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第2話

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担当である月島幸(幸くん)の、恋愛小説を書いてみないかという言葉で、私は幸くんと疑似恋愛をすることになった。
「ということで、先生。恋愛するなら名前呼びあいましょう?」
幸くんが作ったサラダを食べ終わり、パソコンをいじる私に、そう言ってきた。
「名前の呼びあいといっても、私は幸くんと呼んでいるが?」
「まあ、そうですけど、俺としては呼びすてがいいと思いまして。ダメですか?」
鋭い美貌を持つ美形が小首を傾げ、まるで捨てられた子犬のような目でそう訴えてくるが、私としては一応年上なので断りをいれる。
「幸くんは仮にも私より年上なんだから、流石に呼びすてはねぇ」
「先生、仮にとか言ってる時点で俺のこと敬ってないですよね?」
「うーん?そんなことないよ?」
「否定するならちゃんとしてくださいよ」
こんな会話がされている。
「はあ、俺が折れるしかないんですよねーこういうときは」
やがて諦めたようにため息をつき、そう呟かれた。
「まあ、今はこのままでもいいですけど、少しは考えてくださいね」
そう諦めたような彼の言葉は、静かな空間に消えた。
それは、鬼気迫るような顔で紙に何かを書く彼女がいたからだ。
作家という生き物は、アイデアが湧くと書かずにはいられない。
彼女は、今思いついたアイデアを外に出すために、メモ帳に書きなぐっている。
こういう時の作家は、何を言っても聞こえない状態と言っても過言ではない。
彼は先ほどとは違う意味の諦めを滲ませ、彼女が生み出すアイデアがどんなものか、楽しみに待つことにした。
そして、数分してやっとメモする手が止まり、彼女はメモ帳に落としていた視線を上げる。
「面白いアイデア浮かびましたか?」
幸はメモが終わったことを見てそう話しかける。
「うん、結構かかったけど、次回作のアイデアがやっと湧いてきたよ」
「おお、それは良かったです、俺もこれで編集長に怒られ続けずにすみますか」
「うーんその節はすみません、言い訳できないや」
「ま、俺は早くてもいい加減な作品になるより遅くてもいいから、先生が真剣に書いた面白い作品のほうがいいですから、気にしてませんよ」
「へへっそう言ってもらえるとうれしいな。やっぱり君が担当で私は幸せ者だ」
「俺も先生の担当になれて良かったですよ、先生の作品好きですから」
恋人たちの会話にしては甘さが足りない、だが作家と編集の会話としては100点満点といえる会話であった。

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