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第一章
第六話〜月と黒猫、そして予感〜
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夜も更けやすらぎの周辺はしんと静まりかえっていた。たまに千鳥足だったり陽気に歌っていたり、飲み屋帰りの通行人がいるにはいるがそれだけだ。
街の中心に向かうにつれて増えていく灯りが街を彩る中、高く聳える冒険院のウィドス支部は別格と言える程に目立っている。
リベリタスの象徴とも言えるからこそ、建築にも力を入れたのだろう。どこか仰々しさすら感じられるほどに細部まで装飾の施された立派な外観をしている。
やすらぎからはある程度の距離が離れているが、窓からしっかり見え強い存在感を放っていた。
上を見ればちらほらと雲に隠れながらも煌めく星々と、一際輝く月が大地を照らしている。
そんないつもと変わらない、けれど美しい夜空とおちょこに映る月から感じる風情を肴に照明を消した部屋でアヤトは酒を楽しんでいた。
「月見酒ってのも乙なもんだ」
普段酒を飲むわけではないが、仕事の付き合いや稀に酒場で一人酒など、飲めないというわけではない。
だが、マクリカから貰った酒はお世辞にも旨いとは言えない代物だった。素人が作ったことなど関係なくただ純粋にアヤトの舌がアルコールに慣れていないというのが大きい。
それでも不味いと感じることはなく、薬湯のような独特な風味はどこか癖になりそうで、少しずつ口にしては程よい酔いを感じていた。
風呂上がりだからか、酒の影響か、火照った体を冷やしてくれる夜風に身を任せ、アヤトの知るものより少しだけ小さくなった月を眺めながら。
——世は全てこともなし……とは言えないけど、良い時代になったな。
冒険院が活躍しているのだから多くの魔物が現存していることは間違いない。人が繁栄する過程で人同士の争いも避けることはできないだろう。自然が猛威を振るう事も少なくない。だが、アヤトが駆け抜けた時代とは決定的な相違点がある。
モルブスは存在しない。
「死にかけた甲斐もあるってなもんだ」
満足げに、穏やかに、そしてどこか寂しげ。そんな表情を浮かべながら仰向けで目を覆うように額に手を当て、感傷にひたろうとするも柄じゃない、とおちょこに残った酒を一気に飲み干し気分を入れ替える。
酒を注ごうとすると、瓶の中身は既に半分以下にまで減っていた。思った以上に酒が進んでいたことに驚くも、翌日に酔いは残らないとマクリカのお墨付きをもらっているのだから構わず注ぎ、つまみに視線を向ける。
テーブルの上にはフリューゲルに用意してもらった冷奴に卵焼き、刺身がそれぞれ少しずつ残っている。簡単なものをとお願いしたのだがあっという間に三つも仕上げてしまい素直に驚いてしまった。残りを考えればこの一杯で今夜は終わりになりそうだ。
部屋の奥、ベットの上では朝と同じ位置で黒猫も静かに食事を終えようとしていた。むっちゃん亭でお土産として買った串焼きが、串を抜いた状態で皿にいくつか残っている。口元には汚れ一つない。
黒猫の名前はクロト。その毛並みは光沢のある黒で、月明かりを受け鮮やかに輝いている。灰色がかった青い瞳には深い知性を感じさせる確かな意思が宿っていた。
その体躯は小さい。だが食欲は並以上にあるようで残っていた肉を食べ終えるまでそう時間はかからなかった。
串焼きを平らげたクロトはアヤトを見上げると膝の上に飛び乗り、撫でろと言わんばかりの態度で一鳴きする。
「はいはい、わがままなお嬢様だな」
普段が素っ気ない分、こうやって甘えてくるのは存外可愛いもので、撫でる手は無意識にゆっくりと優しい動きになっていた。
気持ちよさそうに喉をゴロゴロ鳴らすクロトだが、アヤトも触り心地の良い艶やかな毛並みに癒されている。
再び月を見上げ始めても手が止まることはなく、いよいよ街の灯りがほぼ消えてきた時分になり酒もつまみもなくなったところでようやく終わりを迎えた。
片付けようと食器を重ねていたが音に反応したのだろう、いつの間にか寝ていたクロトは寝ぼけ眼をアヤトへ向けていた。
「悪い、起こしちまったか?」
返事はない。いや、できなかったようだ。そのまま再び顔を伏せてしまい寝息が聞こえてきた。
このままでは動けない。大きなため息が一つでるが、仕方なくクロトを優しく抱きかかえベッドへ向かう。
飼っているわけでもなく、いつの間にか居着いていただけの関係をなんと言えば良いのか。アヤトには同居人と表現するぐらいしか思い付かなかった。
「おやすみ」
薄いシートにクロトを包みベッドの定位置で寝かせ、重ねた皿を洗い水切りにかける。どうせ明日また厨房で洗われるのだろうが、必要最低限のマナーはこなしておきたかった。続けて歯磨きを済ませ、後は寝るだけだ。
だが、アヤトの足はベッドではなく再び窓際へ向かっていた。
「あんな夢見るなんて俺の弱さなのか、それとも……」
不夜城とも呼ばれる冒険院以外の街の灯りが極限までに少なくなった今だからこそより神秘的に輝いて見える月。今日だけで何度見上げただろうかわからないその月へアヤトは射抜くような視線を向けている。
「何かの暗示なのかね」
予知夢にも近い確信めいた直感はそれを肯定しかしてくれない。近い内に何かが起こるのだと。
街の中心に向かうにつれて増えていく灯りが街を彩る中、高く聳える冒険院のウィドス支部は別格と言える程に目立っている。
リベリタスの象徴とも言えるからこそ、建築にも力を入れたのだろう。どこか仰々しさすら感じられるほどに細部まで装飾の施された立派な外観をしている。
やすらぎからはある程度の距離が離れているが、窓からしっかり見え強い存在感を放っていた。
上を見ればちらほらと雲に隠れながらも煌めく星々と、一際輝く月が大地を照らしている。
そんないつもと変わらない、けれど美しい夜空とおちょこに映る月から感じる風情を肴に照明を消した部屋でアヤトは酒を楽しんでいた。
「月見酒ってのも乙なもんだ」
普段酒を飲むわけではないが、仕事の付き合いや稀に酒場で一人酒など、飲めないというわけではない。
だが、マクリカから貰った酒はお世辞にも旨いとは言えない代物だった。素人が作ったことなど関係なくただ純粋にアヤトの舌がアルコールに慣れていないというのが大きい。
それでも不味いと感じることはなく、薬湯のような独特な風味はどこか癖になりそうで、少しずつ口にしては程よい酔いを感じていた。
風呂上がりだからか、酒の影響か、火照った体を冷やしてくれる夜風に身を任せ、アヤトの知るものより少しだけ小さくなった月を眺めながら。
——世は全てこともなし……とは言えないけど、良い時代になったな。
冒険院が活躍しているのだから多くの魔物が現存していることは間違いない。人が繁栄する過程で人同士の争いも避けることはできないだろう。自然が猛威を振るう事も少なくない。だが、アヤトが駆け抜けた時代とは決定的な相違点がある。
モルブスは存在しない。
「死にかけた甲斐もあるってなもんだ」
満足げに、穏やかに、そしてどこか寂しげ。そんな表情を浮かべながら仰向けで目を覆うように額に手を当て、感傷にひたろうとするも柄じゃない、とおちょこに残った酒を一気に飲み干し気分を入れ替える。
酒を注ごうとすると、瓶の中身は既に半分以下にまで減っていた。思った以上に酒が進んでいたことに驚くも、翌日に酔いは残らないとマクリカのお墨付きをもらっているのだから構わず注ぎ、つまみに視線を向ける。
テーブルの上にはフリューゲルに用意してもらった冷奴に卵焼き、刺身がそれぞれ少しずつ残っている。簡単なものをとお願いしたのだがあっという間に三つも仕上げてしまい素直に驚いてしまった。残りを考えればこの一杯で今夜は終わりになりそうだ。
部屋の奥、ベットの上では朝と同じ位置で黒猫も静かに食事を終えようとしていた。むっちゃん亭でお土産として買った串焼きが、串を抜いた状態で皿にいくつか残っている。口元には汚れ一つない。
黒猫の名前はクロト。その毛並みは光沢のある黒で、月明かりを受け鮮やかに輝いている。灰色がかった青い瞳には深い知性を感じさせる確かな意思が宿っていた。
その体躯は小さい。だが食欲は並以上にあるようで残っていた肉を食べ終えるまでそう時間はかからなかった。
串焼きを平らげたクロトはアヤトを見上げると膝の上に飛び乗り、撫でろと言わんばかりの態度で一鳴きする。
「はいはい、わがままなお嬢様だな」
普段が素っ気ない分、こうやって甘えてくるのは存外可愛いもので、撫でる手は無意識にゆっくりと優しい動きになっていた。
気持ちよさそうに喉をゴロゴロ鳴らすクロトだが、アヤトも触り心地の良い艶やかな毛並みに癒されている。
再び月を見上げ始めても手が止まることはなく、いよいよ街の灯りがほぼ消えてきた時分になり酒もつまみもなくなったところでようやく終わりを迎えた。
片付けようと食器を重ねていたが音に反応したのだろう、いつの間にか寝ていたクロトは寝ぼけ眼をアヤトへ向けていた。
「悪い、起こしちまったか?」
返事はない。いや、できなかったようだ。そのまま再び顔を伏せてしまい寝息が聞こえてきた。
このままでは動けない。大きなため息が一つでるが、仕方なくクロトを優しく抱きかかえベッドへ向かう。
飼っているわけでもなく、いつの間にか居着いていただけの関係をなんと言えば良いのか。アヤトには同居人と表現するぐらいしか思い付かなかった。
「おやすみ」
薄いシートにクロトを包みベッドの定位置で寝かせ、重ねた皿を洗い水切りにかける。どうせ明日また厨房で洗われるのだろうが、必要最低限のマナーはこなしておきたかった。続けて歯磨きを済ませ、後は寝るだけだ。
だが、アヤトの足はベッドではなく再び窓際へ向かっていた。
「あんな夢見るなんて俺の弱さなのか、それとも……」
不夜城とも呼ばれる冒険院以外の街の灯りが極限までに少なくなった今だからこそより神秘的に輝いて見える月。今日だけで何度見上げただろうかわからないその月へアヤトは射抜くような視線を向けている。
「何かの暗示なのかね」
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