私だった時間の終わりに〜あなたの愛はまだありますか?

月山 歩

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1.美男美女カップル

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「シルビア、今日も美しいね。」

「ありがとう、マティアスも素敵だわ。」

 私、シルビア・オーティス侯爵令嬢は、幼馴染で婚約間近の彼、マティアス・ナビエ侯爵令息と見つめ合っていた。
 邸の庭園で、彼は私の手を取り、まるで宝物に触れるように指先を重ねる。

「シルビアに会いたくて、領地の見回りを急いで終わらせて来たんだ。
 これはいつものだよ。」

「ありがとう、マティアス。」

 彼が差し出した小箱にはモリカという果実が入っている。
 私が砂糖たっぷりの甘味を好まないことを知っている彼らしい贈り物だ。

 受け取るとビアンカという私付きの侍女は、いつものように皮を丁寧に剥き、薄く切り分け、私の目の前のお皿に並べる。

 それをマティアスはフォークに刺し、私の口元へ運んでくれるから、私は彼の瞳を見つめながら、小さな口を開けて、彼からの贈り物を受け取る。

 モリカは甘酸っぱく、爽やかな香りがして、いつも私を幸せな気分にさせてくれる。

「美味しいわ。」

「シルビアのその満ちたりた顔が見たかったんだ。」

「ふふ、いつもありがとう。」

「愛してるよ。」

「私も。」

 モリカはそのまま食べたり、ジュースにしたりする。
 けれど、数日で痛んでしまうため、収穫した翌日には届けてもらうことが不可欠だった。

 マティアスは忙しいから、本来ならいつもの贈り物ぐらいなら従者に頼むべきだけど、彼は私の喜ぶ顔が見たくて自分で届けてくれる。

「僕が来れなかったここ数日間は、何をして過ごしたの?」

 マティアスは私の手の甲を撫でながら、指先をそっと絡める。

「そうねえ、新しいピアノの曲を作ったりしていたわ。」

「いいね、ぜひ、僕に聞かせて。
 シルビアの演奏は僕の最高の癒しなんだ。」

「ふふ、いいわよ。
 じゃあ、温室に行きましょう。」

 私達は手を繋ぎ、庭園の一角にあるガラス張りの温室へ向かう。

 そこは特に大切に育てている薔薇や花々の中にピアノとソファが置かれていて、オーティス侯爵である父が私の演奏を庭で聴きたい時のために、特別に作せた場所だった。

 日差しが暖かい今は、窓が開け放たれ、庭園じゅうに私のピアノの音色が響き渡り、演奏中の私を、並んで座るマティアスはうっとりと見つめている。

 私は新しい曲ができると、彼に披露する。
 それはマティアスが心から喜んでくれるとわかっているからで、私は幼い頃から変わらず想ってくれる彼が大好きである。

 けれど、温室の隅には体の大きいビアンカが立ち、婚約前の私達が親密になりすぎないように見張っているのだ。

 本来ならば、婚約前の未婚の男女がこんなに接近することは許されない。
 けれど私達は幼馴染で、ずっと仲良くしてきたし、婚約することも決まっていたから特別だった。

 そして、曲を弾き終わるとマティアスは堪えきれないように私を抱きしめる。

「シルビア、最高だよ、君は天才だね。」

「ふふ、持ち上げすぎよ。」

「そんなことないよ。
 こんな素敵な曲を聴けるなんて僕は本当に幸せだ。
 ああ、早く婚約したい。」

 マティアスが私を抱きしめていると、ビアンカがそおっと近づいて来て、控えめに咳払いをする。

 すると、彼は名残惜しそうに腕をほどく。

「オーティス侯爵家の者に嫌われるわけにはいかないからね。」

「ふふ、マティアスはもう公認よ。」

「でも、オーティス侯爵の指示だろうから、従うよ。」

「ありがとう、私を尊重してくれるマティアスも素敵よ。」

「もう、シルビアはどうしてせっかく離そうと努力する僕を煽るんだ?
 抱きしめたくて仕方がなくなる。」

 彼は困ったように笑いながら、小さく息を吐いた。

「あら、それはごめんなさい。」

「ううん、いいんだよ。
 僕はシルビアといられるだけで、幸せなんだから。」

 幼い頃からピアノが好きな私は、マティアスのためにピアノを弾いていた。
 彼は早くにお母様を亡くし、とても寂しそうにしていたから。

 彼の母は生前ピアノが好きでよく弾いていたそうで、ピアノの音色を聞くと、とても癒されると彼はよく言っている。

 やがて私達は大人になると、誰もが認める美男美女カップルとして、周知されていた。

 もちろん私もマティアスとこのまま結婚すると思っていたし、それが変わってしまうなんて、この時の私は全く思いもしなかった。





 それはある薄暗い夕暮れ時だった。
 友人のお茶会から帰る私とビアンカを乗せた馬車は、灰色の雲に覆われた街道を進んでいた。

 いつの間にか空は重く、風に煽られた木々が不気味にざわめいている。
 やがて、ぽつりぽつりと落ち始めた雨は、あっという間に激しさを増した。

 すると稲妻が空を引き裂き、白い光が走った直後、地を揺らすような雷鳴が轟く。

「シルビア様、大丈夫でしょうか?」

 向かいに座るビアンカは、大きな体を揺らして、不安げな表情で窓から空を見上げる。

「さあ、どうかしら?
 でも、御者が雨の中頑張ってくれているわ。」

 私達は馬車の中で雷雨をしのげるが、御者はむき出しの座席で嵐に耐えている。

 もっと早く話を切り上げて、帰路につくべきだった。
 胸の奥に小さな後悔が沈み、帰ったら御者を労わろうと思っていた。

 しかし、激しい雷の光と耳をつんざくような音が鳴り響き、馬が驚いた拍子に、馬車はバランスを失い、私達を乗せたまま橋の下に転がり落ちた。

「シルビア様!」

 最後に聞こえたのは、ビアンカの声と私の悲鳴だった。
 そしてすべてが闇に沈んだ。

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