人工子宮

木森木林(きもりきりん)

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第3章

第7話(人工子宮での妊娠)

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ちょうどそのころ、人工子宮が話題になっていた。外国では、もう数例の分娩報告があり、日本でも準備がされていた。

特発性血小板減少性紫斑病が重症化したときの考えると、『赤ちゃんと母体の両方を守る』ために人工子宮分娩が考えられる。人工子宮を考えると言っても、まだ妊娠できるかどうかさえ分からない。しかしながら人工子宮を考えるなら『残っている胚盤胞を桜空の子宮ではなく、人工子宮に移植してもらう』ことを決める必要がある。

二人は、何回も医師から説明を聞き、カウンセリングを受け、話し合ってきた。どういった治療も、安全性が保証されるものではない。これまで二人は『偶然と決断』を積み重ねてきた。決断は自分の思いや行動を支配する。このため決断は常に躊躇される。しかし決断しなければ未来は開かない。二人は『人工子宮に移植してもらう』ことにした。話し合うことで二人のお互いを想いやる気持ちは一層強くなっていた。



桜空と遠夢の望妊治療センターで凍結保管されていた2つの胚盤胞が、人工子宮センターに移送された。

子宮の役割を体外で行うのが人工子宮である。約60㎝径の楕円形の人工子宮の中にはコーティングされた3㎜大の多孔性粒子が詰められ、それに培養液が満たされている。この粒子の中心部に、まず桜空の子宮内膜が移植された。培養液には卵胞ホルモンが加えられており、これによって子宮内膜が増殖する。

2週間後に子宮内膜の増殖が確認され、培養液に黄体ホルモンが追加された。これによって子宮内膜は受精卵に必要な分泌液を産生するようになる。
 
それから6日後、桜空と遠夢の凍結されていた胚盤胞の1つが、人工子宮に移植されることになる。もちろん赤ちゃんの性別など二人の希望は聞かれない。朝から融解されて凍結前の状態に復帰しているのが確認され、透明帯開口術AHAも行われた。

操作小窓から、人工子宮の子宮内膜が増殖した内腔に、少量の培養液と伴に胚盤胞が、細いガラスピペットで移植された。移植当日も、桜空と遠夢は連れ立ってセンターを訪れ、モニター映像を食い入るように見つめていた。移植できたからといって妊娠できるとは限らない。ましてや妊娠できたからといっても無事出産できるとは限らない。二人は、この先どうなるか分からないという不安も大きかったが、期待感をもって充実した日々を過ごしていた。

移植してから10 日後に着床診断が行われる。少量の培養液が抜き取られ、TE細胞が発育してできる絨毛が造る絨毛性・性腺刺激ホルモンhCGが調べられる。陰性であれば、もう一度、子宮内膜から造り直して、残っている胚盤胞を移植するしかない。

女性年齢によって体外受精の成績は大きく異なる。35歳くらいでは移植に対して60%以上で出産が期待できるのに対し、40歳くらいでは20%以下に落ち込んでしまう。

桜空は38歳になっていたが、採卵したときは18歳だったので着床予測は約7割あると言う。結果を聞くまで二人は気が気でなかった。


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