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9章
1 それぞれの道
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1.
「アスカ…アスカ…」
ぽつぽつと身体に降りかかる水滴と、聞き覚えのある声に僕は目を覚ます。目の前に広がるのは灰色の雲と、鬱蒼とした夜闇と木の葉だ。
状況が読み込めずに何度か瞬きをしていると、誰かが僕の身体を揺すった。
「はやく…三月兎を救うんだ…。私を殺して、アマネと早く眠り鼠に助けを、求めるんだ…」
鼻をつく鉄の匂い。僕の身体へ目を落とすと、そこには地面を這ったまま僕の身体を揺するジャッジがいた。
…そうだ!記憶を追体験させられて、僕はここに返されたのだ。僕は飛ぶように身体を起こす。それを見たジャッジは、力尽きたように地面に身体を伏せた。
「ジャッジ!ごめん、気を失って…ルイスは?」
「今、消えたところだ…」
ジャッジの身体を仰向けにして抱き抱えると、彼の真っ白な顔はさらに血の気を失って青ざめている。彼の下半身にぶら下がる足は、完全に機能を失っているようで、力が入る様子は感じられない。
後ろを振り返ると、相変わらずイディオットは停止した姿のまま倒れている。アマネには外傷もなく、そのままだ。
「僕はどのくらい眠ってた?」
「時間は…経ってない…。倒れただけのように、私には見えた」
僕の言葉にジャッジは声を絞り出して答える。どうやらルイスが言った言葉に偽りはないようだ。それならば、この人数をどうやって運ぶとしよう。
アマネは無傷だから放置していてもいいだろうが、ジャッジもイディオットも酷い怪我だ。しかも、ジャッジがいる限りは周囲の時間が止まってしまうから、他人に助けを求めることが出来ない。致命的なのは、その部分だった。
ジャッジの足からも酷い出血がある。降り続ける雨に、彼の血は奪われ、どんどんと彼の体温が下がっていく。
「私を…殺してくれ…」
「そんなこと出来ない!」
「私は、もう生きていたくない…」
僕はジャッジを抱きあげようとするが、折れてぶら下がる足が地面を離れようとすると、ジャッジが苦しそうに呻く。
これでは運べない。運べないし、誰にも助けを求められない。
「この配役がある限り…私はずっと独りだ…。もう、独りでいるのは、飽きてしまったんだよ、アスカ…」
「なら、一緒に現実に帰ろう!鍵があったんだ!あとちょっとで帰れるから…!」
「もう、いいんだ」
僕の言葉にジャッジは小さく笑って、力なく首を横に振った。
「私はずっと…現実にいる時に1人でいたいと願っていたんだ…。誰とも関わらなければ、生きていけると…でも、やはりダメだった…」
少しずつ彼の声が掠れていく。ここは夢の世界。気持ち1つで切断された首すら再生する。だけど、本人に生きる意思がないのであれば、どんな小さな怪我でも命を奪う。
ああ、ダメだ。そんな。イディオットもジャッジも僕は救えない。僕は彼を殺すことも出来ない。
不意に遠くで恐ろしい魔物が叫ぶ声がした。視界を上げると、遠くで何かが羽ばたくのが見えた。
「アスカー!」
特徴的な前歯と目玉を持つ、恐ろしい形相をしたドラゴンが口から紫色の煙を吐きながらこちらへと飛んでくる。醜悪なそれは終末を知らせる生き物のようでありながら、その長い首には水色のスカートを履いた女の子が跨っていて、僕に笑顔で手を振っていた。
「ミズキ!」
最初にミズキがこの世界で生み出したキャンパスに描いたジャバウォック。それに手綱をつけ、彼女は僕らの元へと舞い降りた。翼の風で砂が舞い、僕は顔を手の甲で覆う。
ミズキがドラゴンの首から地面へ降りると、ドラゴンは血走った目で僕らを見るものの、危害をくわえるでもなく大人しくその場に座った。
「アスカ!ジャッジさん!それにみんな…どうして…」
見るも無惨な惨状にミズキが青ざめる。彼女はすぐに3本の傘を手元に出すと、イディオットの傍とアマネの脇、最後の傘を持って僕らの元へと駆け寄った。
「ルイスがジャッジとイディオットに危害を加えたんだ。でも、ジャッジがいると時間が止まってしまうから…」
「そっか、能力は周囲の時間停止だもんね…すぐ手当するね!」
僕の説明にミズキは頷くと、彼女はジャッジの足に手を当てる。すると、彼の足に巻き付くように包帯が現れ、みるみるとギブスへと姿を変えた。
記憶を取り戻したミズキは、もう道具を使わない。念じるだけで、彼女は思い描いたものを生み出せる。
「凄いな…」
ミズキの姿に僕は感嘆の声を漏らし、ジャッジは信じられないと言いたげな顔で瞬きをする。ミズキが作ってくれたギブスのおかげで、一先ずは彼の怪我の止血も出来たし、足の固定も叶った。これで彼を抱き上げることが出来る。僕はジャッジを持ち上げて、ドラゴンの背に乗せた。
彼女の行動に僕の心が明るくなる。希望の光が差し込んだように身体が軽くなり、僕はすぐにイディオットの元へと向かった。
ミズキは凄い。本当に凄い。彼女はいつだって、僕に希望を見せてくれるんだ。
「なぜ、こうまでして…」
「ジャッジがいてくれたから、僕らはこの世界と戦えたんだ」
ドラゴンの上からジャッジが尋ねる。僕はそれに笑って答える。ミズキがイディオットの頭にも包帯を巻き、僕はイディオットも背中に担ぎ上げた。
「誰一人欠けちゃいけなかったんだ。みんながいてくれたから、ここまで来れた。ジャッジが僕を助けてくれなかったら、ミズキと帽子屋の合流まで時間を稼いでくれなかったら、誰も現実に帰れなかったんだよ!」
イディオットはガタイが良いだけにとても重くて、集落を襲われた時には肩を貸すだけでも一苦労だったが、今の僕にはなんとか運べる。ジャッジの隣に乗せ、すぐにアマネの回収に向かう。
ミズキはその間にドラゴンの背に跨り、手綱を握った。
「このドラゴンは…人を襲わないのか?」
ジャッジがミズキに尋ねる。すると、ミズキはちょっと戸惑ったようにジャッジを見たが、静かに頷いた。
「この子は…良い子だから、大丈夫」
ミズキはジャッジと会ったことがあるのかは知らないが、ジャッジは初期のお茶会での騒動を知っていた。だとすれば、このドラゴンのことを覚えているのだろうか。それとも、ルイスがジャッジの記憶も改ざんしたことがあるなら、たまたま聞いただけなのだろうか。
アマネを抱き上げ、背中に乗せてから僕はミズキに声を掛ける。
「全員乗った!僕は並走するから、フロージィの城へ!」
「うん!」
ミズキが手綱を引くと、ドラゴンが雄たけびを上げながら上空へと舞い上がる。その隣に僕も翼で上空へと飛び立ち、ドラゴンの翼の風に巻き込まれないように少し離れて空を飛んだ。
時間が止まったままの世界で、動けるのは時間を止めているジャッジ本人と僕とミズキだけだが、ドラゴンはどうやらアリスが生み出した「物」として換算されるようだ。ミズキが作った大型の物は一日程度で消えてしまうので、もしかすると人間を作り出すことも出来るのかもしれないが、恐らくすぐ消えてしまうのだろう。
「…私は、現実に帰る勇気がない」
城へ向かう途中でジャッジが呟くように言った。
「私は、現実ではただの引きこもりだ。ずっと、透明人間になりたいと思っていた。だから、この配役を貰った時は…嬉しかったんだと思う。もう、よく覚えていないが」
ジャッジは長らくこの世界で誰にも関わらずに生きてきたはずだ。彼自身の知名度の低さと、他者との関わりを持たせない能力が、否が応にも彼を孤独にする。そんな孤独も数年すれば限界がくるだろう。限界がきたから、彼は死にゆくジャバウォックたちを救おうとしたのだろう。
彼の呟きに、ドラゴンの首に座っていたミズキが小さく振り返る。迷うように進行方向と彼の横顔に視線を行ったり来たりさせてから、彼女は遠慮がちに口を開いた。
「わ、私も、現実に帰る自信は…あまりないです」
彼女の言葉に、ジャッジがもたげた首を上げた。それに彼女は目を逸らすが、対話をする気はあるようで言葉を続けた。
「自信はないですけど…ジャッジさんは、この世界で凄く頼りになりました。話すことはいつも凄く難しかったですけど…客観的で。アスカと仲直りする上で、勉強になったと思っているんです」
僕は彼らが二人で帽子屋から逃げていた間に何を話していたのかは知らないが、僕との仲直りの相談をしていたのかもしれない。ジャッジが助言したなら、それはきっと公平な意見をくれたことだろう。
ミズキは相変わらずジャッジと目を合わせられずにいたが、眉を寄せて笑った。
「ジャッジさんは孤独とずっと向き合ってきた人なので、私はきっとジャッジさんは現実に帰った方が居心地がいいと思っています。誰かと話せるのはすごく暖かいことだと、私はアスカと知り合ってから感じました。だからジャッジさんがずっと誰とも話せない世界は、やっぱり辛いことなんじゃないかなって…」
ミズキの言葉に僕は思わず口元だけで笑みを作る。
ミズキもずっと現実では一人だった。誰にも自分のことを話さず、話そうとせず、出来るだけ他者を遮断して苦しんでいた。そんな彼女だからこそ、孤独を極める辛さをよく知っているんじゃないかと思う。
ジャッジは黙ってミズキの横顔を見つめていたが、話を聞いて視線を元に戻した。いつも機械的で無表情な彼の表情は、相変わらず変化を見せなかったが、彼はそれ以上悲観的な話をしようとはしなかった。
シュラーフロージィの領土まで来ると、僕はドラゴンの背中からイディオットを肩に担ぎ上げ、一足先に下降を始める。
「ミズキは城の中庭へ!僕は先にみんなに事情を話してくる!」
「分かった!」
僕の指示でミズキはジャッジを乗せたまま城へ向かって旋回を始める。
「…私がいては時間が止まる。良かったら、どこかで下ろして欲しい」
ジャッジがミズキに頼む声が背中の向こうで聞こえた。
ジャッジの能力がどの程度の範囲まで及ぶものなのかは分からないが、こうして聞いていると本当に不自由な能力だ。それでいて、もう殺して欲しいと言わなくなっただけ、彼の心が前を向いてくれたかもしれないことが今の僕には救いだ。この調子なら、あの酷い骨折で彼が命を落とす危機は免れるだろう。
イディオットの身体は抱えていくには物凄く重かった。時間はまだ止まったままで、彼の視線はどこを見ているのか分からない。
城の前へとなんとか降り立ち、イディオットを背中に背負い直す。すでに腕の酷使で筋肉に限界がき始めているが根性で僕は歩みを進める。ここは夢の世界だ。気の持ちようで何とでもなると言うじゃないか。
「うう…」
城内を進んでいると、不意に背中からうめき声が聞こえた。周囲で止まっていた兵士たちが動きだし、一部は僕らの姿を見て駆け寄って来た。
時間が動き出したのだ。ミズキとジャッジが遠くへ行った証拠だ。
「オットーさん!大丈夫ですか!?今、すぐに助けますから!」
声を掛けるが、オットーは言葉にならない掠れた声しか発さない。あの雨の中で、彼の体内の血は相当なくなっているはずだ。矢が刺さった深さから考えても、無事で済むわけがないのだ。
近衛兵たちが僕に駆け寄り、事情を聞くよりも先に、僕の背にもたれかかったイディオットの身体を持ち上げてくれた。4人がかりですぐに近くの部屋のベッドへと担ぎ込むと、誰かが救護班を呼ぶ。
僕はすぐ傍にいた男性の肩を掴む。
「フロージィさんは?」
「今は執務室にいらっしゃいます!」
「わかりました、ありがとうございます!」
僕は彼に言われてすぐに指定された執務室へと走った。赤い廊下を駆け抜けると、途中で何人かの医者のような人間たちとすれ違う。すぐにイディオットの治療にあたってくれるのだろう。
「アスカ」
執務室の方向から赤くて小さな人影がこちらへ走ってくる。ステッキを両手に抱え、シュラーフロージィは僕の方へと駆け来ると、息を切らせながら僕が来た道へと足早に歩き出す。
「伝令から聞いたよ。オットーが大怪我を負っているそうだね」
「はい、頭にボウガンの矢が…」
それ以上をなんと説明しようかと頭を悩ませていると、彼女も困ったように俯いた。
本来の人間ならば、あの深さまでボウガンの矢を受けて生きている方が奇跡だ。幸いにもこの世界は夢の国であり、イディオットは心が強い人だ。その強い意志だけが、彼をここまで生かしてくれているのかもしれなかった。
「…事情を詳しく聞いてもいいかい?」
考え込んでいる僕にシュラーフロージィは努めて穏やかに事情を尋ねる。僕はそれに頷くと、ルイスと出会ってからの全てを彼女に話した。
この世界はルイスを名乗る何者かが作り上げた夢の世界であり、アリスの采配で現実の門を開閉出来ないこと。鍵は手に入ったが、誰かが門を開いて出て行けば、またルイスは物語を面白おかしくするために残った人々の記憶を改ざんする可能性があること。
それらをシュラーフロージィは静かに聞いていたが、理解したように目を閉じて溜息を吐いた。
「…つまり、あまりグズグズしていると、そのルイスという男は僕らの記憶を改ざんする可能性もあるということだね」
そう言われて、僕は歩みを止める。
イディオットが運び込まれた部屋の前で彼女は僕を振り返ると、目を閉じて肩をすくめた。
「今、君とミズキがその情報を持っていて、更には僕に共有までしたんだ。ルイスにとってようやく見られる一つのエンディングロールが始まる。それにグダグダと無駄な蛇足を付ければ、駄作と評して記憶を白紙にするかもしれない」
「そんな…」
そんな酷いこと、と言いかけて僕は口を噤む。確かに、物語の面白さにこだわるルイスであれば、そんな理不尽なことだってやりかねない。彼は僕らを物語のコマとしてしか見ていないのだから。
シュラーフロージィは溜息を吐く。
「君のことだから、オットーが完全に死んでいないのであれば、一緒に帰れるようになるまで復活を待ってからにしようと言うんだろう?だけど、ルイスがどうして決め打ちでイディオットの頭をボウガンで射貫いたのか、その理論を元に考えれば分かる。彼はこの物語に波乱を呼ぶために、大勢の人が帰りを待つイディオットを選んで危害を加えたんだ」
そこまで言われて僕は絶句する。確かに彼は僕とミズキを招いたような特殊な空間だって作り出せるし、人数制限はあれど招くことだって出来る。イディオットの息の根を確実に止めるのだとすれば、彼はあの場にイディオットだけを招いて殺せばよかっただけだ。
でも、彼はそうしなかった。ジャッジだって攫うだけ攫って、両足は折ったが殺さなかった。みんなの前にわざわざ姿を現して、恐ろしい光景を見せつけ、絶望する僕らをあざ笑っている。僕らがどうするのか、僕らの選択を楽しみに映画を鑑賞しているんだ。豪勢なソファに座して、コーラとポテトチップスを食べながら、ニヤニヤと。
シュラーフロージィは鋭い。彼女の憶測は限りなく正解に近いだろう。彼女は首を横に振り、部屋のノブに手を掛けた。
「その鍵を使って、アスカとミズキはイディオットの集落の人々を連れて帰るんだ」
「そんな!」
「そうしなくては、きっともう帰れないよ」
彼女は珍しく語気を強めて言い放つ。
「時には切り捨てることも必要だ。全てを手に入れようなんて、僕らは出来ない。だから、大事なものを選択して、難しいものは諦めなきゃいけない。その鍵を使って、またルイスがおかしな悲劇が始まる前に、君は君が一番大事なものを手にするんだ」
彼女の言葉に僕は唾を飲み込んだ。彼女の言うことは正しい。正しいからこそ、彼女はこうやって世界の治安を守ってきた。
ミズキを犠牲にして、初代の三月兎を殺して、自分の領土を荒らそうとするものを音もなく消してきた。彼女は取捨選択が出来る人。僕には出来ないと思っていたそれを、僕もやらなくてはいけない時が来たのだ。
部屋に入ると、イディオットの頭から矢は抜かれ、綺麗に手当はされていたが、眠ったまま彼は目を覚まさない。誰よりも現実に帰ることを切望した人が、僕らの手に入れた鍵を見ることすら出来ない。
チェルシーに一体なんて説明しよう。彼女はきっと彼の帰りを待って、彼と共に歩める未来を望んでいたはずだ。死んではいないものの、彼がこれから無事でいられる保証もないのだ。
「やだ!離して!オットーに会わせて!」
「うるせえなあ、お前がいるといちいち話がややこしくなるんだから、ちょっと待てっつってんだろ」
背後の扉から声が聞こえ、僕とシュラーフロージィが顔を上げる。ゆっくりと扉が開かれると、そこにいたのはミズキだった。うろたえるミズキの背後では、暴れるチェルシーを羽交い絞めにして力づくで鎮圧しているアマネがいる。
ミズキはその二人から逃れるように、一人で先に部屋に入って扉を閉めた。騒がしいチェルシーとアマネの声がドアに阻まれて少し静かになった。
「あ、あの…三月兎さんは大丈夫…?あんまり酷いようなら、会わせない方がいいのかなって…」
おろおろと扉の前に立ちふさがり、ミズキは視線だけでイディオットの様子を見る。そんな彼女にシュラーフロージィは眉根を寄せて溜息を吐いた。
「ああ、容態は一応安定しているよ。目が覚めるかどうかは、まだちょっと分からないけどね」
「そんな…そしたら一緒に帰れない…」
ミズキの言葉の途中で彼女の背後にあった扉が勢いよく開いて、押し出された彼女が僕にぶつかる。それを胸で受け止めると、扉からチェルシーが部屋へと走って入って来た。
「オットー!嘘でしょ、こんなのあんまりだよ!」
ベッド脇で彼女はイディオットの姿を前に震える。見開かれた彼女の桃色の瞳にはベッドに横になったまま微動だにしないイディオットの姿だけが映り込んでいた。
その後ろから遅れて入って来たアマネは呆れたように小耳の輪舞を小指でひっかき、それに息を吹きかけた。
「そんくらいで死なねえだろ、バカ兎は」
「普通は死ぬの!」
危機感のないアマネに対して、チェルシーはベッドのすぐ傍に膝をつき、イディオットの胸に顔をうずめて声を上げて泣き出す。
イディオットの身体はまだ暖かい。上下している胸の動きが、彼の命が繋ぎ留められている証拠だ。
言葉も出ない。僕はただ黙ってチェルシーの姿を見ていることしか出来なかった。
僕がもっと動けていたら、彼を守れただろうか。いや、きっとどれだけ予期していたとしても、守れなかっただろう。ルイスの力はこの世界の神に値する。あの不思議な空間に連れ去ってでも、ルイスはイディオットに致命傷を負わせたに違いない。
抗いようのない悪意だ。避けられない。かろうじて奪われなかったイディオットの命は、ルイスが残した僕らへの課題なのだ。
「…アマネは現実に帰るのかい?」
その二人の様子を眺めながら、シュラーフロージィが呟くように言った。それに対して、アマネは訝し気に眉を潜めたが、迷いなく頷いた。
「帰るよ」
「なら、アスカとミズキについて行くんだ。僕はこの世界に残る」
シュラーフロージィはいつものように柔和な笑みを浮かべるが、アマネに振り返るその表情はどこか寂しそうだ。
彼女はアマネに手を差し出す。アマネはそれを不思議そうに見つめ、彼女の手を握った。
「気を付けて。もう帰って来てはダメだよ」
いつもアマネにいってらっしゃいと言うシュラーフロージィが、アマネに対して初めての別れの言葉を告げる。アマネはただ彼女の顔を見て、いつもなら出てくるはずの悪態を喉の奥にしまいこんだ。
「集落の人々に伝令を出そう。現実に帰りたい人を集めて、今日中にも門を開く」
彼女が手を叩く。すると、廊下から数人の兵士たちが姿を見せる。彼らにシュラーフロージィはいつものように耳打ちで指示を出すと、彼らは驚いた顔をしたものの、すぐに廊下へと走り去って行った。
「…ふざけないでよ」
イディオットの手を握って泣いていたチェルシーの声に、僕らは振り返る。全員の視線が集まる中で、彼女は大粒の涙を零しながら、ゆっくりと立ち上がった。
「現実に一番帰りたがっていたのは、オットーでしょ?置いてく気なの?彼はまだ目を覚まさないのに」
振り返った彼女の表情は涙に濡れていたが、明らかに言葉は荒く、眉間に刻まれたしわには怒りが滲む。
鍵を手に入れるまでにイディオットは本当に手を尽くしてくれた。彼はずっと自分の名前を思い出すために、集落の人を率いて、希望の見えない人々の多くを救った。帽子屋を倒せたのも、彼の洞察力と意思の強さがあったからこその勝利だ。彼なくしては、ここまでこれなかったことなど、みんなが分かっている。
シュラーフロージィはただ優しげな笑みを浮かべたまま、首を横に振った。
「分かっている。オットーがいなかったら、誰も帰れなかっただろう。だけど、アスカとミズキが鍵を手に入れて帰って来た今、ゆっくり彼の目覚めを待つわけにはいかないんだよ」
「なんでよ!鍵がもう手に入ったなら、待てばいいじゃん!一番頑張った人を置いてくとかサイテーすぎ!人として終わってる!」
「ミズキから聞いているかもしれないけど、この世界を作ったのはアリスであるミズキではないんだ。記憶の改ざんをするような恐ろしい人間が作った悪夢の世界だ。この状態で記憶を改ざんされたら、どうするんだい?鍵が鍵だと分からないまま、埋もれて行ってしまうかもしれないだろう」
シュラーフロージィの言葉にチェルシーが再び大きな瞳に涙を溜め込む。それでも彼女は歯を食いしばって僕らを睨みつけると、彼女はうめき声を上げながらミズキへと掴みかかった。
「鍵はアンタが持ってるんでしょ!渡しなさいよ!」
「チェルシー!」
ミズキの肩を掴んで、僕は彼女の手から鍵を奪おうとするチェルシーを引き剥がす。今までずっと友人だった人物が急に牙を向いたことに、ミズキはどう対処すればいいのか分からずに鍵を握りしめたまま僕の背後へと隠れる。それをまた追いかけようとするチェルシーを今度は背後からアマネが首根っこを掴んで止めた。
「おい、いい加減にしろ。バカ兎の意識があったんなら、言うんじゃねえの?俺を置いて帰れって。アイツ、真っ先に死ぬの立候補してただろ。死のうが意識不明だろうが、本人が選んだことだろ」
「そんなのアタシが許さない!」
首根っこを掴まれたまま、チェルシーが暴れる。彼女の足が当たって、イディオットの傍に置かれていたサイドテーブルがひっくり返った。誰かが置いた水の入ったコップが床に落ち、ガラスが弾けて割れた。
「アンタはいいよね!アリスなんて主人公格の配役貰ってさあ!おかげでアスカにも出会えたんだもんね!アタシもこんな非力な配役じゃなかったら、チェシャ猫なんて役に立たない配役じゃなくて、アタシがアリスがだったらオットーを助けられたのかもしれないのにさあ!」
アマネに再び羽交い絞めにされたチェルシーが高い声で笑った。見開かれた彼女の目からは止めどなく涙が溢れ、笑っているのに喋る言葉は悲鳴のようだった。
「チェルちゃん…」
ミズキが僕の服を掴んだまま、壊れたみたいに笑うチェルシーを見つめる。その手は震えていて、小さな彼女の声からは怖いとか驚いたとかよりも、悲しみが読み取れた。
「裏切者!信じてたのに!みんな最低だ!オットーがいない世界なんて、もういらない!」
チェルシーが叫ぶと、不意に足元に白い薔薇が咲く。大輪のその中央には目玉がある。エメラルドグリーンだったそれは、どこかで見たことのある青色の瞳へと変わっていく。
アマネがそれに気付いて足ですぐに踏み潰す。しかし、それはアマネの足から目を守るように周囲に大量の薔薇を咲かせ、盛り上がるようにブクブクと膨らんだ。
「おい!なんかヤベえぞ!逃げろ!」
アマネがチェルシーから手を離し、シュラーフロージィの手を引いて部屋の外へと駆け出す。何が起きたのか事情が飲み込めないまま、僕もミズキの手を引いて部屋の外へと逃げだす。どんな時でも戦いに行くアマネが直感でヤバいと言うならヤバい。それだけは間違いないだろう。
部屋が白い薔薇で満たされ、甘い香りが充満する。振り返ると、そこには眠っているはずのイディオットが立っていた。チェルシーの前で彼は笑っているが、その表情は酷く造り物臭い。
イディオットをベースにしているが、眉間にしわも寄せずに優しく微笑む彼は…違う。帽子屋だ。イディオットはどんな時でも、そんな表情を浮かべたりしない。いつも彼の刻まれている眉間のしわがなくなったのを、僕は一度たりとも見たことがないのだから。
「次のアリスは君にするとしよう」
どこかでルイスの声がした。
白い薔薇がチェルシーを侵し、身体に次々と薔薇を咲かせていく。チェルシーは涙を浮かべたまま帽子屋の手を取り、安心したように濡れそぼった桃色の瞳を細めて微笑んだ。
「なんだ…元気じゃん…。心配させんなよ…」
突如、建物が震えだし、チェルシーがいた部屋の足場がパズルのピース型にひび割れた。それは弾けるようにバラバラに砕け、真っ暗闇へと落ちていく。チェルシーは濁った目で帽子屋と手を取り合い、笑いながら落ちていく。自分が深い深い穴に落ちていくことなど、まるで理解していない彼女の表情は穏やかだった。
崩壊は放射状に広がって行く。僕はミズキを抱き上げ、アマネもフロージィの手を引いて城の外へと走った。
「アマネ、ミズキ、アスカ!早く城の裏手の門へと走れ!」
城の出口まで来ると、シュラーフロージィが叫んだ。彼女はそこで立ち止まり、アマネの手を振り払う。急に手を離されたアマネが驚いたように足を止めた。
すぐ後ろで地面が崩れているのを知りながら、シュラーフロージィはいつものように微笑む。穏やかで、母親のように優しそうなその微笑みで、彼女はただ静かにアマネに頷いて見せた。
「僕なら大丈夫。僕はここを自分の居場所にするって決めたんだ。どんな風に世界を造り替えられようと、配役を変えられようと、僕はここにまた楽園を作ってみせる」
「フロージィ」
アマネが名前を呼ぶ。それに彼女は手を振った。
「バイバイ、アマネ。今まで楽しかった、ありがとう。現実で幸せになるんだよ」
迫りくる崩壊がフロージィの足元まで及ぶ。彼女が乗っていた地面がバキンと抜け落ち、そのまま背後から暗い底へと落ちていく。
「フロージィ!」
「アマネ!行っちゃだめだ!」
シュラーフロージィの元へと走ろうとするアマネの腕を掴む。彼は珍しく迷ったように僕と落ちていく地面を交互に見たが、拳を握りしめて再び一緒に走り出す。
どんどんと世界が壊れていく。どこに繋がっているのかも分からない暗闇が広がる奈落と、崩れゆく地面を前に逃げ惑う人々と、自ら望んで身を投げる人。追いつかれてしまう人。様々な人とすれ違いながら、僕らは城の裏手へと向かう。
ルイスの温情なのか、城の裏手へ続く道だけは崩壊せずに残っていた。城下町の脇から続くその道を迷わずに僕らは走り抜け、ミズキを門の前へと下ろした。ミズキは手に握った鍵で、門についた巨大な南京錠を開く。いつも震えている彼女の手に、もう震えはなかった。
金細工を施された立派な南京錠はガシャンと重たい音を立てて地面に落ちる。開いた門の先もまた、崩れ落ちていった地面の先と同じように真っ暗だ。
何も見えない。何も光がない。だけど、僕らにはそこに進むしか選択肢はない。どのみち、僕らの行く先には何も見えないのだ。
「ジャッジさん、大丈夫かな」
ミズキが後ろを振り返る。世界が崩れていく音だけが聞こえる。ガラガラと、まるでブロックで作った城を破壊するように、綺麗に整えられていた不思議の国が崩れていく。
「どこで別れたの?」
「ここからそんなに遠くない場所に…自分が一緒だと、時が止まってしまうから、門の前では待てないって言ってたの」
僕が尋ねると、ミズキはジャッジの姿を探すように周囲を見回していた。それでもアマネが今ここで動いているのを見れば、ジャッジが傍にいないことはすぐに分かる。
「ジャッジさんがいた場所はまだ足場は崩れていないと思うけど…足を怪我しているし、お迎えに行くべきかな」
心配そうにミズキは後ろを振り返る。
確かに彼は両足に大怪我を追っていて、足で歩ける状態ではないのは確かだ。だけど、ここで僕らが迎えに行ってジャッジを無理やり現実に帰したら、それは彼の選択ではない。無理やりじゃなかったと僕らが感じていても、弱っている彼を急かすことになる可能性だってある。
人の正解を見たいとジャッジは言っていた。なら、彼自身も自分の正解を自分で見つけなくてはいけないのではないだろうか。
「…ジャッジの足場が崩壊していないなら、まだこの道へ自力で来ることも出来るんじゃないかな。ミズキは彼が選択した場所に送り届けた。それ以上は彼の意思に委ねた方がいい気がする」
僕はミズキの視線を追いながら答える。
僕らが彼に無意識に何かを強いてしまったら、僕らはきっとその責任は取れない。まだ迷いがあって、迷える時間があるなら、その時間を取り上げてはならないだろう。
彼が本当に帰ると決めたなら、這いずってでも門へ来るはず。それくらいの覚悟を持って現実に帰ると決めた時が、彼が本当に現実に帰ることが正解だと判断した時だ。
僕の言葉にミズキはまだ少し心配そうにしていたが、そうだねと控え目な笑顔で言った。
「案外、もう帰ってるんじゃねえの」
今しがたミズキが開けたばかりなのに、先にジャッジが帰っているわけがないが、アマネはそんなことを言いながら門の先へと向かう。でも、確かにアマネからしたらジャッジはいつも姿が見えない、テレポートする何かだ。そう考えても仕方ないのかもしれない。
門から一歩足を踏み出し、彼は最後にもう一度世界を見回した。
「なんか、変な感じだ。アマネはまた9歳の姿に戻るんだな」
いつも怒る以外の反応に乏しいアマネが呟くように言った。
彼も元々は現実に帰る気がなかった人間だ。それでも、ここまで来た。彼は現実に帰ることを選んだ。帰るために、帽子屋にだって対峙して見せた彼には迷いはなくとも、それなりの寂しさを感じているのかもしれない。
「アスカ、アマネの住所覚えてんだろな?ちゃんと迎えに来いよ」
そう言うと、彼は僕に向かって何かを投げつける。胸の上でバウンドしたそれを受け取ると、彼のお気に入りのマドレーヌがあった。いつもは分けてくれないのに、今回は餞別として特別なのかもしれない。
「じゃ、またな」
歯を見せて彼は笑うと、門の向こうへと走り出していく。恐怖の一つや二つ覚えそうな、深淵のような暗い道を彼は振り返ることなく駆け抜けて行った。
「またね!」
僕が返答する頃には、彼の姿は闇に溶けて消えていた。僕とミズキは顔を見合わせてから、僕は大事なことを思い出す。
「待って、電話番号教えて!」
危ない、ミズキからは何も情報を得ていなかった。慌てて尋ねると、ミズキは吹き出すように笑った。
「確かに、何もお互い知らなかったね」
「本当に。僕たちは本当にお互いのこと何も知らなかった」
半年近くこの世界にいて半分以上はミズキの傍で過ごしたのに、お互いの好みも、価値観も、現実での出来事も、僕らは何も知らなかった。お互いに勝手に相手から嫌われないように悪いところを隠して、思い出を切り抜いて、自分に都合の良い解釈しか伝えて来なかった。
僕とミズキは電話番号を描いたメモの切れ端を交換する。アマネの住所も覚えられたのだ。10桁の数字くらい、すぐに覚えられるだろう。
僕はミズキに手を振って別れを告げる。僕が見送りたいと言ったら、彼女は少し心配そうに足元を確認しながら歩き出し、やがて力強い足取りで暗闇の中へと進んで行った。
「絶対、電話するから!現実でもよろしくね!」
彼女の背中に向かって叫び、手を振る。すると、彼女はこちらを振り返って、笑顔で大きく手を振った。後ろ歩きをする彼女の姿も、次第に暗闇に溶けて見えなくなった。
僕は誰もいなくなったその場を振り返り、もう一度この世界を見回す。
もう青空はない。世界の大半が暗闇だ。ルイスはきっとまた世界を創り直すのだろう。また現実で何かしらの生きづらさを抱える人々を招き、自分の箱庭を眺めて笑うだろう。
ジャッジは現実に帰ってくれるだろうか。じっくり考えた末に現実に帰ることを選択してくれたなら、人と話すことが楽しいと笑えるようになって欲しい。
シュラーフロージィはきっと大丈夫だ。彼女は強い人。持前のカリスマ性もある。
ドゥエルとメベーラに最後、会えなかったのは少し残念だ。だけど、彼らはきっとどこでも上手くやっていける。明るくて聡い子供たちだ。
イディオットは目を覚ますだろうか。僕が世界で一番尊敬する人だ。彼に出会えた学びを持って帰るだけで、きっと彼は喜んでくれるだろうが、出来たらいつか現実で改めて出会えたらいいなと思う。
チェルシーにもお世話になった。次回のアリスが彼女になってしまったことが、本当は凄く残念だ。彼女もまた何かに気付いて、自分が望む道を見つけてくれることを祈るしかない。
道に足を踏み出すと、真っ黒で何もないようで、安定した足場だった。僕は握りしめたミズキの電話番号を手に歩き出した。10桁の電話番号を呪文のように口に出して復唱しながら、何も見えない道を歩いた。
道どころか全てが真っ黒だ。絶望や深淵とも呼べるそれは、今ではスタートに戻る白紙のようにも見えた。
「いや、実に面白かったよ。波乱のエンディングだったね」
しばらく歩いていて、不意に聞こえた声に僕が顔を上げると、手に持っていたメモを取り上げられる。そこにいたのはギザギザの歯を見せて笑うルイスの姿だった。
彼は呆気に取られる僕の前で、取り上げたメモを見せつけるようにヒラヒラと上下に降って見せる。
コイツにまた会うことになるとは。湧き上がる嫌悪感に僕は眉をひそめ、メモを取り返そうとするが、ルイスは軽快なステップで後ろに下がる。
子供の嫌がらせみたいだ。幼稚で呆れて溜め息が出た。
「おい、何すんだよ。返せ」
「まあまあ、もうちょっと最後にお土産を置いていってくれよ。私も暇なのさ」
そう言って彼はキシキシと歯を鳴らして笑うと。なんとそのメモの破片を口に入れて飲み込んでしまう。
「嘘だろ!何してんだよ!どうしてくれるんだ!」
予期しなかった展開に頭が真っ白になる。何とか取り返せないかと、思わず彼の腹を触るが、出てくるわけなどない。彼の肩を掴んで揺さぶるも、彼はヘラヘラと笑っているだけで一向に返そうとしない。
「なあに、これを返したところで無駄さ。君は現実にいるアリスに繋がる大事な記憶だけ思い出せずに夢から目覚める。私が二人からその記憶を取り上げるからね」
「ふざけんな!お前って奴はどうしてそう性格の悪いことばっかり…!」
「性格悪いのさ。残念だったね」
彼の胸倉を掴み上げて怒鳴る僕に、ルイスは愉快そうに笑うと、僕の手から砂状になって闇に溶け込んでいく。
「君たちが言ったんだ。僕みたいな人間が作った悪夢みたいな世界じゃなく、現実で自分の道を歩むと。それなら見せてくれ。きちんと歩いている姿を。君も言っただろう?自分の言葉に責任を持て、とね」
まるで反響するように彼の声が遠のいていく。悔しさで何か罵倒してやろうかと口を開くが、それと同時に身体が重くなり、僕はその場で膝をついた。声が出ない。言葉になるほど、脳が回らない。
酷い浮遊感。グラグラと視界が回り、どうにもならない怠さに僕は目を閉じた。
「物語の続きを楽しみにしているよ。鮫島明日香さん」
瞼が重くて開かない。浮遊感は次第に心地の良いものへと変わっていく。まどろみのようなその眠気に、僕はその場に身体を横に倒す。身体が真っ黒な地面に吞まれていく。ゆっくり、ゆっくり。
頭が痛んだ。ジクジクとした痛み。この世界で目覚めた時と同じ痛みだった。
「アスカ…アスカ…」
ぽつぽつと身体に降りかかる水滴と、聞き覚えのある声に僕は目を覚ます。目の前に広がるのは灰色の雲と、鬱蒼とした夜闇と木の葉だ。
状況が読み込めずに何度か瞬きをしていると、誰かが僕の身体を揺すった。
「はやく…三月兎を救うんだ…。私を殺して、アマネと早く眠り鼠に助けを、求めるんだ…」
鼻をつく鉄の匂い。僕の身体へ目を落とすと、そこには地面を這ったまま僕の身体を揺するジャッジがいた。
…そうだ!記憶を追体験させられて、僕はここに返されたのだ。僕は飛ぶように身体を起こす。それを見たジャッジは、力尽きたように地面に身体を伏せた。
「ジャッジ!ごめん、気を失って…ルイスは?」
「今、消えたところだ…」
ジャッジの身体を仰向けにして抱き抱えると、彼の真っ白な顔はさらに血の気を失って青ざめている。彼の下半身にぶら下がる足は、完全に機能を失っているようで、力が入る様子は感じられない。
後ろを振り返ると、相変わらずイディオットは停止した姿のまま倒れている。アマネには外傷もなく、そのままだ。
「僕はどのくらい眠ってた?」
「時間は…経ってない…。倒れただけのように、私には見えた」
僕の言葉にジャッジは声を絞り出して答える。どうやらルイスが言った言葉に偽りはないようだ。それならば、この人数をどうやって運ぶとしよう。
アマネは無傷だから放置していてもいいだろうが、ジャッジもイディオットも酷い怪我だ。しかも、ジャッジがいる限りは周囲の時間が止まってしまうから、他人に助けを求めることが出来ない。致命的なのは、その部分だった。
ジャッジの足からも酷い出血がある。降り続ける雨に、彼の血は奪われ、どんどんと彼の体温が下がっていく。
「私を…殺してくれ…」
「そんなこと出来ない!」
「私は、もう生きていたくない…」
僕はジャッジを抱きあげようとするが、折れてぶら下がる足が地面を離れようとすると、ジャッジが苦しそうに呻く。
これでは運べない。運べないし、誰にも助けを求められない。
「この配役がある限り…私はずっと独りだ…。もう、独りでいるのは、飽きてしまったんだよ、アスカ…」
「なら、一緒に現実に帰ろう!鍵があったんだ!あとちょっとで帰れるから…!」
「もう、いいんだ」
僕の言葉にジャッジは小さく笑って、力なく首を横に振った。
「私はずっと…現実にいる時に1人でいたいと願っていたんだ…。誰とも関わらなければ、生きていけると…でも、やはりダメだった…」
少しずつ彼の声が掠れていく。ここは夢の世界。気持ち1つで切断された首すら再生する。だけど、本人に生きる意思がないのであれば、どんな小さな怪我でも命を奪う。
ああ、ダメだ。そんな。イディオットもジャッジも僕は救えない。僕は彼を殺すことも出来ない。
不意に遠くで恐ろしい魔物が叫ぶ声がした。視界を上げると、遠くで何かが羽ばたくのが見えた。
「アスカー!」
特徴的な前歯と目玉を持つ、恐ろしい形相をしたドラゴンが口から紫色の煙を吐きながらこちらへと飛んでくる。醜悪なそれは終末を知らせる生き物のようでありながら、その長い首には水色のスカートを履いた女の子が跨っていて、僕に笑顔で手を振っていた。
「ミズキ!」
最初にミズキがこの世界で生み出したキャンパスに描いたジャバウォック。それに手綱をつけ、彼女は僕らの元へと舞い降りた。翼の風で砂が舞い、僕は顔を手の甲で覆う。
ミズキがドラゴンの首から地面へ降りると、ドラゴンは血走った目で僕らを見るものの、危害をくわえるでもなく大人しくその場に座った。
「アスカ!ジャッジさん!それにみんな…どうして…」
見るも無惨な惨状にミズキが青ざめる。彼女はすぐに3本の傘を手元に出すと、イディオットの傍とアマネの脇、最後の傘を持って僕らの元へと駆け寄った。
「ルイスがジャッジとイディオットに危害を加えたんだ。でも、ジャッジがいると時間が止まってしまうから…」
「そっか、能力は周囲の時間停止だもんね…すぐ手当するね!」
僕の説明にミズキは頷くと、彼女はジャッジの足に手を当てる。すると、彼の足に巻き付くように包帯が現れ、みるみるとギブスへと姿を変えた。
記憶を取り戻したミズキは、もう道具を使わない。念じるだけで、彼女は思い描いたものを生み出せる。
「凄いな…」
ミズキの姿に僕は感嘆の声を漏らし、ジャッジは信じられないと言いたげな顔で瞬きをする。ミズキが作ってくれたギブスのおかげで、一先ずは彼の怪我の止血も出来たし、足の固定も叶った。これで彼を抱き上げることが出来る。僕はジャッジを持ち上げて、ドラゴンの背に乗せた。
彼女の行動に僕の心が明るくなる。希望の光が差し込んだように身体が軽くなり、僕はすぐにイディオットの元へと向かった。
ミズキは凄い。本当に凄い。彼女はいつだって、僕に希望を見せてくれるんだ。
「なぜ、こうまでして…」
「ジャッジがいてくれたから、僕らはこの世界と戦えたんだ」
ドラゴンの上からジャッジが尋ねる。僕はそれに笑って答える。ミズキがイディオットの頭にも包帯を巻き、僕はイディオットも背中に担ぎ上げた。
「誰一人欠けちゃいけなかったんだ。みんながいてくれたから、ここまで来れた。ジャッジが僕を助けてくれなかったら、ミズキと帽子屋の合流まで時間を稼いでくれなかったら、誰も現実に帰れなかったんだよ!」
イディオットはガタイが良いだけにとても重くて、集落を襲われた時には肩を貸すだけでも一苦労だったが、今の僕にはなんとか運べる。ジャッジの隣に乗せ、すぐにアマネの回収に向かう。
ミズキはその間にドラゴンの背に跨り、手綱を握った。
「このドラゴンは…人を襲わないのか?」
ジャッジがミズキに尋ねる。すると、ミズキはちょっと戸惑ったようにジャッジを見たが、静かに頷いた。
「この子は…良い子だから、大丈夫」
ミズキはジャッジと会ったことがあるのかは知らないが、ジャッジは初期のお茶会での騒動を知っていた。だとすれば、このドラゴンのことを覚えているのだろうか。それとも、ルイスがジャッジの記憶も改ざんしたことがあるなら、たまたま聞いただけなのだろうか。
アマネを抱き上げ、背中に乗せてから僕はミズキに声を掛ける。
「全員乗った!僕は並走するから、フロージィの城へ!」
「うん!」
ミズキが手綱を引くと、ドラゴンが雄たけびを上げながら上空へと舞い上がる。その隣に僕も翼で上空へと飛び立ち、ドラゴンの翼の風に巻き込まれないように少し離れて空を飛んだ。
時間が止まったままの世界で、動けるのは時間を止めているジャッジ本人と僕とミズキだけだが、ドラゴンはどうやらアリスが生み出した「物」として換算されるようだ。ミズキが作った大型の物は一日程度で消えてしまうので、もしかすると人間を作り出すことも出来るのかもしれないが、恐らくすぐ消えてしまうのだろう。
「…私は、現実に帰る勇気がない」
城へ向かう途中でジャッジが呟くように言った。
「私は、現実ではただの引きこもりだ。ずっと、透明人間になりたいと思っていた。だから、この配役を貰った時は…嬉しかったんだと思う。もう、よく覚えていないが」
ジャッジは長らくこの世界で誰にも関わらずに生きてきたはずだ。彼自身の知名度の低さと、他者との関わりを持たせない能力が、否が応にも彼を孤独にする。そんな孤独も数年すれば限界がくるだろう。限界がきたから、彼は死にゆくジャバウォックたちを救おうとしたのだろう。
彼の呟きに、ドラゴンの首に座っていたミズキが小さく振り返る。迷うように進行方向と彼の横顔に視線を行ったり来たりさせてから、彼女は遠慮がちに口を開いた。
「わ、私も、現実に帰る自信は…あまりないです」
彼女の言葉に、ジャッジがもたげた首を上げた。それに彼女は目を逸らすが、対話をする気はあるようで言葉を続けた。
「自信はないですけど…ジャッジさんは、この世界で凄く頼りになりました。話すことはいつも凄く難しかったですけど…客観的で。アスカと仲直りする上で、勉強になったと思っているんです」
僕は彼らが二人で帽子屋から逃げていた間に何を話していたのかは知らないが、僕との仲直りの相談をしていたのかもしれない。ジャッジが助言したなら、それはきっと公平な意見をくれたことだろう。
ミズキは相変わらずジャッジと目を合わせられずにいたが、眉を寄せて笑った。
「ジャッジさんは孤独とずっと向き合ってきた人なので、私はきっとジャッジさんは現実に帰った方が居心地がいいと思っています。誰かと話せるのはすごく暖かいことだと、私はアスカと知り合ってから感じました。だからジャッジさんがずっと誰とも話せない世界は、やっぱり辛いことなんじゃないかなって…」
ミズキの言葉に僕は思わず口元だけで笑みを作る。
ミズキもずっと現実では一人だった。誰にも自分のことを話さず、話そうとせず、出来るだけ他者を遮断して苦しんでいた。そんな彼女だからこそ、孤独を極める辛さをよく知っているんじゃないかと思う。
ジャッジは黙ってミズキの横顔を見つめていたが、話を聞いて視線を元に戻した。いつも機械的で無表情な彼の表情は、相変わらず変化を見せなかったが、彼はそれ以上悲観的な話をしようとはしなかった。
シュラーフロージィの領土まで来ると、僕はドラゴンの背中からイディオットを肩に担ぎ上げ、一足先に下降を始める。
「ミズキは城の中庭へ!僕は先にみんなに事情を話してくる!」
「分かった!」
僕の指示でミズキはジャッジを乗せたまま城へ向かって旋回を始める。
「…私がいては時間が止まる。良かったら、どこかで下ろして欲しい」
ジャッジがミズキに頼む声が背中の向こうで聞こえた。
ジャッジの能力がどの程度の範囲まで及ぶものなのかは分からないが、こうして聞いていると本当に不自由な能力だ。それでいて、もう殺して欲しいと言わなくなっただけ、彼の心が前を向いてくれたかもしれないことが今の僕には救いだ。この調子なら、あの酷い骨折で彼が命を落とす危機は免れるだろう。
イディオットの身体は抱えていくには物凄く重かった。時間はまだ止まったままで、彼の視線はどこを見ているのか分からない。
城の前へとなんとか降り立ち、イディオットを背中に背負い直す。すでに腕の酷使で筋肉に限界がき始めているが根性で僕は歩みを進める。ここは夢の世界だ。気の持ちようで何とでもなると言うじゃないか。
「うう…」
城内を進んでいると、不意に背中からうめき声が聞こえた。周囲で止まっていた兵士たちが動きだし、一部は僕らの姿を見て駆け寄って来た。
時間が動き出したのだ。ミズキとジャッジが遠くへ行った証拠だ。
「オットーさん!大丈夫ですか!?今、すぐに助けますから!」
声を掛けるが、オットーは言葉にならない掠れた声しか発さない。あの雨の中で、彼の体内の血は相当なくなっているはずだ。矢が刺さった深さから考えても、無事で済むわけがないのだ。
近衛兵たちが僕に駆け寄り、事情を聞くよりも先に、僕の背にもたれかかったイディオットの身体を持ち上げてくれた。4人がかりですぐに近くの部屋のベッドへと担ぎ込むと、誰かが救護班を呼ぶ。
僕はすぐ傍にいた男性の肩を掴む。
「フロージィさんは?」
「今は執務室にいらっしゃいます!」
「わかりました、ありがとうございます!」
僕は彼に言われてすぐに指定された執務室へと走った。赤い廊下を駆け抜けると、途中で何人かの医者のような人間たちとすれ違う。すぐにイディオットの治療にあたってくれるのだろう。
「アスカ」
執務室の方向から赤くて小さな人影がこちらへ走ってくる。ステッキを両手に抱え、シュラーフロージィは僕の方へと駆け来ると、息を切らせながら僕が来た道へと足早に歩き出す。
「伝令から聞いたよ。オットーが大怪我を負っているそうだね」
「はい、頭にボウガンの矢が…」
それ以上をなんと説明しようかと頭を悩ませていると、彼女も困ったように俯いた。
本来の人間ならば、あの深さまでボウガンの矢を受けて生きている方が奇跡だ。幸いにもこの世界は夢の国であり、イディオットは心が強い人だ。その強い意志だけが、彼をここまで生かしてくれているのかもしれなかった。
「…事情を詳しく聞いてもいいかい?」
考え込んでいる僕にシュラーフロージィは努めて穏やかに事情を尋ねる。僕はそれに頷くと、ルイスと出会ってからの全てを彼女に話した。
この世界はルイスを名乗る何者かが作り上げた夢の世界であり、アリスの采配で現実の門を開閉出来ないこと。鍵は手に入ったが、誰かが門を開いて出て行けば、またルイスは物語を面白おかしくするために残った人々の記憶を改ざんする可能性があること。
それらをシュラーフロージィは静かに聞いていたが、理解したように目を閉じて溜息を吐いた。
「…つまり、あまりグズグズしていると、そのルイスという男は僕らの記憶を改ざんする可能性もあるということだね」
そう言われて、僕は歩みを止める。
イディオットが運び込まれた部屋の前で彼女は僕を振り返ると、目を閉じて肩をすくめた。
「今、君とミズキがその情報を持っていて、更には僕に共有までしたんだ。ルイスにとってようやく見られる一つのエンディングロールが始まる。それにグダグダと無駄な蛇足を付ければ、駄作と評して記憶を白紙にするかもしれない」
「そんな…」
そんな酷いこと、と言いかけて僕は口を噤む。確かに、物語の面白さにこだわるルイスであれば、そんな理不尽なことだってやりかねない。彼は僕らを物語のコマとしてしか見ていないのだから。
シュラーフロージィは溜息を吐く。
「君のことだから、オットーが完全に死んでいないのであれば、一緒に帰れるようになるまで復活を待ってからにしようと言うんだろう?だけど、ルイスがどうして決め打ちでイディオットの頭をボウガンで射貫いたのか、その理論を元に考えれば分かる。彼はこの物語に波乱を呼ぶために、大勢の人が帰りを待つイディオットを選んで危害を加えたんだ」
そこまで言われて僕は絶句する。確かに彼は僕とミズキを招いたような特殊な空間だって作り出せるし、人数制限はあれど招くことだって出来る。イディオットの息の根を確実に止めるのだとすれば、彼はあの場にイディオットだけを招いて殺せばよかっただけだ。
でも、彼はそうしなかった。ジャッジだって攫うだけ攫って、両足は折ったが殺さなかった。みんなの前にわざわざ姿を現して、恐ろしい光景を見せつけ、絶望する僕らをあざ笑っている。僕らがどうするのか、僕らの選択を楽しみに映画を鑑賞しているんだ。豪勢なソファに座して、コーラとポテトチップスを食べながら、ニヤニヤと。
シュラーフロージィは鋭い。彼女の憶測は限りなく正解に近いだろう。彼女は首を横に振り、部屋のノブに手を掛けた。
「その鍵を使って、アスカとミズキはイディオットの集落の人々を連れて帰るんだ」
「そんな!」
「そうしなくては、きっともう帰れないよ」
彼女は珍しく語気を強めて言い放つ。
「時には切り捨てることも必要だ。全てを手に入れようなんて、僕らは出来ない。だから、大事なものを選択して、難しいものは諦めなきゃいけない。その鍵を使って、またルイスがおかしな悲劇が始まる前に、君は君が一番大事なものを手にするんだ」
彼女の言葉に僕は唾を飲み込んだ。彼女の言うことは正しい。正しいからこそ、彼女はこうやって世界の治安を守ってきた。
ミズキを犠牲にして、初代の三月兎を殺して、自分の領土を荒らそうとするものを音もなく消してきた。彼女は取捨選択が出来る人。僕には出来ないと思っていたそれを、僕もやらなくてはいけない時が来たのだ。
部屋に入ると、イディオットの頭から矢は抜かれ、綺麗に手当はされていたが、眠ったまま彼は目を覚まさない。誰よりも現実に帰ることを切望した人が、僕らの手に入れた鍵を見ることすら出来ない。
チェルシーに一体なんて説明しよう。彼女はきっと彼の帰りを待って、彼と共に歩める未来を望んでいたはずだ。死んではいないものの、彼がこれから無事でいられる保証もないのだ。
「やだ!離して!オットーに会わせて!」
「うるせえなあ、お前がいるといちいち話がややこしくなるんだから、ちょっと待てっつってんだろ」
背後の扉から声が聞こえ、僕とシュラーフロージィが顔を上げる。ゆっくりと扉が開かれると、そこにいたのはミズキだった。うろたえるミズキの背後では、暴れるチェルシーを羽交い絞めにして力づくで鎮圧しているアマネがいる。
ミズキはその二人から逃れるように、一人で先に部屋に入って扉を閉めた。騒がしいチェルシーとアマネの声がドアに阻まれて少し静かになった。
「あ、あの…三月兎さんは大丈夫…?あんまり酷いようなら、会わせない方がいいのかなって…」
おろおろと扉の前に立ちふさがり、ミズキは視線だけでイディオットの様子を見る。そんな彼女にシュラーフロージィは眉根を寄せて溜息を吐いた。
「ああ、容態は一応安定しているよ。目が覚めるかどうかは、まだちょっと分からないけどね」
「そんな…そしたら一緒に帰れない…」
ミズキの言葉の途中で彼女の背後にあった扉が勢いよく開いて、押し出された彼女が僕にぶつかる。それを胸で受け止めると、扉からチェルシーが部屋へと走って入って来た。
「オットー!嘘でしょ、こんなのあんまりだよ!」
ベッド脇で彼女はイディオットの姿を前に震える。見開かれた彼女の桃色の瞳にはベッドに横になったまま微動だにしないイディオットの姿だけが映り込んでいた。
その後ろから遅れて入って来たアマネは呆れたように小耳の輪舞を小指でひっかき、それに息を吹きかけた。
「そんくらいで死なねえだろ、バカ兎は」
「普通は死ぬの!」
危機感のないアマネに対して、チェルシーはベッドのすぐ傍に膝をつき、イディオットの胸に顔をうずめて声を上げて泣き出す。
イディオットの身体はまだ暖かい。上下している胸の動きが、彼の命が繋ぎ留められている証拠だ。
言葉も出ない。僕はただ黙ってチェルシーの姿を見ていることしか出来なかった。
僕がもっと動けていたら、彼を守れただろうか。いや、きっとどれだけ予期していたとしても、守れなかっただろう。ルイスの力はこの世界の神に値する。あの不思議な空間に連れ去ってでも、ルイスはイディオットに致命傷を負わせたに違いない。
抗いようのない悪意だ。避けられない。かろうじて奪われなかったイディオットの命は、ルイスが残した僕らへの課題なのだ。
「…アマネは現実に帰るのかい?」
その二人の様子を眺めながら、シュラーフロージィが呟くように言った。それに対して、アマネは訝し気に眉を潜めたが、迷いなく頷いた。
「帰るよ」
「なら、アスカとミズキについて行くんだ。僕はこの世界に残る」
シュラーフロージィはいつものように柔和な笑みを浮かべるが、アマネに振り返るその表情はどこか寂しそうだ。
彼女はアマネに手を差し出す。アマネはそれを不思議そうに見つめ、彼女の手を握った。
「気を付けて。もう帰って来てはダメだよ」
いつもアマネにいってらっしゃいと言うシュラーフロージィが、アマネに対して初めての別れの言葉を告げる。アマネはただ彼女の顔を見て、いつもなら出てくるはずの悪態を喉の奥にしまいこんだ。
「集落の人々に伝令を出そう。現実に帰りたい人を集めて、今日中にも門を開く」
彼女が手を叩く。すると、廊下から数人の兵士たちが姿を見せる。彼らにシュラーフロージィはいつものように耳打ちで指示を出すと、彼らは驚いた顔をしたものの、すぐに廊下へと走り去って行った。
「…ふざけないでよ」
イディオットの手を握って泣いていたチェルシーの声に、僕らは振り返る。全員の視線が集まる中で、彼女は大粒の涙を零しながら、ゆっくりと立ち上がった。
「現実に一番帰りたがっていたのは、オットーでしょ?置いてく気なの?彼はまだ目を覚まさないのに」
振り返った彼女の表情は涙に濡れていたが、明らかに言葉は荒く、眉間に刻まれたしわには怒りが滲む。
鍵を手に入れるまでにイディオットは本当に手を尽くしてくれた。彼はずっと自分の名前を思い出すために、集落の人を率いて、希望の見えない人々の多くを救った。帽子屋を倒せたのも、彼の洞察力と意思の強さがあったからこその勝利だ。彼なくしては、ここまでこれなかったことなど、みんなが分かっている。
シュラーフロージィはただ優しげな笑みを浮かべたまま、首を横に振った。
「分かっている。オットーがいなかったら、誰も帰れなかっただろう。だけど、アスカとミズキが鍵を手に入れて帰って来た今、ゆっくり彼の目覚めを待つわけにはいかないんだよ」
「なんでよ!鍵がもう手に入ったなら、待てばいいじゃん!一番頑張った人を置いてくとかサイテーすぎ!人として終わってる!」
「ミズキから聞いているかもしれないけど、この世界を作ったのはアリスであるミズキではないんだ。記憶の改ざんをするような恐ろしい人間が作った悪夢の世界だ。この状態で記憶を改ざんされたら、どうするんだい?鍵が鍵だと分からないまま、埋もれて行ってしまうかもしれないだろう」
シュラーフロージィの言葉にチェルシーが再び大きな瞳に涙を溜め込む。それでも彼女は歯を食いしばって僕らを睨みつけると、彼女はうめき声を上げながらミズキへと掴みかかった。
「鍵はアンタが持ってるんでしょ!渡しなさいよ!」
「チェルシー!」
ミズキの肩を掴んで、僕は彼女の手から鍵を奪おうとするチェルシーを引き剥がす。今までずっと友人だった人物が急に牙を向いたことに、ミズキはどう対処すればいいのか分からずに鍵を握りしめたまま僕の背後へと隠れる。それをまた追いかけようとするチェルシーを今度は背後からアマネが首根っこを掴んで止めた。
「おい、いい加減にしろ。バカ兎の意識があったんなら、言うんじゃねえの?俺を置いて帰れって。アイツ、真っ先に死ぬの立候補してただろ。死のうが意識不明だろうが、本人が選んだことだろ」
「そんなのアタシが許さない!」
首根っこを掴まれたまま、チェルシーが暴れる。彼女の足が当たって、イディオットの傍に置かれていたサイドテーブルがひっくり返った。誰かが置いた水の入ったコップが床に落ち、ガラスが弾けて割れた。
「アンタはいいよね!アリスなんて主人公格の配役貰ってさあ!おかげでアスカにも出会えたんだもんね!アタシもこんな非力な配役じゃなかったら、チェシャ猫なんて役に立たない配役じゃなくて、アタシがアリスがだったらオットーを助けられたのかもしれないのにさあ!」
アマネに再び羽交い絞めにされたチェルシーが高い声で笑った。見開かれた彼女の目からは止めどなく涙が溢れ、笑っているのに喋る言葉は悲鳴のようだった。
「チェルちゃん…」
ミズキが僕の服を掴んだまま、壊れたみたいに笑うチェルシーを見つめる。その手は震えていて、小さな彼女の声からは怖いとか驚いたとかよりも、悲しみが読み取れた。
「裏切者!信じてたのに!みんな最低だ!オットーがいない世界なんて、もういらない!」
チェルシーが叫ぶと、不意に足元に白い薔薇が咲く。大輪のその中央には目玉がある。エメラルドグリーンだったそれは、どこかで見たことのある青色の瞳へと変わっていく。
アマネがそれに気付いて足ですぐに踏み潰す。しかし、それはアマネの足から目を守るように周囲に大量の薔薇を咲かせ、盛り上がるようにブクブクと膨らんだ。
「おい!なんかヤベえぞ!逃げろ!」
アマネがチェルシーから手を離し、シュラーフロージィの手を引いて部屋の外へと駆け出す。何が起きたのか事情が飲み込めないまま、僕もミズキの手を引いて部屋の外へと逃げだす。どんな時でも戦いに行くアマネが直感でヤバいと言うならヤバい。それだけは間違いないだろう。
部屋が白い薔薇で満たされ、甘い香りが充満する。振り返ると、そこには眠っているはずのイディオットが立っていた。チェルシーの前で彼は笑っているが、その表情は酷く造り物臭い。
イディオットをベースにしているが、眉間にしわも寄せずに優しく微笑む彼は…違う。帽子屋だ。イディオットはどんな時でも、そんな表情を浮かべたりしない。いつも彼の刻まれている眉間のしわがなくなったのを、僕は一度たりとも見たことがないのだから。
「次のアリスは君にするとしよう」
どこかでルイスの声がした。
白い薔薇がチェルシーを侵し、身体に次々と薔薇を咲かせていく。チェルシーは涙を浮かべたまま帽子屋の手を取り、安心したように濡れそぼった桃色の瞳を細めて微笑んだ。
「なんだ…元気じゃん…。心配させんなよ…」
突如、建物が震えだし、チェルシーがいた部屋の足場がパズルのピース型にひび割れた。それは弾けるようにバラバラに砕け、真っ暗闇へと落ちていく。チェルシーは濁った目で帽子屋と手を取り合い、笑いながら落ちていく。自分が深い深い穴に落ちていくことなど、まるで理解していない彼女の表情は穏やかだった。
崩壊は放射状に広がって行く。僕はミズキを抱き上げ、アマネもフロージィの手を引いて城の外へと走った。
「アマネ、ミズキ、アスカ!早く城の裏手の門へと走れ!」
城の出口まで来ると、シュラーフロージィが叫んだ。彼女はそこで立ち止まり、アマネの手を振り払う。急に手を離されたアマネが驚いたように足を止めた。
すぐ後ろで地面が崩れているのを知りながら、シュラーフロージィはいつものように微笑む。穏やかで、母親のように優しそうなその微笑みで、彼女はただ静かにアマネに頷いて見せた。
「僕なら大丈夫。僕はここを自分の居場所にするって決めたんだ。どんな風に世界を造り替えられようと、配役を変えられようと、僕はここにまた楽園を作ってみせる」
「フロージィ」
アマネが名前を呼ぶ。それに彼女は手を振った。
「バイバイ、アマネ。今まで楽しかった、ありがとう。現実で幸せになるんだよ」
迫りくる崩壊がフロージィの足元まで及ぶ。彼女が乗っていた地面がバキンと抜け落ち、そのまま背後から暗い底へと落ちていく。
「フロージィ!」
「アマネ!行っちゃだめだ!」
シュラーフロージィの元へと走ろうとするアマネの腕を掴む。彼は珍しく迷ったように僕と落ちていく地面を交互に見たが、拳を握りしめて再び一緒に走り出す。
どんどんと世界が壊れていく。どこに繋がっているのかも分からない暗闇が広がる奈落と、崩れゆく地面を前に逃げ惑う人々と、自ら望んで身を投げる人。追いつかれてしまう人。様々な人とすれ違いながら、僕らは城の裏手へと向かう。
ルイスの温情なのか、城の裏手へ続く道だけは崩壊せずに残っていた。城下町の脇から続くその道を迷わずに僕らは走り抜け、ミズキを門の前へと下ろした。ミズキは手に握った鍵で、門についた巨大な南京錠を開く。いつも震えている彼女の手に、もう震えはなかった。
金細工を施された立派な南京錠はガシャンと重たい音を立てて地面に落ちる。開いた門の先もまた、崩れ落ちていった地面の先と同じように真っ暗だ。
何も見えない。何も光がない。だけど、僕らにはそこに進むしか選択肢はない。どのみち、僕らの行く先には何も見えないのだ。
「ジャッジさん、大丈夫かな」
ミズキが後ろを振り返る。世界が崩れていく音だけが聞こえる。ガラガラと、まるでブロックで作った城を破壊するように、綺麗に整えられていた不思議の国が崩れていく。
「どこで別れたの?」
「ここからそんなに遠くない場所に…自分が一緒だと、時が止まってしまうから、門の前では待てないって言ってたの」
僕が尋ねると、ミズキはジャッジの姿を探すように周囲を見回していた。それでもアマネが今ここで動いているのを見れば、ジャッジが傍にいないことはすぐに分かる。
「ジャッジさんがいた場所はまだ足場は崩れていないと思うけど…足を怪我しているし、お迎えに行くべきかな」
心配そうにミズキは後ろを振り返る。
確かに彼は両足に大怪我を追っていて、足で歩ける状態ではないのは確かだ。だけど、ここで僕らが迎えに行ってジャッジを無理やり現実に帰したら、それは彼の選択ではない。無理やりじゃなかったと僕らが感じていても、弱っている彼を急かすことになる可能性だってある。
人の正解を見たいとジャッジは言っていた。なら、彼自身も自分の正解を自分で見つけなくてはいけないのではないだろうか。
「…ジャッジの足場が崩壊していないなら、まだこの道へ自力で来ることも出来るんじゃないかな。ミズキは彼が選択した場所に送り届けた。それ以上は彼の意思に委ねた方がいい気がする」
僕はミズキの視線を追いながら答える。
僕らが彼に無意識に何かを強いてしまったら、僕らはきっとその責任は取れない。まだ迷いがあって、迷える時間があるなら、その時間を取り上げてはならないだろう。
彼が本当に帰ると決めたなら、這いずってでも門へ来るはず。それくらいの覚悟を持って現実に帰ると決めた時が、彼が本当に現実に帰ることが正解だと判断した時だ。
僕の言葉にミズキはまだ少し心配そうにしていたが、そうだねと控え目な笑顔で言った。
「案外、もう帰ってるんじゃねえの」
今しがたミズキが開けたばかりなのに、先にジャッジが帰っているわけがないが、アマネはそんなことを言いながら門の先へと向かう。でも、確かにアマネからしたらジャッジはいつも姿が見えない、テレポートする何かだ。そう考えても仕方ないのかもしれない。
門から一歩足を踏み出し、彼は最後にもう一度世界を見回した。
「なんか、変な感じだ。アマネはまた9歳の姿に戻るんだな」
いつも怒る以外の反応に乏しいアマネが呟くように言った。
彼も元々は現実に帰る気がなかった人間だ。それでも、ここまで来た。彼は現実に帰ることを選んだ。帰るために、帽子屋にだって対峙して見せた彼には迷いはなくとも、それなりの寂しさを感じているのかもしれない。
「アスカ、アマネの住所覚えてんだろな?ちゃんと迎えに来いよ」
そう言うと、彼は僕に向かって何かを投げつける。胸の上でバウンドしたそれを受け取ると、彼のお気に入りのマドレーヌがあった。いつもは分けてくれないのに、今回は餞別として特別なのかもしれない。
「じゃ、またな」
歯を見せて彼は笑うと、門の向こうへと走り出していく。恐怖の一つや二つ覚えそうな、深淵のような暗い道を彼は振り返ることなく駆け抜けて行った。
「またね!」
僕が返答する頃には、彼の姿は闇に溶けて消えていた。僕とミズキは顔を見合わせてから、僕は大事なことを思い出す。
「待って、電話番号教えて!」
危ない、ミズキからは何も情報を得ていなかった。慌てて尋ねると、ミズキは吹き出すように笑った。
「確かに、何もお互い知らなかったね」
「本当に。僕たちは本当にお互いのこと何も知らなかった」
半年近くこの世界にいて半分以上はミズキの傍で過ごしたのに、お互いの好みも、価値観も、現実での出来事も、僕らは何も知らなかった。お互いに勝手に相手から嫌われないように悪いところを隠して、思い出を切り抜いて、自分に都合の良い解釈しか伝えて来なかった。
僕とミズキは電話番号を描いたメモの切れ端を交換する。アマネの住所も覚えられたのだ。10桁の数字くらい、すぐに覚えられるだろう。
僕はミズキに手を振って別れを告げる。僕が見送りたいと言ったら、彼女は少し心配そうに足元を確認しながら歩き出し、やがて力強い足取りで暗闇の中へと進んで行った。
「絶対、電話するから!現実でもよろしくね!」
彼女の背中に向かって叫び、手を振る。すると、彼女はこちらを振り返って、笑顔で大きく手を振った。後ろ歩きをする彼女の姿も、次第に暗闇に溶けて見えなくなった。
僕は誰もいなくなったその場を振り返り、もう一度この世界を見回す。
もう青空はない。世界の大半が暗闇だ。ルイスはきっとまた世界を創り直すのだろう。また現実で何かしらの生きづらさを抱える人々を招き、自分の箱庭を眺めて笑うだろう。
ジャッジは現実に帰ってくれるだろうか。じっくり考えた末に現実に帰ることを選択してくれたなら、人と話すことが楽しいと笑えるようになって欲しい。
シュラーフロージィはきっと大丈夫だ。彼女は強い人。持前のカリスマ性もある。
ドゥエルとメベーラに最後、会えなかったのは少し残念だ。だけど、彼らはきっとどこでも上手くやっていける。明るくて聡い子供たちだ。
イディオットは目を覚ますだろうか。僕が世界で一番尊敬する人だ。彼に出会えた学びを持って帰るだけで、きっと彼は喜んでくれるだろうが、出来たらいつか現実で改めて出会えたらいいなと思う。
チェルシーにもお世話になった。次回のアリスが彼女になってしまったことが、本当は凄く残念だ。彼女もまた何かに気付いて、自分が望む道を見つけてくれることを祈るしかない。
道に足を踏み出すと、真っ黒で何もないようで、安定した足場だった。僕は握りしめたミズキの電話番号を手に歩き出した。10桁の電話番号を呪文のように口に出して復唱しながら、何も見えない道を歩いた。
道どころか全てが真っ黒だ。絶望や深淵とも呼べるそれは、今ではスタートに戻る白紙のようにも見えた。
「いや、実に面白かったよ。波乱のエンディングだったね」
しばらく歩いていて、不意に聞こえた声に僕が顔を上げると、手に持っていたメモを取り上げられる。そこにいたのはギザギザの歯を見せて笑うルイスの姿だった。
彼は呆気に取られる僕の前で、取り上げたメモを見せつけるようにヒラヒラと上下に降って見せる。
コイツにまた会うことになるとは。湧き上がる嫌悪感に僕は眉をひそめ、メモを取り返そうとするが、ルイスは軽快なステップで後ろに下がる。
子供の嫌がらせみたいだ。幼稚で呆れて溜め息が出た。
「おい、何すんだよ。返せ」
「まあまあ、もうちょっと最後にお土産を置いていってくれよ。私も暇なのさ」
そう言って彼はキシキシと歯を鳴らして笑うと。なんとそのメモの破片を口に入れて飲み込んでしまう。
「嘘だろ!何してんだよ!どうしてくれるんだ!」
予期しなかった展開に頭が真っ白になる。何とか取り返せないかと、思わず彼の腹を触るが、出てくるわけなどない。彼の肩を掴んで揺さぶるも、彼はヘラヘラと笑っているだけで一向に返そうとしない。
「なあに、これを返したところで無駄さ。君は現実にいるアリスに繋がる大事な記憶だけ思い出せずに夢から目覚める。私が二人からその記憶を取り上げるからね」
「ふざけんな!お前って奴はどうしてそう性格の悪いことばっかり…!」
「性格悪いのさ。残念だったね」
彼の胸倉を掴み上げて怒鳴る僕に、ルイスは愉快そうに笑うと、僕の手から砂状になって闇に溶け込んでいく。
「君たちが言ったんだ。僕みたいな人間が作った悪夢みたいな世界じゃなく、現実で自分の道を歩むと。それなら見せてくれ。きちんと歩いている姿を。君も言っただろう?自分の言葉に責任を持て、とね」
まるで反響するように彼の声が遠のいていく。悔しさで何か罵倒してやろうかと口を開くが、それと同時に身体が重くなり、僕はその場で膝をついた。声が出ない。言葉になるほど、脳が回らない。
酷い浮遊感。グラグラと視界が回り、どうにもならない怠さに僕は目を閉じた。
「物語の続きを楽しみにしているよ。鮫島明日香さん」
瞼が重くて開かない。浮遊感は次第に心地の良いものへと変わっていく。まどろみのようなその眠気に、僕はその場に身体を横に倒す。身体が真っ黒な地面に吞まれていく。ゆっくり、ゆっくり。
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