まどろむ宝石、もの言う鏡

くさなぎ秋良

文字の大きさ
4 / 9

金の瞳じろじろまわりに

しおりを挟む
 知里幸恵編訳『アイヌ神謡集』には梟の神の自ら歌った謡「銀の滴降る降るまわりに」が収められています。
 梟の神が「銀の滴降る降るまわりに、金の滴降る降るまわりに」と繰り返し歌っているのです。なんとも美しいですね。

 我が家には金の滴や銀の滴は降りませんでしたが、金の目だったらおりますとも。
 二番目にやってきた愛猫『小町』です。彼女の目は鮮やかな金色で、私にとっては純金より素晴らしいものです。

 縁あって北海道長沼町の農家さんからメス猫を三匹譲り受けたのですが、その中の一匹が小町でした。キジ白にピンクの鼻が愛らしかったので、美人という意味をこめてその名がつけられたのです。

 そのとき一緒に引き取った小町の姉妹二匹は北海道の実家にいます。三毛猫の『茶々』と黒猫の『寧々』です。みんな姉妹だけあって、顔立ちが似ています。

 小町は毛づくろいがとても下手なので、いつも世話好きの愛猫・姫に甲斐甲斐しく身だしなみを調えてもらっています。どちらが『姫』かわからないですね。そしてお礼にと姫を毛づくろいしようとして「痒いところに手が届かないので結構です」と断られているのです。

 群馬に来たばかりの頃はよく爪をひっかけて網戸クライミングなどに興じていたものですが、この頃ではしなくなりました。歳をとって落ち着いたのでしょうか。猫缶で脂肪をチャージしてしまった今では、もはや己の体重を支えきれないのかもしれませんが。

 この小町、夫や私が他の猫を呼んだり撫でていると飛んできます。

 ととととどどどどどっどっどっ。

 小刻みな足音で突進してきて、触れ合っている私と姫の間に割り込み、「私を呼んで、撫でて、構って!」と猛アピール。小町を探すときは姫の名を呼んだほうが確実に現れます。

 そんな小町も最初は夫に懐きませんでした。しかし、猫缶という名の賄賂とともに、大好きな紐遊びに付き合うことで夫は彼女の信頼を得たのです。
 多分、最初は「あんたなんてただのヒモよ」としか夫のことを認識していなかったはず。スウェットの紐に飛びかかって急所に爪で襲いかかること数知れず。しまいには夫はすべてのスウェットから紐を外してしまいました。

 もともとちょっとドライな猫で、私の赤ちゃんにも興味を示さず、一貫して我関せずといった姿勢です。そのくせ、夫が帰ってくると、その腕にしなだれかかる。その顔はまさに小悪魔。

 夫いわく、抱っこしたいときになかなか来てくれないくせに、出勤しようと玄関に行くと必ず甘えてくる、やっぱり生粋の小悪魔。夫は小町の普段はクールででもやきもちやきなギャップがたまらないそうです。

 以前、北海道にいる母と電話で話していたときのこと。

「寧々はねぇ、お父さんがくしゃみするたびに必ず『お大事に』みたいな感じで「にゃあん」って鳴くの」

 必ず返事をする猫は我が家にもいます。姫です。

 北海道で数ヶ月、姫と小町たち姉妹が一緒に過ごした時期がありました。その一緒に過ごした時間が血縁でもない姫と寧々をそっくりにしたのかなと思うと、なんだかおかしくなりました。ちなみに小町と茶々は毛色も性格も違うけれど、血尿になりやすいところは一緒です。

 ときどき、考えます。
 もし私が群馬に姫と小町を連れて来なければ、四姉妹として仲良く過ごしていられたのに。もし北海道にいれば、猛暑も知らずに済んだのに。

 新千歳空港から飛行機に乗り、成田や羽田空港からトラックで群馬までの道のりはおよそ千キロメートルです。彼女たちを連れてくるのに、九時間くらいかかりました。長い旅路は怖くて辛かっただろうと思います。
 そんな思いをさせてまで連れていくべきかすごく悩みました。

 群馬の新居にやってきた彼女たちの金の目と視線がかちあった瞬間を今でも覚えています。彼女たちは私を見つけると、顔つきが明るくなったのでした。
 おでこを擦り付けて甘えてくる彼女たちを撫で、泣きながら謝りました。

「ごめんね。長旅辛かったね。茶々と寧々と離れてごめんね」

 金色の目がじろじろまわりを見回し、新居の探検を始めるのを見ながら「でも、来てくれてありがとう」としみじみ思いました。潰されそうな心細さが消えていたからでした。

 きっと姫と小町が虹の橋を渡るとき、私は自分の人生に付き合わせてしまったことを詫び、自分と一緒で幸せだったか問いかけるのだろうと思います。

 悔いることのないよう、毎日めいっぱい愛情を注いでいても、それでも問いかけずにはいられないでしょうね。そんな気がします。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

灰かぶりの姉

吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。 「今日からあなたのお父さんと妹だよ」 そう言われたあの日から…。 * * * 『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。 国枝 那月×野口 航平の過去編です。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...