36 / 36
エピローグ
しおりを挟む
太陽が地平線の向こうに身を隠し、その光を受けた月が輝き出そうとする時間。エリザベートはとある場所に、1人で佇んでいた。西の空の暮れなずむ赤を視界に入れ、形の良い瞳を僅かに歪ませる。変わってしまったこの体は、陽の光を好まなかった。夜目が効くだけあって、自然光は眩しすぎて頭が痛くなってしまうのだ。
目深に被った帽子の下から上を見上げる。そこにあるのは、幾度となく通った協会だった。大きなバラ窓のあるここは、昔は父と、父が亡くなってからは、幸せだった頃の思い出の欠片を拾いに来た場所だった。
あのバラ窓が恋しかった。けれど。エリザベートはもう建物の中に入ることは叶わなかった。それも、体が変わった影響によるものだった。
十字架が、苦手になったのだ。それを見ると本能的に体が拒否し、調子が悪くなってしまうのだ。
無理すれば入ることも出来なくはないけれど、今のエリザベートには、それをしない理由があった。
人としての生を手放した自分には、もう父との思い出を振り返ることが許されていないのかと思うと寂しいような苦しいような気分になり、自然と体が震えた。
中からは見ることは叶わないけれど、せめて外からだけでも。そう思ったエリザベートが、外からではかろうじて色の違いぐらいしか分からないバラ窓を見ながら立ち尽くしていると。
「リジー」
ふわりと後ろから覆いかぶさられ、腕の中に閉じ込められる。
「やっぱりここだった」
落ち着いたしっとりとした声は、愛する夫のものだった。
「シリル」
エリザベートは、胸の前にまわされたシリルの手に自らの手を重ねる。
「リジーは目を離すとすぐにどこかに行ってしまうな」
鳥籠の中に閉じめこておきたくなる、と言われエリザベートはふふ、と笑った。
「そんな……ほんの少しの時間じゃありませんか」
シリルは日を追うごとに過保護になりつつある気がする。屋敷でもそうで、シリルはいつでもエリザベートを、執務室に設えた専用のソファに居させたがった。それが少しばかり息苦しかったのと、久しぶりに町に下りたくて。そうしてエリザベートは今この場所にいたのだ。
「……お父様のことを思い出して寂しくなってしまいました」
もう一度バラ窓を見上げて、エリザベートは小さくため息をついた。
「俺がいる……じゃだめか?」
「ううん。充分です」
それに、この子もいますから。そう言って、ゆったりとした黒のドレスの上から大きくなりつつあるお腹を撫でる。一度、子が流れてしまったことがあるから、妊娠が分かったばかりの頃は恐ろしかったけれど、いまのところ順調に育ってくれている。ヴァンパイアの子どもとして産まれるから出産の時や子育てを思うと不安は尽きないけれど、でも。シリルとなら大丈夫だという確信が、エリザベートにはあった。
「シリル、愛しています」
「俺もだ。エリザベート、愛している。永遠に」
見つめあい、そして微笑む。
黒を纏った二人の影はひとつとなり、そして、月の僅かな光すら届かない場所で、暗闇に溶け込んでいった。
あとに残されたのは、仄かなバラの残り香のみであった。
目深に被った帽子の下から上を見上げる。そこにあるのは、幾度となく通った協会だった。大きなバラ窓のあるここは、昔は父と、父が亡くなってからは、幸せだった頃の思い出の欠片を拾いに来た場所だった。
あのバラ窓が恋しかった。けれど。エリザベートはもう建物の中に入ることは叶わなかった。それも、体が変わった影響によるものだった。
十字架が、苦手になったのだ。それを見ると本能的に体が拒否し、調子が悪くなってしまうのだ。
無理すれば入ることも出来なくはないけれど、今のエリザベートには、それをしない理由があった。
人としての生を手放した自分には、もう父との思い出を振り返ることが許されていないのかと思うと寂しいような苦しいような気分になり、自然と体が震えた。
中からは見ることは叶わないけれど、せめて外からだけでも。そう思ったエリザベートが、外からではかろうじて色の違いぐらいしか分からないバラ窓を見ながら立ち尽くしていると。
「リジー」
ふわりと後ろから覆いかぶさられ、腕の中に閉じ込められる。
「やっぱりここだった」
落ち着いたしっとりとした声は、愛する夫のものだった。
「シリル」
エリザベートは、胸の前にまわされたシリルの手に自らの手を重ねる。
「リジーは目を離すとすぐにどこかに行ってしまうな」
鳥籠の中に閉じめこておきたくなる、と言われエリザベートはふふ、と笑った。
「そんな……ほんの少しの時間じゃありませんか」
シリルは日を追うごとに過保護になりつつある気がする。屋敷でもそうで、シリルはいつでもエリザベートを、執務室に設えた専用のソファに居させたがった。それが少しばかり息苦しかったのと、久しぶりに町に下りたくて。そうしてエリザベートは今この場所にいたのだ。
「……お父様のことを思い出して寂しくなってしまいました」
もう一度バラ窓を見上げて、エリザベートは小さくため息をついた。
「俺がいる……じゃだめか?」
「ううん。充分です」
それに、この子もいますから。そう言って、ゆったりとした黒のドレスの上から大きくなりつつあるお腹を撫でる。一度、子が流れてしまったことがあるから、妊娠が分かったばかりの頃は恐ろしかったけれど、いまのところ順調に育ってくれている。ヴァンパイアの子どもとして産まれるから出産の時や子育てを思うと不安は尽きないけれど、でも。シリルとなら大丈夫だという確信が、エリザベートにはあった。
「シリル、愛しています」
「俺もだ。エリザベート、愛している。永遠に」
見つめあい、そして微笑む。
黒を纏った二人の影はひとつとなり、そして、月の僅かな光すら届かない場所で、暗闇に溶け込んでいった。
あとに残されたのは、仄かなバラの残り香のみであった。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
永遠の十七歳なんて、呪いに決まってる
鷹 綾
恋愛
永遠の十七歳――
それは祝福ではなく、三百年続く“呪い”だった。
公には「名門イソファガス家の孫娘」として知られる少女キクコ。
だがその正体は、歴史の裏側で幾度も国を救ってきた不老の元聖女であり、
王家すら真実を知らぬ“生きた時代遺産”。
政治も権力も、面倒ごとは大嫌い。
紅茶と読書に囲まれた静かな余生(?)を望んでいたキクコだったが――
魔王討伐後、王位継承問題に巻き込まれたことをきっかけに、
まさかの王位継承権十七位という事実が発覚する。
「……私が女王? 冗談じゃないわ」
回避策として動いたはずが、
誕生した新国王アルフェリットから、なぜか突然の求婚。
しかも彼は、
幼少期に命を救われた“恩人”がキクコであることを覚えていた――
年を取らぬ姿のままで。
永遠に老いない少女と、
彼女の真実を問わず選んだ自分ファーストな若き王。
王妃になどなる気はない。
けれど、逃げ続けることももうできない。
これは、
歴史の影に生きてきた少女が、
はじめて「誰かの隣」を選ぶかもしれない物語。
ざまぁも陰謀も押し付けない。
それでも――
この国で一番、誰よりも“強い”のは彼女だった。
侯爵令嬢ソフィアの結婚
今野綾
恋愛
ソフィアは希少なグリーンアイを持つヴィンセントと結婚したが、これは金が欲しいソフィアの父の思惑と高い爵位が欲しいヴィンセントの思惑が一致したからに過ぎない
そもそもヴィンセントには美しい恋人がいる
美男美女と名高いヴィンセントとその恋人は身分に大きな差があるために結婚することは叶わないのだ
その事をソフィアも耳にしており、この結婚が形ばかりのものであることを知っていた
結婚して早々、ソフィアは実家から連れてきた侍女夫婦とあばら家に住むように言われて…
表紙はかなさんです✨
ありがとうございます😊
2024.07.05
貴方なんて大嫌い
ララ愛
恋愛
婚約をして5年目でそろそろ結婚の準備の予定だったのに貴方は最近どこかの令嬢と
いつも一緒で私の存在はなんだろう・・・2人はむつまじく愛し合っているとみんなが言っている
それなら私はもういいです・・・貴方なんて大嫌い
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
【書籍化】番の身代わり婚約者を辞めることにしたら、冷酷な龍神王太子の様子がおかしくなりました
降魔 鬼灯
恋愛
コミカライズ化決定しました。
ユリアンナは王太子ルードヴィッヒの婚約者。
幼い頃は仲良しの2人だったのに、最近では全く会話がない。
月一度の砂時計で時間を計られた義務の様なお茶会もルードヴィッヒはこちらを睨みつけるだけで、なんの会話もない。
お茶会が終わったあとに義務的に届く手紙や花束。義務的に届くドレスやアクセサリー。
しまいには「ずっと番と一緒にいたい」なんて言葉も聞いてしまって。
よし分かった、もう無理、婚約破棄しよう!
誤解から婚約破棄を申し出て自制していた番を怒らせ、執着溺愛のブーメランを食らうユリアンナの運命は?
全十話。一日2回更新 完結済
コミカライズ化に伴いタイトルを『憂鬱なお茶会〜殿下、お茶会を止めて番探しをされては?え?義務?彼女は自分が殿下の番であることを知らない。溺愛まであと半年〜』から『番の身代わり婚約者を辞めることにしたら、冷酷な龍神王太子の様子がおかしくなりました』に変更しています。
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる