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第3章
第7話(人工子宮での妊娠)
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そのころ人工子宮が話題になっていた。外国では、もう数例の分娩報告があり、日本でも準備されていた。
特発性血小板減少性紫斑病が重症化したとき、『赤ちゃんと母体の両方を守る』ために人工子宮分娩が考えられる。といっても桜空と遠夢は、まだ妊娠できるかどうかさえ分からない。凍結保存してある胚盤胞は残り2つだけで、新たに採卵する道はない。
前回と同じように桜空の子宮に移植するのであれば、症状や検査所見が落ち着いている今がチャンスである。桜空は38歳になろうとしていた。
二人は何回も、特発性血小板減少性紫斑病について、また人工子宮について医師から説明を聞いた。カウンセリングも受け、話し合ってきた。どういった治療も、安全性が保証されるものではないが、特に人工子宮については生まれた子どもは世界で5人しかいない。『妊娠中の異常や生まれた赤ちゃんに異常は認められていない』ということであった。
二人は『人工子宮に移植してもらう』ことを決めた。話し合うことで二人のお互いを想いやる気持ちは一層強くなっていった。どんな結果になろうと二人は『一緒に人生を歩もう』と決断していた。
望妊治療センターで凍結保管されていた桜空と遠夢の2つの胚盤胞が、人工子宮センターに移送された。
子宮の役割を体外で行う装置が人工子宮である。約70㎝径の楕円形の人工子宮の中にはコーティングされた3㎜大の多孔性粒子が詰められ、それに培養液が満たされている。この粒子の中心部に、まず桜空の子宮内膜が移植された。培養液には卵胞ホルモンが添加されており、これによって子宮内膜が増殖する。
2週間後に子宮内膜の増殖が確認され、培養液に黄体ホルモンが追加された。これによって子宮内膜は受精卵に必要な分泌液を産生するようになる。
それから6日後、桜空と遠夢の凍結されていた胚盤胞の1つが、人工子宮に移植されることになる。もちろん赤ちゃんの性別など二人の希望は聞かれない。朝から融解されて凍結前の状態に復帰しているのが確認され、透明帯開口術AHAも行われた。
操作小窓から、人工子宮の子宮内膜が増殖した内腔に、少量の培養液と伴に胚盤胞が、細いガラスピペットで移植された。移植当日も、桜空と遠夢は連れ立ってセンターを訪れ、モニター映像を食い入るように見つめていた。移植できたからといって妊娠できるとは限らない。ましてや妊娠できたからといっても無事出産できるとは限らない。二人は、この先どうなるか分からないという不安も大きかったが、期待感をもって充実した日々を過ごしていた。
移植してから10 日後に着床診断が行われる。少量の培養液が抜き取られ、TE細胞が発育してできる絨毛から産生される絨毛性・性腺刺激ホルモンhCGの増加の有無が調べられる。陰性であれば、もう一度、子宮内膜から造り直して、残っている胚盤胞を移植するしかない。
女性年齢によって体外受精や顕微授精の成績は大きく異なる。35歳くらいでは移植に対して60%以上で出産が期待できるのに対し、40歳くらいでは20%以下に落ち込んでしまう。
桜空は38歳になっていたが、採卵したときは18歳だったので着床予測は約7割あると言う。結果を聞くまで二人は気が気でなかった。
着床診断の結果は陽性であった。着床とは、子宮内膜に受精卵が埋もれ込むことを言う。妊娠成立した子宮内膜のことを脱落膜と言うようになる。この脱落膜は、受精卵が造る羊膜や絨毛膜と一体となって卵膜を造る。この卵膜の胎児側表面の羊膜からは羊水が分泌され、この羊水に浮かんだ状態で胎児は成長することになる。
卵膜の一部は絨毛が増殖して胎盤ができる。この胎盤の脱落膜と絨毛膜の間には、絨毛間腔という母体の血液が豊富に流れる場所が形成される。絨毛には胎児の血液が流れている。この細かな根のような絨毛は、絨毛間腔に浸ったような状態となっており、母体血から必要な酸素や栄養分を取り込み、不要となった炭酸ガスや廃棄物を母体血に送り返す。
人工子宮が置かれている部屋は耐震免震構造になっており、停電やセキュリティー対策は万全である。人工子宮は完全固定されておらず、母体環境により近くなるよう左右上下のユリカゴ状態になっている。
人工子宮は、総て自動制御システムによって管理され、環流培養液の少量を分析することで、温度、pH、酸素濃度、ホルモン濃度といった基本情報が確認される。また、胎児や胎盤が造っている物質を調べることが無侵襲で可能となっている。超音波検査や心拍計測だけでなく、このデータ分析により発育状況の確認や異常の早期発見が行える。
着床から1週間後には羊水が溜まった胎嚢が、2週間後には児心拍が超音波検査で確認できるようになった。さらに1ヶ月後には胎児の頭臀長 は2㎝以上になり胎動も観察できるようになった。
出生前遺伝学的検査NIPTをするかどうか確認されたが二人は検査を希望しなかった。どんなことがあっても自分たちで育てることしか頭になかった。
桜空も仕事を続けていた。もちろんボクシングジムでの練習も欠かさなかった。定期的に血小板検査も受けていたが、症状もなく日常生活を何一つ変える必要はなかった。
以前と少し違ったのは、二人で頻繁に人工子宮センターに行くようになったことだ。
ただし、人工子宮が置かれている部屋は、母体内と同じような環境をつくるため暗く、また人工子宮は遮光素材の布で被われていた。両親からのメッセージや選んだ音楽などが流されるようになっており、二人は日常会話を録音して持って行っていた。また、毎日送られてくる超音波画像やデータを二人で確認することが日課になっていた。
特発性血小板減少性紫斑病が重症化したとき、『赤ちゃんと母体の両方を守る』ために人工子宮分娩が考えられる。といっても桜空と遠夢は、まだ妊娠できるかどうかさえ分からない。凍結保存してある胚盤胞は残り2つだけで、新たに採卵する道はない。
前回と同じように桜空の子宮に移植するのであれば、症状や検査所見が落ち着いている今がチャンスである。桜空は38歳になろうとしていた。
二人は何回も、特発性血小板減少性紫斑病について、また人工子宮について医師から説明を聞いた。カウンセリングも受け、話し合ってきた。どういった治療も、安全性が保証されるものではないが、特に人工子宮については生まれた子どもは世界で5人しかいない。『妊娠中の異常や生まれた赤ちゃんに異常は認められていない』ということであった。
二人は『人工子宮に移植してもらう』ことを決めた。話し合うことで二人のお互いを想いやる気持ちは一層強くなっていった。どんな結果になろうと二人は『一緒に人生を歩もう』と決断していた。
望妊治療センターで凍結保管されていた桜空と遠夢の2つの胚盤胞が、人工子宮センターに移送された。
子宮の役割を体外で行う装置が人工子宮である。約70㎝径の楕円形の人工子宮の中にはコーティングされた3㎜大の多孔性粒子が詰められ、それに培養液が満たされている。この粒子の中心部に、まず桜空の子宮内膜が移植された。培養液には卵胞ホルモンが添加されており、これによって子宮内膜が増殖する。
2週間後に子宮内膜の増殖が確認され、培養液に黄体ホルモンが追加された。これによって子宮内膜は受精卵に必要な分泌液を産生するようになる。
それから6日後、桜空と遠夢の凍結されていた胚盤胞の1つが、人工子宮に移植されることになる。もちろん赤ちゃんの性別など二人の希望は聞かれない。朝から融解されて凍結前の状態に復帰しているのが確認され、透明帯開口術AHAも行われた。
操作小窓から、人工子宮の子宮内膜が増殖した内腔に、少量の培養液と伴に胚盤胞が、細いガラスピペットで移植された。移植当日も、桜空と遠夢は連れ立ってセンターを訪れ、モニター映像を食い入るように見つめていた。移植できたからといって妊娠できるとは限らない。ましてや妊娠できたからといっても無事出産できるとは限らない。二人は、この先どうなるか分からないという不安も大きかったが、期待感をもって充実した日々を過ごしていた。
移植してから10 日後に着床診断が行われる。少量の培養液が抜き取られ、TE細胞が発育してできる絨毛から産生される絨毛性・性腺刺激ホルモンhCGの増加の有無が調べられる。陰性であれば、もう一度、子宮内膜から造り直して、残っている胚盤胞を移植するしかない。
女性年齢によって体外受精や顕微授精の成績は大きく異なる。35歳くらいでは移植に対して60%以上で出産が期待できるのに対し、40歳くらいでは20%以下に落ち込んでしまう。
桜空は38歳になっていたが、採卵したときは18歳だったので着床予測は約7割あると言う。結果を聞くまで二人は気が気でなかった。
着床診断の結果は陽性であった。着床とは、子宮内膜に受精卵が埋もれ込むことを言う。妊娠成立した子宮内膜のことを脱落膜と言うようになる。この脱落膜は、受精卵が造る羊膜や絨毛膜と一体となって卵膜を造る。この卵膜の胎児側表面の羊膜からは羊水が分泌され、この羊水に浮かんだ状態で胎児は成長することになる。
卵膜の一部は絨毛が増殖して胎盤ができる。この胎盤の脱落膜と絨毛膜の間には、絨毛間腔という母体の血液が豊富に流れる場所が形成される。絨毛には胎児の血液が流れている。この細かな根のような絨毛は、絨毛間腔に浸ったような状態となっており、母体血から必要な酸素や栄養分を取り込み、不要となった炭酸ガスや廃棄物を母体血に送り返す。
人工子宮が置かれている部屋は耐震免震構造になっており、停電やセキュリティー対策は万全である。人工子宮は完全固定されておらず、母体環境により近くなるよう左右上下のユリカゴ状態になっている。
人工子宮は、総て自動制御システムによって管理され、環流培養液の少量を分析することで、温度、pH、酸素濃度、ホルモン濃度といった基本情報が確認される。また、胎児や胎盤が造っている物質を調べることが無侵襲で可能となっている。超音波検査や心拍計測だけでなく、このデータ分析により発育状況の確認や異常の早期発見が行える。
着床から1週間後には羊水が溜まった胎嚢が、2週間後には児心拍が超音波検査で確認できるようになった。さらに1ヶ月後には胎児の頭臀長 は2㎝以上になり胎動も観察できるようになった。
出生前遺伝学的検査NIPTをするかどうか確認されたが二人は検査を希望しなかった。どんなことがあっても自分たちで育てることしか頭になかった。
桜空も仕事を続けていた。もちろんボクシングジムでの練習も欠かさなかった。定期的に血小板検査も受けていたが、症状もなく日常生活を何一つ変える必要はなかった。
以前と少し違ったのは、二人で頻繁に人工子宮センターに行くようになったことだ。
ただし、人工子宮が置かれている部屋は、母体内と同じような環境をつくるため暗く、また人工子宮は遮光素材の布で被われていた。両親からのメッセージや選んだ音楽などが流されるようになっており、二人は日常会話を録音して持って行っていた。また、毎日送られてくる超音波画像やデータを二人で確認することが日課になっていた。
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