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第6章
第18話 エルフの里
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WSO本部での用事を済ませた俺たちは、本当ならすぐにでも王国に帰還したいところだった。
だが──
「せっかくエルフ国に来たんだし、一泊くらい……ね?」
と、リスティアがさりげなく提案してくる。
まあ、久しぶりの里帰りだ。
その気持ちは分からなくもない。
……と思っているうちに、隣でミレーヌが無言の圧をかけてくる。
視線が痛い。
断れる雰囲気ではなかった。
俺がしぶしぶ首を縦に振ると、リスティアはぱっと笑顔を見せた。
「じゃあ、実家があるエルフの里に案内するよ~。
うち、ちょっと狭いけど、お客様は大歓迎だから」
エルフの里とは、どうやらエルフ国の中でも特に自然を愛する一族が住む地域らしい。
正直、他人の家に上がるのはあまり気乗りしない。
とはいえ、好意を無碍にするのも気が引ける。
俺とゼファスは顔を見合わせるが──
その横で、ミレーヌはすっかり舞い上がっていた。
「えっ、ほんとですか!? エルフのお家に行けるなんて!!」
目をキラキラと輝かせている。
このテンション、もう止められそうになかった。
……とはいえ、俺もちょっとだけ興味はある。
あれだ、ファンタジーの世界でエルフの里といえば──
巨大な世界樹とかに、ツリーハウスみたいな家を構えてるやつだよな?
食卓には、狩りの獲物と森の果物、そして葡萄酒。
なんだか、少しだけワクワクしてきた。
「いいのか? じゃあ、お言葉に甘えようかな」
俺とゼファスは、顔を見合わせて頷いた。
「やった! ここからちょっと遠いけど、そんなに時間かからないから!」
リスティアはにっこりと、そう言ったのだった。
***
“そんなに時間かからない”とは、いったい何基準だったのだろうか。
あれから俺たちは、二時間に一本という超不便なバス型魔導ギアに、ひたすら揺られ続けている。
座席は硬いし、車内は寒いし、やたら振動する。
しかも、道は狭くて蛇行している。
そんな中、リスティアはというと──
「お父さん、これ好きだから~」と箱ごと買い込んだ缶ビールや、山ほどのお土産を網棚に乗せて、呑気に口を開けて寝ている。
……葡萄酒じゃないのか?
ふと隣を見ると、ゼファスは青い顔で目を閉じていた。
まあ、そうだろうな。俺は乗り物に弱い方ではないが、それでもこれはけっこう厳しい。
「おい、ミレーヌ、大丈夫か?」
声をかけると、ミレーヌは魂が抜けたような顔でこちらを見た。
だが、その口元には、かすかに気力が宿っている。
「これくらい……クラリス教官の訓練に比べたら……」
比較対象が間違っている気もするが、妙に説得力はあった。
こうして、ローカルバスの旅はまだまだ続いた。
***
そして──
終点のバス停で、俺たちは降ろされた。
周囲には街灯すらなく、一面に田んぼが広がっている。
あたりには、蛙の鳴き声がやたらとうるさく響いていた。
西の空には、夕暮れの光がかろうじて残っている。
だが地面近くは、もうすっかり薄暗い。
リスティアはバスに乗る前に実家へ連絡を入れていたらしく、訪問自体に問題はないらしい。
──だが、この景色。
思っていたのと……何かが違う。
バス停の壁にかかっている“エルフわた”と書かれたホーロー看板が、やけに郷愁を誘ってくる。
どこかで見たような、昭和風味の田舎──
俺の脳内にあった「幻想的な森の暮らし」のビジュアルとは、明らかにズレていた。
そんな中──
「ねーちゃーん!」
道の向こうから、元気な声が響いた。
見ると、エルフの子供たちが数人、こちらに向かって駆けてくる。
白シャツに、半ズボン。
……うーん。
俺のいた世界の基準でも、ちょっと古いな。
「みんなー、ただいま!」
リスティアも満面の笑みで応じる。
わあっと子供たちが一斉に駆け寄り、あっという間に取り囲まれていた。
ゼファスは眼鏡のブリッジを押さえながら、静かに呟く。
「さすがは自然との調和を第一とするエルフだ。
こうして慎ましく暮らす姿には──我々機械文明に慣れた魔族としては、心が洗われるな」
……そういうのとはちょっと違う気がするが。
まあ、納得することにした。
***
リスティアの父は──どう見ても、青年というか少年のようだった。
だが、エルフは見た目が若いままらしいから、実年齢はさっぱりわからない。
……羨ましい限りだ。
しかし、その中身はというと──やっぱり“オヤジ”だった。
「いやー、いつも娘がお世話になってます! まま、もう一杯!
おーい、母さん、酒の追加! あと肴も頼む!」
割烹着姿の、麗しいエルフの美女──
リスティアの母が、かいがいしく食卓の支度をしている。
俺は、なんとも言えない気持ちで頭を下げた。
亭主関白のエルフ……。
そして、食卓では子供たちが揚げ物を取り合い、その輪の中にミレーヌがいた。
山盛りの白米に、コロッケを頬張る。
「ほくほくして美味しいです! お刺身も、お箸が止まりません~!」
お前……貴族令嬢だったよな?
そんな彼女を見て、リスティアの母はにっこり微笑む。
「騎士さんのお口に合って嬉しいわ~。
お魚は煮つけもあるから、たくさん召し上がってね」
……なんという包容力だ。
そして、リスティアは映像受信魔導ギアにかじりついていた。
王国にいると、この手のメディアにはまず触れられない。俺もつい、画面に見入ってしまう。
番組は、なんてことのない歌番組だった。
だが、途中で邪神カンパニーのCMが映し出された瞬間──
「……月額980G? 何をどうやったら、そんな価格が成立する」
ゼファスの眉がピクリと動き、低く呟いた。
そのトーンは、まるで重大インシデントでも起きたかのようだった。
すると、近くにいた子どもの一人が反応する。
「ねえ、それクラスのみんな持ってるんだよ。
いま、邪神カンパニーのギアって、すっごく流行ってるの。
安いし、ずっと使ってても途切れないんだって!」
ほう。
魔導ギアの使用には、通常“精霊エネルギー”の供給制限があるはずだ。
過剰使用を防ぐため、一定時間ごとに“クールタイム”が必要になると聞いていた。
それがない──というのは、正直なところ、なかなか便利そうじゃないか。
……いや、ちょっと待て。
ゼファスとリスティアの表情が、同時にピンと張りつめる。
けれど、団らんの雰囲気を壊すまいと、ふたりとも何も言わない。
黙って、画面を見つめている。
そんな中──
「邪神カンパニーを辞めるって聞いたときは、耳を疑いましたけどねぇ」
親父が、ニコニコしながら口を開いた。
だいぶ酔いが回ってきているな。
「まあ、女ですからね。
適当に勤めて、若いうちに嫁に行くのがいちばん幸せですわ」
……おい。
発言が問題だらけじゃないか。
しかし、リスティアは慣れている様子でスルー。
それもそれで怖いが。
そして、奥の座敷ではミレーヌと子供たちがトランプに興じていた。
こいつの適応力には、ほんとに驚かされる。
ある意味──この旅をいちばん満喫しているのは、彼女なのかもしれない。
一方そのころ、俺とゼファスはというと──
親父にさんざん酒を注がれ、応戦するうちにすっかり酔いが回り、用意された布団に、崩れるように倒れ込んだ。
***
その夜──
不意に目が覚めた。
まだ少し頭が重いが、盗賊団首領の肝臓は強い。
周囲は静かだった。
ゼファスも、ミレーヌも、みな寝息をたてている。
水でも飲もうかと身を起こしたとき──
隣の居間から、小さな声が聞こえてきた。
「……ごめんね、お母さん。突然帰ってきて。それに、会社も辞めちゃって」
リスティアの声だった。
今度は母親の声が返ってくる。
「ううん、全然。
分かってると思うけど……お父さんの言うことは、気にしなくていいからね。
それに……お母さんも思ってたの。
精霊さんたちのことを考えると、やっぱり──邪神カンパニーは、ちょっとどうかなって……」
しばらく沈黙があって、
それから、リスティアの笑い声がこぼれた。
「お母さんも、精霊契約術師だもんね。
ほんと、凄いのに勿体ないな~。今からでも、うちに来ない?
まだ立ち上げたばっかりだけど……絶対、伸びるから!」
──あの美人母も、相当な使い手なのか。
ぜひとも勧誘したいところだが……。
まあ、無理だろうな。
家庭の匂いが漂うこの空間は、俺たちの“戦場”とはまるで違う。
その、どこまでもやさしい空気のなかで──
俺は、そっと布団に身を戻した。
……これが、“エルフの里”か。
母子の静かな声を聞きながら、
俺はふと、以前いた世界の“実家”を思い出していた。
だが──
「せっかくエルフ国に来たんだし、一泊くらい……ね?」
と、リスティアがさりげなく提案してくる。
まあ、久しぶりの里帰りだ。
その気持ちは分からなくもない。
……と思っているうちに、隣でミレーヌが無言の圧をかけてくる。
視線が痛い。
断れる雰囲気ではなかった。
俺がしぶしぶ首を縦に振ると、リスティアはぱっと笑顔を見せた。
「じゃあ、実家があるエルフの里に案内するよ~。
うち、ちょっと狭いけど、お客様は大歓迎だから」
エルフの里とは、どうやらエルフ国の中でも特に自然を愛する一族が住む地域らしい。
正直、他人の家に上がるのはあまり気乗りしない。
とはいえ、好意を無碍にするのも気が引ける。
俺とゼファスは顔を見合わせるが──
その横で、ミレーヌはすっかり舞い上がっていた。
「えっ、ほんとですか!? エルフのお家に行けるなんて!!」
目をキラキラと輝かせている。
このテンション、もう止められそうになかった。
……とはいえ、俺もちょっとだけ興味はある。
あれだ、ファンタジーの世界でエルフの里といえば──
巨大な世界樹とかに、ツリーハウスみたいな家を構えてるやつだよな?
食卓には、狩りの獲物と森の果物、そして葡萄酒。
なんだか、少しだけワクワクしてきた。
「いいのか? じゃあ、お言葉に甘えようかな」
俺とゼファスは、顔を見合わせて頷いた。
「やった! ここからちょっと遠いけど、そんなに時間かからないから!」
リスティアはにっこりと、そう言ったのだった。
***
“そんなに時間かからない”とは、いったい何基準だったのだろうか。
あれから俺たちは、二時間に一本という超不便なバス型魔導ギアに、ひたすら揺られ続けている。
座席は硬いし、車内は寒いし、やたら振動する。
しかも、道は狭くて蛇行している。
そんな中、リスティアはというと──
「お父さん、これ好きだから~」と箱ごと買い込んだ缶ビールや、山ほどのお土産を網棚に乗せて、呑気に口を開けて寝ている。
……葡萄酒じゃないのか?
ふと隣を見ると、ゼファスは青い顔で目を閉じていた。
まあ、そうだろうな。俺は乗り物に弱い方ではないが、それでもこれはけっこう厳しい。
「おい、ミレーヌ、大丈夫か?」
声をかけると、ミレーヌは魂が抜けたような顔でこちらを見た。
だが、その口元には、かすかに気力が宿っている。
「これくらい……クラリス教官の訓練に比べたら……」
比較対象が間違っている気もするが、妙に説得力はあった。
こうして、ローカルバスの旅はまだまだ続いた。
***
そして──
終点のバス停で、俺たちは降ろされた。
周囲には街灯すらなく、一面に田んぼが広がっている。
あたりには、蛙の鳴き声がやたらとうるさく響いていた。
西の空には、夕暮れの光がかろうじて残っている。
だが地面近くは、もうすっかり薄暗い。
リスティアはバスに乗る前に実家へ連絡を入れていたらしく、訪問自体に問題はないらしい。
──だが、この景色。
思っていたのと……何かが違う。
バス停の壁にかかっている“エルフわた”と書かれたホーロー看板が、やけに郷愁を誘ってくる。
どこかで見たような、昭和風味の田舎──
俺の脳内にあった「幻想的な森の暮らし」のビジュアルとは、明らかにズレていた。
そんな中──
「ねーちゃーん!」
道の向こうから、元気な声が響いた。
見ると、エルフの子供たちが数人、こちらに向かって駆けてくる。
白シャツに、半ズボン。
……うーん。
俺のいた世界の基準でも、ちょっと古いな。
「みんなー、ただいま!」
リスティアも満面の笑みで応じる。
わあっと子供たちが一斉に駆け寄り、あっという間に取り囲まれていた。
ゼファスは眼鏡のブリッジを押さえながら、静かに呟く。
「さすがは自然との調和を第一とするエルフだ。
こうして慎ましく暮らす姿には──我々機械文明に慣れた魔族としては、心が洗われるな」
……そういうのとはちょっと違う気がするが。
まあ、納得することにした。
***
リスティアの父は──どう見ても、青年というか少年のようだった。
だが、エルフは見た目が若いままらしいから、実年齢はさっぱりわからない。
……羨ましい限りだ。
しかし、その中身はというと──やっぱり“オヤジ”だった。
「いやー、いつも娘がお世話になってます! まま、もう一杯!
おーい、母さん、酒の追加! あと肴も頼む!」
割烹着姿の、麗しいエルフの美女──
リスティアの母が、かいがいしく食卓の支度をしている。
俺は、なんとも言えない気持ちで頭を下げた。
亭主関白のエルフ……。
そして、食卓では子供たちが揚げ物を取り合い、その輪の中にミレーヌがいた。
山盛りの白米に、コロッケを頬張る。
「ほくほくして美味しいです! お刺身も、お箸が止まりません~!」
お前……貴族令嬢だったよな?
そんな彼女を見て、リスティアの母はにっこり微笑む。
「騎士さんのお口に合って嬉しいわ~。
お魚は煮つけもあるから、たくさん召し上がってね」
……なんという包容力だ。
そして、リスティアは映像受信魔導ギアにかじりついていた。
王国にいると、この手のメディアにはまず触れられない。俺もつい、画面に見入ってしまう。
番組は、なんてことのない歌番組だった。
だが、途中で邪神カンパニーのCMが映し出された瞬間──
「……月額980G? 何をどうやったら、そんな価格が成立する」
ゼファスの眉がピクリと動き、低く呟いた。
そのトーンは、まるで重大インシデントでも起きたかのようだった。
すると、近くにいた子どもの一人が反応する。
「ねえ、それクラスのみんな持ってるんだよ。
いま、邪神カンパニーのギアって、すっごく流行ってるの。
安いし、ずっと使ってても途切れないんだって!」
ほう。
魔導ギアの使用には、通常“精霊エネルギー”の供給制限があるはずだ。
過剰使用を防ぐため、一定時間ごとに“クールタイム”が必要になると聞いていた。
それがない──というのは、正直なところ、なかなか便利そうじゃないか。
……いや、ちょっと待て。
ゼファスとリスティアの表情が、同時にピンと張りつめる。
けれど、団らんの雰囲気を壊すまいと、ふたりとも何も言わない。
黙って、画面を見つめている。
そんな中──
「邪神カンパニーを辞めるって聞いたときは、耳を疑いましたけどねぇ」
親父が、ニコニコしながら口を開いた。
だいぶ酔いが回ってきているな。
「まあ、女ですからね。
適当に勤めて、若いうちに嫁に行くのがいちばん幸せですわ」
……おい。
発言が問題だらけじゃないか。
しかし、リスティアは慣れている様子でスルー。
それもそれで怖いが。
そして、奥の座敷ではミレーヌと子供たちがトランプに興じていた。
こいつの適応力には、ほんとに驚かされる。
ある意味──この旅をいちばん満喫しているのは、彼女なのかもしれない。
一方そのころ、俺とゼファスはというと──
親父にさんざん酒を注がれ、応戦するうちにすっかり酔いが回り、用意された布団に、崩れるように倒れ込んだ。
***
その夜──
不意に目が覚めた。
まだ少し頭が重いが、盗賊団首領の肝臓は強い。
周囲は静かだった。
ゼファスも、ミレーヌも、みな寝息をたてている。
水でも飲もうかと身を起こしたとき──
隣の居間から、小さな声が聞こえてきた。
「……ごめんね、お母さん。突然帰ってきて。それに、会社も辞めちゃって」
リスティアの声だった。
今度は母親の声が返ってくる。
「ううん、全然。
分かってると思うけど……お父さんの言うことは、気にしなくていいからね。
それに……お母さんも思ってたの。
精霊さんたちのことを考えると、やっぱり──邪神カンパニーは、ちょっとどうかなって……」
しばらく沈黙があって、
それから、リスティアの笑い声がこぼれた。
「お母さんも、精霊契約術師だもんね。
ほんと、凄いのに勿体ないな~。今からでも、うちに来ない?
まだ立ち上げたばっかりだけど……絶対、伸びるから!」
──あの美人母も、相当な使い手なのか。
ぜひとも勧誘したいところだが……。
まあ、無理だろうな。
家庭の匂いが漂うこの空間は、俺たちの“戦場”とはまるで違う。
その、どこまでもやさしい空気のなかで──
俺は、そっと布団に身を戻した。
……これが、“エルフの里”か。
母子の静かな声を聞きながら、
俺はふと、以前いた世界の“実家”を思い出していた。
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