銀翼のシャリオ ―転生盗賊団長、ホワイト改革で破滅エンドを回避する―

白猫商工会

文字の大きさ
159 / 163
第9章

第07話 蟻と象

しおりを挟む
俺は、新たなホワイトシーフ商会の拠点、本社社屋へミレーヌを迎えていた。

この建物は三階建てで、近代的なビルと比べれば決して大きなものではない。
だが、王国の建築基準からすれば、なかなかの規模と言ってよかった。

本社の役割は主にオフィス機能に特化している。
素材の保管や加工については別施設を借りているため、現状ではこれで十分すぎるほどだ。

なお、社長は魔王、副社長はゼファス。
登記には堂々と「魔王」と記載されている。

……誰も不思議に思わなかったのか?
あるいは冗談と受け取ったのか。

この国の役人は本当に大丈夫なのだろうか。
――いや、大丈夫じゃないからこそ、こんな状況になっているのかもしれない。

俺は役職なんていらないと言ったのだが、「それでは格好がつかない」と周囲からいろいろ提案された。

そもそも、盗賊団首領の名前をどうやって登記するのか。
ゲームでは名前が出てこなかったし、団員に聞いても「団長」か「ボス」としか呼ばれない。誰も本名を知らないのだ。

……自分の名前を聞くなんて、どう考えても怪しい。
仕方なく「長い間呼ばれてなかったから忘れた」という苦しい言い訳をしたところ――ヴィオラに、露骨に変な顔をされた。

ライナは、

「じゃあ、“ゴリラ・ゴリラ・ゴリラ”の名前で戸籍取ればいいじゃない」

と提案してきたが。
それはニシローランドゴリラの学名なのだ。

仕方ないので、役職は「団長兼ボス」、名前は「ミスターX」という、謎の秘密結社のような落としどころとなった

――話が横道にそれた。

ミレーヌは、騎士団の新規装備品について相談があるということで、ドワーフ商工会からドランとライナにも参加してもらい、本社会議室での打ち合わせが始まった。

ホワイトシーフ商会からの出席者は、俺のほかにゼファス、リスティア、リリカ、ヴィオラ。

なお、魔王はといえば、鉄仮面と――いつの間にか弟子入りしていたリズに、舞の修行をつけている最中だ。
会社の業務は基本的にゼファスへ丸投げ。

……自由すぎるが、ここぞというときにいてくれればそれでいい。

全員が席につくと、さっそくミレーヌが本題に切り込む。
視線が彼女に集中した。

「近く、法改正が行われてWSO正規品の解禁が予定されています。ただし――取引可能な外国企業は、この国の労働環境について調査も監査も行わない、という条件付きですが」

暴走モードにさえ入らなければ、優等生キャラなのだ。淀みなく要点を伝えていく。

「そして、その条件をクリアした外国企業は……邪神カンパニーと聞いています」

その言葉に、一同がピクリと反応する。だが、誰も口を挟まず、ミレーヌの話に耳を傾けた。

「さらに、これは未確認情報ですが――ベアトリス様のお話では、近衛兵の装備品に邪神カンパニー製魔導ギアの導入が進められているとのこと。おそらく、王都騎士団へも団長ガーランド宛てに話が持ち込まれているでしょう」

十分にあり得る推測だった。

「そこで、ベアトリス様の意向はこうです。邪神カンパニーの進出を阻止するため、対抗としてドワーフ商工会とホワイトシーフ商会に、王都騎士団の装備品を依頼したい――と」

……つまり、コンペ形式に持ち込むということか。

そして、ミレーヌの優等生はここまでだった。

彼女は、話が全員に浸透した頃合いを見計らって、言葉を続けた。

「大臣マルセルは邪神カンパニーと組んで、この国の産業振興を行うなどと言っています……が、しかし」

徐々に、部屋の体感温度が下がっていくような気配がする。

「……その実態は、国の生命線であるインフラと軍事を外国企業に依存し、それと引き換えに国民と重要資源を差し出すというもの……」

ミレーヌはうつむき、グッと握りこぶしに力を込めた。

十数秒が経ち、その場の全員が「?」となった瞬間、突然モードチェンジ。

「諸君ッ!! これはもはや植民地化というより他はない!!」

ダンッ──と机を叩いて勢いよく立ち上がる。
ボルテージは一気に跳ね上がった。

「さらに!! 邪神カンパニーと取引できるのは、マルセルの息のかかった一派のみ。汚職の温床であり、国賊の豚どもがますます肥え太る仕組み!! 到底許せるものじゃない!! そうでしょう!?」

そう言って、彼女は俺をキッと睨みつける。こっちを見るんじゃない。

俺が曖昧に頷くと、ミレーヌは黒目だけの光を失った瞳で、怪しげに口角を吊り上げた。

「まあでも……」

そう呟くと、腰に差した杖を愛おしそうにそっと撫でる。

「これさえあれば……不埒な輩に、まとめて精霊の裁きを下せるわ」
クックッ、と喉を鳴らす。

そして全員をぐるりと見渡し、満面の笑みで拳を突き上げ、堂々と声を張り上げた。

「さあ!! 今こそ立ち上がれ、革命の戦士たち!!
腐敗を一掃し、邪神カンパニーの魔の手から民を救うの!!
そして……ベアトリス様の千年王国を共に築くのよっ!!!」

――誰が革命の戦士だ。
ドン引きする空気の中、リスティアとライナだけは熱い眼差しで拍手を送っていた。

ベアトリスは、ここに寄越す人選を間違えたとしか思えない。

俺はおそるおそる声をかけた。

「あのなあ……俺たちはビジネスをやってるんだけどな」

するとミレーヌは、首だけ動かして俺に視線を投げかける。

「アリサには協力するのに、ベアトリス様には協力できないと……?」

猛烈な圧に、背中の冷や汗が止まらない。

「いや……その。アリサのことは、応援しているけど……」

「ベアトリス様は?」
圧がさらに増す。

……あらためて問われると弱い。

ヒロインのアリサはもちろんだが、お姉様騎士も俺に刺さっていたのだ。

「え……ああ……まあ、ベアトリス自身は応援してもいいんだけど……」

言外に――「お前ではないけどな」と含みを持たせる。

だが、ここでスタンスだけは、はっきりさせておかねばならない。

圧に抗うように、グッと前かがみになった。

「俺は、まっとうなビジネスができて、契約労働者みたいなバカげた制度がなくて、普通の人が公平に機会を与えられる。
……それが実現できるなら、アリサでもベアトリスでも、どっちでもいい」

今、地方の大貴族エルンハルトをビジネスで攻略しているのは、貴族の中ではまだマシな方だとヴィオラから聞いたからだ。
地方からの活性化の輪が広がり、それがこの国全体に波及して──結果的に体制そのものを変える動きにつながれば、という期待は当然ある。

だが、体制変更の手段そのものを、何が正しいと決めつける気はなかった。

「俺の優先事項は、あくまでも産業基盤の強化からのホワイト化だ。
誰がトップだろうと、食えなきゃ仕方ないだろう?
だから、まともなビジネスのオファーなら──誰からであっても喜んで受ける。
……この答えで不足か?」

ミレーヌは興奮しやすいが、理がわからないわけではない。

数秒の沈黙ののち、彼女の目に光が戻ってきた。

「……そう。だけど、邪神カンパニーとかいう企業がこの国でまともなビジネスをする気がないのなら、それはあなたたちの敵という理解でいいの?」

俺は旧・魔王カンパニーの面々を見やる。彼らにとっては古巣だ。ここで「敵」という言葉を使うのは、不穏に響いた。

ゼファスが口を開く。

「どこの世界でも、道理のないビジネスには退場してもらいたい。フェアな勝負なら切磋琢磨だが……」

彼はそこで一区切りつけ、眼鏡の位置をクイと直す。

「そうではないなら、潰すか潰されるか……。我々の力が及ぶ限り、戦う。そうだろう?」

リスティア、リリカ、ライナは静かに頷いた。
彼らには、邪神カンパニーの軍門に下りて従うという選択肢は、最初からなかったのだ。

ミレーヌはその言葉に納得したようだ。

「ベアトリス様の王国は私の手で必ず実現する。
そして、ビジネスの環境作りも……それには協力して欲しい」

俺が首を縦に振ると、ぱぁっと顔を輝かせた。

「うん、じゃあよろしくね!!」

この切り替えの早さ。……忙しいやつだ。

こうして、王都騎士団の装備品コンペが行われる際は、ドワーフ商工会とホワイトシーフ商会はベアトリス側に付くことで合意した。

しかし、ひとつ不安はある。
騎士団長ガーランドがゴリ押しで邪神カンパニーに決めてしまえば、そもそもコンペ自体が開かれないのではないか?

そう伝えると、ミレーヌは顎に手を当てて考え込む。

「それは……まあ、そうかもしれない。でも、セルジュ様に話せば、あるいは」

聞けばセルジュというのは、ガーランドの秘書官だが、騎士団全体を公平な目で差配している文官だという。

「セルジュ様は優しい方なの。ガーランドには取り立ててもらった恩義を感じているようだけど、自ら不正に手を染める人じゃない。
きっと、一級兵装紛失の件も自分の責任じゃないのに抱え込んでいるのかもしれない……。私、とても見ていられなくて……助けたいの!!」

その表情は真剣そのもの。瞳が潤んでいた。
ミレーヌがベアトリス以外のことで、ここまで感情をあらわにするとは。

俺は軽く息をついた。

「わかった。ともあれ、調達要件がわからないことには、なんともだな。
その……セルジュとかいう文官と話ができるなら、早急に頼む」

頷くミレーヌ。
こちらでの用が終わり、一刻も早く王都に戻りたい素振りを見せる。
よほどセルジュが心配なのだろう。

だが少しだけ待って欲しい。

現在、こちらから送り込んでいるミアだが、あいつだけでは何かと不安だ。誰かつけておきたかった。

頭の回転が速く、臨機応変に動けて、なおかついざという時に戦闘力もある──そんな人材は数えるほどしかいない。

モヒカン・鉄仮面・和尚は……ビジュアル的に論外。
ヴィオラは営業と俺の補佐として残ってもらいたい。
魔族とエルフは、さすがに騎士団への潜入はリスクが高い。
ヴィエールの戦士ギルバートは、いかんせん血の気が多い。
ロイヤルガードのリズは、俺たちと行動を共にして、これから理解者になって欲しい。

………………………………。

「……というわけで、頼むよレナ」

いろいろ考えた結果、結局彼女しか残らなかった。

幸いというかなんというか、リズが素材採取に関してはレナに迫るセンスを持っていた。

和尚の補佐と、レナが作ってくれた資料があれば、なんとか回せそうだ。

レナは「うーん……」と長考したのち、

「猫もいっしょなら」

と了承。

これには鉄仮面が、

「ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」

と、怒りとも哀しみともつかぬシャウトを轟かせたが、最終的には猫様の意思に委ねることになった。

そして、レナと猫様は王都へ。

当初、ミレーヌは小柄なレナの風貌に頼りなさを感じていたようだった。
だが試しに模擬戦を行ったところ、一分も持たずに地に伏す。

ミレーヌは王都騎士団のエリート。それを秒殺。
さすが、S級冒険者だ。

無様に転がされた彼女は、それでもキラキラとした目をレナに向ける。

「こんなに強いなんて!! ベアトリス様の王国に必要な人材だわ!!! いまこそ革命のときよ!!!」

……どこまでも懲りない奴だ。

だが、これで各陣営の戦力は、着実に充実しつつある。

最強の精霊共鳴の波動を放つアリサは、元騎士団の仲間と共に、ヴィエール一族の武力と前王妃の権威を得て爆進中。

ベアトリス側には、チート級兵器の杖とS級冒険者レナ。
……そして、アリサとは別の意味の特異点、ミレーヌとセリーナ。ある意味、こいつらが一番ヤバい。

それでも、相手は王国政府。
そして世界規模の大企業。

──蟻が象に挑むようなものだ。

だが、それでも。
あとに引けない戦いはもう始まっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

優の異世界ごはん日記

風待 結
ファンタジー
月森優はちょっと料理が得意な普通の高校生。 ある日、帰り道で謎の光に包まれて見知らぬ森に転移してしまう。 未知の世界で飢えと恐怖に直面した優は、弓使いの少女・リナと出会う。 彼女の導きで村へ向かう道中、優は「料理のスキル」がこの世界でも通用すると気づく。 モンスターの肉や珍しい食材を使い、異世界で新たな居場所を作る冒険が始まる。

【完結】辺境の魔法使い この世界に翻弄される

秋.水
ファンタジー
記憶を無くした主人公は魔法使い。しかし目立つ事や面倒な事が嫌い。それでも次々増える家族を守るため、必死にトラブルを回避して、目立たないようにあの手この手を使っているうちに、自分がかなりヤバい立場に立たされている事を知ってしまう。しかも異種族ハーレムの主人公なのにDTでEDだったりして大変な生活が続いていく。最後には世界が・・・・。まったり系異種族ハーレムもの?です。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

『三度目の滅びを阻止せよ ―サラリーマン係長の異世界再建記―』

KAORUwithAI
ファンタジー
45歳、胃薬が手放せない大手総合商社営業部係長・佐藤悠真。 ある日、横断歩道で子供を助け、トラックに轢かれて死んでしまう。 目を覚ますと、目の前に現れたのは“おじさんっぽい神”。 「この世界を何とかしてほしい」と頼まれるが、悠真は「ただのサラリーマンに何ができる」と拒否。 しかし神は、「ならこの世界は三度目の滅びで終わりだな」と冷徹に突き放す。 結局、悠真は渋々承諾。 与えられたのは“現実知識”と“ワールドサーチ”――地球の知識すら検索できる探索魔法。 さらに肉体は20歳に若返り、滅びかけの異世界に送り込まれた。 衛生観念もなく、食糧も乏しく、二度の滅びで人々は絶望の淵にある。 だが、係長として培った経験と知識を武器に、悠真は人々をまとめ、再び世界を立て直そうと奮闘する。 ――これは、“三度目の滅び”を阻止するために挑む、ひとりの中年係長の異世界再建記である。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

処理中です...