19 / 36
婚約者(仮)と、降り止まない雨
しおりを挟む「エリザベート、今日は会えて嬉しいです」
いかにも事務的で棒読みなセリフを吐く、目の前の人物は婚約者であるジャックだ。今日は、街へ買い物に行く約束をしていた。けれどそれは楽しいものではなく、ただ双方の親に対して、婚約者同士の仲が良いと印象づけるためだけのものだ。晴れた空の清々しさと相反して、エリザベートの気持ちは重かった。
「ええ……こちらこそお誘い頂きありがとうございます、ジャック様」
一応嫌々ながらも我が家まで迎えに来てくれて、エスコートをしてくれる辺りは、まだ常識があるのだろう。
同じ馬車に乗って無言でしばらく揺られていると、エリザベートは彼から漂う女物の香水の匂いに気づいた。
ああ、この人はまた私と会う前にどこかのご令嬢とよろしくやってきたんだわ。そのご令嬢も、この人が私と会うことを分かっていて、あえて痕跡を残したんだわ。
陳腐な香水の匂いに、エリザベートはこっそりと嘲笑した。
この国では、貴族にとって街へ買い物に行くのは戯れの一つで、庶民の生活の観察をしに行くようなものとされていた。なにせ服やアクセサリーは家にデザイナーや商人が来るものであるし、料理だって専属の料理人がいるのだ。本当は、貴族がわざわざ街へ出向く必要などどこにもないのだ。
けれど、エリザベートは街にそこそこよく来ていた。活気のある様子を見ると、その間だけは自分の立場や叔父のことを忘れられる気がするからだ。それに、この街には、父が愛したバラ窓の教会があって、そこに通っているのだ。
「ジャック様、露店でも見ませんか?」
馬車から降りたエリザベートが提案すると、ジャックは気分の乗らない様子ではあったが黙って付いてきてくれる。この男は、不遜な態度ではあるが最低限、エリザベートのことを婚約者として尊重しようとしてくれてはいるのかもしれない。
活気のある露店では、歩きながら食べられるような軽食や工芸品が並んでいる。エリザベートは隣にいるのがジャックであることを半分忘れながらうきうきと見て回っていた。
「そこのお嬢さん」
露店を一通り見終わる頃。ふいに声をかけられ、エリザベートは振り向く。けれど、後ろには誰もいなかった。
「お嬢さん」
視線をさ迷わせていると再び呼びとめられ、それで声のした場所がやっと分かった。
そこは、ちょうど建物の影になっている小さなスペースだった。フードを被った、いかにも怪しそうな女がいた。声から推測するに、歳の頃は、初老ぐらいであった。
「私をお呼びでしょうか?」
「ああ、そうさ。どうだい少し見ていかないかい?」
彼女が指したそこには、ガラス細工が並べられていた。
ジャックに視線を遣ると、勝手にしろとでも言いたげな態度だったため、ありがたく勝手に寄り道させてもらうことにした。
「まあ……綺麗」
透き通ったガラスで動物や花、果物が象られている。巧緻なそれらは、今の技術で作るにはとても苦労のいるもののはずだ。
テーブルを一通り眺めてエリザベートは、少しばかり隠されるようにして陳列された「それ」が気になった。
「これはどうだい?お嬢さんの赤い瞳にそっくりだ」
同時に彼女が「それ」を指差す。それは、血のように真っ赤な、大輪のバラをかたどったものだった。
「これ……いただくわ」
エリザベートは、思わずそう口にしていた。
「毎度あり」
クオリティに見合った、安くはない代金を支払って箱に入れられた品物を受け取る。そしてジャックと再び歩き出して。
少し胸に引っかかるものがあり、ふと振り向いたエリザベートが目にしたのは、彼女の暗いフードの下の、赤い瞳だった。
0
あなたにおすすめの小説
永遠の十七歳なんて、呪いに決まってる
鷹 綾
恋愛
永遠の十七歳――
それは祝福ではなく、三百年続く“呪い”だった。
公には「名門イソファガス家の孫娘」として知られる少女キクコ。
だがその正体は、歴史の裏側で幾度も国を救ってきた不老の元聖女であり、
王家すら真実を知らぬ“生きた時代遺産”。
政治も権力も、面倒ごとは大嫌い。
紅茶と読書に囲まれた静かな余生(?)を望んでいたキクコだったが――
魔王討伐後、王位継承問題に巻き込まれたことをきっかけに、
まさかの王位継承権十七位という事実が発覚する。
「……私が女王? 冗談じゃないわ」
回避策として動いたはずが、
誕生した新国王アルフェリットから、なぜか突然の求婚。
しかも彼は、
幼少期に命を救われた“恩人”がキクコであることを覚えていた――
年を取らぬ姿のままで。
永遠に老いない少女と、
彼女の真実を問わず選んだ自分ファーストな若き王。
王妃になどなる気はない。
けれど、逃げ続けることももうできない。
これは、
歴史の影に生きてきた少女が、
はじめて「誰かの隣」を選ぶかもしれない物語。
ざまぁも陰謀も押し付けない。
それでも――
この国で一番、誰よりも“強い”のは彼女だった。
侯爵令嬢ソフィアの結婚
今野綾
恋愛
ソフィアは希少なグリーンアイを持つヴィンセントと結婚したが、これは金が欲しいソフィアの父の思惑と高い爵位が欲しいヴィンセントの思惑が一致したからに過ぎない
そもそもヴィンセントには美しい恋人がいる
美男美女と名高いヴィンセントとその恋人は身分に大きな差があるために結婚することは叶わないのだ
その事をソフィアも耳にしており、この結婚が形ばかりのものであることを知っていた
結婚して早々、ソフィアは実家から連れてきた侍女夫婦とあばら家に住むように言われて…
表紙はかなさんです✨
ありがとうございます😊
2024.07.05
貴方なんて大嫌い
ララ愛
恋愛
婚約をして5年目でそろそろ結婚の準備の予定だったのに貴方は最近どこかの令嬢と
いつも一緒で私の存在はなんだろう・・・2人はむつまじく愛し合っているとみんなが言っている
それなら私はもういいです・・・貴方なんて大嫌い
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
【書籍化】番の身代わり婚約者を辞めることにしたら、冷酷な龍神王太子の様子がおかしくなりました
降魔 鬼灯
恋愛
コミカライズ化決定しました。
ユリアンナは王太子ルードヴィッヒの婚約者。
幼い頃は仲良しの2人だったのに、最近では全く会話がない。
月一度の砂時計で時間を計られた義務の様なお茶会もルードヴィッヒはこちらを睨みつけるだけで、なんの会話もない。
お茶会が終わったあとに義務的に届く手紙や花束。義務的に届くドレスやアクセサリー。
しまいには「ずっと番と一緒にいたい」なんて言葉も聞いてしまって。
よし分かった、もう無理、婚約破棄しよう!
誤解から婚約破棄を申し出て自制していた番を怒らせ、執着溺愛のブーメランを食らうユリアンナの運命は?
全十話。一日2回更新 完結済
コミカライズ化に伴いタイトルを『憂鬱なお茶会〜殿下、お茶会を止めて番探しをされては?え?義務?彼女は自分が殿下の番であることを知らない。溺愛まであと半年〜』から『番の身代わり婚約者を辞めることにしたら、冷酷な龍神王太子の様子がおかしくなりました』に変更しています。
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる