20 / 36
2
しおりを挟む「あの、教会に行ってもいいでしょうか」
幾許か街を歩いて、エリザベートは、助けを求めるようにジャックに乞うた。
ジャックとは、上手く会話が成立しない。互いに、あまり互いのことを知ろうと思っていないため興味が湧かないのだろうと、エリザベートは推測していた。それはそれでいいのだと思っていたけれど、こうも長時間一緒にいるのにまともな会話ができていないのは辛いところがあった。そして出てきたのが上記の発言だった。
「教会?なんでまたそんな所に」
ジャックは怪訝そうな顔をする。
そんな所、だなんて。彼にとって、教会とは寄付金を積んで貴族としてのステータスをあげる場所としか思っていないのだろう。つくづくこの人とは反りが合わない。そう思ったエリザベートは、心の中で盛大なため息をついた。
目的地に着いたエリザベートは早速、バラ窓を見上げて祈りを捧げる。石造りの教会の、ひんやりとして清らかな空気が心地良い。
「ふん、よくあるステンドグラスだな」
気が乗らないながらも婚約者としての義務でエリザベートに付いてきたジャックが、そう言って鼻で笑うのが聞こえた。
たしかに王城や大聖堂に行けばもっと素晴らしいものが見れるのかもしれない。けれど、ステンドグラスにひとつとして同じものはないし、エリザベートにとっては父との思い出のあるこの教会のものが特別だった。
ああやはり彼には良さは分かって貰えないんだな、その事実に、エリザベートは悲しい気分になった。
隣で待つジャックを気にもとめず満足のいくまでバラ窓を眺めて。そして、やっとエリザベートが外へ出ると、ぱらぱらと雨が降り始めていた。
「……帰りましょうか」
彼(ジャック)にとっては、この雨が都合の良い理由になったみたいだ。
「そうですわね」
ジャックの提案を甘んじて受け入れ、エリザベートは帰途についたのだった。
降り止まない雨は次第に勢いを増していた。少しでも濡れないようにと急いでオレリアン邸の重厚な扉をくぐり屋敷の中へと足を踏み入れる。使用人に出迎えられて、エリザベートが自室へと向かおうとした、その時。
「お嬢様、当主様がお待ちです」
声をかけてきたのは執事のヴィクターだった。白髪混じりの茶髪を後ろに流したような髪型の彼は、エリザベートの父が存命の頃からオレリアン家に仕えてくれている。昔はよく会話など交わしたものだ。当主が、叔父に代わる前までは。
「叔父様が……?」
なにか含みのあるような顔をしたヴィクターと、その後ろに怯えたようなリタを見つけたエリザベートは心がざわつき始めていた。
「エリザベート。来たか」
「なんのご用事でしょうか」
他人行儀なカーテシーをしてから、エリザベートは叔父・ジュストに向き合う。そんなエリザベートの、飄々とした様子を見てジュストは、僅かに眉をひそめた。
「用事がなくては呼び出してはいけないのか?私はお前の父親でもあるのだぞ。娘と交流を持とうとして何が悪い?」
まくし立てるようにして、ジュストは白々しいセリフを吐く。
「そう……かもしれませんね、失礼しました」
エリザベートが形ばかりの謝罪をすると、ジュストは、満足そうに鼻を鳴らした。まるで、女は大人しくしていろ、とでもいいたげであった。
「エリザベート、お前に聞かねばならないことがある」
「……何でしょうか」
本題に入ろうとするジュストの表情は険しく見え、エリザベートは僅かに首を傾げる。彼に聞かれなければいけないようなことが、思い当たらなかったのだ……たった一つ、彼(シリル)のことを覗いては。
「……これは、お前のものではないな?」
「それは……!」
ジュストが取り出したのは、銀のナイフだった。とっさにエリザベートは悲鳴にも似た声を上げてしまう。その反応が、予想通りだったらしく。ジュストは憎々しげに顔を歪める。
「どうやっているのかは知らないが、まだあの男と通じているようだな。お前が結婚式を控えているというのに刃物を贈ってくるなどとんでもない」
「違います、それは私のものです!」
「ふむ、たしかに今はお前のものなのかもしれないな。過去の所有者が誰であれ、な」
ジュストは、エリザベートを睨めつける。
「結婚ももうすぐなのにこんなことじゃ向こうの方たちに示しがつかないだろう。これからは見張りをつけさせてもらうからな」
そう吐き捨てて、ジュストは部屋を後にする。後ろ姿が見えなくなってから、エリザベートはその場に崩れ落ちた。
「そんな……叔父様……」
ぽた、ぽた、と瞳から次々流れる雫は、絨毯の赤をより濃く染めていったのだった。
0
あなたにおすすめの小説
永遠の十七歳なんて、呪いに決まってる
鷹 綾
恋愛
永遠の十七歳――
それは祝福ではなく、三百年続く“呪い”だった。
公には「名門イソファガス家の孫娘」として知られる少女キクコ。
だがその正体は、歴史の裏側で幾度も国を救ってきた不老の元聖女であり、
王家すら真実を知らぬ“生きた時代遺産”。
政治も権力も、面倒ごとは大嫌い。
紅茶と読書に囲まれた静かな余生(?)を望んでいたキクコだったが――
魔王討伐後、王位継承問題に巻き込まれたことをきっかけに、
まさかの王位継承権十七位という事実が発覚する。
「……私が女王? 冗談じゃないわ」
回避策として動いたはずが、
誕生した新国王アルフェリットから、なぜか突然の求婚。
しかも彼は、
幼少期に命を救われた“恩人”がキクコであることを覚えていた――
年を取らぬ姿のままで。
永遠に老いない少女と、
彼女の真実を問わず選んだ自分ファーストな若き王。
王妃になどなる気はない。
けれど、逃げ続けることももうできない。
これは、
歴史の影に生きてきた少女が、
はじめて「誰かの隣」を選ぶかもしれない物語。
ざまぁも陰謀も押し付けない。
それでも――
この国で一番、誰よりも“強い”のは彼女だった。
侯爵令嬢ソフィアの結婚
今野綾
恋愛
ソフィアは希少なグリーンアイを持つヴィンセントと結婚したが、これは金が欲しいソフィアの父の思惑と高い爵位が欲しいヴィンセントの思惑が一致したからに過ぎない
そもそもヴィンセントには美しい恋人がいる
美男美女と名高いヴィンセントとその恋人は身分に大きな差があるために結婚することは叶わないのだ
その事をソフィアも耳にしており、この結婚が形ばかりのものであることを知っていた
結婚して早々、ソフィアは実家から連れてきた侍女夫婦とあばら家に住むように言われて…
表紙はかなさんです✨
ありがとうございます😊
2024.07.05
貴方なんて大嫌い
ララ愛
恋愛
婚約をして5年目でそろそろ結婚の準備の予定だったのに貴方は最近どこかの令嬢と
いつも一緒で私の存在はなんだろう・・・2人はむつまじく愛し合っているとみんなが言っている
それなら私はもういいです・・・貴方なんて大嫌い
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
【書籍化】番の身代わり婚約者を辞めることにしたら、冷酷な龍神王太子の様子がおかしくなりました
降魔 鬼灯
恋愛
コミカライズ化決定しました。
ユリアンナは王太子ルードヴィッヒの婚約者。
幼い頃は仲良しの2人だったのに、最近では全く会話がない。
月一度の砂時計で時間を計られた義務の様なお茶会もルードヴィッヒはこちらを睨みつけるだけで、なんの会話もない。
お茶会が終わったあとに義務的に届く手紙や花束。義務的に届くドレスやアクセサリー。
しまいには「ずっと番と一緒にいたい」なんて言葉も聞いてしまって。
よし分かった、もう無理、婚約破棄しよう!
誤解から婚約破棄を申し出て自制していた番を怒らせ、執着溺愛のブーメランを食らうユリアンナの運命は?
全十話。一日2回更新 完結済
コミカライズ化に伴いタイトルを『憂鬱なお茶会〜殿下、お茶会を止めて番探しをされては?え?義務?彼女は自分が殿下の番であることを知らない。溺愛まであと半年〜』から『番の身代わり婚約者を辞めることにしたら、冷酷な龍神王太子の様子がおかしくなりました』に変更しています。
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる