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ペリドットの太陽
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我が家の愛猫『凪』は不思議な目の色をしています。おそらくヘーゼルと呼ばれるものだと思うのですが、金色から青みがかったグリーンにグラデーションがかかっているのです。光の加減でグリーンが色濃く見えるときはペリドットという宝石を思わせる色で、思わず見とれてしまいます。
ペリドットの英名はオリビンでその由来はオリーブ。色合いがオリーブに似ているのです。そしてオリーブをカンランという植物と間違えた明治時代の学者により、和名は橄欖石(かんらんせき)になっています。古代エジプト時代には『太陽の石』と呼ばれ珍重された石です。
ペリドット色の目を持つ『凪』はまさしく我が家の太陽。そこにいるだけでパッと気持ちが明るくなります。表情豊かなメス猫で、誰よりも甘えん坊、そして息子たちの良き乳母やです。
凪との出会いは他の猫よりもちょっとややこしいものでした。
ある夜のこと。夫と私は車で帰宅途中、とある洋食屋の前を通りがかりました。
「あ、猫だ!」
夫が慌ててスピードを落とします。パッと顔を上げた瞬間、道端の茂みから飛び出ている小さな頭が見えました。
タマだ!
咄嗟にそう思ったのです。視界に飛び込んできた白と黒のハチワレが、他界した愛猫タマにそっくりだったのでした。
一瞬、ほんの一瞬ですが時間が止まったようでした。
すぐに「車、止めて!」と夫に頼み込みます。夫は「真っ暗だし、子猫は素早いから捕まらないよ」と渋りましたが、それでも道端に車を寄せてくれました。
どうやら子猫が二匹、洋食屋の前の茂みに隠れているようです。けれど夫の言うように子猫たちはすばしっこく、まるでもぐらたたきのように茂みに隠れて、出ては隠れての繰り返し。
いつまでも夫を待たせるわけにもいかず、その夜はそのまま家に戻りました。しかし、気になって眠れないのです。一瞬でもタマに見えた猫を放っておけない。それも猫がいたのは車通りの多い道路脇でした。
明日、一人でも猫缶とキャリーケースを持って捕獲に行こうと決意しました。夫は出勤なので車は使えません。子猫がいた場所まで歩けば一時間はかかるはずです。それでも迎えに行こうと決めていました。
すると、そんな私を見かねた夫がこう言ったのです。
「そんなに簡単に捕まるものじゃないよ。次の里親会に連れていってあげるよ。そこにいるかもしれないから」
私の住んでいる地域では、月に二度、犬猫の譲渡会があるのです。もし運が良ければ生き延びてそこにいるかもしれないと夫は考えたのでした。
そして数日後、夫は夜勤明けで意識朦朧とする中、私を里親会に連れて行ってくれました。
あの子猫を見かけたのは暗闇で一度きり。しかも車のライトで照らされた頭だけ。本当にあの子がいるのかわかりませんでした。
ぐるっと一周してみたものの、はっきりと「この子だ」と断言できず。あのまま今も洋食屋の茂みで暮らしているのかと肩を落としました。
けれど、ここに来たのも何かのご縁。一匹だけならお迎えしようということに。決めかねて夫に「どの子がいい?」と尋ねると、眠気と疲れで気絶寸前の夫は「その子でいいよ」と半ば投げやりにうずくまるトビキジの子猫を指さしました。
トビキジとは白に小さめのキジトラの模様が入っている毛色といえばいいのでしょうか。この子はキジトラの模様が頭にまるでカツラかヘルメットのように入っています。よく見ると背中に小さな丸、尻尾もキジトラ色。兄弟と思われるキジトラと寄り添ってケージの隅でうずくまっているのでした。不安そうで、怯えきった目が印象的でした。
「じゃあ、この子にします」
そう言うと、ボランティアさんが「一緒にいる子もどうですか?」と尋ねてきました。本当ならそうしたい。けれど、我が家にはすでに姫も小町がいます。アパートは広いとはいえない。四匹はちょっと、と後ろ髪を引かれる思いでお断りしたのでした。
「名前、何にする?」
この子にすると決めたのは夫なので、名前も決めてもらおうと尋ねると、彼は「凪」と即答。どうやら手塚治虫の名作『火の鳥』からとったようでした。
さて、凪を引き取るために私たちはボランティア団体さんと幾つかやりとりをしなければなりませんでした。
里親会によって規定は様々ですが、私たちの場合は現在の住居や家族構成、先住猫の様子を話し、契約書にサインしました。完全室内飼いと避妊・去勢をする、そして動物病院でノミとマダニの検査を受けることを誓うものでした。
そしてボランティア団体さんに諸経費の千円をお支払いし、めでたく凪は我が子に。
そのやりとりの最中、凪がどこで保護された猫か話しているときのこと。捕獲場所の住所があの洋食屋のある市だとわかり、思わず「あ」と声が漏れました。
あのとき茂みにいた二匹が、この子たちだと今更ながら気づいたのです。確証はありませんが、そうとしか思えませんでした。キジトラ模様のハチワレが白と黒のハチワレに見えたのは暗がりのせいでしょう。
なんだかタマが導いてくれた気がして、本当に愛おしい気持ちになったのを思い出します。
その翌日、たっぷり睡眠をとった夫がぼそりとこう言いました。
「やっぱり、もう一匹の兄弟猫も引き取ろう」
しかし、次の里親会にはいませんでした。凪よりも器量が良かったので、保護してくれた方が譲渡先を見つけてくれたか、もしかしたら新しい家族になってくれたんじゃないかと考えています。でも、兄弟と引き離してしまったことは、凪に懺悔してもしきれない唯一の悔いになっています。
凪は誰よりも甘えん坊で、常に私の膝や胸、腹の上にいます。夜になるとベッドに行くまでずっと傍で待機。布団に入れば一緒に眠る毎日。
私に子どもが生まれると、ずっと子どものそばにいる私といるわけで、自然と乳母やのように。まだ赤ちゃんだった息子の写真には必ず凪が写っています。沐浴する様子も一緒に見守り、息子が風邪を引いてお風呂に入れない夜は髪を毛づくろいしたこともありました。
姫や小町は息子がいると距離を置くのですが、凪だけは怯みません。子どもたちと競うようにして私のそばにいます。
嫉妬は緑色の目をした怪物と表現したのはシェイクスピアですが、我が家の凪もそのようで、甘えん坊の小町よりもずっとやきもちやきの甘えん坊。
魚心あれば水心というもので、私も凪がいないと立っていられないほどの溺愛だと思います。半日出かけるのも辛い。凪に会いたくて家に帰りたくなることもザラ。
凪との繋がりは深いという自覚はあります。とにかくいつも一緒。姫や小町も可愛くてたまらないし大好きだけれど、何かが違う。今思うと、凪はタマの魂を引き継いでいるのかもしれません。お導きの件もありますが、私が顔を埋めることのできる猫はタマと凪だけだからです。
どんなに辛いことがあっても、どんなに北海道に帰りたいと思っても、凪がいるから踏ん張れています。凪は私の心の太陽であり、その名の通り心に凪いだ穏やかさを与えてくれる存在になっていました。子猫を救ったつもりで、いつか救われている自分に気づいたとき、心からこの巡り合わせに感謝したものです。
夫とはよく「凪はママが好きねぇ」「パパが好きねぇ」と張り合っています。間に挟まれた凪は「何言ってんの」という呆れ顔をしていますが。
ある夜、夫が酒を飲みながらにやにやしています。
「凪が人間の娘だったら可愛いでぇ。黄色い帽子と鞄で幼稚園なんか行ったら可愛いでぇ」
とんでもない猫親バカがいたもんだと思いましたが、想像して即座に「可愛いねぇ」とデレデレしてしまった私は夫婦になるべくしてなったんだなと実感したのでした。
ペリドットの英名はオリビンでその由来はオリーブ。色合いがオリーブに似ているのです。そしてオリーブをカンランという植物と間違えた明治時代の学者により、和名は橄欖石(かんらんせき)になっています。古代エジプト時代には『太陽の石』と呼ばれ珍重された石です。
ペリドット色の目を持つ『凪』はまさしく我が家の太陽。そこにいるだけでパッと気持ちが明るくなります。表情豊かなメス猫で、誰よりも甘えん坊、そして息子たちの良き乳母やです。
凪との出会いは他の猫よりもちょっとややこしいものでした。
ある夜のこと。夫と私は車で帰宅途中、とある洋食屋の前を通りがかりました。
「あ、猫だ!」
夫が慌ててスピードを落とします。パッと顔を上げた瞬間、道端の茂みから飛び出ている小さな頭が見えました。
タマだ!
咄嗟にそう思ったのです。視界に飛び込んできた白と黒のハチワレが、他界した愛猫タマにそっくりだったのでした。
一瞬、ほんの一瞬ですが時間が止まったようでした。
すぐに「車、止めて!」と夫に頼み込みます。夫は「真っ暗だし、子猫は素早いから捕まらないよ」と渋りましたが、それでも道端に車を寄せてくれました。
どうやら子猫が二匹、洋食屋の前の茂みに隠れているようです。けれど夫の言うように子猫たちはすばしっこく、まるでもぐらたたきのように茂みに隠れて、出ては隠れての繰り返し。
いつまでも夫を待たせるわけにもいかず、その夜はそのまま家に戻りました。しかし、気になって眠れないのです。一瞬でもタマに見えた猫を放っておけない。それも猫がいたのは車通りの多い道路脇でした。
明日、一人でも猫缶とキャリーケースを持って捕獲に行こうと決意しました。夫は出勤なので車は使えません。子猫がいた場所まで歩けば一時間はかかるはずです。それでも迎えに行こうと決めていました。
すると、そんな私を見かねた夫がこう言ったのです。
「そんなに簡単に捕まるものじゃないよ。次の里親会に連れていってあげるよ。そこにいるかもしれないから」
私の住んでいる地域では、月に二度、犬猫の譲渡会があるのです。もし運が良ければ生き延びてそこにいるかもしれないと夫は考えたのでした。
そして数日後、夫は夜勤明けで意識朦朧とする中、私を里親会に連れて行ってくれました。
あの子猫を見かけたのは暗闇で一度きり。しかも車のライトで照らされた頭だけ。本当にあの子がいるのかわかりませんでした。
ぐるっと一周してみたものの、はっきりと「この子だ」と断言できず。あのまま今も洋食屋の茂みで暮らしているのかと肩を落としました。
けれど、ここに来たのも何かのご縁。一匹だけならお迎えしようということに。決めかねて夫に「どの子がいい?」と尋ねると、眠気と疲れで気絶寸前の夫は「その子でいいよ」と半ば投げやりにうずくまるトビキジの子猫を指さしました。
トビキジとは白に小さめのキジトラの模様が入っている毛色といえばいいのでしょうか。この子はキジトラの模様が頭にまるでカツラかヘルメットのように入っています。よく見ると背中に小さな丸、尻尾もキジトラ色。兄弟と思われるキジトラと寄り添ってケージの隅でうずくまっているのでした。不安そうで、怯えきった目が印象的でした。
「じゃあ、この子にします」
そう言うと、ボランティアさんが「一緒にいる子もどうですか?」と尋ねてきました。本当ならそうしたい。けれど、我が家にはすでに姫も小町がいます。アパートは広いとはいえない。四匹はちょっと、と後ろ髪を引かれる思いでお断りしたのでした。
「名前、何にする?」
この子にすると決めたのは夫なので、名前も決めてもらおうと尋ねると、彼は「凪」と即答。どうやら手塚治虫の名作『火の鳥』からとったようでした。
さて、凪を引き取るために私たちはボランティア団体さんと幾つかやりとりをしなければなりませんでした。
里親会によって規定は様々ですが、私たちの場合は現在の住居や家族構成、先住猫の様子を話し、契約書にサインしました。完全室内飼いと避妊・去勢をする、そして動物病院でノミとマダニの検査を受けることを誓うものでした。
そしてボランティア団体さんに諸経費の千円をお支払いし、めでたく凪は我が子に。
そのやりとりの最中、凪がどこで保護された猫か話しているときのこと。捕獲場所の住所があの洋食屋のある市だとわかり、思わず「あ」と声が漏れました。
あのとき茂みにいた二匹が、この子たちだと今更ながら気づいたのです。確証はありませんが、そうとしか思えませんでした。キジトラ模様のハチワレが白と黒のハチワレに見えたのは暗がりのせいでしょう。
なんだかタマが導いてくれた気がして、本当に愛おしい気持ちになったのを思い出します。
その翌日、たっぷり睡眠をとった夫がぼそりとこう言いました。
「やっぱり、もう一匹の兄弟猫も引き取ろう」
しかし、次の里親会にはいませんでした。凪よりも器量が良かったので、保護してくれた方が譲渡先を見つけてくれたか、もしかしたら新しい家族になってくれたんじゃないかと考えています。でも、兄弟と引き離してしまったことは、凪に懺悔してもしきれない唯一の悔いになっています。
凪は誰よりも甘えん坊で、常に私の膝や胸、腹の上にいます。夜になるとベッドに行くまでずっと傍で待機。布団に入れば一緒に眠る毎日。
私に子どもが生まれると、ずっと子どものそばにいる私といるわけで、自然と乳母やのように。まだ赤ちゃんだった息子の写真には必ず凪が写っています。沐浴する様子も一緒に見守り、息子が風邪を引いてお風呂に入れない夜は髪を毛づくろいしたこともありました。
姫や小町は息子がいると距離を置くのですが、凪だけは怯みません。子どもたちと競うようにして私のそばにいます。
嫉妬は緑色の目をした怪物と表現したのはシェイクスピアですが、我が家の凪もそのようで、甘えん坊の小町よりもずっとやきもちやきの甘えん坊。
魚心あれば水心というもので、私も凪がいないと立っていられないほどの溺愛だと思います。半日出かけるのも辛い。凪に会いたくて家に帰りたくなることもザラ。
凪との繋がりは深いという自覚はあります。とにかくいつも一緒。姫や小町も可愛くてたまらないし大好きだけれど、何かが違う。今思うと、凪はタマの魂を引き継いでいるのかもしれません。お導きの件もありますが、私が顔を埋めることのできる猫はタマと凪だけだからです。
どんなに辛いことがあっても、どんなに北海道に帰りたいと思っても、凪がいるから踏ん張れています。凪は私の心の太陽であり、その名の通り心に凪いだ穏やかさを与えてくれる存在になっていました。子猫を救ったつもりで、いつか救われている自分に気づいたとき、心からこの巡り合わせに感謝したものです。
夫とはよく「凪はママが好きねぇ」「パパが好きねぇ」と張り合っています。間に挟まれた凪は「何言ってんの」という呆れ顔をしていますが。
ある夜、夫が酒を飲みながらにやにやしています。
「凪が人間の娘だったら可愛いでぇ。黄色い帽子と鞄で幼稚園なんか行ったら可愛いでぇ」
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