無窮の騎士

KEC

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第一章

第二十五話〜冒険者体験⑤〜

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 多少の休憩を挟んだアヤトは、寝続けているメッサーラを担いだままテイラーの森の奥深くへ足を踏み入れていた。
 日が傾いてきた事もありやや薄暗くなってきたが、構う事なく先に進んでいく後ろ姿をアルムとテルムは置いていかれないよう急いで、けれど恐る恐る周囲を警戒しながらついていく。

「森の昼と夜は全然違うって聞いてたけど……まだそんなに暗くなくても怖い感じがするね」

「元々森は魔力が濃いから魔物が若干強化されてて危険って言われてるな。そもそも夜は街から出るべきじゃない。視界は悪いし、夜行性で襲ってくる魔物はだいたい強いし、おまけに悪どい奴らがコソコソ何かやってたりすることも多いから良い事なんて一つもないんじゃないか?」

「じゃあ夜が近いのに森の中を歩かせてるわけはなんなんだ?レウィス鋼が目的なのだからせめて森の外で朝を待つべきだろう」

「もちろんこれからはそうしてもらうさ。ただ今回はせっかくだから恐ろしさもしっかり体験してもらおうかと思ってな。今日は森の中で一泊だ。」

「あらかじめ教えてほしかったかな……」

「ですね……正直生きた心地がしません」

「それほど強い魔物はいないから心配しなくて良いぞ。精々レッサーデーモンからカタコトで馬鹿にされるのが鬱陶しいぐらいだ」

 レッサーデーモンと聞いてメッサーラの開いていた魔物大全集のページを思い返したアルムは顔を青くしてテルムへしかめ面なまま視線を向ける。

「テルちゃん……レッサーデーモンって中級ノーマルだったよね?簡単に建物壊せるぐらいの力があるんだよね?」

「そのはずです。何がノーマル標準なんでしょう、充分に化け物ですよ。他の魔物も戦えない私たちではどうすることもできないでしょうし……」

 途中で虫型の魔物の話となった為にテイラーの森の魔物について全ての把握はしていなかったが、やはりピックアップされている魔物の情報は記憶に残りやすいのだろう。二人揃って魔物大全集に載っていたレッサーデーモンの姿を想像し恐ろしさに身震いしている。
 だが、その様子がアヤトには滑稽に思えた。

「心配しなくて良いって言ってるだろ。レッサーデーモン以上の化け物がちゃんと護るんだからな」

 ケラケラと陽気に笑うアヤトに姉妹揃って顔を引き攣らせているが、今更どうしようもないことを理解しているからかこれ以上は何も言ってこなくなった。

 ——コボルトの時にしっかり強さは印象付けたと思ったけど、今はまだレッサーデーモンに苦戦するって思われてるのかねぇ。俺が上級ゴールドってのはちゃんと覚えてるんだろうけど、やっぱ怖さは体験してみないとわからないんだろうな。……デビルホースの事は黙っておくか。

 同じ中級ノーマルでもデビルホースとレッサーデーモンでは格が違う。デビルホースの詳細を二人が知っているかはアヤトにはわからないが、余計な不安は与えない方が良いと判断したのだ。
 だが、当然テイラーの森にはスライムのような無害に等しい魔物も生息している。

「あれ?可愛いぃ!スライムがいるよ!遊んでるのかな?」

「本当ですね。仲間もいるようですが、他の魔物に襲われたりはしないのでしょうか?」

 スライムの群れを見つけたアルムは、レッサーデーモンを想像し感じていた恐怖からかけ離れたスライムの可愛らしさに頬を緩ませていた。テルムもそれは同じらしく二人に漂っていた緊張感は一気に解けたようだ。
 もっともそんな視線であっても魔物最弱クラスのスライムにとっては脅威に感じられたのだろう。一度アヤト達を視認すると一目散に逃げ出していく。
 その後ろ姿すら可愛らしく、アヤトも眺めていると背中でもぞもぞと動きがあった。メッサーラが起きたようだ。

「んぅ……ここは?」

「起きたのか。まだ歩けないだろうからそのままでいろよ」

「わかった……ありがと。でもあの二人はあのままで大丈夫?」

 メッサーラが指差す方向を見てみればアルムとテルムが逃げ出したスライムの跡を追っている姿が見えた。

「現実逃避したいんだろうな。辺りにやばい魔物はいないから離れすぎなきゃ大丈夫だろ」

 周囲を探ってみても草食動物やスライム等の無害に等しい魔物しか感じられない。中に少し厄介な習性を持つ魔物はいるが、刺激しなければまず問題ないだろう。だがふと思い出した。

「……確か昼にテルムは虫が苦手って言ってたよな?」

「言ってたけどどうかした?」

「だとしたら……」

「ひゃあぁぁぁっ!?」

 甲高く腹の底から全力で出したような悲鳴が響き、周りの木々に止まっていた鳥達が逃げ出していく。目を丸くし驚くメッサーラとは対照的にアヤトは予想通りとでも言うように、その悲鳴を当たり前のように受け止めていた。

「遅かったか」

「今のテルムの声。何があったのかわかるわけ?」

「スライムを追いかけてった先にいたんだよ。ボンドアントがな」

「えぇ……」

 スライムと変わらない力しか持たない蟻型の魔物であるボンドアントは、普段こそ単独行動をしているが身の危険を感じると特殊な音波で大量の仲間を呼び寄せる習性を持つ。つまりこちらから攻撃しない限りは植物性の餌集めをしているただの大きな蟻なのだ。
 とはいえ虫嫌いのテルムがどう動くかはわからない。出会って間もないのだから予測できるはずもなかったが、突如として聞こえて来る不快な音で簡単に答えまで辿り着いてしまった。

「テルム……そういえば木剣買ってた」

「テルムは逃げるより立ち向かうタイプなんだな」

 音の正体はボンドアントの救難信号であった。テルムが雑貨屋で買った木剣で敵対行動をとってしまったのだろう。

「そんな事言ってる場合じゃなくない?」

「それもそうだ。二人ともこっちに逃げれば良いだろうに真逆に行ったぞ。助けに行くか」

「そうしてあげて。トラウマにならないと良いけど……」

「咄嗟に攻撃するなんてもうトラウマ持ってる反応な気がするんだけどな。あらま、余計にトラウマがひどくなりそうな数が集まってきた。……早く行ってやるか」

「俺はおぶってもらったままで大丈夫?」

「問題なし。そもそもここに一人にするわけにはいかないだろ。けど今から少しおしゃべり厳禁な」

「えっ?」

「舌噛むから」

 メッサーラが意味を理解する前にアヤトは大地を蹴り上げる。その軽快な動きは背中に子供一人を背負っているとは到底思えない。
 突然の動きにメッサーラは反応できずにいたが、景色があっという間に変わっていく速度の割に体にかかる負荷はほぼなく、徒歩の時と変わらない感覚で背負われている事に気付く。
 ウィドスとテイラーの森を数分で行き来できるだけの速度なのだからそれこそ全力でしがみついていなくては振り落とされてしまいそうなものだが、そこはアヤトが魔力で風圧を消し体捌きを以って解決していた。
 当然それだけの速度を出していればアルムとテルムの元に辿り着くのは一瞬だ。逃げることに集中している二人は気付いた様子はなく並走しながら声をかける。

「二人とも怪我はないか?」

「うわっ、びっくりした~。教官、助けに来てくれたの?」

「ああ、やらかしたのは確認してたからな。テルムがやっちまったんだろ?」

「うん。もう反射的に攻撃しちゃってたよ」

「やっぱそういう展開なんだな」

 突如現れたように見えたであろうアヤトに対してアルムは驚きこそすれど平然と会話を成立させている。ボンドアントに追われているというのに随分と余裕がありそうだ。一方でテルムはアヤトへは全く反応せず歯を食いしばりながらただただ真っ直ぐ走っている。目が据わっていて、虫を見ないよう本能で行動しているかのようだ。

「極限状態ってやつか……よっぽど虫が嫌いなんだな。ここまでとは思わなかったけど」

「虫が嫌いじゃなくてもあの数に追われたらこうなるんじゃないかな~?」

「じゃあアルムは例外ってことだ。とりあえず脱出するぞ。このままだと森中のボンドアントが集まってくるからな」

「私はどうしたら良いの?」

「何もしなくて良いから少しの間喋るなよ」

「ん?わかりました~ひゃあ!?」

「っ!?」

「メッサーラはそのまましがみついてろよ」

「うん」

 返事と共にメッサーラが首を縦に動かした事を確認し、アルムとテルムを両脇に抱え近くの木の枝へ飛び移る。だが、ボンドアントは蟻型の魔物だ。木の幹を這う事など造作もなく、今も尚集まり続けている仲間たちと共にアヤトのいる木を覆い尽くしていく。

「まあそう来るよな」

「嫌だぁ!離してっ、離して!早く逃げなきゃ!!」

「テルム落ち着いて」

「そうだよ、教官がなんとかしてくれるから。ですよね?」

「ああ、護るって約束したからな」

「だったら早くっ、早くなんとかしてくれ!してくださいぃぃ!」

「わかったから暴れるなよ。行くぞ、もうひとっ飛びするからな」

 ボンドアントの魔物としての格は低い。魔力こそ宿しているものの使い方を知らず、感知することもできない。目も決して良いとは言えず周囲をはっきり視認しているわけではなく、嗅覚も巣と餌を往復する為のフェロモンを嗅ぎ取る事に使われるのが主であり追跡は不得手と言わざるを得ない。
 そのためアヤトはボンドアントの感知範囲から抜け出すべく、三人を抱えたままで三度び飛びこの場から離脱したのだった。

「二人とも大丈夫?」

「私は大丈夫だよ。でも走り疲れた~」

「虫怖い虫怖い虫怖い虫怖い」

「こりゃ重症だな」

 ボンドアントからそれなりに離れ危険な魔物もいない事を確認し安全だと判断した場所に降り立つアヤトであったが、テルムは体を丸め震えてしまっている。

「皆もうまともに動けそうにないし今日はここまでにするか。今から結界を敷くから少し休憩したら……そうだな、皆でアルムのでかいテントの設営を始めてくれ。テルムは動けたらで良いから」

 二人の返事しか返ってこなかったが、テルムも視線を向けてきたので聞いてはいるようだ。言葉通り結界を敷くべく結界石を設置するアヤトはシャールとティリエルとの合流について考えていた。

──すぐ近くまで飛んできたのは正解だったな。さて……誰と一緒に救助に向かうとしますかね。

 結界の効果により辺りから魔物の気配自体が希薄になった中、空を見上げてみれば一番星が輝いているのが見える。
 当然月も大きくその存在を示していた。
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