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第一章
第四話〜のんびりとした休日③〜
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宿屋兼食堂のやすらぎが提供する食事は美味いと評判だ。新鮮な野菜、手作りのふわふわなパン、味わい深い出汁のきいたスープ。
昔、店主が宿泊客に趣味で始めた料理を振舞ったところ好評だったために食堂を構えることになったらしい。
一般的に素泊まりが主流なこの時代で食事の提供も行うのは珍しかったが、それが正解だったことは店内の人の多さが証明している。
だからこそアヤトは席に座れずにいた。
「さてどうするか……まじで席がねえな」
むっちゃん亭から宿へ戻ったアヤトは、相変わらずの繁盛ぶりに感心しつつ食堂を見渡すが、空いてる席など一つもない。
やすらぎの本来の姿は宿屋だ。急拵えで用意された食堂はお世辞にも広いとは言えず、すぐに人で埋まってしまうのは当然だと言える。
サリサはといえば食堂の忙しさを見て、すぐに制服に着替えに行った。プリムラからは大丈夫だと言われていたが頑なに退こうとはせず、今は二人揃ってホールで配膳に追われている。
どうやら従業員の一人が体調不良で休んだために、店が回りづらくなっていたようだ。サリサの参加で確実に回転率はあがったが、待ちの客はまだ多い。
「とりあえず部屋に戻りますかね」
他の客にはなく宿泊しているアヤトにはある利点が帰りの心配がいらないことと言えるかもしれない。食堂の閉店時間までならどれだけ遅い時間帯だろうと、気にする必要はないからだ。
よってアヤトは自室で時間を潰すことにしたが、いざ部屋に戻ろうとすると見知った顔がいることに気付いた。
「あらダーリン、今帰り?夕飯がまだなら一緒にどうかしら」
その女性は心地良さすら感じる透き通った綺麗な声をしていた。しかし、見た目はどう表現しようにも肥満としか言いようのない体型をしていて周囲の人々が二度見する程にギャップが強い。
テーブルの上には大量の空き皿が積まれているが、その量はともかくとして作法の心得は十二分にあるのか食事の所作は美しさを感じさせる。
彼女こそが今朝サリサが用意したパンを食べたと疑われているマクリカ本人だ。
相席は願ってもない提案であったが、アヤトは返答もせずに無遠慮に椅子に腰掛ける。そして、いざ口を開こうとすると先にマクリカが話しかけてきた。
「私がいてよかったわねダーリン」
「そうだな」
「んもう、つれないわね。でもそこも素敵よ」
「そいつはどうも。ただ今はそんな言葉が欲しいわけじゃないんだよ。席につけたのはありがたいけど、逆に何か言うことがあるんじゃないか?」
「ん?ああ、美味しかったわよ。ご馳走様」
「はぁ……やっぱりあんたか」
はじめから確信していたことだが、犯人がマクリカであったことに自然とため息が出てしまった。
まるで悪びれる様子はないが、今更怒るつもりは毛頭ない。どちらかと言えばとどまることを知らない食欲に対しての呆れがアヤトの心を占めていた。
「そんなに見つめてどうしたの?もしかして見惚れてた?」
「ああ、その食欲にはある意味でな」
「食べなきゃ頭が回らないのよ。ダーリンこそもっと食べないと。体は資本って言うし、肉体労働なんだから尚更よ」
「ご忠告どうも。けど、さすがにそんなには食えねえな」
「少食なのね」
まさか少食扱いされるとは思っていなかったアヤトであったが、マクリカが自身を基準としているのであればそれもまた仕方のない事なのかもしれない。
何はともあれ座れたのだから注文しようと、ちょうど近くまで来ていたプリムラを呼び止め定食を頼む。
「うけたまわりました~って、あらあらあら。二人が一緒だなんて珍しいわね」
「心外ね、私たちはとっても仲良しなのよ」
長くボリュームのある付け睫がバチンと聞こえてきそうなほどのウインクをするマクリカ。その視線の先にいるアヤトは、方杖をつき乾いた笑みを浮かべるばかりで特に反応はない。
「照れ屋さんなんだから」
「うふふ、旦那もこんな感じで素っ気ない時期もあったわね」
「あのプリムラ大好きビームを出しまくってる旦那さんが!?その話是非聞いてみたいわ」
「今度お互いに時間がとれたらね」
「楽しみにしてるわ。ち・な・み・に、私も追加で注文したいんだけど良いかしら?」
「もちろん、どんどんしちゃって」
店の売上に貢献しているのだから断られるわけもない。
数品を追加注文したマクリカは依然として食事を続け、急ぎ厨房へ注文を伝えに行こうとしたプリムラは、大量の皿を抱えテーブルを離れようとしたところで少し考え込み始めた。テーブルの上にまだまだ残っている皿の山を気にしているのかとアヤトが声をかけようとしたが、突然耳元で囁いてきた。
「やっぱり犯人はマクリカさんだったんでしょ?仕返しにご飯代つけとく?」
「バレた時が怖いからやめとくよ」
「そう?優しいのね。じゃあすぐに用意するから待ってて」
笑顔でサラッと言うものだから、ギャップの激しさに違和感しか感じられない。アヤトの気持ちを汲んでくれた百パーセント善意だというのもタチが悪いところだ。
今度こそ厨房へ戻るプリムラの後ろ姿を見送るアヤトはふと優しげな香りに気付く。何の香料かまではわからないが距離の近かったプリムラのものなのは間違いないだろう。
昔どこかで嗅いだような気もするがどうにも思い出せそうにない。
「そんなに人妻を見つめちゃ誤解されちゃうわよ」
「アホなこと言ってないで、追加が来る前にさっさと食べとけよ」
「任せときなさい」
アヤトの定食だけならまだしもマクリカが追加注文した量を考えると未だ皿が残るテーブルでは手狭と言わざるを得ない。少しでも皿を重ねておきたいところだが、マクリカの食事の早さなら急かす必要はなかったようだ。黙々と、けれどしっかり味わいつつ食事を楽しんでいる。
やることが一切ないアヤトはと言えば、酒で陽気になり長居したり、純粋に料理に舌鼓を打っていたりと、やすらぎに来ている客をぼんやりと眺めていた。
存外人間観察も楽しいもので、人の数だけ考えも人生もあるのだと実感させられる。
今見ているように酒が入ってるなら取り繕っていない本来の自分を曝け出している者も少なくないため、思わぬ場面に出くわすこともあり、それがまた楽しみであった。
しかし、今回はやや悪乗りが過ぎるかもしれない。悪酔いしたグループがテーブルの上に足をかけたり、隣のテーブルに絡んだりと悪質になってきた。
「もしかして久しぶりに見れるかしら」
「どうだろうな。いや……確定したみたいだな、店主様のお出ましだ」
アヤトの言葉を待っていたかのように、厨房の扉が勢いよく開き大きな音をたてた。
出てきたのは場違いな程に幼い少年。コック帽を被り両手に抱えた料理を注文のあったテーブルへ届けるとその足を酔っ払いへ向ける。
ただ歩いているだけだというのに、小さな身体だというのに、可愛らしい顔立ちだというのに、その姿は正に威風堂々と呼ぶに相応しいものであった。
常連からいくつもの声援が飛ぶコックの名はフリューゲル。立派な名を持っているのに常連からは小ささ故にミニゲルなどという愛称で呼ばれていたりする歴とした成人だ。
悪酔いしていた客達は一見さんだったのだろう、フリューゲルと自分たちを取り巻く状況に怪訝そうに首を捻っていた。
「……」
「な、なんだよガキ」
身長差からフリューゲルが見上げる形になるが、その鋭い眼光を前に酔っ払いが後退ったのは仕方ない。
「暴れてえならよ」
あまりの圧に既に酔いは醒めかけていた客だが何が起こっているのか理解できないまま壁に追いやられていた。その胸元を掴み力づくでしゃがませるフリューゲル。周囲に魔力が漏れ出て、今の感情を現すようにバチバチと攻撃的な現象を引き起こしている。
常連の興奮は最高潮に達し、悪酔いしていた客達はようやく身の危険を感じとっていた。彼らの目にはフリューゲルが恐怖の対象にしか映っていない。
今、制裁が下される。
「他所でやれ!!」
「フゴッ!!」
頭突き。
単純、故に強力な一撃は客の額に吸い込まれるように炸裂し、痛みから床でのたうち回り醜態を晒すこととなった。
「さて、あと三人。逃さねえぞ」
残りの酔っ払い達は悲鳴をあげたが、同時にあがった歓声に掻き消され誰の耳にも届かなかった。その後三発鈍い音が響いたのは言うまでもない。
「あんなにかっこよく啖呵切れる人って素敵よね。ああいうとこにプリムラは惚れたのかしら」
「惚れたかどうかは知らねえけど、やっぱギャップがひどいよな。キレた時はあれで普段はこれなんだから」
「あはは、恥ずかしいところ見せてごめんね」
騒動後、厨房に戻ったフリューゲルはすぐにホールへ顔を出し、騒動のお詫びとしてプリムラとサリサの三人で全ての客にアイスを振る舞い始めた。
照れ臭そうに笑っている今の顔はとても穏やかで、紳士的な対応を心がけているのか物腰も柔らかく先程と同じ人物とはとても思えない。
「それじゃあ二人の注文はできるだけ早く仕上げるからもう少し待っててね」
アイスは全員に行き渡ったようだ。フリューゲルは再び厨房へ戻るとすぐに調理の音が聞こえ始めた。
「待ってる時間って辛いわよね」
「さっさと食べろとは言ったけどもう全部食べたのか。いくらなんでも早すぎだろ、アイスまで……」
ナプキンで口元を拭くマクリカ。積まれた皿には食べ残し一つなくキレイなものだ。
料理に合った飲み物を楽しんでいたのだろう、手元にはグラスに注がれたワインが半分と、コーヒーが一杯、紅茶が僅かと他にもいくつかが無造作に並んでいる。
「美味しいのがいけないのよ。つまりフリ君が悪いってことね」
「相変わらずオフの時はめちゃくちゃだな。錬金術師とは常に理知的であれ、じゃなかったか?あんたのそれとんでもない屁理屈だぞ」
「柔軟な発想と言ってちょうだい。それに錬金術師には常識に囚われない心も重要よ」
「だからといって非常識の枠に踏み込むのはどうかと思うぞ。それにあんたの食欲は自制が効いてないだけだろ」
「うぐっ」
自らの正当性を主張するかのように胸を張っていたマクリカだが、アヤトの正論にぐうの音も出ない。
卑金属を貴金属へ錬成しようと試みた事を皮切りに、魂や肉体までも人の手で創り出そうと一つの大きな学問となったのが錬金術だ。
常に理知的であれ、とは調合する素材の質、温度や湿度などわずかな環境の違いで結果が大きく変わり得るからこそ心構えとして使われるようになった背景がある。
些細な事ではあるが、天職として認識している錬金術師を貶めかねない発言であったとマクリカ自身も認めるしかなかった。
それでも女である身としてはアヤトの言葉は面白くない。太っていることは自他ともに認めるところではあるが、それでも好意を持っている相手に呆れられることには傷つく。その程度には乙女であった。
「うぐぐぐぐ」
「俺が悪かった、言いすぎたよ。だからそんなに唸るな」
神経が図太いようで繊細なマクリカは意外と打たれ弱い。軽口を言い合える仲ではあるが、今のように涙目になることが過去に何度もあった。
「お詫びに夕飯は全部奢るよ」
「……許す」
「はは、許されました」
現金なもので、頬を膨らませてはいるもののマクリカの機嫌は良い方向へと向かったようだ。幾らになるのやら、と興味と恐怖半々、あの食事量を考えると結構な金額になるのは間違いないだろう。
昔、店主が宿泊客に趣味で始めた料理を振舞ったところ好評だったために食堂を構えることになったらしい。
一般的に素泊まりが主流なこの時代で食事の提供も行うのは珍しかったが、それが正解だったことは店内の人の多さが証明している。
だからこそアヤトは席に座れずにいた。
「さてどうするか……まじで席がねえな」
むっちゃん亭から宿へ戻ったアヤトは、相変わらずの繁盛ぶりに感心しつつ食堂を見渡すが、空いてる席など一つもない。
やすらぎの本来の姿は宿屋だ。急拵えで用意された食堂はお世辞にも広いとは言えず、すぐに人で埋まってしまうのは当然だと言える。
サリサはといえば食堂の忙しさを見て、すぐに制服に着替えに行った。プリムラからは大丈夫だと言われていたが頑なに退こうとはせず、今は二人揃ってホールで配膳に追われている。
どうやら従業員の一人が体調不良で休んだために、店が回りづらくなっていたようだ。サリサの参加で確実に回転率はあがったが、待ちの客はまだ多い。
「とりあえず部屋に戻りますかね」
他の客にはなく宿泊しているアヤトにはある利点が帰りの心配がいらないことと言えるかもしれない。食堂の閉店時間までならどれだけ遅い時間帯だろうと、気にする必要はないからだ。
よってアヤトは自室で時間を潰すことにしたが、いざ部屋に戻ろうとすると見知った顔がいることに気付いた。
「あらダーリン、今帰り?夕飯がまだなら一緒にどうかしら」
その女性は心地良さすら感じる透き通った綺麗な声をしていた。しかし、見た目はどう表現しようにも肥満としか言いようのない体型をしていて周囲の人々が二度見する程にギャップが強い。
テーブルの上には大量の空き皿が積まれているが、その量はともかくとして作法の心得は十二分にあるのか食事の所作は美しさを感じさせる。
彼女こそが今朝サリサが用意したパンを食べたと疑われているマクリカ本人だ。
相席は願ってもない提案であったが、アヤトは返答もせずに無遠慮に椅子に腰掛ける。そして、いざ口を開こうとすると先にマクリカが話しかけてきた。
「私がいてよかったわねダーリン」
「そうだな」
「んもう、つれないわね。でもそこも素敵よ」
「そいつはどうも。ただ今はそんな言葉が欲しいわけじゃないんだよ。席につけたのはありがたいけど、逆に何か言うことがあるんじゃないか?」
「ん?ああ、美味しかったわよ。ご馳走様」
「はぁ……やっぱりあんたか」
はじめから確信していたことだが、犯人がマクリカであったことに自然とため息が出てしまった。
まるで悪びれる様子はないが、今更怒るつもりは毛頭ない。どちらかと言えばとどまることを知らない食欲に対しての呆れがアヤトの心を占めていた。
「そんなに見つめてどうしたの?もしかして見惚れてた?」
「ああ、その食欲にはある意味でな」
「食べなきゃ頭が回らないのよ。ダーリンこそもっと食べないと。体は資本って言うし、肉体労働なんだから尚更よ」
「ご忠告どうも。けど、さすがにそんなには食えねえな」
「少食なのね」
まさか少食扱いされるとは思っていなかったアヤトであったが、マクリカが自身を基準としているのであればそれもまた仕方のない事なのかもしれない。
何はともあれ座れたのだから注文しようと、ちょうど近くまで来ていたプリムラを呼び止め定食を頼む。
「うけたまわりました~って、あらあらあら。二人が一緒だなんて珍しいわね」
「心外ね、私たちはとっても仲良しなのよ」
長くボリュームのある付け睫がバチンと聞こえてきそうなほどのウインクをするマクリカ。その視線の先にいるアヤトは、方杖をつき乾いた笑みを浮かべるばかりで特に反応はない。
「照れ屋さんなんだから」
「うふふ、旦那もこんな感じで素っ気ない時期もあったわね」
「あのプリムラ大好きビームを出しまくってる旦那さんが!?その話是非聞いてみたいわ」
「今度お互いに時間がとれたらね」
「楽しみにしてるわ。ち・な・み・に、私も追加で注文したいんだけど良いかしら?」
「もちろん、どんどんしちゃって」
店の売上に貢献しているのだから断られるわけもない。
数品を追加注文したマクリカは依然として食事を続け、急ぎ厨房へ注文を伝えに行こうとしたプリムラは、大量の皿を抱えテーブルを離れようとしたところで少し考え込み始めた。テーブルの上にまだまだ残っている皿の山を気にしているのかとアヤトが声をかけようとしたが、突然耳元で囁いてきた。
「やっぱり犯人はマクリカさんだったんでしょ?仕返しにご飯代つけとく?」
「バレた時が怖いからやめとくよ」
「そう?優しいのね。じゃあすぐに用意するから待ってて」
笑顔でサラッと言うものだから、ギャップの激しさに違和感しか感じられない。アヤトの気持ちを汲んでくれた百パーセント善意だというのもタチが悪いところだ。
今度こそ厨房へ戻るプリムラの後ろ姿を見送るアヤトはふと優しげな香りに気付く。何の香料かまではわからないが距離の近かったプリムラのものなのは間違いないだろう。
昔どこかで嗅いだような気もするがどうにも思い出せそうにない。
「そんなに人妻を見つめちゃ誤解されちゃうわよ」
「アホなこと言ってないで、追加が来る前にさっさと食べとけよ」
「任せときなさい」
アヤトの定食だけならまだしもマクリカが追加注文した量を考えると未だ皿が残るテーブルでは手狭と言わざるを得ない。少しでも皿を重ねておきたいところだが、マクリカの食事の早さなら急かす必要はなかったようだ。黙々と、けれどしっかり味わいつつ食事を楽しんでいる。
やることが一切ないアヤトはと言えば、酒で陽気になり長居したり、純粋に料理に舌鼓を打っていたりと、やすらぎに来ている客をぼんやりと眺めていた。
存外人間観察も楽しいもので、人の数だけ考えも人生もあるのだと実感させられる。
今見ているように酒が入ってるなら取り繕っていない本来の自分を曝け出している者も少なくないため、思わぬ場面に出くわすこともあり、それがまた楽しみであった。
しかし、今回はやや悪乗りが過ぎるかもしれない。悪酔いしたグループがテーブルの上に足をかけたり、隣のテーブルに絡んだりと悪質になってきた。
「もしかして久しぶりに見れるかしら」
「どうだろうな。いや……確定したみたいだな、店主様のお出ましだ」
アヤトの言葉を待っていたかのように、厨房の扉が勢いよく開き大きな音をたてた。
出てきたのは場違いな程に幼い少年。コック帽を被り両手に抱えた料理を注文のあったテーブルへ届けるとその足を酔っ払いへ向ける。
ただ歩いているだけだというのに、小さな身体だというのに、可愛らしい顔立ちだというのに、その姿は正に威風堂々と呼ぶに相応しいものであった。
常連からいくつもの声援が飛ぶコックの名はフリューゲル。立派な名を持っているのに常連からは小ささ故にミニゲルなどという愛称で呼ばれていたりする歴とした成人だ。
悪酔いしていた客達は一見さんだったのだろう、フリューゲルと自分たちを取り巻く状況に怪訝そうに首を捻っていた。
「……」
「な、なんだよガキ」
身長差からフリューゲルが見上げる形になるが、その鋭い眼光を前に酔っ払いが後退ったのは仕方ない。
「暴れてえならよ」
あまりの圧に既に酔いは醒めかけていた客だが何が起こっているのか理解できないまま壁に追いやられていた。その胸元を掴み力づくでしゃがませるフリューゲル。周囲に魔力が漏れ出て、今の感情を現すようにバチバチと攻撃的な現象を引き起こしている。
常連の興奮は最高潮に達し、悪酔いしていた客達はようやく身の危険を感じとっていた。彼らの目にはフリューゲルが恐怖の対象にしか映っていない。
今、制裁が下される。
「他所でやれ!!」
「フゴッ!!」
頭突き。
単純、故に強力な一撃は客の額に吸い込まれるように炸裂し、痛みから床でのたうち回り醜態を晒すこととなった。
「さて、あと三人。逃さねえぞ」
残りの酔っ払い達は悲鳴をあげたが、同時にあがった歓声に掻き消され誰の耳にも届かなかった。その後三発鈍い音が響いたのは言うまでもない。
「あんなにかっこよく啖呵切れる人って素敵よね。ああいうとこにプリムラは惚れたのかしら」
「惚れたかどうかは知らねえけど、やっぱギャップがひどいよな。キレた時はあれで普段はこれなんだから」
「あはは、恥ずかしいところ見せてごめんね」
騒動後、厨房に戻ったフリューゲルはすぐにホールへ顔を出し、騒動のお詫びとしてプリムラとサリサの三人で全ての客にアイスを振る舞い始めた。
照れ臭そうに笑っている今の顔はとても穏やかで、紳士的な対応を心がけているのか物腰も柔らかく先程と同じ人物とはとても思えない。
「それじゃあ二人の注文はできるだけ早く仕上げるからもう少し待っててね」
アイスは全員に行き渡ったようだ。フリューゲルは再び厨房へ戻るとすぐに調理の音が聞こえ始めた。
「待ってる時間って辛いわよね」
「さっさと食べろとは言ったけどもう全部食べたのか。いくらなんでも早すぎだろ、アイスまで……」
ナプキンで口元を拭くマクリカ。積まれた皿には食べ残し一つなくキレイなものだ。
料理に合った飲み物を楽しんでいたのだろう、手元にはグラスに注がれたワインが半分と、コーヒーが一杯、紅茶が僅かと他にもいくつかが無造作に並んでいる。
「美味しいのがいけないのよ。つまりフリ君が悪いってことね」
「相変わらずオフの時はめちゃくちゃだな。錬金術師とは常に理知的であれ、じゃなかったか?あんたのそれとんでもない屁理屈だぞ」
「柔軟な発想と言ってちょうだい。それに錬金術師には常識に囚われない心も重要よ」
「だからといって非常識の枠に踏み込むのはどうかと思うぞ。それにあんたの食欲は自制が効いてないだけだろ」
「うぐっ」
自らの正当性を主張するかのように胸を張っていたマクリカだが、アヤトの正論にぐうの音も出ない。
卑金属を貴金属へ錬成しようと試みた事を皮切りに、魂や肉体までも人の手で創り出そうと一つの大きな学問となったのが錬金術だ。
常に理知的であれ、とは調合する素材の質、温度や湿度などわずかな環境の違いで結果が大きく変わり得るからこそ心構えとして使われるようになった背景がある。
些細な事ではあるが、天職として認識している錬金術師を貶めかねない発言であったとマクリカ自身も認めるしかなかった。
それでも女である身としてはアヤトの言葉は面白くない。太っていることは自他ともに認めるところではあるが、それでも好意を持っている相手に呆れられることには傷つく。その程度には乙女であった。
「うぐぐぐぐ」
「俺が悪かった、言いすぎたよ。だからそんなに唸るな」
神経が図太いようで繊細なマクリカは意外と打たれ弱い。軽口を言い合える仲ではあるが、今のように涙目になることが過去に何度もあった。
「お詫びに夕飯は全部奢るよ」
「……許す」
「はは、許されました」
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【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
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“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
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