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第一章
第三話〜のんびりとした休日②〜
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都市と呼ばれるだけありウィドスは広い。比例して人口も流通もそれ相応の多さとなり、当然ニーズも増えるというもの。飲食店をはじめ百貨店や武器屋、防具屋などがひしめく繁華街は、その他にも多種多様な店が広がり賑わっている。
雑多な、決して空気が美味いなどということもない、そんな繁華街を目的もなくアヤトはただ散歩していた。
歩きながら店内を眺めているだけでも案外楽しめるものだ。何気ない日常だが、それこそが大切な時間だということが実感できる。
道中知り合いに会い立ち話を。いかにも旅人風な人が道に迷っていたので道案内を。街の子供達に捕まり公園で一緒に遊んだりと、気がつけば空が紅く色付いてきていた。
「おっと、もうこんな時間か」
夕飯のことを考えれば帰途に着くべきだが、お土産の串焼きを受け取りに行かなければいけない。
まだ約束の時間には早いがむっちゃん亭までは若干距離があるので、今から向かえばちょうど焼き上がっている頃だろう。
だがその前に不満げな顔の子供達を説得しなければならない。
「えぇ~、もっと遊びたいよ」
「でも帰らないとお母さんに怒られるよ?」
「そうだぞ、家族の時間は大切にしなきゃな」
「じゃあまた今度遊んでよね」
「おう、約束だ」
ボールを片手に抱いた男の子と指切りすると、俺も私もと群がられ同じように約束をし、ばいば~い、と元気よく帰っていく姿を手を振りながら見送った。
「とんでもねえ体力だな」
かわるがわる向かってくる無邪気な子供達に休憩なしで遊びに付き合ったアヤトは、服についた土や砂を払うと、どこかくたびれた様子で水道へ向かい手を洗う。
手を拭くハンカチは残念ながら持ち合わせていない。適当に手を振り自然乾燥させた。
汚れが落ちたことを改めて確認し、視線を手から外すと滑り台やブランコなどの遊具の影が長く伸びている公園の様子が目に飛び込んでくる。
青空の下とは違う。
夜の暗闇の中とも違う。
わずかな時間しか見ることのできない夕暮れ時の街の景色はどこか物悲しく見えた。
だが、それ以上に美しかった。
充実した一日を送れた人もいれば、疲れ切った人もいる。街路樹の張りのある緑の葉やところどころ劣化してきた建造物。
それらが夕日に染め上げられ、一枚の絵のようなまとまりを生み出している。絶景とは程遠いどこにでもある光景だが、それが逆に良いと感じられた。
物の見方など人それぞれだ。アヤトには懐かしさすら感じられるその光景を眺めて五分か十分か、感慨にふけっていると背後から馴染みのある気配を感じた。
「……サリサか?そんなこっそり近づいてもバレバレだぞ?」
「やっぱりばれちゃいましたか」
振り返れば、今朝会えずじまいであったサリサがばつの悪そうな顔をしながら頬を掻いていた。
長身の美人で、プリムラよりも大人びて見えるがまだ成人すらしていない。少し癖っ毛のある茶髪と屈託のない純真な瞳は母譲りなのだろう、性格の違いこそあれどそっくりだ。
コホン、と咳払いをするとニコニコと楽しげにアヤトを見つめてきた。
「相変わらず人気者ですね」
「子供限定だけどな。サリサはこんな時間に外にいるなんて珍しいんじゃないのか?」
「今日はお母さんがゆっくり休みなさいって言ってくれたんで、買い出しが終わってから友達とミュージカルを見に行ってたんです」
「そういえば職場でも何人かその話してたような気が……確か恋愛物だろ?興味なかったから聞き流してたわ」
「私も友達が行きたがってて付き合いで行ってきたんですけど、楽しめましたよ」
「ふ~ん……俺には一生理解できないだろうよ。ただまぁ、楽しめたってんならよだれの跡はしっかり拭いといたほうが良いぞ」
「えっ!?」
サリサはアヤトに顔を見られないよう後ろを向くと、手鏡で口元を確認し始めた。ちゃんと拭いたはず……という呟きがアヤトの耳に入ってくる。
「やっぱ寝てたんだな」
「ひっかけたんですね!!……いえ違います、寝てませんってば!」
天真爛漫で色恋沙汰には興味がない、それがアヤトのサリサに対する印象だ。
その印象は見事に的中していた。サリサに恋愛物のミュージカルを楽しめるわけもなく公演早々に寝てしまったのが事実である。
慌てた様子からもはや寝ていたと白状しているようなものだが、恥ずかしいのか頑なに認めようとはしない。
背伸びしたい年頃なのだろう。
頬を膨らますサリサは先程まで一緒に遊んでいた子供たちと大差ないないように思えた。
だが、見習い仕立物師として仕事をこなしつつ、休みの日には実家である宿屋の手伝いも積極的にする努力家でもある。夢に向かうひたむきな姿勢は純粋に尊敬できるものであった。
「寝てたかどうかは置いといて今から帰るんだろ?俺はむっちゃん亭に寄ってから帰るけど一緒に来るか?」
「寝てませんから!そして行きます!」
私怒ってます、と背中で語りながらサリサは先に歩き出してしまった。こんなにも素直に感情を表現するなどアヤトにはできそうもない。
「何してるんですか、早く行きましょう」
「はいはい、今行きますよ」
急かされてもアヤトに慌てた様子はなくゆっくりと歩き出した。それでも歩幅の違いからすぐに追いつき、サリサの不貞腐れた横顔を見ると頭に浮かぶのは朝のこと。
「そういえば今朝はパンありがとな」
知らぬ間に隣人に食べられ口にできたわけではないが、それでも用意してくれた気持ちは純粋に嬉しいものだった。自然と浮かんだ笑顔がその証拠と言える。
「お母さんから聞いてますよ。マクリカさんに食べられちゃったんですよね?」
「断言はできないけど、それ以外に犯人の目星はついてないな。せっかく用意してくれたのに悪い」
「いえ、気にしないでください。朝食を五人前も食べてたからって油断してました」
「五人前って……食欲増してないか?」
「ですね。そういえばデザートも三つ注文してたような気がします」
買い出しの準備をしていたのではっきりとはわかりませんが、と自信なさげなサリサだが、アヤトにはその光景がありありと浮かんだ。
暴飲暴食を体現するような隣人に顔の引きつりを自覚するが、不思議と心配する気持ちは湧かなかった。
体調を崩したところでそれは自業自得というのが理由の大半だが、パンを食べられた恨みも含まれているのは多少大人気ないかもしれない。
「俺も親父さんのパンは好きだから気持ちはわからなくはないが、さすがに食い過ぎだな」
「ですよね。そうだ、なんでしたら厨房で確保しておくよう言っておきますよ?」
「そりゃありがたいけど、勝手にそんな特別扱いして良いのか?」
「店主の一人娘の特権です。それに数少ない宿泊客にはサービスしとかないとですね」
確かに少ないな、とすんでのところで口には出さなかったが紛れもない事実ではある。
部屋が宿泊客で埋まることはなく、部屋を借りているアヤトとマクリカ以外では不定期に二、三組入るぐらいだ。閑古鳥が鳴く一歩手前といったところだろうか。
逆に食堂は非常に賑わっていて、収入に困るようなことはないのが救いと言えるかもしれない。
「そういえば……」
むっちゃん亭まであと半分の道のりといったところで、サリサは思い出したかのように疑問をぶつけてくる。
「ジャイアントフロッグってどんな魔物なんですか?」
道中を豊富な話題で会話を途切れさせなかったサリサは、アヤトがむっちゃん亭に向かう理由を聞いてジャイアントフロッグに興味を持っていた。
食用としての美味しさは知っているが、魔物としての生態は気にしたことがなかったのだ。
「でっかいカエル」
「安直すぎませんか?それじゃわかりませんよ」
「いや、ほんとにそのまんまでっかいカエルなんだよ。ただ主食は虫じゃなくて森の中に生息している野生動物で、鹿ぐらいの大きさなら丸呑みできるんだけどな」
軽い口調で語るアヤトであったが、自分が丸呑みにされる光景を思い浮かべてしまったサリサは顔が引き攣っていた。
「どんな想像してるかわかりやすい顔だな。食うため人間を襲うことはないから安心しろよ」
あきらかに安堵しているサリサの様子に見えないよう配慮して笑うアヤト。戦闘経験も技術も、そもそも戦うことを考えたこともないサリサには刺激が強すぎたようだ。
「笑ってません?」
「まさか」
「絶対に笑ってましたね!アヤトさんは教導官が務まるぐらいだからそうそう怖い事なんてないんでしょうね!」
「補佐だ補佐。それに忘れてるみたいだけど、俺は都市外の人間だぞ?旅の途中でいくらでも見てきたし今更って感じだな。ちなみに大きさだけで言うならもっとでかいのもいるぞ。ジャイアントフロッグなんて小さいほうさ」
ウィドスでのアヤトの立ち位置は冒険院が運営する訓練校の戦技教導官補佐だ。その名の通り戦闘訓練の補佐や、稀に代理で直接相手取ることもあるが、基本は雑用をこなしている。
——元はただの冒険者だったはずなんだけどなぁ
自由に動けて強ささえあれば適度に稼げる冒険者という立場は奔放なアヤトにピッタリと言えたが、面倒見の良さに目をつけられいつの間にか育成側に立たされてしまった。教員の少ない環境故の弊害だが、当の本人は開き直って初めての週休二日制の仕事を楽しんでいるのだからなんら問題はないだろう。
「鹿を丸呑みできる魔物が小さい……なんだか聞けば聞くほどすごい世界ですね」
先程までサリサの心のどこかに孕んでいた恐怖心。それが今は好奇心が勝り目が輝いていた。
ウィドスのように街の中だけで生活が完結してしまう整った環境に住んでいる人々は街を離れることは滅多にない。
いつどこで魔物と遭遇するのかわからないのだから、それこそ仕事でない限り好んで危険に身を晒すような物好きはいないだろう。
サリサも近くの街へと出かけたことはあれど、幸か不幸か凶暴な魔物を見たことはないのだからアヤトの話に世界の広さを感じるのは仕方がなかった。
「でも、不思議ですよね」
「なにがだ?」
「人を襲わないのに魔物って言われてることです」
邪悪な外敵。
それがサリサにとっての魔物のイメージであり、大半の人々にも同じことが言える。だというのに、ジャイアントフロッグのように食用として重宝されていることもあり、よく考えれば矛盾していることに気付く。
「ああ、それなら簡単な理由だぞ。魔力を操れるかどうかと、純粋な強さが人類の脅威になりえるか。それが動物と魔物の境界線だな」
たとえば肉食の動物であるライオンだが、彼らは動物だ。魔力を扱うことはできず、身体能力の高さも目を見張るものがあるが脅威かと問われれば否と言わざるをえない。
ではジャイアントフロッグはと言えば、ライオンと同じく魔力こそ扱えないがその強さは比べものにならない。自ら人を襲うかどうかではなく、もしもの危険度を考えれば魔物に分類されることはなんらおかしくはないのだ。
「でもそれってすごく曖昧じゃありません?脅威だなんて大人か子供でも変わりますよ」
「だから人類の、なんだよ。教会の枢機卿が魔物に認定する権限を持っていて、直属の騎士団を使って判断材料を集めてるんだ」
「つまり、枢機卿が魔物だと言えば問答無用で世界中に認知されるんですね。教会の権力ってすごい……」
「逆に魔物から除名されることもあるぞ。人類の脅威は取り除きたいが、根絶やしにするのは神の教えに反するそうだ」
「バランスを取ってるってことですか。なんだか話が大きくなってきましたね」
「バランスと言っても魔物側からしたら良い迷惑だろうけどな」
やれやれ、と肩をすくめるアヤト。
枢機卿の匙加減一つで冒険院を始め騎士団や自警団からの討伐、駆除対象に入ってしまうのだから、魔物に同情するのも自然な事であった。
そもそもが、アヤトは教会が嫌いという側面もある。人々を護るためと言えば聞こえは良いが、教会の正義は過剰だと感じられるからだ。
それでも、多くの人々を救っている事実は変わらない。間違いなく世界に必要な存在ではある。
「ままならないもんだ」
「何がですか?」
「いや、何でもない。ほら、むっちゃん亭が見えて来たぞ」
「うわぁ、すごい行列ですね」
これではまたムッスクルスとはまともに会話できそうにない。むっちゃん亭の盛況振りに驚きつつ予約済みの列に並ぶ二人。受け取り時に見たムッスクルスの顔は予想通り疲れていたが、活き活きとした表情をしていた。
雑多な、決して空気が美味いなどということもない、そんな繁華街を目的もなくアヤトはただ散歩していた。
歩きながら店内を眺めているだけでも案外楽しめるものだ。何気ない日常だが、それこそが大切な時間だということが実感できる。
道中知り合いに会い立ち話を。いかにも旅人風な人が道に迷っていたので道案内を。街の子供達に捕まり公園で一緒に遊んだりと、気がつけば空が紅く色付いてきていた。
「おっと、もうこんな時間か」
夕飯のことを考えれば帰途に着くべきだが、お土産の串焼きを受け取りに行かなければいけない。
まだ約束の時間には早いがむっちゃん亭までは若干距離があるので、今から向かえばちょうど焼き上がっている頃だろう。
だがその前に不満げな顔の子供達を説得しなければならない。
「えぇ~、もっと遊びたいよ」
「でも帰らないとお母さんに怒られるよ?」
「そうだぞ、家族の時間は大切にしなきゃな」
「じゃあまた今度遊んでよね」
「おう、約束だ」
ボールを片手に抱いた男の子と指切りすると、俺も私もと群がられ同じように約束をし、ばいば~い、と元気よく帰っていく姿を手を振りながら見送った。
「とんでもねえ体力だな」
かわるがわる向かってくる無邪気な子供達に休憩なしで遊びに付き合ったアヤトは、服についた土や砂を払うと、どこかくたびれた様子で水道へ向かい手を洗う。
手を拭くハンカチは残念ながら持ち合わせていない。適当に手を振り自然乾燥させた。
汚れが落ちたことを改めて確認し、視線を手から外すと滑り台やブランコなどの遊具の影が長く伸びている公園の様子が目に飛び込んでくる。
青空の下とは違う。
夜の暗闇の中とも違う。
わずかな時間しか見ることのできない夕暮れ時の街の景色はどこか物悲しく見えた。
だが、それ以上に美しかった。
充実した一日を送れた人もいれば、疲れ切った人もいる。街路樹の張りのある緑の葉やところどころ劣化してきた建造物。
それらが夕日に染め上げられ、一枚の絵のようなまとまりを生み出している。絶景とは程遠いどこにでもある光景だが、それが逆に良いと感じられた。
物の見方など人それぞれだ。アヤトには懐かしさすら感じられるその光景を眺めて五分か十分か、感慨にふけっていると背後から馴染みのある気配を感じた。
「……サリサか?そんなこっそり近づいてもバレバレだぞ?」
「やっぱりばれちゃいましたか」
振り返れば、今朝会えずじまいであったサリサがばつの悪そうな顔をしながら頬を掻いていた。
長身の美人で、プリムラよりも大人びて見えるがまだ成人すらしていない。少し癖っ毛のある茶髪と屈託のない純真な瞳は母譲りなのだろう、性格の違いこそあれどそっくりだ。
コホン、と咳払いをするとニコニコと楽しげにアヤトを見つめてきた。
「相変わらず人気者ですね」
「子供限定だけどな。サリサはこんな時間に外にいるなんて珍しいんじゃないのか?」
「今日はお母さんがゆっくり休みなさいって言ってくれたんで、買い出しが終わってから友達とミュージカルを見に行ってたんです」
「そういえば職場でも何人かその話してたような気が……確か恋愛物だろ?興味なかったから聞き流してたわ」
「私も友達が行きたがってて付き合いで行ってきたんですけど、楽しめましたよ」
「ふ~ん……俺には一生理解できないだろうよ。ただまぁ、楽しめたってんならよだれの跡はしっかり拭いといたほうが良いぞ」
「えっ!?」
サリサはアヤトに顔を見られないよう後ろを向くと、手鏡で口元を確認し始めた。ちゃんと拭いたはず……という呟きがアヤトの耳に入ってくる。
「やっぱ寝てたんだな」
「ひっかけたんですね!!……いえ違います、寝てませんってば!」
天真爛漫で色恋沙汰には興味がない、それがアヤトのサリサに対する印象だ。
その印象は見事に的中していた。サリサに恋愛物のミュージカルを楽しめるわけもなく公演早々に寝てしまったのが事実である。
慌てた様子からもはや寝ていたと白状しているようなものだが、恥ずかしいのか頑なに認めようとはしない。
背伸びしたい年頃なのだろう。
頬を膨らますサリサは先程まで一緒に遊んでいた子供たちと大差ないないように思えた。
だが、見習い仕立物師として仕事をこなしつつ、休みの日には実家である宿屋の手伝いも積極的にする努力家でもある。夢に向かうひたむきな姿勢は純粋に尊敬できるものであった。
「寝てたかどうかは置いといて今から帰るんだろ?俺はむっちゃん亭に寄ってから帰るけど一緒に来るか?」
「寝てませんから!そして行きます!」
私怒ってます、と背中で語りながらサリサは先に歩き出してしまった。こんなにも素直に感情を表現するなどアヤトにはできそうもない。
「何してるんですか、早く行きましょう」
「はいはい、今行きますよ」
急かされてもアヤトに慌てた様子はなくゆっくりと歩き出した。それでも歩幅の違いからすぐに追いつき、サリサの不貞腐れた横顔を見ると頭に浮かぶのは朝のこと。
「そういえば今朝はパンありがとな」
知らぬ間に隣人に食べられ口にできたわけではないが、それでも用意してくれた気持ちは純粋に嬉しいものだった。自然と浮かんだ笑顔がその証拠と言える。
「お母さんから聞いてますよ。マクリカさんに食べられちゃったんですよね?」
「断言はできないけど、それ以外に犯人の目星はついてないな。せっかく用意してくれたのに悪い」
「いえ、気にしないでください。朝食を五人前も食べてたからって油断してました」
「五人前って……食欲増してないか?」
「ですね。そういえばデザートも三つ注文してたような気がします」
買い出しの準備をしていたのではっきりとはわかりませんが、と自信なさげなサリサだが、アヤトにはその光景がありありと浮かんだ。
暴飲暴食を体現するような隣人に顔の引きつりを自覚するが、不思議と心配する気持ちは湧かなかった。
体調を崩したところでそれは自業自得というのが理由の大半だが、パンを食べられた恨みも含まれているのは多少大人気ないかもしれない。
「俺も親父さんのパンは好きだから気持ちはわからなくはないが、さすがに食い過ぎだな」
「ですよね。そうだ、なんでしたら厨房で確保しておくよう言っておきますよ?」
「そりゃありがたいけど、勝手にそんな特別扱いして良いのか?」
「店主の一人娘の特権です。それに数少ない宿泊客にはサービスしとかないとですね」
確かに少ないな、とすんでのところで口には出さなかったが紛れもない事実ではある。
部屋が宿泊客で埋まることはなく、部屋を借りているアヤトとマクリカ以外では不定期に二、三組入るぐらいだ。閑古鳥が鳴く一歩手前といったところだろうか。
逆に食堂は非常に賑わっていて、収入に困るようなことはないのが救いと言えるかもしれない。
「そういえば……」
むっちゃん亭まであと半分の道のりといったところで、サリサは思い出したかのように疑問をぶつけてくる。
「ジャイアントフロッグってどんな魔物なんですか?」
道中を豊富な話題で会話を途切れさせなかったサリサは、アヤトがむっちゃん亭に向かう理由を聞いてジャイアントフロッグに興味を持っていた。
食用としての美味しさは知っているが、魔物としての生態は気にしたことがなかったのだ。
「でっかいカエル」
「安直すぎませんか?それじゃわかりませんよ」
「いや、ほんとにそのまんまでっかいカエルなんだよ。ただ主食は虫じゃなくて森の中に生息している野生動物で、鹿ぐらいの大きさなら丸呑みできるんだけどな」
軽い口調で語るアヤトであったが、自分が丸呑みにされる光景を思い浮かべてしまったサリサは顔が引き攣っていた。
「どんな想像してるかわかりやすい顔だな。食うため人間を襲うことはないから安心しろよ」
あきらかに安堵しているサリサの様子に見えないよう配慮して笑うアヤト。戦闘経験も技術も、そもそも戦うことを考えたこともないサリサには刺激が強すぎたようだ。
「笑ってません?」
「まさか」
「絶対に笑ってましたね!アヤトさんは教導官が務まるぐらいだからそうそう怖い事なんてないんでしょうね!」
「補佐だ補佐。それに忘れてるみたいだけど、俺は都市外の人間だぞ?旅の途中でいくらでも見てきたし今更って感じだな。ちなみに大きさだけで言うならもっとでかいのもいるぞ。ジャイアントフロッグなんて小さいほうさ」
ウィドスでのアヤトの立ち位置は冒険院が運営する訓練校の戦技教導官補佐だ。その名の通り戦闘訓練の補佐や、稀に代理で直接相手取ることもあるが、基本は雑用をこなしている。
——元はただの冒険者だったはずなんだけどなぁ
自由に動けて強ささえあれば適度に稼げる冒険者という立場は奔放なアヤトにピッタリと言えたが、面倒見の良さに目をつけられいつの間にか育成側に立たされてしまった。教員の少ない環境故の弊害だが、当の本人は開き直って初めての週休二日制の仕事を楽しんでいるのだからなんら問題はないだろう。
「鹿を丸呑みできる魔物が小さい……なんだか聞けば聞くほどすごい世界ですね」
先程までサリサの心のどこかに孕んでいた恐怖心。それが今は好奇心が勝り目が輝いていた。
ウィドスのように街の中だけで生活が完結してしまう整った環境に住んでいる人々は街を離れることは滅多にない。
いつどこで魔物と遭遇するのかわからないのだから、それこそ仕事でない限り好んで危険に身を晒すような物好きはいないだろう。
サリサも近くの街へと出かけたことはあれど、幸か不幸か凶暴な魔物を見たことはないのだからアヤトの話に世界の広さを感じるのは仕方がなかった。
「でも、不思議ですよね」
「なにがだ?」
「人を襲わないのに魔物って言われてることです」
邪悪な外敵。
それがサリサにとっての魔物のイメージであり、大半の人々にも同じことが言える。だというのに、ジャイアントフロッグのように食用として重宝されていることもあり、よく考えれば矛盾していることに気付く。
「ああ、それなら簡単な理由だぞ。魔力を操れるかどうかと、純粋な強さが人類の脅威になりえるか。それが動物と魔物の境界線だな」
たとえば肉食の動物であるライオンだが、彼らは動物だ。魔力を扱うことはできず、身体能力の高さも目を見張るものがあるが脅威かと問われれば否と言わざるをえない。
ではジャイアントフロッグはと言えば、ライオンと同じく魔力こそ扱えないがその強さは比べものにならない。自ら人を襲うかどうかではなく、もしもの危険度を考えれば魔物に分類されることはなんらおかしくはないのだ。
「でもそれってすごく曖昧じゃありません?脅威だなんて大人か子供でも変わりますよ」
「だから人類の、なんだよ。教会の枢機卿が魔物に認定する権限を持っていて、直属の騎士団を使って判断材料を集めてるんだ」
「つまり、枢機卿が魔物だと言えば問答無用で世界中に認知されるんですね。教会の権力ってすごい……」
「逆に魔物から除名されることもあるぞ。人類の脅威は取り除きたいが、根絶やしにするのは神の教えに反するそうだ」
「バランスを取ってるってことですか。なんだか話が大きくなってきましたね」
「バランスと言っても魔物側からしたら良い迷惑だろうけどな」
やれやれ、と肩をすくめるアヤト。
枢機卿の匙加減一つで冒険院を始め騎士団や自警団からの討伐、駆除対象に入ってしまうのだから、魔物に同情するのも自然な事であった。
そもそもが、アヤトは教会が嫌いという側面もある。人々を護るためと言えば聞こえは良いが、教会の正義は過剰だと感じられるからだ。
それでも、多くの人々を救っている事実は変わらない。間違いなく世界に必要な存在ではある。
「ままならないもんだ」
「何がですか?」
「いや、何でもない。ほら、むっちゃん亭が見えて来たぞ」
「うわぁ、すごい行列ですね」
これではまたムッスクルスとはまともに会話できそうにない。むっちゃん亭の盛況振りに驚きつつ予約済みの列に並ぶ二人。受け取り時に見たムッスクルスの顔は予想通り疲れていたが、活き活きとした表情をしていた。
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