無窮の騎士

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第一章

第二十一話〜冒険者体験①〜

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 門番に見送られながらテイラーの森を目指して歩く事三時間。今回の遠出の目的を説明し休憩を挟まず進み続けてきたが、さすがに鍛えていない子供達には酷だろうと判断したアヤトは少し早めの昼休憩をとることにした。

「ここで昼にするから、道の端に寄ってから昨日買った道具を使って影作ってくれ」

 身体を休めようにも炎天下の中では余計に体力を消耗するばかりだ。近くに木でもあればまだ避けようもあるが、だだっ広い草原では人の知恵を使うしかない。
 新人三人は慣れない長時間の徒歩と暑さで疲れ切っており、覇気のない返事をしながら収納魔道具ストレージデバイスからそれぞれが選んだ日除けの道具を取り出していく。

「テルちゃん……それって日傘だよね?街中なら良いと思うけど、こういった場所だとどうかなってお姉ちゃんは思うよ」

「も、申し訳ありません。日除けと言われてこれしか思い付かず。ですが……姉上のそれは?」

「ん?テントだよ。これならしっかり寛げるでしょ?」

「なるほど、身体を癒すためには環境が大切ですもんね。私の見通しが甘かったです、さすが姉上!」

「いや、どっちもどっちだと思う」

 見るからに耐久性のなさそうな日傘を選んだテルムと、造りがしっかりしすぎて組み立てに時間がかかるテントを選んだアルム。そんな二人を呆れたように眺めているメッサーラは、簡易的なテントを張り終えたところであった。

「少し休憩するぐらいなら簡単に設置できて、それなりに快適なのが良いと思う」

「うぐっ、確かに言われてみれば」

「なるほど、メッサーラは姉上と私のちょうど間か。今回はそれが正解なのだろうな」

「正解かどうかはわからないけど、教官に聞いて選んだよ。とりあえずアルムもテルムもこっちで一緒に食べない?結構広いし、風通しも良いから快適」

「なかなかテント張れないしそうさせてもらおうかな」

「そうですね。メッサーラ、頼めるか?」

「じゃあこっちにどうぞ。教官も一緒にどう?」

「お誘いはありがたいけど、さすがに狭くなりそうだから俺は遠慮しとくよ」

「わかった」

 残念そうなメッサーラであったがすぐに意識を切り替えたのか、仲睦まじく三人で昼ごはんを広げはじめた。その様子を微笑ましく眺めるアヤトは、組み立て途中で置き去りにされたテントへ視線をずらすと声を押し殺して笑いはじめる。なにせ、そのテントは軍が夜営用に使う本格すぎるテントであったからだ。
 冒険者に必要な道具の説明はしたアヤトであったが、あえてどういった品が良いのか具体的な話はしていない。しっかり考えたうえで選び、その上で場にあっていないのであれば反省してほしかった。メッサーラがアドバイスを求めたように聞かれれば答えはするし、店主に聞くのも一つの選択肢だろう。
 日除けからの発想で日傘はまだしも、ここまで大きなテントに結びつくなど、予想外にもほどがある。今回はアルムもテルムもメッサーラと比べてみれば使い勝手の悪い日除けとなってしまったわけで、失敗したと言えるだろう。だが、アヤトは今のうちにそういった経験をしてほしいと考えていた。

——取り返しのつかない失敗をする前にな。

 たった一つの判断ミスで命が危ぶまれる街の外において、事前の準備ほど大切なものはない。情報を集め仲間と相談する事は今後何度も出てくるだろう。思い込みや過信で失敗するなら、まだ保護下にあるうちにしておくべきだ。
 一度面倒を見ると決めたのなら死なせるつもりはない。一般人から冒険者への意識の切り替えも技術も教え込むつもりでいる。それが三人に対してアヤトができるただ一つの手助けだと思っているからだ。

「俺も昼にしますかね」

 そう呟いたアヤトはベルトに取り付けたポーチ型の収納魔道具ストレージデバイスから野点傘のような巨大な鉄傘を取り出し地面に突き刺した。日除けはもちろん盾として、そして仕込んでいる剣で武器としても使える利便性を気に入っている。
 尚、用意した昼ごはんはサリサが約束通り確保してくれていたパンだ。元々は適当に外で調達するつもりであったが、出発前に数日は部屋に戻らないことをプリムラに伝えると渡されたのだった。
 おまけでスープと麦茶まで付けてくれたのは部屋を借りているからだろう、他にそういった人は見たことがない。
 更にフリューゲルとプリムラ二人が見送ってくれた。こういった対応をしてもらえるのは素直に嬉しく感じられる。仕事に出ていたのかサリサはいなかったが、夫婦の笑顔を受けての出発は思い出すだけでなんとも言えない満足感がアヤトの心を満たしていく。

「……旨い」

 そういった経緯があったからなのか、いつもと変わらないパンがより美味しく感じられた。スープはじゃがいものポタージュだ。冷めてしまっているが、胡椒のみで味つけられたじゃがいもの旨味がしっかり感じられる一品で、アヤトの好物ということもありあっという間に飲み干してしまった。
 食後の麦茶でまったりしていると、どうやらテントの方でも昼食は終わったようで楽しげな話し声が聞こえて来る。話題は昨日買ったばかりの収納魔道具ストレージデバイスについてだった。

「やはりこの魔道具は便利ですね」

「だね。重さもないしかさばらないし、一覧表にしてくれるっていうのもありがたい!」

 リュックタイプの旧式とはいえ収納魔道具ストレージデバイスのあるなしは大きい。アルムとテルムの姉妹二人は、プロエリウムからリベリタスまでの道中に荷物管理の大変さを痛感していたので感動もひとしおだろう。
 アルムにいたっては相当な重量があるテントを持ち運んでいたのだから、より実感しているようだ。
 一方でメッサーラは二人と違い、魔物大全集を眺めていた。魔物の生態や生息域がまとめられている冒険院発行の分厚い書物だ。持ち運びは大変だがこれも収納魔道具ストレージデバイスで解決できてしまう辺り、有用性の幅は計り知れない。

——あれは勉強というより純粋に楽しんでる感じだな。

 ここまでの道中には魔物もいたが穏やかな草食類で危険性もない為三人にはしっかりと観察するよう指示を出していた。その際に魔物大全集と照らし合わせる事を勧めたが、最後まで手元に出したままだったのはメッサーラだけで今もまた楽しげに読み込んでいる。

「メッサ君、何やってるの?」

「テイラーの森の魔物を調べてた」

 魔物大全集から目を離すことなく応えるメッサーラであったが、その反応は質問したアルムからしてみれば面白くない。軽く文句でも言ってやろうかと行動しようとするも、横から顔色の悪いテルムが出てきたことで踏みとどまった。

「ふむ……虫の魔物もいるのか」

「テルム、もしかして虫が嫌い?」

「そんな事は——」

「そうだよ、テルちゃんはこんな小さい虫も触れないんだ」

「姉上っ!」

 顔を真っ赤にするテルムの頬をからかうようにつつくアルムは、既にメッサーラへの不満を忘れてしまったのか満面の笑顔を浮かべている。恥ずかしい秘密を暴露されたテルムからすればたまったものではないが、虫の魔物と遭遇した際に暴走されても困るので今知れた事は大きい。

「まだ見かけてないけどこの辺りにも虫の魔物はいるから気をつけて。夜行性だから今日は会わないだろうけど」

「だから私は虫が嫌いなのではない!」

「じゃあ怖い?」

「そっちが近いかも。なんか形そのものが駄目なんだって。うにゃうにゃしてる足とかはもう泣いちゃうレベル。だから小さい頃は——」

「姉上っ!お願いですからもう口を閉じてください!」

 メッサーラの周りでアルムとテルムの追いかけっこが始まってしまった。

——アルムの信者みたいなもんかと思ってたけど意外と普通の姉妹みたいな関係なんだな。おっ、捕まった。運動神経はテルムの勝ちか。

 アルムに馬乗りになりながら口をふさごうとしているテルムと、それを他人事のようにしつつ二人共に応援の声をかけるメッサーラ。遠目から見ている分には楽しめる光景であったが、さすがに二人の衣服に乱れが出てきたのでここでようやくアヤトが動いた。

「そろそろ休憩は終わりだぞ。アルムが出したテントの片付けもあるし姉妹喧嘩はまた今度やってくれ」

 三人からそれぞれ返事があり、一人不満気な様子ではあるがテントの片付けへ向かうのを見てアヤトも手元の鉄傘を収納する。
 やや気まずげな雰囲気が流れているが喧嘩の仲裁をする気はない。なにせ、今回の二人はアヤトからすればじゃれあっているようにしか見えないのだ。
 こんな状況であっても、姉の手伝いをしっかりするテルムはやはりアルムの事を慕っているのだろう。メッサーラも文句を言わずに手伝っている辺り、三人の相性は良さそうだ。

「片付けが終わったらすぐ出発するぞ」

 ここからはテイラーの森が近いということもあり魔物の質も種類も変わってくる。先程までのピクニックにも似た雰囲気ではいられなくなるのは間違いない。
 そう思わせるのは少し離れた場所でいくつもの瞳がこちらを見つめているからだ。

——今日中には害意に気付けるようにはなって欲しいもんだな。

 三人はまだ獰猛で狡猾な肉食の魔物たちの視線には気付けていない。
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