銀翼のシャリオ ―転生盗賊団長、ホワイト改革で破滅エンドを回避する―

白猫商工会

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第7章

第08話 砦の防衛

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ドワーフ商工会では、盗賊団――いや、いまやホワイトシーフ商会の受け入れ準備が進められていた。

彼らが拠点とする街は、かつて王国の魔導ギア産業が最盛を極めていた頃、商工会の関連会社が林立する企業城下町さながらの賑わいを見せていた。
だが産業の衰退とともに、一気に空洞化し……今では空き物件ばかりが目立つ寂れた街並みとなっていた。

俺は次の拠点となる建物を内見し、満足げに頷いていた。ゼファスを伴っている。

案内役のドランが、自信に満ちた太い声を張る。

「どうだ? 少し古いが、立派なもんだろ。
お前さんたちが来るまでには、リフォームも済ませとくからな」

ゼファスは深々と頭を下げ、落ち着いた声で答える。

「いや、こんな物件を格安でお借りできるとは。本当に助かります。
正直なところ、砦はオフィス利用としてはいささか不適当でしたからな」

それはそうだろう。
砦は事務作業のために作られていないのだから。

それに、この街には閉鎖工場や倉庫も点在している。
素材調達ビジネスの拠点としても、これ以上ない環境に思えた。

俺もドランに感謝を伝えると、彼は笑って手を振った。

「いいってことよ! お前さんたちのビジネスは、わしらのビジネス。そういう関係だろ。
遠慮なんてするんじゃねえよ」

近々行われる盗賊団の“偽装全滅”作戦。
一見すれば危機だが、王国の追及をかわし、新たに「真っ当な企業体」として生まれ変わるための好機でもある。

ドワーフ商工会としても、その再出発を全面的に後押しする構えを固めていた。

……まあ、そう言えば聞こえはいいが。
実態はどう見ても、反社のロンダリングだよな。

だが俺は、それ以上は深く考えないことにした。
この世知辛いファンタジー世界で生きていかなくてはいけないのだ……仕方がない。

気を取りなおしてドランに問いかける。

「精霊炉もそろそろ完成だよな。やっぱりここに拠点を構えるのが正解だな」

「ああ、最終調整中だ。次のやつも着手してるぜ」

俺たちのビジネスの核となる精霊炉――精霊エネルギーを貯蔵し、魔導ギアへ安定的に供給する装置。

これまでは魔導ギアを動かすたび、契約術式を逐一封入しなければならなかった。
エドワルドの領地のギアを稼働させるために、リスティアの弟子のセラとリサが常時張り付いているのも、そのためである。

だが精霊炉が完成すれば、その制約から解放される。
ビジネスの規模も、一気に跳ね上がるだろう。

そうして俺は、挨拶がてらライナのところにも立ち寄ることにした。
ゼファスはこれから業者とオフィスのレイアウトについての打ち合わせだ。

ライナは魔導ギア研究者にして技師。
精霊炉の設計から、農業用ギアの開発まで――ドワーフ商工会の工匠たちの支援があったとはいえ、彼女なしでは到底ここまで来られなかった。

……性格は、まあ、少しアレだが。
それでも俺たちにとっては、間違いなくかけがえのないパートナーである。

***

ゴーレムの格納ドック兼司令室を訪れると、そこにはティナの姿があった。

彼女は、俺がこの世界に転生して最初に助けた契約労働者。
この国では「契約労働者」という名目で、実態は奴隷同然の取引が行われている。
産業基盤の脆弱さゆえ、貴族領内で養いきれない人間を処理する――そんな口減らしの方便として。

俺がビジネスを立ち上げた理由は二つある。
ひとつは盗賊団の仲間が、略奪をしなくても食っていけるようにするため。
そしてもうひとつは、この国の経済力を底上げし、契約労働者制度そのものを不要にするためだ。

ティナの顔を見るたびに――俺はその原点に、立ち返らずにはいられない。

最初の彼女は、団の下働きにすぎなかった。
だが精霊共鳴という特異な力を発揮し、これまで幾度となく俺を助けてくれた。

そして今では、最強のパワードスーツ型魔導ギア『ゴーレム』のオペレーターとして、操縦者ユリィの相棒を務める。
その存在は、もはや最高戦力の一角と呼ぶにふさわしいものとなっていた。

周囲を見渡したが、どうやらライナの姿はない。
俺は代わりに、フライトシミュレーターのような装置――ゴーレム支援システムのシートに腰掛けるティナへ声をかけた。

「ティナ、頑張ってるな」

モニターに向かっていた彼女は、ぱっと顔を上げると、満面の笑みを返してきた。

「団長さん! こんにちは。
今日は新しいお家を見に来たんですよね?
早く皆さんに会いたいなぁ」

……家ではないんだけどな。
まあ、砦は集団生活だったから、ティナにとって職場と住居の区別がついていないのは仕方がない。

「まあな……。で、ゴーレムは順調か?
いろいろ頼んで悪いな」

砦の資産を運び出すにしても、あまり大っぴらにやれば目立ちすぎる。
そこで夜間にこっそりと運搬することにしたのだが、街灯すらない王国では危険が多く、また大勢で動けば怪しまれる。
そのため、暗視装置と索敵システムを搭載したゴーレムに荷車の運搬を任せていた。

ライナには「ユリィは馬車馬ばしゃうまじゃない!」と怒られたが、当のユリィとティナは快く引き受けてくれた。
おかげで本当に助かっている。

「ユリィは、今夜に備えて砦で休んでいます。ライナさんも仮眠中で……。
ゴーレムの方はいま、リスティアさんに小型精霊炉の術式をチェックしてもらっています……」

ティナはそう言うと、ふわっとあくびを漏らした。

「あっ、ごめんなさい!」
慌てて口元を押さえる姿に、思わず笑みがこぼれる。

「いや、ホント悪いな。
落ち着いたら、皆で美味いもの食べようぜ。ホワイトシーフ商会の門出だからな!」

親指を立てて見せると、ティナはにっこりと微笑んだ。

「それに、この間はありがとうな。アリサ、どうだった?」

騎士団メンバーの視察は大好評だったとドランから聞いた。
この国には魔導ギアを見たことがない人間の方が多い。百聞は一見にしかず――俺たちを知ってもらうには一番だ。

「あ、はい。アリサさん、元気いっぱいで素敵な人でした。それに、私と同じ精霊共鳴も持っているって……なんだか嬉しくて」

アリサとティナの共鳴のタイプは違うが、お互い通じ合うものがあったのかもしれない。
俺も嬉しかった。

――しかし、その和やかな空気を裂くように、スピーカーから声が響いた。

リスティアだ。

「ティナ! 聞こえる!?
そっちにいるゼファスと団長に伝えて! 敵襲だって!!」

一瞬、思考が凍りつく。
まさか軍がもう動いたのか……?

だがそんな兆候があれば、国境警備隊のヒルダから必ず連絡が入るはずだ。
彼女は優秀な諜報部隊を率いている。見逃すわけがない。

だとすれば、考えられる敵はひとつ――
ブラック冒険者ギルド。

だが連中のA級冒険者パーティですら、こちらには敵わないと分かっているはず。
……相当な自信があるということか。

「どんなやつが来てる!?」

「あ、団長? えーと……かなり遠隔から撃ってきてるから、姿はまだ分かんないんだけど……。
ねえ、やっちゃっていい?」

リスティアらしい軽さに、一瞬だけ胸をなで下ろす。
だが、油断はできない。

彼女がそこいらの冒険者に負けるとは微塵も思っていない。しかし、砦には非戦闘員もいる。
心配はそこだった。

「なあ、被害状況は? 皆は無事か?」

「怪我人はいないよ。でも……壁に穴が空いちゃって、このままだと危ないかも。
ユリィも起きてきたから、ゴーレムで索敵してもらうね」

一拍置いて、やる気満々の声。

「ねえ、敵見つけたらやっちゃうよ? ドカーンって!」

……すっかり盗賊団に感化されたのか、血の気が多くなってきている。賢者と呼ばれていたはずなんだがな。

現在、他の主だったメンバーは魔獣討伐などで砦を空けている。

レオンたちの襲撃のときは、カレンとレナが間に合ってくれたが……今回はどうなるか分からない。

しかし、ひとりだけ未知数の存在がいる。

魔王。

ゲームでは、魔王と参謀ゼファスこそが最強のツートップだった。
だが、この世界のふたりはずっとビジネスパーソンとしての顔しか見せていない。

あの、品がよく穏やかそうな初老紳士が――戦場でバトルする姿は、とても想像できなかった。

正直、リスティアとゴーレムだけでも過剰戦力だとは思う。
しかし、防衛戦となると手が回らない可能性もある。

俺は恐る恐る聞いてみることにした。

「なあ、そっちに魔王もいるよな。……強いんだろ?」

返ってきたのは、リスティアの呆れ声だった。

「ええー? 魔王様に戦わせる気!? いくつだと思ってるの?」

背後から、ユリィの「ひどーい!」という抗議の声が聞こえてくる。

……まあ、そうだよな。
いまはふたりに砦を託すしかない。

ティナは姿勢を正し、ゴーレムの起動確認を始めていた。
そして、俺に真剣な声を投げかける。

「団長さん、指示をお願いします。
砦のみんなを守りましょう……。ユリィ、装着準備いくよ!」

――いつの間にか。
ティナは、俺の想像以上に成長していた。

いまはピンチなのかもしれない。
だがそれ以上に、胸の高鳴りを抑えきれなかった。
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