いつか彼女を手に入れる日まで

月山 歩

文字の大きさ
4 / 10

4.運動

しおりを挟む
 病室のベッドで過ごしていた私は、テッドに抱き抱えられて、治療院の中庭のベンチに座る。

 これが、最近の日課となっていた。

 最初は病室から出たいと思わなかったけれど、数十日でその気持ちにも限界が来た。

 いくらまだ右足が動かすと痛くても、病室の中でテッドと二人きりで閉じこもるのに退屈してしまったのだ。

 そこで、カミーユ先生に許可をもらい、テッドに抱き上げてもらって、中庭に出ている。

 テッドもただ私のそばに控えるだけでは辛そうだから、彼の仕事を作ると言う意味もある。

 最初の頃、テッドは私を抱き上げるたびに、恥ずかしそうに顔を赤らめて、目を逸らしたが、今ではすっかり堂々としている。

 テッドは私が読書をしている間に毎日運動しているから、以前よりもずいぶんと逞しい身体つきになっている。

 特に上半身の筋肉は見違えるほどである。
 私を抱き上げてくれるその力強さに、本当に感謝している。

「いいお天気ね。」

「はい、シャノン様。」

 走り回ったり、運動をしたり何かしらしているテッドを眺めながら、しばらくここでぼうっと過ごす。

 やはり外の空気は気持ちがいい。

 優しい日差しと柔らかい風がそよそよと吹き、鳥の鳴き声や遠くで走る馬車の音なども微かに聞こえる。

 王都のはずれにあるこの治療院は、診察棟の方は忙しいらしいが、私がいる治療棟の方はとても静かで落ち着いている。

 しばらくするとカミーユ先生がやって来た。

「シャノン、こちらでしたか?
 今日から少しずつ歩く練習を始めますよ。
 まずは、ずっと使っていなかった左足に体重を乗せる練習から始めます。

 僕とテッドが少し屈みますから、間に入って肩を掴んで、左足をゆっくりと地面につけて、片足で立ってみてください。

 反対の右足の方は絶対に使ってはいけません。

 治りかかっているのが、台無しになりますし、何よりとても痛いはずです。

 つきそうになったら、僕でもテッドでもいいですから、つかまって右足がつくのを回避してください。」

「わかりました。」

 カミーユ先生が説明し、テッドと共に私の横に屈む。

 私は恐る恐る二人の肩に腕を回すと、二人が顔を見合わせてから、ゆっくり立ち上がる。

 私は腕を二人の肩に乗せているから、足がつかずに浮かんだ状態だ。

「さあ、僕達が屈むので、左足だけゆっくりと立ってください。
 体重は僕達にかけたままで大丈夫です。」

 そうカミーユ先生が告げると、彼らはゆっくりと屈み、私が左足だけで立てるようにした。

「立ってるわ。
 片足で。」

「その調子です。
 足が疲れると思うので、十数えたら、シャノンを浮かせて休ませます。
 これを今日は五回繰り返しましょう。」

 カミーユ先生達は声をかけながら、十数えて、私を立たせて、また、浮かすを繰り返す。

 そして、そおっとベンチに再び私を座らせた。

「これだけですか?
 とても楽しかったわ。
 もっといっぱいできるのに。」

「最初は無理せずに少しずつですよ。
 これだけでも、明日は筋肉痛になるはずです。」

「そうなんですね。
 これを繰り返していけば、歩けるようになるのね。
 嬉しいわ。」

「そうです。
 ただし、右足には決して体重をかけないように。
 僕達がいる時に運動しますから、それだけは絶対に守ってください。

 もし、僕が忙しくて来れなかったら、運動をお休みしてください。」

「わかったわ。
 約束します。」

 私はカミーユ先生を見つめて、返事をした。






 いつもシャノンを抱き上げて移動させるのは、テッドの役目だから、今日のように彼女に肩を貸して密着するのは、カミーユにとって初めてだった。

 肩を貸した時に、触れられる感触とシャノンから漂う甘い香りに、カミーユは再び心臓がドキドキするのを感じた。

 運動のためとはいえ、まるでダンスのように触れ合って、シャノンを持ち上げたり、下ろしたりすることは、とても楽しい。

 これを毎日していいなんて、医師だから許される今だけの特権のようだ。

 テッドは毎日シャノンを抱えて運んでいるいるから、従者でありながら何故か、私もされたいと、ファンになる助手達もいる。

「そう言えば、テッド、この前、私にも抱っこしてとせがまれていたね。」

 僕がそう言うと、テッドは見る間に顔を赤らめた。

「ええ、まあ…。」

「あれ?
 言ったらダメだった?」

「いいえ、そんなことはないんですが…。」

「えっ、テッド、そんなことを言われているの?
 若い女の子に?」

「はい、まあ…。」

「えー、いいじゃないの。
 抱っこしてあげたの?」

「はい、言われたので。」

「えー、それでどうなったの?」

「特に何もありませんよ
 時々会ったら話す程度です。」

「えー、その中で気にいった女の子いた?」

「それは…。
 もういいじゃないですか。」

 テッドは恥ずかしそうに顔を背ける。

「えー、教えてくれてもいいじゃない?
 私最近、お茶会にも行ってないし、恋の話に飢えているの。」

「僕、だからシャノン様に知られたくなかったんです。」

「ふふ、言いたくないなら、ごめんね。
 何か、楽しくて。
 私も治療院の中を自由に動けたら、助手さん達のお話を聞けるのに。」

「シャノン様、自由に歩けたら、治療院にいる意味がなくなりますよ。」

「それも、そうね。
 カミーユ先生、ありがとう。
 とっても楽しいお話を聞けたわ。」

「テッド、そんなに睨まないでくれ。」

「じゃあ、僕からもお返しです。
 カミーユ先生も、患者さんに告白されていました。」

「えー、カミーユ先生、モテるんですね。」

「いや、それはシャノンの前で言わないで欲しかった。」

「カミーユ先生まで、私には内緒なの?」

「いや、まあ、あんまり。」

 カミーユとテッドはお互いに頷きあった。

 だって僕達は叶わないとわかっているけれど、シャノンに憧れている二人だからこそ、知られたくないよね。

 ごめん、テッド、今度からは気をつけるよ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

愛のゆくえ【完結】

春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした ですが、告白した私にあなたは言いました 「妹にしか思えない」 私は幼馴染みと婚約しました それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか? ☆12時30分より1時間更新 (6月1日0時30分 完結) こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね? ……違う? とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。 他社でも公開

婚約破棄された令嬢のささやかな幸福

香木陽灯
恋愛
 田舎の伯爵令嬢アリシア・ローデンには婚約者がいた。  しかし婚約者とアリシアの妹が不貞を働き、子を身ごもったのだという。 「結婚は家同士の繋がり。二人が結ばれるなら私は身を引きましょう。どうぞお幸せに」  婚約破棄されたアリシアは潔く身を引くことにした。  婚約破棄という烙印が押された以上、もう結婚は出来ない。  ならば一人で生きていくだけ。  アリシアは王都の外れにある小さな家を買い、そこで暮らし始める。 「あぁ、最高……ここなら一人で自由に暮らせるわ!」  初めての一人暮らしを満喫するアリシア。  趣味だった刺繍で生計が立てられるようになった頃……。 「アリシア、頼むから戻って来てくれ! 俺と結婚してくれ……!」  何故か元婚約者がやってきて頭を下げたのだ。  しかし丁重にお断りした翌日、 「お姉様、お願いだから戻ってきてください! あいつの相手はお姉様じゃなきゃ無理です……!」  妹までもがやってくる始末。  しかしアリシアは微笑んで首を横に振るばかり。 「私はもう結婚する気も家に戻る気もありませんの。どうぞお幸せに」  家族や婚約者は知らないことだったが、実はアリシアは幸せな生活を送っていたのだった。

だって悪女ですもの。

とうこ
恋愛
初恋を諦め、十六歳の若さで侯爵の後妻となったルイーズ。 幼馴染にはきつい言葉を投げつけられ、かれを好きな少女たちからは悪女と噂される。 だが四年後、ルイーズの里帰りと共に訪れる大きな転機。 彼女の選択は。 小説家になろう様にも掲載予定です。

戦場から帰らぬ夫は、隣国の姫君に恋文を送っていました

Mag_Mel
恋愛
しばらく床に臥せていたエルマが久方ぶりに参加した祝宴で、隣国の姫君ルーシアは戦地にいるはずの夫ジェイミーの名を口にした。 「彼から恋文をもらっていますの」。 二年もの間、自分には便りひとつ届かなかったのに? 真実を確かめるため、エルマは姫君の茶会へと足を運ぶ。 そこで待っていたのは「身を引いて欲しい」と別れを迫る、ルーシアの取り巻きたちだった。 ※小説家になろう様にも投稿しています

私の願いは貴方の幸せです

mahiro
恋愛
「君、すごくいいね」 滅多に私のことを褒めることがないその人が初めて会った女の子を褒めている姿に、彼の興味が私から彼女に移ったのだと感じた。 私は2人の邪魔にならないよう出来るだけ早く去ることにしたのだが。

夫に捨てられた私は冷酷公爵と再婚しました

香木陽灯
恋愛
 伯爵夫人のマリアーヌは「夜を共に過ごす気にならない」と突然夫に告げられ、わずか五ヶ月で離縁することとなる。  これまで女癖の悪い夫に何度も不倫されても、役立たずと貶されても、文句ひとつ言わず彼を支えてきた。だがその苦労は報われることはなかった。  実家に帰っても父から不当な扱いを受けるマリアーヌ。気分転換に繰り出した街で倒れていた貴族の男性と出会い、彼を助ける。 「離縁したばかり? それは相手の見る目がなかっただけだ。良かったじゃないか。君はもう自由だ」 「自由……」  もう自由なのだとマリアーヌが気づいた矢先、両親と元夫の策略によって再婚を強いられる。相手は婚約者が逃げ出すことで有名な冷酷公爵だった。  ところが冷酷公爵と会ってみると、以前助けた男性だったのだ。  再婚を受け入れたマリアーヌは、公爵と少しずつ仲良くなっていく。  ところが公爵は王命を受け内密に仕事をしているようで……。  一方の元夫は、財政難に陥っていた。 「頼む、助けてくれ! お前は俺に恩があるだろう?」  元夫の悲痛な叫びに、マリアーヌはにっこりと微笑んだ。 「なぜかしら? 貴方を助ける気になりませんの」 ※ふんわり設定です

エレナは分かっていた

喜楽直人
恋愛
王太子の婚約者候補に選ばれた伯爵令嬢エレナ・ワトーは、届いた夜会の招待状を見てついに幼い恋に終わりを告げる日がきたのだと理解した。 本当は分かっていた。選ばれるのは自分ではないことくらい。エレナだって知っていた。それでも努力することをやめられなかったのだ。

処理中です...