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第8章
第15話 あるキャリア女性の悲哀
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王都騎士団には、首都の治安維持を担う実働部隊のほか、会計・庶務・広報などを担うスタッフも存在する。
彼らは「騎士」を名乗ることはなく、職員として扱われていた。
しかしセルジュは、団長付き秘書官に任命された際、特別に上級騎士の称号を授けられていた。
もっとも本人にその自覚はなく、ひっそりと裏方の事務をこなしている方が性に合っていた。
そんな彼女のデスクは、事務職員が集う大部屋の片隅にある。
同じ上級騎士であるベアトリスが広い一室を与えられているのとは大違いだが、特に不満はなかった。
今朝。
セルジュは団長ガーランドから書類の入った封筒を渡された。それをデスクの上に置き、猫背のままじっと俯いていた。
落ちた前髪に隠れて、周囲からは表情が見えない。
だが、その目は封筒に焦点を合わせていなかった。
思い出すのは、あの休暇の日の光景――ガーランドとヴァルト、そして大臣マルセル。
妙に軽い調子の若い男は「商談」と言っていた。
あれは何の話だったのか。この封筒に関係しているのだろうか。
確認したいような、関わりになりたくないような。
そんな相反する気持ちがせめぎ合い、どうしても手をつける気になれなかった。
本来なら、あの後の食事は楽しいものになるはずだった。
だが、せっかくの料理も砂を噛むようで。
ベアトリスが無理に笑顔を作っていたから、自分も雰囲気を壊すまいと努めただけ――それが精いっぱいだった。
セルジュはデスクの引き出しをそっと開け、封筒をしまい込んだ。
団長直々に渡された以上、処理をしないわけにはいかない。だがその前に、少しばかり気分転換する必要がある気がした。
騎士団一級兵装の持ち出しは、確かに問題ではある。
だが「ヴィエール隊を全滅させた盗賊団の被害を拡大しないための緊急措置だった」と言い張れば。
苦しいながらも、理解を示す古参騎士がまったくいないわけではない……たぶん……かもしれない。
それが回復不能な失点となるのかどうか――正直、彼女には分からなかった。
だが、ブラック冒険者ギルドで受付嬢エミリアからそれとなく示唆された言葉。
団長とヴァルトの関係。
まだ確証などない。
だが、もしセルジュが考えている最悪の関係性が事実だとすれば……一級兵装の持ち出しどころの話ではない。
それは王都騎士団を揺るがす一大スキャンダルであり、ことによってはこの国全体をも巻き込みかねない。
とても一人で抱えきれるものではなかった。
しかし、誰かと共有すると言っても……。
あの日、団長の護衛にアラヴィスがついていたことから、彼は「そっち側」なのだと思う。
あの飄々とした、人当たりのよい青年騎士が、とてもそんな風には見えない。
だが、彼はセルジュには理解できない論理で動いているのだろう。
どちらにせよ、相談できる相手ではなかった。
となると、必然的に話の持って行き先はベアトリスということになる。
だが、やはり確証もない話で団長を陥れるような真似は抵抗があった。
──自分のような、何の取り柄もない人間を取り立ててくれた恩義は、決して忘れてはいないのだ。
セルジュは重い足取りで食堂へ向かい、頭を切り替えるためにセルフサービスのコーヒーを注文した。
湯気の立つカップを持って席に腰を下ろすと、どっと疲れが押し寄せる。
あの日。
ミレーヌがコーヒーをそっと目の前に置き、何も聞かずに励ましてくれたことが、妙に嬉しかった。
こんなとき、彼女がいてくれたら。
ふと、そんなことを考えてしまう。
……実際に目の前にいたとしても、どうしてよいのか分からないのに。
そんな背中に、不意に声がかかった。
「あれー、サボってんだ? まあ、ぼちぼち息抜きしないとねー」
顔を上げると、ミアがどかっと向かいの椅子に腰を下ろしていた。
その姿を見た瞬間、脳裏に別の声が蘇る。
“セルジュさんが協力してくれるなら、私もいろいろと教えてあげますよ。ね?”
エミリア。
彼女の言葉は、どこか妖しい確信に満ちていた。事実が掴めるかもしれない。
だが――「ミアを探している」という目的は何だったのか。
ただの失踪者を案じているようには、とても見えなかった。
ならば、こちらからそれとなく探ってみるしかない。
セルジュは息を整え、わざと当たり障りのない言葉を選んだ。
「お……お疲れさまです、先生。
午前中の……魔法講座……その、満席で……すごいですね……」
最近はミア相手に緊張することはなくなっていた。
それなのに、いざ言葉にしてみると舌がもつれ、ぎこちなくなるのだった。
だがミアは、気にした様子もなく肩をすくめる。
「まあねー。魔法って人気あるから。
冒険者やってたころは精霊契約術式なんて使えなかったけど、やっぱ憧れだったしー」
セルジュは一拍置いて、遠回しに切り込んでみる。
「そ……そうなんですか。
その、冒険者って……あの……ブラック冒険者ギルド……で、ですよね?」
ブラック冒険者ギルドの悪評は、実のところ騎士団内ではそれほど知られていなかった。
王都から少し離れた都市に拠点を構えていること、そして表向きは大手の冒険者ギルドとして体裁を整えていたからだ。
ミアも特に気にすることなく、親しくなった人間には元・所属を口にしていた。
「そうだけどー?
まあ、上級騎士様が関わるような場所じゃないって。ほんっと、扱い鬼エグいしー」
ミアは手を振って、軽い調子で笑ってみせる。
あけすけな態度。
まるで「悪評なんて知ってても関係ない」と言わんばかりだった。
セルジュは核心に踏み込む前に、ぬるくなったコーヒーを一口含む。
ごくり、と鳴った喉の音が、やけに大きく響いた気がした。
「あ……あの。私……その、エミリアさんって人……知ってて」
その名を出した瞬間、ミアの眉がピクリと上がる。
「へぇ? 意外ぃー。
セルジュっちも、見かけによらずいろいろやってんだ。
エミリアさん、美人だよねー。ギルド長はおっかないんだけどさー」
――エミリアの策略で黒い精霊の力を使わされ、精神と記憶の一部を対価として抜かれた過去。
幸い、カレンとレナのおかげで、抜かれたのはごく一部に留まったのだが、あれを常用していたら廃人になっていた危険性もあった。
そんなことを忘れてしまったのか、それとも元から細かいことなど気にしない性格なのか。ミアの反応は、あっけらかんとしたものだった。
セルジュは意を決して口を開く。
「それで……先生のことを……探してるって……以前、エミリアさんが。
最近、その……思い出して……」
言い淀みながらも告げる。
ここで、もしミアの口から「ブラック冒険者ギルドとはもう関わり合いになりたくない」という言葉が聞ければ――それで話を終えるつもりだった。
だが。
そうであって欲しい気持ちと、そうなればこれ以上の手立てを失う不安とが、胸の奥でせめぎ合っていた。
「そうなんだー。じゃあ、エミリアさんに今度会ったらよろしく言っといてー」
ヘラヘラと、いつもと変わらない笑顔。
そのとき、食堂にセリーナが姿を現す。
静かな怒気をまとい、冷たい声音が落ちる。
「先生。次の講座はとっくに始まっています。
それと……リュシアンをいつまでも自習させないで、ちゃんと教えていただけます?」
そう言うや、セルジュに軽く頭を下げてミアの背後から襟首をつかむ。
あの休暇以来、打ち解けたのか――セリーナは上官の前でもミアの調教に一切手を抜かなくなっていた。
「あー、もう。自分で歩けるってばー」
ぶつぶつ文句を言いながら、ミアはずるずると引きずられていく。
食堂に残ったセルジュの耳に、彼女の声が小さく遠ざかっていった。
――あれは、「居場所を教えてもいい」ということ?
思考が渦を巻き、セルジュの心はますます複雑に絡まっていった。
……ぐずぐずと決断できない、どっちつかず。
つくづく自分の性格が嫌になる。
来たときと同様、重い足取りでデスクに戻るのであった。
***
意を決して封を切った書類。
内容自体は想定外だが、やはり――という方向性だった。
騎士団の装備品刷新。
近々、法改正によって魔導ギアの輸入が限定的に解禁されることは聞いていた。
そして、その相手先企業。
邪神カンパニー。
おそらく、あの日見た調子のよさそうな若い男の会社だろう。
調達要件の文面には具体名こそなかった。
「条件に合致するサプライヤーから」とあるだけだ。
だが――他に候補があるはずもなかった。
そして、邪神カンパニーのカタログと提案資料。
セルジュには細かいことまではわからないが、素人目には一見して悪くない──どころか、ギア本体価格も精霊エネルギーの年間運用費もかなり抑えられているように思えた。
もっとも、添付の比較資料はだいぶ昔の騎士団年次報告からの抜粋だったが。
相手先そのものは、表向きは優秀な企業に思える。
そう考えながらページをめくっていると、一枚の紙が目に留まった。
そこには、騎士団資産である旧式ギアを買い取り、邪神カンパニーの最新ギアと支払いを相殺する旨が記されている。引き取られた旧式ギアは廃棄業者に渡され、希少マテリアルは回収される。廃棄費用も邪神カンパニー負担だという。
セルジュは一読して意図を理解した。
一級兵装を邪神カンパニーへ売却したように見せかけ、帳簿上から消す。
正式な処理が行われた後で、もしどこかでひょっこり兵装が出てきても、委託した廃棄業者が横流ししたとか言えば、少なくともガーランドの責任問題にはならない。
この国には産業廃棄物管理票のようなマニフェスト制度はない。
引き渡した後にどう扱われるか、確認する術はないのだ。
おそらく廃棄業者も抱き込んでいるのだろう。
計画的に倒産でもさせてしまえば、すべてがうやむやにされる──その筋書きが透けて見えた。
騎士団の倉庫担当は定年間近の人の良い男だった。
野心などなく、面倒に巻き込まれるのは嫌だろう。
事が穏便に済むなら、それでいい──そう思っているに違いない。
その気持ちが痛いほど分かった。
そして、この資料を渡されたということは。
予算組みに始まり、幹部への説明資料、要求仕様や計画表の作成。
さらには契約書の査読や、顧問弁護士との調整まで。
それら一切合切を、セルジュに任せるということだった。
別に、苦ではない。
段取りを組み、各所に頭を下げ、黙々と書類を作る。
それくらいしか、自分にできることはないのだから。
与えられた仕事を淡々とこなすだけ。
余計なことを考えずに済む分――ほんの少しだけ、気が楽になった気がしていた。
……その仕事が、誰のために積み重ねられていくのかを考えないようにしながら。
彼らは「騎士」を名乗ることはなく、職員として扱われていた。
しかしセルジュは、団長付き秘書官に任命された際、特別に上級騎士の称号を授けられていた。
もっとも本人にその自覚はなく、ひっそりと裏方の事務をこなしている方が性に合っていた。
そんな彼女のデスクは、事務職員が集う大部屋の片隅にある。
同じ上級騎士であるベアトリスが広い一室を与えられているのとは大違いだが、特に不満はなかった。
今朝。
セルジュは団長ガーランドから書類の入った封筒を渡された。それをデスクの上に置き、猫背のままじっと俯いていた。
落ちた前髪に隠れて、周囲からは表情が見えない。
だが、その目は封筒に焦点を合わせていなかった。
思い出すのは、あの休暇の日の光景――ガーランドとヴァルト、そして大臣マルセル。
妙に軽い調子の若い男は「商談」と言っていた。
あれは何の話だったのか。この封筒に関係しているのだろうか。
確認したいような、関わりになりたくないような。
そんな相反する気持ちがせめぎ合い、どうしても手をつける気になれなかった。
本来なら、あの後の食事は楽しいものになるはずだった。
だが、せっかくの料理も砂を噛むようで。
ベアトリスが無理に笑顔を作っていたから、自分も雰囲気を壊すまいと努めただけ――それが精いっぱいだった。
セルジュはデスクの引き出しをそっと開け、封筒をしまい込んだ。
団長直々に渡された以上、処理をしないわけにはいかない。だがその前に、少しばかり気分転換する必要がある気がした。
騎士団一級兵装の持ち出しは、確かに問題ではある。
だが「ヴィエール隊を全滅させた盗賊団の被害を拡大しないための緊急措置だった」と言い張れば。
苦しいながらも、理解を示す古参騎士がまったくいないわけではない……たぶん……かもしれない。
それが回復不能な失点となるのかどうか――正直、彼女には分からなかった。
だが、ブラック冒険者ギルドで受付嬢エミリアからそれとなく示唆された言葉。
団長とヴァルトの関係。
まだ確証などない。
だが、もしセルジュが考えている最悪の関係性が事実だとすれば……一級兵装の持ち出しどころの話ではない。
それは王都騎士団を揺るがす一大スキャンダルであり、ことによってはこの国全体をも巻き込みかねない。
とても一人で抱えきれるものではなかった。
しかし、誰かと共有すると言っても……。
あの日、団長の護衛にアラヴィスがついていたことから、彼は「そっち側」なのだと思う。
あの飄々とした、人当たりのよい青年騎士が、とてもそんな風には見えない。
だが、彼はセルジュには理解できない論理で動いているのだろう。
どちらにせよ、相談できる相手ではなかった。
となると、必然的に話の持って行き先はベアトリスということになる。
だが、やはり確証もない話で団長を陥れるような真似は抵抗があった。
──自分のような、何の取り柄もない人間を取り立ててくれた恩義は、決して忘れてはいないのだ。
セルジュは重い足取りで食堂へ向かい、頭を切り替えるためにセルフサービスのコーヒーを注文した。
湯気の立つカップを持って席に腰を下ろすと、どっと疲れが押し寄せる。
あの日。
ミレーヌがコーヒーをそっと目の前に置き、何も聞かずに励ましてくれたことが、妙に嬉しかった。
こんなとき、彼女がいてくれたら。
ふと、そんなことを考えてしまう。
……実際に目の前にいたとしても、どうしてよいのか分からないのに。
そんな背中に、不意に声がかかった。
「あれー、サボってんだ? まあ、ぼちぼち息抜きしないとねー」
顔を上げると、ミアがどかっと向かいの椅子に腰を下ろしていた。
その姿を見た瞬間、脳裏に別の声が蘇る。
“セルジュさんが協力してくれるなら、私もいろいろと教えてあげますよ。ね?”
エミリア。
彼女の言葉は、どこか妖しい確信に満ちていた。事実が掴めるかもしれない。
だが――「ミアを探している」という目的は何だったのか。
ただの失踪者を案じているようには、とても見えなかった。
ならば、こちらからそれとなく探ってみるしかない。
セルジュは息を整え、わざと当たり障りのない言葉を選んだ。
「お……お疲れさまです、先生。
午前中の……魔法講座……その、満席で……すごいですね……」
最近はミア相手に緊張することはなくなっていた。
それなのに、いざ言葉にしてみると舌がもつれ、ぎこちなくなるのだった。
だがミアは、気にした様子もなく肩をすくめる。
「まあねー。魔法って人気あるから。
冒険者やってたころは精霊契約術式なんて使えなかったけど、やっぱ憧れだったしー」
セルジュは一拍置いて、遠回しに切り込んでみる。
「そ……そうなんですか。
その、冒険者って……あの……ブラック冒険者ギルド……で、ですよね?」
ブラック冒険者ギルドの悪評は、実のところ騎士団内ではそれほど知られていなかった。
王都から少し離れた都市に拠点を構えていること、そして表向きは大手の冒険者ギルドとして体裁を整えていたからだ。
ミアも特に気にすることなく、親しくなった人間には元・所属を口にしていた。
「そうだけどー?
まあ、上級騎士様が関わるような場所じゃないって。ほんっと、扱い鬼エグいしー」
ミアは手を振って、軽い調子で笑ってみせる。
あけすけな態度。
まるで「悪評なんて知ってても関係ない」と言わんばかりだった。
セルジュは核心に踏み込む前に、ぬるくなったコーヒーを一口含む。
ごくり、と鳴った喉の音が、やけに大きく響いた気がした。
「あ……あの。私……その、エミリアさんって人……知ってて」
その名を出した瞬間、ミアの眉がピクリと上がる。
「へぇ? 意外ぃー。
セルジュっちも、見かけによらずいろいろやってんだ。
エミリアさん、美人だよねー。ギルド長はおっかないんだけどさー」
――エミリアの策略で黒い精霊の力を使わされ、精神と記憶の一部を対価として抜かれた過去。
幸い、カレンとレナのおかげで、抜かれたのはごく一部に留まったのだが、あれを常用していたら廃人になっていた危険性もあった。
そんなことを忘れてしまったのか、それとも元から細かいことなど気にしない性格なのか。ミアの反応は、あっけらかんとしたものだった。
セルジュは意を決して口を開く。
「それで……先生のことを……探してるって……以前、エミリアさんが。
最近、その……思い出して……」
言い淀みながらも告げる。
ここで、もしミアの口から「ブラック冒険者ギルドとはもう関わり合いになりたくない」という言葉が聞ければ――それで話を終えるつもりだった。
だが。
そうであって欲しい気持ちと、そうなればこれ以上の手立てを失う不安とが、胸の奥でせめぎ合っていた。
「そうなんだー。じゃあ、エミリアさんに今度会ったらよろしく言っといてー」
ヘラヘラと、いつもと変わらない笑顔。
そのとき、食堂にセリーナが姿を現す。
静かな怒気をまとい、冷たい声音が落ちる。
「先生。次の講座はとっくに始まっています。
それと……リュシアンをいつまでも自習させないで、ちゃんと教えていただけます?」
そう言うや、セルジュに軽く頭を下げてミアの背後から襟首をつかむ。
あの休暇以来、打ち解けたのか――セリーナは上官の前でもミアの調教に一切手を抜かなくなっていた。
「あー、もう。自分で歩けるってばー」
ぶつぶつ文句を言いながら、ミアはずるずると引きずられていく。
食堂に残ったセルジュの耳に、彼女の声が小さく遠ざかっていった。
――あれは、「居場所を教えてもいい」ということ?
思考が渦を巻き、セルジュの心はますます複雑に絡まっていった。
……ぐずぐずと決断できない、どっちつかず。
つくづく自分の性格が嫌になる。
来たときと同様、重い足取りでデスクに戻るのであった。
***
意を決して封を切った書類。
内容自体は想定外だが、やはり――という方向性だった。
騎士団の装備品刷新。
近々、法改正によって魔導ギアの輸入が限定的に解禁されることは聞いていた。
そして、その相手先企業。
邪神カンパニー。
おそらく、あの日見た調子のよさそうな若い男の会社だろう。
調達要件の文面には具体名こそなかった。
「条件に合致するサプライヤーから」とあるだけだ。
だが――他に候補があるはずもなかった。
そして、邪神カンパニーのカタログと提案資料。
セルジュには細かいことまではわからないが、素人目には一見して悪くない──どころか、ギア本体価格も精霊エネルギーの年間運用費もかなり抑えられているように思えた。
もっとも、添付の比較資料はだいぶ昔の騎士団年次報告からの抜粋だったが。
相手先そのものは、表向きは優秀な企業に思える。
そう考えながらページをめくっていると、一枚の紙が目に留まった。
そこには、騎士団資産である旧式ギアを買い取り、邪神カンパニーの最新ギアと支払いを相殺する旨が記されている。引き取られた旧式ギアは廃棄業者に渡され、希少マテリアルは回収される。廃棄費用も邪神カンパニー負担だという。
セルジュは一読して意図を理解した。
一級兵装を邪神カンパニーへ売却したように見せかけ、帳簿上から消す。
正式な処理が行われた後で、もしどこかでひょっこり兵装が出てきても、委託した廃棄業者が横流ししたとか言えば、少なくともガーランドの責任問題にはならない。
この国には産業廃棄物管理票のようなマニフェスト制度はない。
引き渡した後にどう扱われるか、確認する術はないのだ。
おそらく廃棄業者も抱き込んでいるのだろう。
計画的に倒産でもさせてしまえば、すべてがうやむやにされる──その筋書きが透けて見えた。
騎士団の倉庫担当は定年間近の人の良い男だった。
野心などなく、面倒に巻き込まれるのは嫌だろう。
事が穏便に済むなら、それでいい──そう思っているに違いない。
その気持ちが痛いほど分かった。
そして、この資料を渡されたということは。
予算組みに始まり、幹部への説明資料、要求仕様や計画表の作成。
さらには契約書の査読や、顧問弁護士との調整まで。
それら一切合切を、セルジュに任せるということだった。
別に、苦ではない。
段取りを組み、各所に頭を下げ、黙々と書類を作る。
それくらいしか、自分にできることはないのだから。
与えられた仕事を淡々とこなすだけ。
余計なことを考えずに済む分――ほんの少しだけ、気が楽になった気がしていた。
……その仕事が、誰のために積み重ねられていくのかを考えないようにしながら。
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