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第6章
第24話 幕間6
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その遺跡は、長い年月を地下深くで眠り続けていた。
かつての古代都市は、巨大な石壁に囲まれたまま、今なお当時の姿を完璧に保っている。
過去には幾多の冒険者が、未知の宝を求めてこの地に挑んだが──
いまだ誰一人として、遺跡の核心に辿り着いた者はいない。
都市の入口は、ただひとつ。
厚く冷たい門扉が、拒むように立ちはだかっていた。
その前で、ふたつの影が足を止める。
「やっぱり、閉じていますね……」
声の主は、ブラック冒険者ギルドの受付嬢──エミリア。
栗色のなめらかなセミロングの髪を後ろでひとつにまとめ、いつもの事務服から、機能性重視の軽装に着替えていた。
携行式のランタンが門を照らす。
それでも、髪の毛一本通さぬほど密閉された扉は、微動だにしない。
エミリアが軽く肩をすくめたそのとき──
背後から、場違いなほど明るい声がかかった。
「いやあ、壮観!
ここ、ほんとに未踏の地? 人類のロマンってやつ?」
スーツ姿のまま、軽口を叩きながら歩み寄る男。
邪神カンパニーの法人営業・フェリクスだった。
あまりにも場違いなその装いは、この暗くひんやりとした空間で一層浮いて見える。
彼は興味津々といった様子で扉を眺め、愉快そうに言葉を続けた。
「王国も、なかなかいい観光資源持ってんじゃん。
これ、世界中からバンバン人呼べるって!
ちゃんと宿泊施設とか建ててさ──」
手ぶりを交えながら、話しを続ける。
「うちの系列に不動産扱ってる会社があって──知り合いが田舎エルフ相手に開発やってるんだけど、こっちも儲かるって教えてやらないと……」
しかしフェリクスは、そこでふと渋い顔になる。
「……でも、開かないんでしょ?」
エミリアは形の良い顎に指を添え、視線を門へと向けたまま、静かに言葉を発した。
「つい最近、誰かがこの門の封印を一時的に解いたそうです。
──ギルド長が、お得意先の精霊さんから聞いたので、間違いないかと」
それを聞いたフェリクスは、わざとらしいほど目を見開き、半笑いで返す。
「精霊さんと会話!?
あの人にそんなロマンチックな才能、あったんだ」
エミリアは、にこりと微笑むと、さらりと言った。
「ギルド長は、すっごく乙女なんですよ?」
フェリクスは、困ったように笑いながら肩をすくめる。
「まあ……いいけどね……」
──と、そのときだった。
都市の上空で、眩い閃光が弾けたかと思うと、何かが爆ぜ、燃え上がる火の玉が遠くに落ちていった。
フェリクスが目を細めながら問う。
「……あの燃えてるの、君んとこの冒険者じゃないの? 大丈夫?」
エミリアは、表情を一切崩さず、微笑を浮かべている。
「上空の結界の方は、もしかしたら解けてるかなーと思ったんですけど……。
まあ、トライアンドエラーってやつです」
「エラーが即・終了なんだけど」
「それが、冒険者の宿命ですから」
淀みなく即答。
フェリクスは眉をひそめ、ひとつだけ小さくため息をついた。
エミリアはそのまま視線を門の壁へと向ける。
「壁に扉を開く“鍵”について書かれているらしいんですが……」
彼女がランタンを掲げると、足元の地面で何かが反射した。
しゃがみこみ、それをそっと拾い上げると、背後から飄々とした声。
「なにそれ? ラインストーン? こんなところにオシャレさんが来たのかな?」
その軽口に、エミリアは振り返る。
瞳に冷たい光を宿しながら、柔らかく微笑んだ。
「……地上に戻りましょう。“鍵”、見つかるかもしれません」
フェリクスは、にわかに笑顔を浮かべ、軽やかな足取りで歩き出す。
その背に続きながら、エミリアはぽつりと何か呟いた。
ぴたりと足を止め、フェリクスが振り向く。
「……え? ミアって誰?」
「いえ、何でも?」
にこりと笑った彼女の表情は、いつもの完璧な受付嬢のそれだった。
かつての古代都市は、巨大な石壁に囲まれたまま、今なお当時の姿を完璧に保っている。
過去には幾多の冒険者が、未知の宝を求めてこの地に挑んだが──
いまだ誰一人として、遺跡の核心に辿り着いた者はいない。
都市の入口は、ただひとつ。
厚く冷たい門扉が、拒むように立ちはだかっていた。
その前で、ふたつの影が足を止める。
「やっぱり、閉じていますね……」
声の主は、ブラック冒険者ギルドの受付嬢──エミリア。
栗色のなめらかなセミロングの髪を後ろでひとつにまとめ、いつもの事務服から、機能性重視の軽装に着替えていた。
携行式のランタンが門を照らす。
それでも、髪の毛一本通さぬほど密閉された扉は、微動だにしない。
エミリアが軽く肩をすくめたそのとき──
背後から、場違いなほど明るい声がかかった。
「いやあ、壮観!
ここ、ほんとに未踏の地? 人類のロマンってやつ?」
スーツ姿のまま、軽口を叩きながら歩み寄る男。
邪神カンパニーの法人営業・フェリクスだった。
あまりにも場違いなその装いは、この暗くひんやりとした空間で一層浮いて見える。
彼は興味津々といった様子で扉を眺め、愉快そうに言葉を続けた。
「王国も、なかなかいい観光資源持ってんじゃん。
これ、世界中からバンバン人呼べるって!
ちゃんと宿泊施設とか建ててさ──」
手ぶりを交えながら、話しを続ける。
「うちの系列に不動産扱ってる会社があって──知り合いが田舎エルフ相手に開発やってるんだけど、こっちも儲かるって教えてやらないと……」
しかしフェリクスは、そこでふと渋い顔になる。
「……でも、開かないんでしょ?」
エミリアは形の良い顎に指を添え、視線を門へと向けたまま、静かに言葉を発した。
「つい最近、誰かがこの門の封印を一時的に解いたそうです。
──ギルド長が、お得意先の精霊さんから聞いたので、間違いないかと」
それを聞いたフェリクスは、わざとらしいほど目を見開き、半笑いで返す。
「精霊さんと会話!?
あの人にそんなロマンチックな才能、あったんだ」
エミリアは、にこりと微笑むと、さらりと言った。
「ギルド長は、すっごく乙女なんですよ?」
フェリクスは、困ったように笑いながら肩をすくめる。
「まあ……いいけどね……」
──と、そのときだった。
都市の上空で、眩い閃光が弾けたかと思うと、何かが爆ぜ、燃え上がる火の玉が遠くに落ちていった。
フェリクスが目を細めながら問う。
「……あの燃えてるの、君んとこの冒険者じゃないの? 大丈夫?」
エミリアは、表情を一切崩さず、微笑を浮かべている。
「上空の結界の方は、もしかしたら解けてるかなーと思ったんですけど……。
まあ、トライアンドエラーってやつです」
「エラーが即・終了なんだけど」
「それが、冒険者の宿命ですから」
淀みなく即答。
フェリクスは眉をひそめ、ひとつだけ小さくため息をついた。
エミリアはそのまま視線を門の壁へと向ける。
「壁に扉を開く“鍵”について書かれているらしいんですが……」
彼女がランタンを掲げると、足元の地面で何かが反射した。
しゃがみこみ、それをそっと拾い上げると、背後から飄々とした声。
「なにそれ? ラインストーン? こんなところにオシャレさんが来たのかな?」
その軽口に、エミリアは振り返る。
瞳に冷たい光を宿しながら、柔らかく微笑んだ。
「……地上に戻りましょう。“鍵”、見つかるかもしれません」
フェリクスは、にわかに笑顔を浮かべ、軽やかな足取りで歩き出す。
その背に続きながら、エミリアはぽつりと何か呟いた。
ぴたりと足を止め、フェリクスが振り向く。
「……え? ミアって誰?」
「いえ、何でも?」
にこりと笑った彼女の表情は、いつもの完璧な受付嬢のそれだった。
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