無窮の騎士

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第一章

第二十二話〜冒険者体験②〜

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 それは昼食を終え、再出発してからわずか十分ほど歩いた頃の出来事であった。草藪から突如として魔物が飛び出してきたのだ。
 魔物の正体はコボルト。犬のような容姿で犬歯が発達した牙に全身が毛で覆われた二足歩行、体躯は小さく成体でも幼い子供程度の身長にしかならない。だが見た目よりも身体能力は高く、粗く削られた棍棒による攻撃は鉄の盾をもへこませてくる。
 先程の休憩時に魔物大全集から得た情報が頭をよぎる中、メッサーラの目の前にはコボルトの涎を垂らした顔と棍棒が迫っていた。アルムとテルムの叫び声をどこか他人事のように感じながらも、本能は危険をしっかり認識している恐怖から逃げるように自然と目を閉じてしまう。

「っ!?」

 何も見えない暗闇の中、声にならない声をあげ身構えていた。だが、予想していた衝撃も痛みも一向に感じられず、ただ髪を逆立てるような強風が感じられるだけ。恐る恐る目を開けてみれば華奢な手が棍棒を受け止めている様子が見えた。
 現状戦う術を持つのは一人しかいない。メッサーラを護ったのは当然アヤトであった。

「こんな感じで外だと奇襲は当たり前だから、魔物避けの対策取ってない時は警戒を緩めないようにな」

 突然現れたコボルトへの驚きと、目前に迫る脅威への恐怖、そしてアヤトが助けてくれた安心感。それらがごちゃ混ぜとなり思考停止が三人に起きていることを理解した上でアヤトは続けて口を開く。

「コボルトは基本群れで行動するからまだまだ出てくるぞ。とりあえず、そこを動かない限りはしっかり護れるから見学しといてくれ」

 それだけ伝えると棍棒を取り返そうと躍起になり綱引きのようになっているコボルトへ目を向ける。武器などなくとも拳のみでそれなりの威力は出せるだろうに、そう考えるだけの知能は持ち合わせていないようだ。

「あいつらの糧になってくれよ?」

 口角を上げたアヤトが棍棒を頭上に振り上げるとコボルトはあまりの勢いに手が離れ身体が宙に投げ出され、わかりやすい驚愕の表情を浮かべている。
 その様子を直立して眺めていたアヤトはタイミングを見計らい手を前に突き出した。正面まで落下してきたコボルトの胸元へそっと触れ、次の瞬間には轟音が響く。
 
「ちょっと質問。ギルドで買取可能なコボルトの素材はどこかわかるか?」

「……牙だったと思う」

「正解。後で解体するからそのつもりでな」

 掌底で吹き飛ばしたコボルトが地面に叩きつけられたことで土埃が舞い上がる中で、なんとか質問に答えるメッサーラにアヤトは優しく微笑む。解体作業については返事こそなかったが、しっかり相槌を打っていたため仲間がやられたことで姿を現した残りのコボルトへ意識を向けた。
 明らかに激昂していて、ひどく敵意を持っているのがわかる。昨日のオークやデビルホースも似たような感じだったな、と思い返してみるも今回は素材の剥ぎ取りもするので残念ながら手心を加えるつもりはない。

「じゃあ、生の冒険者を見てもらいますかね」

 コボルトの脅威としては初級イージーの中でも下から数えた方が早い程度だ。より強い魔物を昨日散歩感覚で沈めてきたアヤトが不覚をとることなどあるはずもなく、一撃の元命を刈り取っていく。たが、その動きは決して速いものではなかった。
 新人への手本となるようあえて時間をかけているのだろう、それぞれの個体ごとに倒し方が被らないよう武器を変え技を変え魅せるように立ち回っていく。もはやコボルトの存在は教導に使う教科書としての役割と化していた。
 だが、ことごとく討たれていく仲間を見た一部のコボルトが別の動きを見せる。
 勝てない。わずかな知性によりそう理解した個体が強者ではなく弱者へ足を向けたのだ。その動きをアヤトが見逃すはずもなかった。

「そっちは通行止めだぞ」

 今のアヤトの手持ちは収納魔道具ストレージデバイスから取り出した槍が一本あるのみ。目の前のコボルトを長い柄で薙ぎ払い、後ろの三人を目指す個体へ向けて突きを放つ。すると、槍の射程範囲外であったはずが腹部に風穴が開いていた。
 槍技——追連・弾。纏った魔力を先端から直線上に打ち放つ貫通力に優れた技だ。純粋な技術のみで戦っていた中で、唯一魔力を用いた一撃はようやくコボルトの本能に警鐘を鳴らすこととなる。

「ん?逃げるのか」

 槍に纏わせた魔力は僅かなものであったが、その密度は息が詰まるような圧力を発していた。得物を落とした事も気付かず、自分だけが助かろうと仲間を見捨てて逃げ出すコボルトの行動は至極当然と言えるだろう。
 そんな醜いとすら言える後ろ姿を見てアルムとテルムは胸を撫で下ろしていた。プロエリウムの血生臭い経験があっても、戦う術を持たないのあれば慣れるわけもなくいつの間にか手には汗がじっとりと張り付いている。それでも、今の戦闘に思うところはあったようだ。

「……まるで演舞を見せられたようだ」

「だね、すごくかっこよかった。もしかして私たち、すごい人から教えてもらうんじゃないのかな?」

「そうかもしれませんね。それとも上級ゴールドはこれぐらい出来て当たり前なのか」

「どっちにしても教官は頼りになるってことだね。どんどん教導してもらっちゃお!」

 アヤトの武術を賞賛する二人は強くなることへの意気込みが段違いに上がっていた。一方で放心しているように虚空を見つめているメッサーラへの気遣いも忘れない。

「ところで……メッサ君さっきから何も喋ってないけど大丈夫?狙わちゃってたし、深呼吸してみたらどうかな?」

「……大丈夫」

「そう?無理はしないでね」

「いざという時は私がおぶってやるから言ってくれ」

「それは恥ずかしいから言わない。でもアルムもテルムもありがとう」

 アルムとテルムが心配してくれている事には素直に礼を伝えるメッサーラであったが、視線は相変わらずどこを見ているのかもわからない。そんな様子を収納魔道具ストレージデバイスへ槍を放りながら眺めていたアヤトはある確信を抱いていた。

——残滓まで見えてるな。

 アヤトの放った魔力の重厚さに魅入られたメッサーラは、その瞳を輝かせながら僅かに残る魔力の残滓を見つめていたのだ。やがて完全に消失すると視線を外したことから予想は外れていないことがうかがえる。
 魔力を使用した痕跡とも言える僅かな反応でしかない残滓を何の教えも受けずに知覚するなど中々できることではない。想定以上の魔術の才能であったことに笑みが深まる。

——属性の適性はまだはっきりしないけどメッサーラは後衛で決定。二人は適性武器にもよるけどできればテルムが前衛でアルムは中衛で、ある程度魔術も扱わせたいんだよな。

 三人の様子を見る限り冒険者としてやっていく度量はありそうなので教導内容を詰めていくアヤトは、ふと逃げていったコボルトの事を思い出し索敵してみると既に反応はなくなっていた。

「せっかく助かったのに運のないことで」

 逃げ切ったのではない。コボルトの生体反応がないだけで、欠損のある死体の数と逃げていった数が一致するので恐らく側にいる魔物に食い殺されたのだろう。反応からしてオールドウルフだ。コボルト程度ならあっという間に胃の中に収まる強さと大食感を誇っている。
 肉食の魔物も腹が膨れれば無闇に襲ってくるとこはない。このオールドウルフとは相対することはなさそうだ。となれば今やるべきはコボルトの牙を剥ぎ取ることだろう。

「はぁ……面倒だな」

 辺りに転がるコボルトの死体を見ていると思わずため息が出てしまった。襲ってきたから返り討ちにしただけだが、なにせその数が数だ。いくら解体の実習だとしても日が暮れてしまうだろう。一人辺り二、三体が限度と考え三人を呼び寄せ手本を見せる。
 適当に近くのコボルトを仰向けにすると肉を削ぎ露出した牙を丁寧に摘出してみせた。肉片一つ残っていない見事な仕事だ。

「どんな素材でも品質によって買取価格に違いが出てくる。牙の場合は大きさと骨密度だな。根本から先まで丸々あった方が用途が広がるし傷はないに越したことはないぞ。けど仕留め方次第になっちまうから初めの内はそこまで気にするな」

「骨密度は?どこを見たらわかるの?」

「軽く小突いてみてくれ。硬そうな高い音がするやつが高く売れるぞ」

 了承の返事を確認したアヤトは続け様に手を再びコボルトへと伸ばし皮を剥くと柵取りを始める。躊躇なく刃を入れていくアヤトの腕は解体士顔負けで、あっという間に一体のコボルトは捌かれてしまった。

「こっちは素材としてじゃなくて食糧だ。現地調達できないといざって時に餓死しちまうからな。味が悪いやつとかいるけど、選り好みはできないから我慢してくれ。あと毒持ってる魔物でも部位次第では食べれるからちゃんと図鑑で確認してから扱うようにな」

 今回は牙のみで良いから、と三人に伝え解体の実習が開始されるものの動きは鈍い。一度手本を見たとはいえすぐに実践できるわけもなく、刃をどこに通せば良いかも判断がつかないようだ。そもそも死体とはいえ元は獰猛な魔物であり、近づく事にも抵抗を感じているのがありありと見える。
 それを情けないと感じる程アヤトの感性は一般の枠から外れてはいない。魔物を見たことはあっても触れる機会などそうそうあるわけもなく、争いの絶えないプロエリウム出身の三人であっても経験はなかった。だからといって冒険者として活動するのならば避けては通れない道だ。
 収納魔道具ストレージデバイスを持っていれば倒した数だけそのまま冒険院に持ち込み、手数料はかかるものの専属の解体士に任せれば良い。だがそもそも高価な収納魔道具ストレージデバイスを所有している冒険者は少なく、凄腕だったり元々が裕福だったり今回のように冒険院が配慮した結果だったり、一般的には所有していない冒険者の方が多い。
 だがそんな彼らも故障や紛失で使用できなくなれば持ち込める数が少なくなり労力も釣り合わなくなる。そういった理由から荷物を減らし稼ぎを増やす手段として冒険者の必須技能となったのが解体技術なのだ。

——慣れれば一分もかからないんだけどな。

 解体用にと用意させていたナイフでようやく牙の周辺に切り込みを入れ始めた生徒達を眺めながら、まだまだ転がっているコボルトの牙を回収していくアヤトであった。
 
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