無窮の騎士

KEC

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第一章

第二話〜のんびりとした休日①〜

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 飽くなき欲求を満たすべく考え行動する者、それが人類だ。
 より良い環境を。
 より効率を。
 より充実を。
 突き詰めれば終わりなどなく、けれど先を求め続けるその姿は欲望に塗れていると言えるかもしれない。けれどこういう考え方はどうだろうか、人類は探求者なのだと。

 かつて広大な大地全てが手付かずなテンプルム大陸の開拓を先導していった男の言葉である。
 手付かずとはそのまま魔物の巣窟であることを意味し、開拓は困難を極めたが徐々に人類の領土は増えていった。
 多くの移住希望者も集まり、国ができたのは当然の流れと言える。
 そんな中で最も早くに建国されたのがリベリタス共和国、君主政権が一般的であった当時に民主政権を取り入れた世界初の国家であった。
 そのリベリタスの主要都市の一つであるウィドスの小さくも手入れの行き届いた宿屋の一室で、陽の光に起こされたアヤトはベッドから身を起こすと頬を伝う涙の跡に気付いた。

「ここは……そっか、懐かしいもんを見たもんだ」

 旅立ちの日を夢でみるなど思いもしなかった。口うるさい上司に騒がしい部下達、バイオレンスな雇い主に振り回される毎日。
 街に繰り出せば何故か集まる子供達にもみくちゃにされ、仲の良い老夫婦と茶を飲みつつボードゲームに勤しみ、早く身を固めろとせっつかれることもしばしばあった。
 そんな騒がしくも充実していたかつての日々が懐かしく、胸が締め付けられる。
 動きたくない億劫な気持ちが消えないが、重い腰をあげて部屋に備え付けられた洗面台へ向かえば少しだけ目が腫れた顔が鏡に映っていた。

「こんな顔じゃ外に出れねえな」

 軽く顔を洗いふと時計を見ると既に十一時近くだと気付く。
 宿屋の朝食は既に終わっている時間だ。昼まで待っても良いが部屋でダラダラするのも味気なく、そうなると必然的に外食しかない。
 さてどこで食べようかと考えているとジッと見つめてくる視線に気付き振り返る。ベッド横の棚、そこには取り澄ましたような表情で大きな尾を左右にゆっくりと揺らした黒猫が丸まっていた。

「外で食べるけど一緒に来るか?」

「……」

「来る気がないなら留守番頼むな」
 
 頷き瞳を閉じた猫は、すぐに規則的な寝息を立てはじめた。その寝付きの良さを羨ましく感じながら身なりを整えると、改めてどこで食べるのか考えながら部屋を出る。するとドアノブに籠がかけられていた。
 中を見てみると「余り物のパンです。食べてください」というメモ書きのみが残されている。だが籠の中にはパンのカケラ一つない。

「サリサか、気配り上手な娘さんなこった。まぁ……お隣さんの食欲も気にかけてくれてりゃよかったんだけどな」

 宿屋の店主の娘であるサリサが朝食の残りのパンを用意してくれていたのであろう。そしてそのパンの居所もある程度察したアヤトは、籠を片手に感謝と謝罪を伝えようと階段を降り受付へと向かう。

「あら、ようやくお目覚め?今日は休みだって聞いてたけど寝すぎるのも体に良くないわよ」

 受付にいたのはサリサの母親であるプリムラであった。おっとりとしていて裏表のない女性だ。

「おかげで朝を食いそびれちまったから今から外に出るとこだよ」

「あら?あの子がパンを持って行ったと思ったけど」
 
「どこかの誰かさんに食べられたみたいでね。だからサリサに一言謝りたかったんだけど……留守か?」

 籠を見せながら肩をすくめるアヤト。

「マクリカさんにも困ったものね。サリサも今日は休みなんだけど、買い出しに行ってくれてるの。たまにはしっかり休んでほしいんだけど……」

「親孝行な娘さんだな」

「本当にそうね。私にはもったいないぐらい出来た娘よ。とりあえずサリサには私から伝えておくわ、籠も受け取っておくわね」

「じゃあ伝言頼むよ。夕飯までには戻るから美味い飯期待してるぜ?」

「うふふ、期待には応えなきゃね。今日も外は暑いから気をつけて」

 子供のように無邪気な笑顔で手を振るプリムラの姿はとても成人しているようには見えない。
 ああ、と簡単に返事をして外に出れば、忠告通り茹だるような暑さが広がっていた。
 季節は夏真っ盛り。一部の通りでは夏限定で大量の屋台が並び、毎日のようにどこかで催されるお祭りでは多くの人々で賑わっている。
 ウィドスの人々は暑さから逃げるのではなく、利用して楽しんでいるようだ。
 アヤトとて楽しみたい気持ちに変わりはないが、起き抜けに人混みは避けたいところ。試しに屋台が並ぶ通りの一つであるシルリア通りに足を向けたが、そこは一段階熱気が増していた。
 皆の表情は生き生きとしているが、とてもあの密集地に飛び込もうとは思えない。
 とはいえ、特別何か食べたいものがあるわけでもなく、ふらふらと街を物色しているとタレを焼く匂いが鼻腔をくすぐり腹の虫が鳴いてしまった。

「邪魔するぞ」

 アヤトは迷う事なくその匂いの元である串焼きの暖簾をくぐる。
 むっちゃん亭。年季の入った多少古くさい店だが、値段の割に味が良い。なにより店主の豪快さがアヤトの好みで、普段から世話になっていたりする。

「らっしゃい!アヤトじゃねえか、さっき起きましたって面しやがって、シャンとしやがれシャンと!」

「おっしゃる通りさっき起きたんだよ。で、まだ眠い俺には野太い声はうるさくてしょうがないんですがね」

「あっはっは、それなら冷めちまってるが一本どうだ?うちのを食えば旨さで眠気なんて吹き飛んじまうぜ」

「お?気前良いな。なら遠慮なくもらうわ」

 暑苦しいところもあるが、基本的には人情味があり義理堅い。それが数ヶ月通っているアヤトから見た店主であるムッスクルスに対する印象だ。
 
「うん、旨い。鳥……じゃないな、種類まではわからないけどフロッグか」

「今日は市場に新鮮なジャイアントフロッグが並んでたんでな。まとめ買いしちまったから、沢山買っていってくれよ」

 牛豚鳥などの家畜類とは別に魔物が食卓に並ぶことは珍しくはない。定期的に仕入れることができるわけではない上に基本的な値段も多少高いのだが、その分食用として市場に並ぶのはどれも味が良い。
 ムッスクルスがまとめ買いしてしまったのも、ジャイアントフロッグが旨いのだと知っていたからだ。
 その名の通り巨大な蛙の姿をしており、鶏肉をジューシーかつヘルシーにした大衆に好まれる味をしている。
 そこにむっちゃん亭の秘伝のタレを絡められたとなれば、若いアヤトの食欲の前には一本の串焼きなど腹の足しにもならなかった。

「旨かったよ、じゃあ十本とお茶を頼む」

「おうよ!つくねも作ってみたけどどうだ?」

「ならそれも五本と……夕方にまた寄るからお土産用にジャイアントフロッグを十本用意しといてくれ」

「ありがてぇ!ちょいとサービスしとくぜ」

 そういうと電卓を弾き出すムッスクルス。提示した金額はアヤトの想像より安かった。

「安すぎないか?この味ならもう少し値段高くても客は来るだろ」

「沢山買ってくれたからな。朝昼兼用だろ?テラスで食っていってくれよ」

「じゃあお言葉に甘えさせてもらいますかね」

 普段は持ち帰りにしていたアヤトだったが、今日は元々すぐに食べる予定だったので、支払いを済ませると言われるがままテラスのテーブルに腰掛け注文分が焼き上がるのを待つことにした。
 さほど大きくはないテラスだが、半分以上の席が埋まっている。
 先に注文していた客なのだろう、家族連れの客が串焼きを受け取り帰ろうとしていると子供が嬉しそうにはしゃいでいた。
 その様子を笑顔で見ていたムッスクルスだが手元はしっかりと調理を続けている。むっちゃん亭に従業員はムッスクルスのみ。仕込み、接客、調理、会計を一人でこなしているので、休んでいる暇などない。
 狭い作業スペースで大量の汗をかきながら忙しなく動きまわり光沢のある頭が輝いているムッスクルスを他所にアヤトはテーブルに用意されている雑誌を物色していく。
 スポーツやファッション、ゴシップなどどの年代にも応えられるよう多くの種類が用意されている。
 そんな中でアヤトが手に取ったのは冒険日誌。魔物の討伐や貴重な素材の採集を一手に担う、テンプルム大陸特有の職である冒険者をまとめる冒険院について記された月一発行の雑誌だ。
 危険な魔物の出現とその討伐状況、最近頭角を現してきた新人についてなど、現在公式に発表されているものから独自に調べたであろうものまで分厚い一冊に集約されている。
 中にはこの地域には生息していないジャイアントフロッグが大量発生している可能性が書かれた記事もあった。

「ほい、ジャイアントフロッグ十本とつくね五本、それとお茶お待ち。なんだ、冒険日誌見てんのか?毎日新鮮な情報掴んでるだろうに」

「他のは興味湧かなくてな。それにどこで調べたのか俺も知らないこともあるから楽しめてるよ。ところでムッス、これ見てジャイアントフロッグ狙ってたろ?」

「ばれちまったか。うちみたいな小規模店舗はたまに変わり種を用意しなくちゃ埋もれちまうからな。こういう情報にはアンテナ張ってんだよ」

「なるほど、色々考えてるんだな」

「馬鹿は馬鹿なりにはな。おっと、じゃあゆっくりしてってくれ、俺は戻るぜ」

 忙しいのだろう、会話もそこそこに作業スペースに戻るムッスクルス。注文待ちの客へ暑苦しい笑顔を浮かべ対応していく。
 自分にはない仕事への熱心さに感心しつつ視線を手元に戻すと、タレでテカテカと艶めいている串焼きが食べられるのを待ち構えていた。

「熱っ、旨っ」

 せっかくの焼きたてなのだからと雑誌片手に一本口にすると、外はカリカリで中からはジューシーな肉汁が溢れ出てきた。秘伝のタレの甘辛さはあくまでも補助でしかなく、ジャイアントフロッグの旨味を存分に活かせる適量が絡められたのみ。
 先程食べたのは冷めていたが確かに旨かった。だが、焼きたては正に別物にしか感じられない。
 お茶を間に挟みながら黙々と食べ続けること十本、つくねは既に食べ終わり残りはジャイアントフロッグだけとなった。
 ある程度お腹も膨れ、自然と食べるペースがゆっくりとなっていき、流し見していた雑誌へ意識を向ける割合が増えていく。
 もっとも、流し見であることには変わりなくページは次々とめくられていたが、あるページで手が完全に止まる。
 
「そういえばもうこんな時期なんだな。早いもんだ……」

 目に留まったのは冒険院の討伐者セイバー選抜試験の日程だった。
 冒険院の構成員である冒険者の中で、選りすぐりの実力者に送られる称号、それが討伐者セイバーだ。
 エリートや花形とも言われ、受験資格の取得も試験そのものも並大抵の難しさではないと言われている。
 数年前、そんな討伐者セイバー選抜試験の開催日、その日がアヤトのウィドスでの生活の始まりであった。

「あの時もこんな暑さで、わた雲が浮かんでいたっけな」

 季節の移り変わりの早いことを意識せざるを得ない。しばらくは晴れが続きそうな空を見上げながらウィドスでののんびりとした毎日を振り返り、たまに串焼きを頬張る。
 食べ終わった頃には雑誌も一通り読み終えていた。残ったお茶を一口で飲み干し手を合わせる。

「ごちそうさまでした。ムッスは……また後で良いか」

 ムッスクルスに挨拶して行こうとするも長蛇、と言うには大袈裟だが中々長い列ができていたのでやめておくことにした。
 串などのゴミをしっかりゴミ箱に捨てて、テラスを出るアヤト。そのままフラフラとまた街を物色していくのであった。
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