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オパールの橋で会いましょう
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オパールは珪酸と水から成る鉱物で、卵の白身のように見えることから蛋白石と呼ばれることもあります。微細な珪酸球が規則正しく並んだものは光の影響で虹色に見えるそうです。物質内部の構造によって光が分光し、表面が虹色に見えることを遊色と呼び、オパールはその代表種なんだとか。
実は私、SNSを使うようになって初めて『虹の橋』を知りました。今では『虹』と聞くと必ずこの『虹の橋』を連想します。
虹の橋とは作者不詳の散文詩で描かれている場所のこと。この世を去ったペットの魂は虹の橋のたもとにある楽園へ行くんだとか。そして飼い主が他界したときにこの場所で再会し、共に天国へ入って行くそうな。
ペットを亡くした人が「虹の橋へ旅立ちました」などと言うのを見ては『虹の橋』とはなんぞやと思っていましたが、たまたまSNSで見かけた記事でこの散文詩の存在を知ったわけです。
私には霊感というものが一切ありませんが、自称『霊感が強い』知人が言うには「あなたの部屋は霊体の動物たちのいわゆる獣道で騒々しい」とのことだったので、動物たちが集まる場所があっても不思議じゃないよなぁと思っています。
以前飼っていた愛猫『タマ』を亡くしたとき、私は実家を出て霊感が強い知人とルームシェアをしていました。花を敷き詰めた箱におさめられたタマに最後の挨拶をして帰宅すると、その知人が「あぁあ、連れてきちゃったね」と言ったのをよく覚えています。私の周りで鳴き声がしたというのです。
そのとき、正直に言って、たとえ姿は見えなくとも、もう少し傍にいられると嬉しくなりました。けれどすぐに『いや、いつまでも心配かけて天国に行けなかったら困る』という焦りと『私を放っておけなくてどこにも行けずにいるのに、それを嬉しがるなんて甘ったれちゃいけない』という罪悪感に背中を押され、めそめそ泣くことは減っていきました。
当時は虹の橋を知らなかったし、その知人とはもう連絡をとっていないのですが、虹の橋が本当にあるのか、タマが無事そこに旅立てたか聞いてみたかったなと思います。
死というのは、人間でも動物でも、存在が抉り取られることだと思っています。空間的にも、書類上でも、精神的にも。葬儀というのは故人を送りだすためだけではなく、残された人々が『死』という事実を受け入れるための儀式です。遺影を準備し、棺に花を手向け、念仏を唱え、焼香をする。段取りが進むごとに、ゆっくりと折り合いをつけ、整理し、心の引き出しにきちんとしまう。
でも、なかなかすべてのペットに手厚い葬儀を出せない人もいるでしょうし、言葉がない分、人間とはまた違う精神の繋がり方をしています。その死と向き合い、綺麗に折りたたんで小脇に抱えて歩き出すのは、かえって難しいかもしれないですよね。だから、虹の橋が生まれたとしても不思議ではないし、むしろ虹の橋を知ってよかったとも思えるのです。
ある日、三歳の長男と散歩をしていたときのことです。
「あ、にゃんにゃん!」
猫好きの息子が舌足らずな言葉で指差したのは、歩道わきに横たわる子猫でした。外傷がなく顔も体も綺麗でしたが、車に轢かれて冷たくなっているのはすぐにわかりました。
けれど、三歳の息子はいつものように近寄ろうとします。
「あの子、死んじゃったんだよ」
咄嗟にそう言いましたが、長男はきょとんとして、轢かれた子猫を見つめていました。
ああ、この子はこれからなんてたくさんのことを知るんだろう。
息子が子猫を見るまっすぐな目、自分の手を握り返す小さな指に、目眩がしました。彼は『死』というものをどういう風に悟っていくのでしょう。もしかしたら私自身の死が、彼に何かを教えるのかもしれません。
現在、我が家には五匹の愛猫がいます。平均寿命からして、私と息子は五回も虹の橋への旅立ちを見送らなくてはなりません。そのとき、息子は何を思い、何を尋ね、そして私はどう答えるのでしょう。
どんなに悲しく寂しくても、オパールのように七色に輝くものも、きっと残ると信じたいですね。
愛猫たちがいなくなると想像しただけで涙が滲みます。けれど、私が虹の橋のたもとに行くときは、さぞかし「にゃあにゃあ」賑やかなお出迎えだろうなと、少しだけ微笑んでしまうのでした。
実は私、SNSを使うようになって初めて『虹の橋』を知りました。今では『虹』と聞くと必ずこの『虹の橋』を連想します。
虹の橋とは作者不詳の散文詩で描かれている場所のこと。この世を去ったペットの魂は虹の橋のたもとにある楽園へ行くんだとか。そして飼い主が他界したときにこの場所で再会し、共に天国へ入って行くそうな。
ペットを亡くした人が「虹の橋へ旅立ちました」などと言うのを見ては『虹の橋』とはなんぞやと思っていましたが、たまたまSNSで見かけた記事でこの散文詩の存在を知ったわけです。
私には霊感というものが一切ありませんが、自称『霊感が強い』知人が言うには「あなたの部屋は霊体の動物たちのいわゆる獣道で騒々しい」とのことだったので、動物たちが集まる場所があっても不思議じゃないよなぁと思っています。
以前飼っていた愛猫『タマ』を亡くしたとき、私は実家を出て霊感が強い知人とルームシェアをしていました。花を敷き詰めた箱におさめられたタマに最後の挨拶をして帰宅すると、その知人が「あぁあ、連れてきちゃったね」と言ったのをよく覚えています。私の周りで鳴き声がしたというのです。
そのとき、正直に言って、たとえ姿は見えなくとも、もう少し傍にいられると嬉しくなりました。けれどすぐに『いや、いつまでも心配かけて天国に行けなかったら困る』という焦りと『私を放っておけなくてどこにも行けずにいるのに、それを嬉しがるなんて甘ったれちゃいけない』という罪悪感に背中を押され、めそめそ泣くことは減っていきました。
当時は虹の橋を知らなかったし、その知人とはもう連絡をとっていないのですが、虹の橋が本当にあるのか、タマが無事そこに旅立てたか聞いてみたかったなと思います。
死というのは、人間でも動物でも、存在が抉り取られることだと思っています。空間的にも、書類上でも、精神的にも。葬儀というのは故人を送りだすためだけではなく、残された人々が『死』という事実を受け入れるための儀式です。遺影を準備し、棺に花を手向け、念仏を唱え、焼香をする。段取りが進むごとに、ゆっくりと折り合いをつけ、整理し、心の引き出しにきちんとしまう。
でも、なかなかすべてのペットに手厚い葬儀を出せない人もいるでしょうし、言葉がない分、人間とはまた違う精神の繋がり方をしています。その死と向き合い、綺麗に折りたたんで小脇に抱えて歩き出すのは、かえって難しいかもしれないですよね。だから、虹の橋が生まれたとしても不思議ではないし、むしろ虹の橋を知ってよかったとも思えるのです。
ある日、三歳の長男と散歩をしていたときのことです。
「あ、にゃんにゃん!」
猫好きの息子が舌足らずな言葉で指差したのは、歩道わきに横たわる子猫でした。外傷がなく顔も体も綺麗でしたが、車に轢かれて冷たくなっているのはすぐにわかりました。
けれど、三歳の息子はいつものように近寄ろうとします。
「あの子、死んじゃったんだよ」
咄嗟にそう言いましたが、長男はきょとんとして、轢かれた子猫を見つめていました。
ああ、この子はこれからなんてたくさんのことを知るんだろう。
息子が子猫を見るまっすぐな目、自分の手を握り返す小さな指に、目眩がしました。彼は『死』というものをどういう風に悟っていくのでしょう。もしかしたら私自身の死が、彼に何かを教えるのかもしれません。
現在、我が家には五匹の愛猫がいます。平均寿命からして、私と息子は五回も虹の橋への旅立ちを見送らなくてはなりません。そのとき、息子は何を思い、何を尋ね、そして私はどう答えるのでしょう。
どんなに悲しく寂しくても、オパールのように七色に輝くものも、きっと残ると信じたいですね。
愛猫たちがいなくなると想像しただけで涙が滲みます。けれど、私が虹の橋のたもとに行くときは、さぞかし「にゃあにゃあ」賑やかなお出迎えだろうなと、少しだけ微笑んでしまうのでした。
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