。彼女に残された、この世界に対する模範解答はその謝罪の言葉しかないのかもしれなかった。
「絵は描けるでしょ?お前の家、キャンバスあんだろ。寝てないでさっさと仕上げてよ。どーせ美術室のキャンパス白紙だろ。俺、さっき見てきたから知ってるよ」
「…分かった」
「しっかりやれよ。また変なの描いたら許さないから」
言うだけ言って、敬之は電話を切る。ツーツーと不通音を鳴らすスマートホンを置いて、ミズキはのそのそとベッドから這い出る。
「横暴に程があるだろ…」
「脳を使うことを諦めた人間は搾取される。弱肉強食って言うじゃないか。人間界にもそのシステムは残っている。彼女は搾取される側の人間だっただけさ」
もはやぼやきに近い僕の感想にルイスが得意気に解説する。彼はまだ彼女を悪く言うことを諦めていないようだった。
ミズキは本当に敬之の指示通りに家のキャンパスで卒業作品を手がけた。せめて母親が止めてくれるんじゃないかと、祈るような気持ちで僕はモニターを見つめていたが、母親は見に来ない。
もう少し、ミズキを気にかけてあげて欲しかった。姉にはあんなに甲斐甲斐しく寄り添ってくれるのに、母親はミズキの中でも自分が悪者になってしまうことの方が怖かったのかもしれない。
一週間かけて、インフルエンザで寝込んでいる暇もなく彼女は敬之の卒業作品を仕上げた。仕上がった絵はとても普通な桜と校舎の絵だった。当たり障りのない、世間の模範解答に迎合したその絵の中に、ミズキが最初に描いたジャバウォックのような激情は微塵も込められていなかった。
期限ぎりぎりでミズキはなんとかインフルエンザを完治し、完成したキャンパスを敬之に渡したが、相変わらず彼は偉そうで「最初からこういう絵にしとけば良かったんだよ」とだけ言って感謝の言葉は最後までなかった。見ている僕が胃を悪くしそうなほど、腹が立つ反応だ。
それからしばらくして、もう敬之とは別々に行動をするようになっていたミズキは放課後、廊下で見かけた敬之は複数人に囲まれて談笑している姿を目にする。彼の手には賞状のような紙があり、周囲の人間はそれを褒め称えているようだった。
「富樫くんの絵、選択美術の卒業作品で最優秀賞を取ったんだって!桜が凄く綺麗で、テーマも門出に相応しいよね!」
「いや、うちの学校で美術選択してる奴が少ないし、たまたま先生が気に入ってくれただけだよ。そんな大した絵じゃないし」
生徒たちに囃し立てられる敬之はさも謙遜しているように話しているが、彼らの話を聞く限り彼の卒業作品が賞を取ったのだろう。
しかし、彼が言うその「大した事のない絵」はミズキが高熱に悩まされながら描いた作品だ。決して彼の作品などではない。僕は聞きながら自分の髪の毛が逆毛立ちそうなほどの怒りを覚える。
それは考えることを放棄していたミズキですら感じたようで、彼女は廊下に立ちすくみ、自分の手首を掴んで強く握りしめる。その手に籠る力は間違いなく理不尽な仕打ちに対する負の感情だ。
彼女はそのまま足音を殺して家路に着いた。いつになく足早に自室へと入っていく彼女に、母親は出迎えで顔こそは見せたが、声を掛けるのが怖かったのか話しけることはない。姉は相変わらず家にいないままだ。
崩壊寸前の家の二階、ベッドの上に座ってから弾むように身体を横に倒した。窓から差し込む月明りベッドでミズキは仰向けに転がると、腕を組んで何かを思案する。
しばしの間を空けて、彼女は飛び起きるように傍に置いていたスマートホンを手に取って画面をつけた。呼び出されたのは敬之のメッセージ画面。いつも迷ってばかりの彼女の手が素早く文字を打ち込んでいく。
別れてほしい。元々、手伝うって話だったのに結局全部私が描いた。私の絵で最優秀賞を取ったのに、大したことないって言った。頑張って私が描いたジャバウォックの絵も破いた。もう付き合えない。そこまで打ってから、彼女はすぐに送信ボタンを押した。
僕は思わずガッツポーズをする。
「いいぞ!言ってやれ!頑張れ!負けんな!」
「君も大概、騒がしいね」
声を上げる僕にルイスが苦笑いした。
好きに言えばいいさ。画面越しの声が伝わる可能性があるなら、応援して損はない。
ミズキのメッセージはすぐに既読がつき、それを確認すると彼女はスマホをベッドに放り投げた。返信を待つ気はないようで、彼女はすぐにスマホに背を向けるように寝返りを打って目を閉じた。
普段は既読がついても返信があまり早くない敬之だ。しばらく返信はないだろうと思いきや、意外にも返信は5分も待たずに来た。ミズキは振動するスマホに首だけで振り返り、渋々とスマートホンを手に取った。
敬之の返信はとても簡潔だった。
「なんで?忙しかったんだから仕方ないじゃん。そんなことで別れるの?」
変わらずに横暴で横柄な内容だが、僕は少し意外に感じていた。
敬之にとってミズキはもはや都合がいいだけの女だ。デートどころか顔を合わせることすらほとんどなくなっていた相手に、敬之が別れを提案されて拒否するとは正直思っていなかった。彼にはもう他の女の子だっているのだ、ミズキにこだわる必要などないだろう。
その返信を見たミズキは眉を寄せ、一瞬だけ空を仰いだが、すぐに画面に視線を戻して返信を打ち始めた。
「忙しいって言って他の女の子と遊んでるのも知ってるよ。私じゃなくてもいいでしょ」
「ただの友達だよ。友達と遊ぶことすら許されないの?」
「だったら最初からそう言えばいいじゃん。隠す必要ないんじゃないの?」
「別に隠してるつもりはないし。てか、なんで知ってるの?探るとか怖いんですけど」
「怖いなら別れたらいいじゃん」
「俺のこと嫌いになったわけじゃないんでしょ。なんで別れる必要があるの?」
ピンポンリレーのように次々と続いていくメッセージの内容は次第に論点をずらしていく。彼女の絵から始まった話なのに、敬之は一向に謝罪もせずに無視を続ける。その上で、今更腐りきった恋人関係についての言及が始まる様は、 僕の目から見ていると混乱を呼ぶほどに異様だ。
敬之はミズキのメッセージに怯む様子はない。ただ、彼女を責め立てて、自分を正当化していく。
「嫌いになったわけでもないけど、もう好きだと思えない」
ミズキが反論する。すぐに既読がついた。次の文章は敬之にしては長かった。
「嫌いになったわけじゃないなら、別れなくて良くない?だって、嫌いじゃないなら気が変わるかもしれないし、別れるだけ無駄。卒業作品のことで気を悪くしてるだけでしょ」
怒りを孕んでいたミズキの表情が、その文章を読んで真顔になる。モニター前の僕はただ呆然としてしまった。
敬之は何がどうしてか、絶対にミズキを手放そうとしない。交際を申し込んだ時以上に強引になったやり口で彼女を何としてでも丸めこもうとする。
あんな風に見えて、敬之もミズキに何かしらの依存をしているようだ。その理由は一体なんなのか、モニターから見てるだけの僕には分からない。彼は学校の人気者で、容姿も美しく、受験だって成功した。その裏で彼がどう過ごしていたのか、ミズキの記憶だけで読み取るのは難しいが、もしかしたら何でも言うことを聞くミズキに逃げや甘えを持ち込んでいるのかもしれなかった。
ミズキはスマートホンをしばらく見つめ、何か文字を打ち込んでは消す。何と返信を打つのが正解なのか、彼女も分からなくなってしまったのかもしれない。何度も打っては消して、打っては消してを繰り返し、いよいよ返信が打てないままのミズキの元へ敬之がメッセージを追加する。
「俺は別れるつもりないよ」
あまりに一方的だ。相手の都合など聞く気がない。ミズキはそれに目を通し、ようやく返信を打ち込んだ。
「分かりました」
既読がつく。風にも負けないような早さで返信してきていた敬之の返信が、彼女のそのメッセージを最後に応答がなくなった。ミズキはスマートホンをベッドを投げて、彼女は呆然と月を眺めた。
彼女の言葉を誰も聞いてくれる人はいない。どれだけ言葉を発しても、その上から被せられてなかったことにされる。ようやく考えようとしてくれたミズキの脳は、それ以上考えることをやめてしまったようで、彼女は月を眺めたまま微動だにしなかった。
そこでプツンと映像が途切れる。
「ミズキの日常編はこれでおしまいだ。長時間のご鑑賞、お疲れ様だったねジャバウォック」
ルイスの言葉と共に、モニターがあった場所にミズキの姿が現れる。追体験を終えたばかりの彼女はまだ状況が呑み込めていないようで、ただ彼女は呆然とその場に立ち尽くしていた。
「彼女はアリス。不思議の国は彼女なくして物語は始まらない。だから、僕が直々に招いたんだよ」
ミズキの目の前にぼんやりと半透明の帽子屋の姿が浮かぶ。シルクハットを被った中性的な彼の姿は、こうして見ると敬之の容姿をベースで作られていることがよく分かる。彼が人形のように生気がなく、不気味なまで美しいのは、恐らく造られた容姿だからだろう。
ルイスはソファから立ち上がり、帽子屋の前へと並んだ。彼は丁寧に手を前に綺麗なお辞儀をして見せると、ミズキの視線がルイスの方へと向いた。
僕も彼女の傍に寄ろうとして駆け寄ると、すぐ目の前の見えない壁に激突する。勢いよく顔をぶつけ、鼻に走った痛みに僕は首を振るが、視界がチカチカとした。
「帽子屋は私がアリスの記憶と願いから直接生み出した、理想の姿だ。彼女のオーダーメイドで、彼はこの姿になったんだ」
帽子屋の幻影を前にミズキはたじろぐが、帽子屋は優しく笑って頭に被っていたシルクハットを手に取った。その中から出てくるのは、本物の白兎だ。兎が帽子から飛び出し、地面を駆け抜けていくのを見つめているミズキに、彼は次々に華やかなマジックをして見せる。
何もない手元から花束を出して彼女にプレゼントしたり、ミズキからハンカチを借り、それを杖に変えて見せたりする。次第にミズキの表情に笑みが浮かび、彼女は控え目に拍手を送った。
最後に帽子屋がしてみせたマジックは、敬之と同じトランプマジックだった。彼は裏にした一枚のカードを見せる。それを話している間に手元から消す。
「あれ?君のカーディガンにカードがあるね」
帽子屋の言葉にミズキが自分のカーディガンのむなポケットに目をやる。そこにはトランプが差し込まれており、ミズキは目を丸くしてそれを引き抜く。ハートのエースがそこには挟んであった。
「彼女は帽子屋をいたく気に入ってね。僕の勧誘を快く受けてくれたよ」
ミズキは帽子屋の手を取って、彼と一緒に笑いあう。ルイスはそんな彼らの周りを歩きながら、興味深そうにその様子を見守っていた。
「帽子屋はどこまでもミズキに甘い。ミズキが敬之にやっていたように彼女の全てを肯定し、甘やかす。執拗な叱責は人の思考回路を鈍らせるが、過度な甘やかしも同じく脳の機能を落とす。これ以上の進化を求めなくても、苦労しないからだ」
彼がつま先で地面を叩くと、次に現れたのは帽子屋の胸に抱き上げられているミズキの姿だった。彼女は華美なドレスをまとい、帽子屋の首に手を回したまま遠くを見ている。
彼らの傍に生える草木はどれも枯れていて、土はぬかるむ。誰もが進んで踏みたいとは思わないその地面の上を、帽子屋はミズキを大事そうに抱えて歩く。彼女のドレスの裾すら汚れ一つ付いていない。それだけ彼女が帽子屋から過保護に守られていることが伺えた。
「アリスの心が醜くなるだけ、世界は腐る。私がそう創った」
「何だよその無益なシステム。皆が困るだけじゃないか!」
「ああ、そうさ。争いの火種を生むには持ってこいのシステムだろう?物語に起承転結は不可欠なのさ」
僕の抗議にルイスは大きく口を開いて笑う。鮫のようなギザギザの歯を見せて笑う彼は決して醜い顔をしているわけではないのに、僕の目には悪魔のように見えた。
彼がつま先で再び地面を叩く。地面に黒い波紋が広がった。
「ミズキ!」
僕は叫びながらミズキの元へ行こうと壁を辿るが、どこもかしこも見えない壁が張り巡らされていて入れない。僕の言葉すら壁に反響して、叫んだ声はそのまま僕の耳に跳ね返る。
「そんな腐った世界を人は放置しておかない。放置しておけず、攻撃に転じてでも止めようとする人間を私は三月兎に配役する。彼らは総じて頭が堅く、自分の正義に従順だ」
ミズキと帽子屋の周囲に数人の幻影が現れる。そのうちの一人の女性には茶色の兎耳が生えており、それが彼女を三月兎の配役であることを示していた。
「アリスを殺せ!世界ごと壊せば、現実に帰れるはずだ!」
彼女の号令で傍にいた人々が武器を手にミズキたちへ切りかかる。怯えるミズキの前で帽子屋は彼女を抱えたまま指を鳴らした。
地面から盛り上がるように白い薔薇の塊が相手と同じ数だけ現れる。それらは襲い来る三月兎たちの知る誰かへと姿を変え、攻撃を妨害して見せた。怯えるように帽子屋の首にしがみつくミズキに、帽子屋は籠りをするように優しく彼女を抱えたまま自分の身体を揺すった。
「日に日に怖い人たちが増えていくね。僕らにも強い味方がいたら、襲いかかって来なくなるかもしれないけど、僕の力ではこれが精一杯だ」
帽子屋がミズキにささやく。
「うんと怖くて恐ろしい魔物でも呼べれば、きっと彼らは怖くなって逃げ出すよ。そうすれば、僕らはもう安全だ」
「ほ、本当に?」
彼の言葉にミズキはパッと顔を明るくする。その表情はとても嬉しそうなのに、どこか考えることをやめてしまった現実のミズキにもよく似ていた。
「私できるよ!うんと怖くて恐ろしい魔物、描いたことあるの!」
「凄いや!さすが僕のアリス、君を選んで良かった!」
敬之を彷彿とさせる誉め言葉だ。俺の目に狂いはなかったとか、選んで良かっただの、それは本来相手に向ける誉め言葉としては、おかしいはずだ。その言葉は相手を褒めているようで、発言者を評価するはずなのだから。
だけど、ミズキは気付かない。いや、気付かないんじゃない。気づいている上でミズキは自分自身に価値がないと思っているから、他者からの評価で自分を特別だと思い込もうとしているのだ。それだけ彼女が自分自身に辟易している。
ミズキは何の道具も使わなかった。彼女が笑っただけで、背後に巨大な魔物が姿を現した。
巨大な前歯をカチカチと鳴らしながら唾液を垂らし、かろうじて二足歩行を保つそのドラゴンは巨大な瞳で三月兎たちの前へと歩み出る。胴体に府釣り合いに長い首を蛇のようにくねらせながら、それは紫色の息を吐く。
ルイスはそれを見て拍手を送った。
「これが私の世界に生まれたジャバウォックの起源だ。実に素晴らしい魔物だった」
ジャバウォックが吠える。肌がビリビリとするようなその慟哭は、彼女が現実のキャンバスに描いたもの、そのものだった。怒りと憎悪を詰め込んだような、血走った目をしたその表情は架空の生き物なのに酷く生々しい。
「撤退だ!この人数で敵うわけがない!」
三月兎の号令で人々が背を向けて逃げ出す。そのまま見逃すのかと思っていたが、ジャバウォックは空へと飛び立ち、彼らの上空から紫色の炎を吐いた。
降り注ぐ炎の雨に、人々が悶え苦しみ、そのまま焼け落ちて灰になる。その様子を見て、ミズキはうろたえたように帽子屋の顔を見上げた。
「そんな…こんなはずじゃ…」
「凄い!凄いよ、アリス!こんなこと、君じゃなかったら出来なかった!こんな素晴らしい人、僕は初めて見たよ!」
帽子屋は地面を覆う紫の炎を背に、ミズキを抱えて嬉しそうにくるくると回った。彼は全力でミズキを賞賛しているのに、ミズキは困惑したように炎を帽子屋の背中越しに眺めていた。
「アリスが放ったこの怪物は、眠り鼠が大事にしていた領土まで脅かす存在になる。眠り鼠はこの世界にご執心だ、世界を荒らされることを何よりも嫌がる。彼女の提案で全員に不戦を誓わせ、全員が茶会に集まった。森のあの場所さ」
ルイスの言葉で場面が切り替わる。その場に集まったのは先ほどの三月兎と、ミズキ、帽子屋、そしてシュラーフロージィだった。彼らは同じテーブルを囲んでいるものの、その表情に陽気な雰囲気は一切ない。
「このお茶会は三月兎の裏切りから終わり始める」
三月兎がジャケットの裏地から短剣を引き抜いて帽子屋に襲いかかった。帽子屋はそれを予期出来なかったのか、それを腹に受けて地面に沈んだ。三月兎は彼に跨って帽子屋を滅多刺しするのを見て、青い顔でミズキが悲鳴を上げながら席から立ち上がって逃げ出すが、少し離れた場所で帽子屋の姿をガタガタと震えながら見つめている。助けに行くことも、三月兎に挑むことも出来ない。誰よりも強い力を持っているはずなのに、彼女はただその場に立ち尽くして、帽子屋から上がる血しぶきに怯えることしか出来なかった。
三月兎は帽子屋の身体から力が抜けたのを確認すると、そのままミズキへと短剣を振り上げて走り出す。その間にシュラーフロージィが身体を滑り込ませ、杖でその短剣を弾き返した。
そのままシュラーフロージィは杖の先を引き抜く。杖の中から現れた細身の剣で三月兎の首を突き刺すと、三月兎は口から血を吐いて膝から崩れ落ちた。
その様子にルイスは手を叩いて笑った。
「面白いだろう?不戦を謡っておきながら、皆最初から殺意を持ってこの場に挑んでいたのさ。約束なんて嘘だ。それぞれが、自分の目標の達成のためだけに集まった。馬鹿正直にその提案を飲んだアリスだけが何の対抗手段も持ってこなかった」
腰を抜かして座り込むミズキにシュラーフロージィが寄り添うように座った。彼女は先ほど人を屠ったばかりとは思えない優しい表情でミズキの背中をさする。それはミズキの母親が、彼女の姉にしていたものによく似て見えた。
「大丈夫さ、僕は君の味方だ。恐ろしいものを見せてしまって申し訳なかった。君が願うなら、今見た光景も、君が忘れたい記憶も、全て眠らせてあげることが出来るよ」
彼女の言葉にミズキの瞳からボロボロと大粒の涙が溢れだす。両手で顔を覆い、拭っても拭っても止まないその涙は血とぬかるみで腐りきった地面へと吸い込まれていった。
「もうこんなの嫌だ…メルクリオが死んじゃった。私も人を殺したかもしれない。どこに行っても上手くいかない。全部やり直したい…」
「分かった。帽子屋が死んだことも、君が出した魔物のことも、君が不自由した記憶も全て眠らせてあげよう」
なだめるようなシュラーフロージィの声にミズキはしゃくりあげながら、祈るように手を重ね、折り、目を閉じた。
「私はこの出来事がとても気に入っていてね。ここを起点に世界の住民たちの記憶を改ざんした。皆はこの出来事がこの世界の始まりだと思っている」
ルイスはキシキシと歯を鳴らして笑うと、つま先で地面を叩く。黒い波紋にかき消され、ミズキの姿が次々と変わる。
「帽子屋は本来、君たちが潰した本体の薔薇を壊されない限り死なないのさ。でも、皆はそれを知らない。だから死んだことにして、私はミズキの行く先々に彼を違う姿で遣いに出した。彼は行く先々でアリスを色んな形で甘やかし、叱責し、追い詰め、最後は眠り鼠の元へ行くように彼女を誘う。そうすれば、逃げることしか知らないアリスは最終的に必ず記憶を消しに、眠り鼠の元へと訪れる」
ミズキはフリルがついた可愛らしいドレスに身を包んだり、男の子のような恰好をしてみたり、振る舞いを変え、性格を変え、本来の彼女が何者なのか分からなくなるまで手を尽くす。
ミズキという存在が、人格がどんどんと消えていく。原型を残すまいと、彼女は世界どころか自分さえも創り変えようとする。それが痛々しくて、胸が痛んだ。
「彼女はこの世界で手に入れたアリスという配役に固執した。配役の名前だけは忘れまいと、それだけに縋って人生をやり直し続けた。だけど、戦う術を失敗から学べない彼女はすぐに周囲の反応に左右され、勝手に弱っていく。記憶を捨てなければ、少しは進展があったかもしれないのに、愚かな話だ」
最後に現れたミズキは今と同じ、現実味のある落ち着いた服の上から裾の長いケープを着こみ、顔を隠すように目深にフードを被ってシュラーフロージィの前で泣いていた。
「もう疲れた、何もかもやめたい…」
そう言って泣きじゃくるミズキの前にシュラーフロージィが屈む。彼女は何度も繰り返したように、ミズキの手を握った。
「アリスは眠り鼠を味方だと思ったのかもしれない。眠り鼠は柔和で優しく、相手を安心させることに長けている。だけど、アリスがこの世界を止めてしまったら、眠り鼠が大事にしているこの世界ごとなくなってしまう」
ミズキの手を握ったシュラーフロージィは優しく彼女の背中をさすりながら、耳元で囁くように口を開いた。
「全部終わらせたいなら、全部忘れたいと願うといい。そうすれば、私は君を苦痛なく眠らせることが出来る」
シュラーフロージィの言葉は嘘ではなかった。彼女は苦痛なく人の記憶を眠らせることが出来る。だが、それはきっとミズキが本当に望んでいる眠りではないことは分かる。
シュラーフロージィはミズキが幸せになることより、世界の存続を選んだ。ミズキが迷子であり続ける限り、この世界は未来永劫続く。
生かさず殺さず、シュラーフロージィは全ての記憶をミズキから奪い去った。泣きながら全ての記憶を忘れたいと祈ったミズキは、その場に倒れるようにして眠りについた。
眠った彼女を馬車に乗せて、シュラーフロージィは兵士たちに森へと送らせた。地面に優しく寝かされたミズキの元から周囲の人間たちが離れていくと、眠ったままのミズキの目から一筋の涙が頬を伝った。
その光景にルイスは自分の唇を指で撫でながらニヤニヤと笑った。
「正確には私が消さなければ世界は消えないが、この世界の常識ではそう思われている。眠り鼠はその常識に従って、アリスを犠牲者に選んだ。アリスが自分自身をよく知らないまま、眠り鼠のことまで忘れて世界をただ歩いていれば、眠り鼠を支持する大勢は救われる。人を率いる者としてはよく出来た人間なんだろう」
地面に寝かされたミズキが目を覚ます。周囲には雨が降っていた。何も覚えていない彼女はただ不安そうに周囲を見回す。
ルイスが地面を足で叩く。黒い波紋と共に僕の目の前にあった見えない壁が消えてなくなり、壁に手をついて体重を預けていた僕は前方へ倒れそうになる。
そのまま僕が一歩前に出ると、ミズキがこちらを振り向いた。赤くなった目元と目深に被ったケープのフード。見覚えがある。
これは、そうだ。あの時だ。ルイスが笑った。
「こうして、君たちは出会ったんだ。おめでとう」
真っ黒な空間でルイスが拍手する音だけが響く。ミズキは僕を見つめ、呆然としたように目を見開いていたが、彼女の眉が震え始め、伏せ目がちな青い瞳が再び涙を零し始めた。
「ミズキ」
僕は彼女に駆け寄った。彼女の目から溢れて止まらないその涙を手で拭い、頬を撫でるが、彼女の泣き声はどんどんと嗚咽になってしまう。
「私の人生、凄く平凡なのに…なんで私はいつも頑張れないんだろう…。この世界に来て何回もやり直してるくせに、アリスなんて配役貰ったって、私は何も変われない」
「そんなことない!」
ミズキの人生は言葉にして説明するのが難しいほど、表面的な問題にならないまま、内側からゆっくりと彼女の気持ちを蝕んでいたはずだ。僕は声を大にしてミズキの言葉を否定するが、それをルイスがキシキシと笑った。
「そんなことあるだろう?アリスは愛情豊かな家庭で育った。両親や姉に大事にされていたのに、向かい合わなかったのも、助けを求めなかったのも彼女だ。彼女は自分の意思で逃げることを選択した」
「あの時の彼女に逃げる以外の選択があったと思うか?無理だろ、武器もなしに戦うなんて」
僕はルイスに言い返す。あの狭くて小さな世界が、子供であった僕らにとっては全てだ。
社会に出たら後ろ指をさされるのだと親に脅され続けた僕と、踏み出した先で挫折を積み重ね続けたミズキ。どちらも新しい世界に歩き出すための勇気など持てない。怖くて当たり前だ。幼い僕らには、周囲の機嫌をとってすがることしか、対処法が分からなかった。
「アスカは私とは違う」
止まらない涙をポロポロと零しながらミズキが言った。
「アスカは凄いんだよ…沢山障害を持っていて、怖いお父さんとお母さんがいて、怖い彼女さんがいたのに、今だって気丈に振舞ってる。アスカの周囲に沢山の人がいるのは、それだけアスカが困難を乗り越えた人だからだよ。私はその困難にすら出会ってない」
「そんなことない…そんなことないんだよ、ミズキ」
僕は首を振り、思わずミズキを抱きしめる。身体を強ばらせ、身を縮ませる彼女が僕は可哀想でならなかった。
力強くその身体を抱きしめて、背中をさすった。頬を擦り合わせると、彼女の涙で僕の頬が一緒に濡れた。
「ミズキは沢山戦ったよ。謝罪は生きたくて唱え続けた祈りの言葉だったんだね。もう、そんな言葉は言わなくていいよ。誰の顔色も伺わなくていい。僕はミズキの個性が好き。何も隠さないで、そのままでいて欲しい」
僕の言葉にミズキが遠慮がちに僕の背中に腕を回した。僕を抱き返していいのか分からないのか、彼女の腕からは力が抜けたままだ。
「戦ってなんかない、ルイスさんが言う通りだよ。私はずっと人に甘えてきただけで、逃げてばっかり」
「戦ったんだ。母親と姉へのコンプレックスも、彼氏の横暴さにも、ちゃんとミズキは戦おうとした。あの時は負けてしまったかもしれないけど、僕はミズキの記憶を通してどれだけ奮闘してきたか、ちゃんと見たよ」
ミズキの頭を撫で、指で髪をすく。微笑みながら言うと、彼女は僕の背中に回した腕に力を込める。
今度はぎゅっと。密着すると彼女の身体は熱くなっていて、少し汗ばんでいた。沢山緊張して、泣いて、苦しんだ後のミズキの身体の熱は、風邪の高熱が引いた後の人を彷彿とさせた。
「大変だったね。辛かったね。沢山頑張った。生きててくれて、僕と出会ってくれてありがとう」
彼女が僕と出会ってくれなかったら、僕はアマネに殺されていた。あの時に彼女が僕の弱音をカッコイイと笑って受け止めてくれたから、僕は外の世界へ歩き出すことが出来た。
ずっとずっと手を繋いで、傍で支え合ってきた。僕は1人で歩けるようになったんじゃない。僕を1人で歩けるように強くしてくれたのは、ミズキなんだ。
「ごめんねなんて謝らなくていいから、自分の痛みを他人と比べる必要もないから。ミズキは自分が立派に生き抜いたんだって、自分のことを褒めてあげて。ミズキが出来ないなら、出来るようになるまで何度だって僕が言うよ」
「私、アスカにそんなことしてもらえるような人じゃない…」
「僕がやりたいから、やらせてもらえない?」
ミズキの肩を掴み、彼女の顔を覗き込んで笑う。ミズキは僕と視線を合わせたまま、涙で波打つそれに小さく弧を描かせた。
「アスカは…いつも優しいね」
「優しくないよ、当たり前だから言ってるんだ」
人の数だけ、その人の価値観の尺度がある。世間一般的なもので言う「恵まれない環境」は、人数が多くて一致する尺度での話だ。
僕もその尺度で測れば、酷い環境で生まれたつもりはないが、確かに生きずらさはあった。僕の感じた感性では、死を覚悟するほどアウトだっただけ。
ミズキも同じだ。周囲の価値観と自分の価値観が合わなかった。世間一般的な尺度で測れば、彼女も僕と同じだ。だけど、崩壊していく家庭を前に自分自身さえも思考を放棄しなくてはならないほどの生きずらさは、僕の想像を絶するほどに怖くて苦しかったはずだ。
「一緒に帰ろうよ。僕もミズキがいないと困るんだ。あなたはとても素敵な人だから、あなたがいないと僕は根性なしに戻ってしまうから。だから…その、一緒にいてもらえないかな?」
冗談まじにり僕が笑うと、泣きやみかけたミズキの瞳から、またボロボロと涙が零れる。泣いているけれど、彼女は笑っていた。
「…本当にアリスを連れて帰る気なのかい?」
僕らの様子を見ていたルイスは心底理解出来ないと言いたげに腕を組み、僕らを見ていた。
「アリスが現実で恋人に依存していた姿も見ただろう、ジャバウォック。次は君がそうなるのかもしれない」
「ミズキが僕に依存したいなら、すればいいんだ」
僕は彼に笑って見せる。
「僕がミズキを支える大きな柱になるよ。柱が安定して、安全だと感じれば、ミズキは自ずと他の柱も作る。僕は敬之のようにミズキが新しく作る柱を壊したりしない。自分の籠に閉じ込めたりしないよ。僕は自由でのびのびとしている彼女が好きなんだ」
人は何かしらに依存する。依存の度合いが過度になるのは、それ以外の逃げ道を潰されるからだ。敬之はミズキを手元に置くために、彼女の逃げ場を潰して回った。
学校での居心地、家庭にまで入り込んで彼女の母親から好意を得て、叱責で責め立てて、彼女の絵も彼女の自尊心まで踏みにじっていった。
僕はそんなことしない。するものか。そんなこと、僕が許さない。
ルイスはふうと肩を落としてため息を吐くと、ミズキの前に立つ。拳を差し出した彼にミズキが涙を湛えたままの瞳で見つめていると、彼は親指と人差し指以外を開いて見せた。
彼の手の中から出てきたのは、最初に提示されていた現実へ繋がる門の鍵だ。薄明かりの中でそれは揺れながら、キラキラと儚い光を放った。
「アリス、君が帰りたいならこの鍵をあげよう。連れて行きたいなら、他の人間も連れて去るがいい」
僕がずっと探し続けていたそれに、ミズキが恐る恐る手を伸ばした。それにルイスが少しだけ手を引っ込める。
「本当にいいのかい?現実では君の記憶を眠らせてくれる眠り鼠はいない。アリスなんて特別な配役もない。君は普通の女の子に戻るんだ。その覚悟はあるかい?」
ずっと何者かになろうと足掻いて、何度もやり直そうと記憶を消し続けたミズキ。現実に配役なんてない。僕らはアリスでも、ジャバウォックでもない、何者でもない。死んだってニュースにすらならないような、特別でもなんでもない普通の人間だ。
僕らはか弱く、脆弱だ。多数決で負けては、気持ちが揺らいで自分を疑った。
それでも、ミズキはルイスの持つ鍵に手を伸ばす。儚い光を放つ金色の鍵。それを彼女はしっかりと握りしめた。
「…アリスなんて、特別な配役に選んでくれてありがとうございました」
彼女はそう言うと、まだ涙が完全に止まりきらない目で笑った。
「でも、帰ります。アリスって配役だけにすがるのは、もうやめます」
「ここはお前が創った不思議の国だ。僕もジャバウォックって配役を貰った。最強なんて嘘でも言われる機会を貰って、貴重な体験させて貰ったよ」
僕はミズキの手を握る。強く握ると、彼女もそれを握り返してくれた。
「たとえ僕が周囲から見た現実のエキストラで、周囲が特別な配役をくれなくたって、僕が自分に主人公を配役するさ。僕はミズキと一緒に新しい物語を作るよ。お前みたいな厄介な神がいないだけ、現実の方が余程いい」
「最後まで減らない口だな。次のジャバウォック選びの際には参考にするよ」
呆れたようにルイスは肩を竦めたが、ミズキが手にした鍵を奪い返したりはしない。彼はそのまま手を引っ込めて、僕らから一歩下がった。
「君たちを不思議の国に返そう。ここであったことは好きなだけ話せばいい。私は皆の記憶を改ざんできるから、また作り直す時には全てが白紙さ」
「お前の世界に残ることを選んだ人はどうなる?」
「また物語が面白くなるよう、配役をシャッフルするなり、同じ配役で続投するコマにでも使わせてもらうよ」
僕の問いにルイスは喉を鳴らして彼は笑うと、後ろ歩きで離れていく。その姿は闇に霞み、徐々に黒に溶け込んでいった。
「なかなか興味深い物語だった。感謝しよう。君たちの今後の活躍も楽しみにしているよ」
カツンとルイスの足音が響いた。その音と共に波紋がうまれ、今までにない揺れと衝撃で強風が僕とミズキの手を引き剥がす。
「アスカ!」
ミズキが風で離れていく。彼女は必死に手を伸ばす。僕も手を伸ばすが、あまりに強い風で身体が後退していく。黒い風で視界が暗くなる。真っ暗闇の中、ルイスが笑っていた。
「元の位置に戻すだけさ。心配するな」
何も見えない暗闇に僕の瞼が重くなる。眠気に似たそれは、次第に僕の意識を奪っていった。
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