私が生きていたことは秘密にしてください

月山 歩

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5.花畑

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「ほら、もう少しだから、頑張って。」

「トム、結構遠くまで来てしまったけれど、本当に大丈夫ですか?」

「何度も来ているから、信じて。」

「信じますけれど…。」

 メイベルはトムに手を引かれながら、森の中の急な坂を登っていた。
 小道があるようなないような、一人ではあっという間に迷子になりそうな獣道である。

 けれどもトムは、私の手を引きながら、躊躇うことなくどんどん先へ進んで行く。

 少年とは言え、森の中での暮らしに慣れているのだろう。

 先ほどあまりに私の歩くスピードが遅いから、溜息と共に私の手を取り、今ではずっと手を引いている。

「トムはこちらの生活が長いんですか?」

「数年だよ。」

「森の中で迷子になることは?」

「最初はあったけどね。
 毎日、少しずつ探索して、もう大体は頭に入ってる。」

「すごいですね。」

「ほら、あそこ見てみて。」

「わぁ。」

 坂を登りきると、目の前には見渡す限りの草原が広がっていて、その中に風に揺れる花々が群生している。

 私は思わず息を呑み、色とりどりに可憐に咲くようすにしばし見惚れる。
 陽光を受け、風が自由に吹き抜けている。

「森の中にこんな素敵なところがあったのね。」

「これ全部自生してるんだ。」

「すごいわ。」

 鬱蒼とした森を抜けた先にこんなところがあるだなんて、きっとトムに教えてもらわなければ、一生気づくことはなかっただろう。

「ここは俺だけの秘密の場所だよ。」

「えっ、なのに連れてきてくれて良かったの?
 もちろん嬉しいけれど。」

「なんかメイベルは可哀想なやつだからな。
 俺と同じでここしかいるところがないんだろ?」

「ええ、そうですね。」 

 トムは少し恥ずかしそうに、顔を背けた。
 どうやら行く宛のない私を、気の毒に思ってのことらしい。

「ここになら、好きなだけいてもいいから。」

 その言葉に彼なりの優しさが見える。

「ありがとう。」

 トムの瞳はルビーのような赤色だ。
 誰から説明されずとも分かる。

 この国で赤い瞳を持つのは、王の血を引く者だけだ。
 つまり、彼が誰の子であるかを隠すことができないからここにいる。

 だから、ディオン様は私が誰かに彼のことを話したら、消すと言ったのだ。
 それほど、彼は隠されている。

 王妃様の子は王女様が一人だけ。
 おそらくトムは、身分が低い女性が産んだ子供なのだ。

 けれど王の子である限り王位継承権があり、彼を利用したい者に見つかれば、利用する価値のある駒でもあり、脅威でもある。

 生き延びるためには姿を隠すのが一番安全なのだ。
 ディオン様が徹底して隠すのも頷ける。

「メイベルはずっとここにいたい?」

「私はここにいたいとか、今のところ特に希望はありません。
 でも、どこへ行っても、世話係であるうちはトムのそばにいますよ。」

「世話係って、メイベルは何もしてないだろ?」

「ふふ、世話係というより居候ですね。
 でもいないよりはマシでしょ?」

「まあ、話し相手にはなってるか。
 だったら俺、もう一人じゃないんだな。」

「そうですよ。
 私もいますし、ディオン様はトムの味方ですよ。
 だって私を脅すぐらいトムを大事にしてますから。」

「だけど俺には、令嬢だから大切に扱えって言ったよ。」

「ふふ、ディオン様は複雑な方ですね。」

「そうか?
 ディオンはさ、メイベルのこともここに隠したいんじゃない?
 また、狙われたら困るだろ?」

「なるほど。
 私が戦わず逃げたいって言ったから、ディオン様はここに連れて来てくれたのでしょうか?」

「そうだと思うよ。
 ディオンはやると決めたやつ相手に、なまぬるいことはしない男だよ。
 だから、メイベルが彼が曖昧だと思うなら、彼にとってメイベルが大切ってことさ。」

「そうでしょうか?」

「だってメイベルは、ディオンに脅されたのに今は怖くないだろ?
 彼はメイベルに嫌われないように、気をつけているんだよ。」

「確かにあの言葉以外はずっと優しいし、ここに連れて来ていただいたことを感謝しています。
 ここは癒しの場所ですし、後はトムと上手くやっていけたら良いと思っています。」

「えっ、俺に受け入れられなくても、気にしなかったじゃないか?」

「いきなり来て受け入れてほしいなんて、無理だなって思っただけです。
 時間をかけて徐々にわかり合えたらいいなと思ってました。」

「俺のこと気にせず、本読んだり、散歩したり好きに過ごしてたくせに。」 

「ふふ、ちょっと体を休めてゆっくりしたかったんです。
 だから、何もしないでいいって言われた時、少しだけああ良かったって思ってしまいました。

 今ようやく本調子に戻ってきましたから、これから仲良くやって行きましょう。
 どうせ二人きりですし。」

「そうだな。」

 森の中の邸内は静寂に包まれ、鳥の鳴き声や雨音がよく響く。

 邸の使用人である老夫婦は、男性が調理と庭仕事をし、女性が掃除や洗濯などを担当し、黙々とこなす。

 二人とも必要最低限の会話しかしないため、私達とあまり話すこともなかった。
 きっと秘密を守るために、あえて選ばれた人選なのだろう。

「お母様が病気で亡くなられたと伺いました。」

「そうだよ。
 母さんはいつも俺のことを思っていてくれた。
 だから、病気がちになったらここに住んで、俺を隠したんだ。」

「…そうだったんですか、大変でしたね。」

「うん、だけど俺、もう母さんがいないのに、一人きりでなんで生きてるのかわからない。
 母さんは生きろって言ったけど、何のために?って思うんだ。

 こんな森の中で隠れて生きて、自由もないし、ただディオンの負担になるだけだろ?
 きっと俺の父は、俺をよく思っていないだろうし。」

「本当にそうでしょうか?
 だとしたら、ディオン様ほどの方が動きませんよ。
 トムがどうなっても良いと思うのならば、部下に丸投げすることだってできるのですから。」

「そんなもんかな。」

 トムは小さく肩をすくめた。

「はい、彼はあなたを隠す責任を背負ってらっしゃいます。
 それはトムのお父様が望まれたからではないでしょうか?
 だから、ディオン様本人が動いている。
 彼を信じて、いつかのために備えませんか?」

「備えるって?」

「勉学と武術です。
 トムには必ずその力が必要な時が来ます。」

「そうかな?」

「はい、ディオン様が私をトムの傍につけたのは理由があるはずです。
 きっと、貴族としての作法や生き抜く術を学んでほしいと思ったからでしょう。
 だから、始めてみませんか?」 

 トムはしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。

「わかった。
 俺もいつまでも遊んでるわけにはいかないな。」

「はい、大人にはやるべきことがありますから。」

「メイベルが言うか?」

「あら、私だって、令嬢としての心得はありますよ。
 だから、結果的にここに来たんです。」

「そっか。
 相変わらず可哀想なやつ。」

「ふふ、そうですね。」



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