無窮の騎士

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第一章

第二十三話〜冒険者体験③〜

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 集めたコボルトの牙をそれぞれの収納魔道具ストレージデバイスへ割り振ったところで、アルムが口元へ手をあて何やら険しい顔をしていた。そんな様子をテルムが見逃すはずがない。

「姉上、もしかして気分が悪いのでは?」

「魔力酔いじゃないかな?今この辺りはかなりコボルトの魔力が漂ってるし、服に付いた血も原因かも」

「この澱んでいるように感じるのはそういう事だったのか。姉上は感覚が鋭いところがあるから可能性は高いな、となれば早くここから立ち去るべきだ」

 メッサーラの予想を聞いたテルムは、アルムを心配するあまりその手を取って早足で移動しようとするも、肝心のアルムの足は一向に動く様子はない。

「待って待って、魔力酔いとかしてないから。たださっき教官って陣も詠唱もなしで技使ってけどどうやってたのかな?って思って考えただけだよ」

 足を止めたテルムも傍観していたメッサーラも確かに、と同様の疑問が浮かんでくる。疑問を解決するなら調べるしかないが今はそういった環境ではない。ならば聞くのが一番だろう。

「ん?そうか、まずはそこからか」

 コボルトの解体により衣服に多少の汚れがついた三人の視線を受けたアヤトは、キャンディを口に放り込みながらアルムのそばまで寄るとそのまま人差し指を立てた。

「良く気付いたな。アルムには一ポイントやるよ」

「ポイント?なんだかわからないけど貰えるものは貰っておきます」

「素直でよろしい。よし、森までは魔物らしい魔物はいないみたいだしその辺り教えとくか。とりあえずは出発だ」

 テイラーの森まで感知範囲を広げてみれば、昼食後に感じていた視線の主達はどこにも見つからない。コボルトとオールドウルフ以外にもいたはずだが、アヤトの少量の魔力に触れただけで逃げ出したようだ。
 残っているのは敵対性の低い大型の草食類の魔物がまばらに過ごしているだけで、こちらから手出ししない限りは安全な旅路となるだろう。

「なんでわかるの?探知の魔術?」

 出発してすぐメッサーラからの質問が来た。

「魔術……じゃあないんだな。俺の場合は感覚を広げてるだけで魔力操作の一環なんだ。見せてみた方が早いか」

 今現在実際に感知の為に薄く引き伸ばし展開している魔力の層を、この周辺のみに限り厚くする。すると一面に広がるアヤトの魔力を視認できたメッサーラは素直に驚き目を見開いていた。

「……すごい。全然気付かなかった」

「周りに溶け込むようにもしてるからな」

「よくわからないけどすごく安心できるような感覚が辺りを包んでるのはわかるよ」

「アルムは感覚派か。上等上等」

 アルムは視えてはいなくとも感じることはできるようだ。その感覚は間違いではない。アヤトは教導官としても大人としても三人を護る義務があり、そしてそれを当然のものだと思っている。そんなアヤトの魔力に包まれているのだから安心できることも頷ける。
 しかし、テルムにはそれがわからない。言わずとも魔力を視認することも感じることもできないことがアヤトにはわかっていた。

「私は……」

「ストップ。俺の魔力は周りと同化させてわかりにくくしてるから、テルムの反応が一般的なんだよ。変に落ち込むんじゃないぞ?」

「落ち込んでなどない。だが、私は二人よりも才能がないということか」

「やっぱそう思うよな。そうだな……物は試しだ、ちょっとやってみたいことがあるんだけど良いか?」

「別に構わないが何をするん……っ!?」

 言い終わる前に突如としてテルムを襲う悪寒。
 気付いた時には大きく後ろへ飛び退いていたが理由はテルムにもわからない。ただ、アヤトから距離を取りたかったのだ。
 命の危険を感じたのだろう、火事場の馬鹿力とでも言うべき力を発揮し特に鍛えていないというのにその跳躍は力強く、アルムとメッサーラを驚かせた。

「今……何をしたんだ」

 遅れて心臓の音が異常な程に大きく聞こえてくる。額から玉のような汗が滲みでていたが、それを拭う余裕すらない。
 絞り出すような声でテルムが悪寒の正体を求める。アヤトが元凶である事を確信しての言葉だが、全貌は見えていない。
 質問を受けたアヤトはテルムの予想通りの反応に満足しつつ答える。

「魔力に殺気を纏わせた。テルムが認識できていない俺の魔力にな」

「……死んだような感覚を覚えたぞ」

「テルちゃん大丈夫?」

「少し落ち着いた方が良い」

 射抜くほどの視線を向けてくるテルムであったが、メッサーラとアルムが駆け寄り声をかけたことで我に返ったようだ。アルムが汗を拭ってくれている間、大きく深呼吸をして心を落ち着かせアヤトへ向き直った。

「……それで、何かわかったのか?試したんだろう?」

「ああ、やっぱりテルムは二人に比べて感知能力は平均的だけど直感と反射神経は抜群に高い。」

 理屈ではなく思考するわけでもない。
 ただただ本能の感じたままに咄嗟に反応できるテムルは、メッサーラとアルムとはまた違った才能を持っている事は間違いないことだ。
 内心ではやはり引け目を感じていたのか、テルムはひどく安心したように胸に手を当て分かりづらいながらも微笑んでいる。

「三人共それぞれ潜在能力はかなり高そうだから半年で基礎はしっかり叩き込めそうで安心したよ」

「俺達強くなれそう?」

「それはやる気次第だな。どの世界でも成長するのは努力するやつだけだ」

 ただし世の中には努力だけでは覆し難い才能の差もある。言うか言うまいか一瞬悩むアヤトであったが、この世の理とでも呼ぶべき理不尽な存在については誰もが知る事なのでついでとばかりに聖痕について口にする。

「けどどれだけ努力しても凡人は天才には勝てないかもしれない。あいつら聖痕持ちは才能の塊だからな」

 聖痕とは一分野において類まれなる才能を持って産まれた者に必ず発現するとされる痣だ。その形状により適性のある職業は判断され、国はその家族を含め国外流出を防ぐためあらゆる手を使って囲い込もうとしてくる。それほど有益と判断されるのが聖痕持ちなのだ。

「まぁ大体の聖痕持ちは才能にあぐらをかいてるから結局は努力次第だな」

「じゃあ聖痕あって努力してる人は相当やばそう」

「まあな。歴史に名前を残してるのはそういう奴らだよ」

「うわぁ……」

 歴史上の人物を思い返してみれば偉業を成し遂げた者や稀代の犯罪者など、豪華な顔ぶれが浮かび頬が引き攣るメッサーラであったが、隣にいたテルムがふと思い出したようにアヤトに詰め寄った。

「話が飛躍しすぎだ。それよりもポイントとはなんだ?私たちの今後に関わるものなのか?」

「教導期間の評価基準のポイントだよ。……なんてことはなくて適当に言っただけだからそんな気にしなくて良いぞ。一応冒険者はランクの認定がポイント制だけどそれは冒険院が管理するから俺がどうこうできるわけでもないしな」

「確か貢献の度合いでプラスされていくんだったか」

「だな。結構マイナスされる項目も多いからランク上げたいなら計画的に地道にやっていかないと難しいぞ。人によるけど融通効かない受付に当たったら事情関係なく評価落とされるからな」

「職務に忠実なのは良い事なのだろうが、それを受ける身になってみれば不満も出てくるわけか」

「そういうこと。だから受付とは仲良くなっておいた方が何かと得だぞ。良い情報教えてくれたり、さっき言った融通効かせてくれることもあるからな」

 アヤトも冒険者として活動していた際には年配の女性受付と親しくしていた。今は引退してしまったようだが、どこかで会えないものかと何気に期待している自分に驚いている。

「そういうのは苦手なのだが……」

「俺も苦手だけど大丈夫。アルムがいる」

「えっ、私?」

 心底分からないというように頭を斜めに傾けるアルムは可愛らしく唸り始め、その様子を愛でるような視線で見つめるテルムもまたメッサーラの発言には疑問しかなかった。

「なぜここで姉上が出てくるんだ?」

「馬車の中で見てたからわかる。アルムは距離感がおかしい」

「えっ?私何かおかしかった?」

「落ち着け、多分良い意味だ」

「うん、教官の言う通り。アルムは人と仲良くなるのが上手いから大丈夫って言いたかった」

 アヤトの予想した通りの言葉にテルムはもちろんアルム本人も納得していたが、それでは解決しない問題もある。

 ——アルムがいない時どうするつもりなんだろうな。

 常に三人で行動するわけではないので、テルムとメッサーラもある程度のコミュニケーション能力は必要になるだろう。
 とはいえこういったものはすぐに身につくものでもない。戦闘技術と共に少しずつ磨いていくしかないだろう。

「今すぐには関係しないから追々仲良くなっていけば良いさ。それより最初のアルムの質問に答えて良いか?」

「あっ、そうでした。お願いします」

 質問した当人も完全に忘れていたようだ。最初から別の話題にすり替わっていたこともあるが、三人共に一つ一つの話題への食いつきが良かったのも原因なのかもしれない。

「じゃあ直球で答えるけど術式だとか詠唱だとかなくても技なり魔術なりは問題なく使える。そもそもこういう技術は威力の向上だとか制御の為に開発されたもので、メインになるはずはなかったんだけどな」

 先頭に立ち肩をすくめるアヤトの後ろ姿はどこか寂しげで、誰にも見られていない表情はやるせなさに満ちていた。
 ひとまずの解答を得たアルムは、次の疑問が浮かび続け様に質問をぶつける。

「じゃあ、その陣も詠唱も必要ないやりかたを教えてもらえるんですか?」

「もちろんだ。今の魔力体系にはない技術だけどは無詠唱って呼んでるよ」

「なるほど詠唱しないから無詠唱ですね」

「そのまんまだけどな」

 振り返ってみればアルムが納得するように何度も頷いていた。テルムとメッサーラも各々情報を消化しようとしているようなので、これ以上は詰め込みすぎだと判断して授業のような何かを終える。

——しかし何度考えても不思議なんだよな。魔道具の発展で陣が普及するのはわかるんだけど、なんで詠唱が主流になってるんだか。

 再びテイラーの森へ体を向きなおしたアヤトは一向に解決しない以前からの疑問を浮かべるも、調査しようなどという気などサラサラなく、すぐに思考の隅に追いやってしまったのだった。
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