銀翼のシャリオ ―転生盗賊団長、ホワイト改革で破滅エンドを回避する―

白猫商工会

文字の大きさ
110 / 163
第6章

第21話 王国への帰還

しおりを挟む
俺たちはふたたびWSO本部を訪れ、エルフの里の精霊との契約申請を済ませたあと、バス停でハルニーアと別れることになった。

ハルニーアは、ぺこりと頭を下げて言う。

「本当に……ありがとうございました。
王国でも、精霊様のこと、よろしくお願いしますね」

それから、リスティアの前に立ち、少し声を落とす。

「リーちゃんも……ありがとう。
あの人たちのことなんだけど……大丈夫、だよね?」

──脅された当人なのに、なお相手を気遣うとは。優しい子だ。

だが、そんなハルニーアの問いかけに、リスティアはケロッとした顔で、あっさり答えた。

「あー、平気平気。あれはね、“警告”ってやつ」

……どう見ても、天誅だったが。

「落ちる前に、自己治癒魔法をかけておいたから大丈夫~! 完全に再生できちゃうんだから」

大丈夫なわけがない。なぜ少し誇らしげなんだ。

「お母さんだったら、石の中に転送してたよ? 私は優しいからね~」

──基準がおかしい。

俺はだんだん頭が痛くなってきた。

しかも、ここに来る途中で見かけた無残に崩壊した建物──あれも気になる。
どこまで冗談で、どこからが本気なのか、まったく判別がつかない。

そして、すでにエルフの里には連絡が届いており、今ごろは“救助活動”という名目の山狩りが始まっているはずだ。

──あの美人母に捕まったら、それこそただでは済まないだろう。

このまま遠くへ逃げて、二度と戻ってこないことを祈るばかりだ。
俺は、彼らの無事を──心の中で、そっと願った。

ハルニーアは、少し引きつった笑みを浮かべながら、最後に俺たちへ一礼すると、静かにバスへと乗り込む。

名残惜しげに車窓から手を振る彼女に、リスティアは両手をぶんぶんと元気に振って応えた。

ガタガタと音を立てながら、バスはゆっくりと遠ざかっていく。

見送りが終わると、俺たちも帰路へと歩き出した。

***

帰りの列車のボックス席で、俺はふと思い立って正面のミレーヌに話を振った。

「なあ、戻ったら──改革とやら、始めるのか?」

ミレーヌは窓の外に視線を向けたまま、小さくうなずく。

「ええ……。でも、まずはアイツをなんとかしないと、難しいでしょうね」

──ガーランド。

名前は聞き覚えがあった。ゲーム本編でも一応は登場していたが、端役のモブに毛が生えたような存在だった。
それが今では、ヴァルトと組んで王国の体制側に立っている、か。

思い返せば、最初のレオン戦で聖剣を持ち出したのも──あれは、やつの仕業だろうな。

俺がそのことを口にすると、ミレーヌが考え込む。

──おや、食いついたか。

なんにせよ、改革の糸口になるかもしれない。情報は多いに越したことはない。

しばらく沈黙が流れた後、ミレーヌはゆっくりと俺の方へ顔を向けた。

その視線は確信に満ちていた。

「あなた……やっぱり、ただの盗賊じゃないわね」

魔族に、エルフ。
さらにはWSOまで巻き込み──王国の産業復興。

「本気なのは、この旅でよくわかったわ」

その言葉には、信頼が宿っていた。

討伐ルート──少なくとも、騎士団からのそれは、もう確率が低いと思う。
だが、こうして理解者が一人でもいてくれるのは、素直にありがたかった。

そう、少しだけ気を緩めたそのときだった。

ミレーヌはすっと背筋を伸ばし、妙に堂々とした口調で言い放つ。

「そういうわけで──あなたたちも、ベアトリス様に尽くすことを“私が許可”するわ」

……はあ?

一瞬、思考がフリーズする。

何を言っているんだこいつは──と目を点にしている俺をよそに、ミレーヌはさらなる電波を発信し始めた。

「ベアトリス様は、いずれ王国の頂点に立たれる方。間違いなく、歴史に名を刻む存在よ。
その力になれるなんて──これ以上の光栄がある?」

気づけば、現国王がいないことになっていた。

そして、彼女の目には興奮と熱狂が渦巻いている。

──乙女ゲームにあるまじき危険思想。
やっぱり、こいつはこういうやつだ。

しかし、俺には俺の筋がある。付き合う義理はなかった。

「いや、その……俺はアリサをだな──」

言いかけた、その瞬間。
それまでの雰囲気から一転、ミレーヌの瞳が黒目だけに変わり、その顔に暗い陰がさす。

咄嗟とっさに、俺は言葉を飲み込む。

……これはまずい。
86の刺殺エンドが、脳裏をよぎった。

完全にヘビに睨まれたカエル状態。
だが、そんな空気を読んだのか、隣の席のゼファスがさりげなく口を開く。

「ベアトリス卿のことは存じているよ。精霊の間でも、なかなかの有名人だからな。
なあ同志よ、協力関係を築くのは悪くないのでは。
──ただし、我々は民間組織。上下関係はご容赦願いたいがね」

そのひと言に、ミレーヌの表情がぱあっと明るくなる。

「もちろんよ! わかってる、そういうのって大事よね!」

──さっきの“尽くすことを許す”発言は、完全になかったことになっている。調子のいいやつだ。

だが次の瞬間、ミレーヌの目がじっと俺を見据える。

「でも、なんでそこまでアリサにこだわるの?
あなたたち、関係があるようには見えないけど」

……もっともな疑問だ。だが、それに答えるわけにはいかない。

「それは……言えない。
ただひとつだけ言えるのは──そちらに協力することは構わない。でも、それでも俺はアリサの味方だ」

言外に「これ以上は踏み込まないでくれ」と滲ませながらも、目は合わせられなかった。怖いし。

ミレーヌは、面白くなさそうな顔をしたが──

「……まあ、いいわ」と、あっさりと折れた。

──助かった。

しかし、ものはついでだ。ここでアリサのことを聞いておきたかった。

「なあ。アリサの方は、この先どうするつもりなんだ?」

ミレーヌは、ふいっと視線を逸らし、車窓の外を見つめる。

「さあ……。何も考えてないみたいだったけど」

わざとなのか、ほんとうに知らないのか。 その声音こわねは、どこか引っかかるものがあった。

だが次の瞬間、彼女はくるりとこちらを振り向き、にこりと笑う。

「でも──そんなに気になるなら、これからも動きを教えてあげてもいいわよ?」

そして、意味深に口角を上げる。

「だから……いろいろ協力しましょう?」

その目には、駆け引きの光が宿っていた。

続けてミレーヌは、隣の席で口を開けて眠っているリスティアに熱い眼差しを向けた。

「精霊契約……実際に見るのは初めてだったけど、素晴らしい魔法だわ。
それに、あなたが話してくれたゴーレムとかいう魔導ギア。にわかには信じがたいけど……。嘘じゃないってことは分かる」

低い笑い声に、隠しきれない下心が漏れる。
──利用する気、満々だな。

……正直、こいつの狂気には不安しかない。
だが、ベアトリスへの忠誠だけは本物だ。

今の体制に風穴を開けるというのなら、協力を断る理由はない。

とはいえ。

ベアトリス本人の知らぬところで、WSOでは勝手に“名代”を名乗り、そのうえ盗賊団と手を結ぶとは。

あの、お姉様騎士の苦労が、しみじみと偲ばれた。

***

──王都騎士団、執務棟。ベアトリスの執務室。

静かな午後。カーテン越しに揺れる陽光の中、セリーナは額に手を当て、小さくため息をついた。

「……今日も、ミレーヌからの連絡はありません」

淡々とした報告。しかし、その声には、微かに怒気が滲んでいる。

対するベアトリスは、苦笑を浮かべていた。

「レイラさんが“心配いらない”って言ってたから……信じてあげましょう。ね?」

盗賊団のボスが外国へ行という話を聞いて、無理に同行を希望したのは彼女自身だという。

細かい報告はミレーヌから。
短い手紙を残して、レイラは潜伏していた。

あの吹っ切れたミレーヌなら、外国と聞けば後先考えずに行動するであろうことは容易に想像できた。

セリーナはもう一度、深く息を吐く。

「……あの子。導いてほしいって、あんなふうに言っておきながら、結局は勝手に突っ走って」

呆れと心配が、綯い交ぜになった声音だった。

そこへ、リュシアンが口を開く。

「セリーナさんの気持ちは分かりますけど……
あの行動力は、きっとこれからの力になりますよ」

(たぶん……)
心の中でそっと付け加えながら、なんとかフォローを試みる。

正直、ここまで自由奔放な性格だとは思っていなかった。
ずっと、“模範的な先輩騎士”だとばかり──そう思っていたのだが。

リュシアンも、ミレーヌには苦笑するしかなかった。

どうしてリュシアンがここにいるのか。
それは──教練の補助が足りなくなったからだ。

ミレーヌの不在で助手が一人減り、その穴埋めとして、声がかかったのだった。
もちろん、フレッドの許可はきちんと得ている。

そうして自然と、ベアトリス──そしてセリーナと過ごす時間が増えていった。

気づけば、その穏やかな空気に、居心地のよさすら感じるようになっていた。

ベアトリスの博識さに触れるたび、感嘆の念を覚える。

けれど、それ以上に──
本を愛するセリーナとの時間が、何よりも楽しかった。

同じ本を読み、互いの感想を語り合う。
それだけで、不思議と心がほどけていく。

気づけば、話は尽きることなく続いていた。

アリサたち小隊の仲間と過ごす時間とはまるで違う。
けれど、リュシアンにとっては、どちらもかけがえのないものになっていた。

──そして、彼の静かな日常の裏側で。
事態は、思いもよらぬ方向へと、ゆっくり動き出していた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】辺境の魔法使い この世界に翻弄される

秋.水
ファンタジー
記憶を無くした主人公は魔法使い。しかし目立つ事や面倒な事が嫌い。それでも次々増える家族を守るため、必死にトラブルを回避して、目立たないようにあの手この手を使っているうちに、自分がかなりヤバい立場に立たされている事を知ってしまう。しかも異種族ハーレムの主人公なのにDTでEDだったりして大変な生活が続いていく。最後には世界が・・・・。まったり系異種族ハーレムもの?です。

優の異世界ごはん日記

風待 結
ファンタジー
月森優はちょっと料理が得意な普通の高校生。 ある日、帰り道で謎の光に包まれて見知らぬ森に転移してしまう。 未知の世界で飢えと恐怖に直面した優は、弓使いの少女・リナと出会う。 彼女の導きで村へ向かう道中、優は「料理のスキル」がこの世界でも通用すると気づく。 モンスターの肉や珍しい食材を使い、異世界で新たな居場所を作る冒険が始まる。

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

『三度目の滅びを阻止せよ ―サラリーマン係長の異世界再建記―』

KAORUwithAI
ファンタジー
45歳、胃薬が手放せない大手総合商社営業部係長・佐藤悠真。 ある日、横断歩道で子供を助け、トラックに轢かれて死んでしまう。 目を覚ますと、目の前に現れたのは“おじさんっぽい神”。 「この世界を何とかしてほしい」と頼まれるが、悠真は「ただのサラリーマンに何ができる」と拒否。 しかし神は、「ならこの世界は三度目の滅びで終わりだな」と冷徹に突き放す。 結局、悠真は渋々承諾。 与えられたのは“現実知識”と“ワールドサーチ”――地球の知識すら検索できる探索魔法。 さらに肉体は20歳に若返り、滅びかけの異世界に送り込まれた。 衛生観念もなく、食糧も乏しく、二度の滅びで人々は絶望の淵にある。 だが、係長として培った経験と知識を武器に、悠真は人々をまとめ、再び世界を立て直そうと奮闘する。 ――これは、“三度目の滅び”を阻止するために挑む、ひとりの中年係長の異世界再建記である。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~

きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。 前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...