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第9章
第07話 蟻と象
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俺は、新たなホワイトシーフ商会の拠点、本社社屋へミレーヌを迎えていた。
この建物は三階建てで、近代的なビルと比べれば決して大きなものではない。
だが、王国の建築基準からすれば、なかなかの規模と言ってよかった。
本社の役割は主にオフィス機能に特化している。
素材の保管や加工については別施設を借りているため、現状ではこれで十分すぎるほどだ。
なお、社長は魔王、副社長はゼファス。
登記には堂々と「魔王」と記載されている。
……誰も不思議に思わなかったのか?
あるいは冗談と受け取ったのか。
この国の役人は本当に大丈夫なのだろうか。
――いや、大丈夫じゃないからこそ、こんな状況になっているのかもしれない。
俺は役職なんていらないと言ったのだが、「それでは格好がつかない」と周囲からいろいろ提案された。
そもそも、盗賊団首領の名前をどうやって登記するのか。
ゲームでは名前が出てこなかったし、団員に聞いても「団長」か「ボス」としか呼ばれない。誰も本名を知らないのだ。
……自分の名前を聞くなんて、どう考えても怪しい。
仕方なく「長い間呼ばれてなかったから忘れた」という苦しい言い訳をしたところ――ヴィオラに、露骨に変な顔をされた。
ライナは、
「じゃあ、“ゴリラ・ゴリラ・ゴリラ”の名前で戸籍取ればいいじゃない」
と提案してきたが。
それはニシローランドゴリラの学名なのだ。
仕方ないので、役職は「団長兼ボス」、名前は「ミスターX」という、謎の秘密結社のような落としどころとなった
――話が横道にそれた。
ミレーヌは、騎士団の新規装備品について相談があるということで、ドワーフ商工会からドランとライナにも参加してもらい、本社会議室での打ち合わせが始まった。
ホワイトシーフ商会からの出席者は、俺のほかにゼファス、リスティア、リリカ、ヴィオラ。
なお、魔王はといえば、鉄仮面と――いつの間にか弟子入りしていたリズに、舞の修行をつけている最中だ。
会社の業務は基本的にゼファスへ丸投げ。
……自由すぎるが、ここぞというときにいてくれればそれでいい。
全員が席につくと、さっそくミレーヌが本題に切り込む。
視線が彼女に集中した。
「近く、法改正が行われてWSO正規品の解禁が予定されています。ただし――取引可能な外国企業は、この国の労働環境について調査も監査も行わない、という条件付きですが」
暴走モードにさえ入らなければ、優等生キャラなのだ。淀みなく要点を伝えていく。
「そして、その条件をクリアした外国企業は……邪神カンパニーと聞いています」
その言葉に、一同がピクリと反応する。だが、誰も口を挟まず、ミレーヌの話に耳を傾けた。
「さらに、これは未確認情報ですが――ベアトリス様のお話では、近衛兵の装備品に邪神カンパニー製魔導ギアの導入が進められているとのこと。おそらく、王都騎士団へも団長ガーランド宛てに話が持ち込まれているでしょう」
十分にあり得る推測だった。
「そこで、ベアトリス様の意向はこうです。邪神カンパニーの進出を阻止するため、対抗としてドワーフ商工会とホワイトシーフ商会に、王都騎士団の装備品を依頼したい――と」
……つまり、コンペ形式に持ち込むということか。
そして、ミレーヌの優等生はここまでだった。
彼女は、話が全員に浸透した頃合いを見計らって、言葉を続けた。
「大臣マルセルは邪神カンパニーと組んで、この国の産業振興を行うなどと言っています……が、しかし」
徐々に、部屋の体感温度が下がっていくような気配がする。
「……その実態は、国の生命線であるインフラと軍事を外国企業に依存し、それと引き換えに国民と重要資源を差し出すというもの……」
ミレーヌは俯き、グッと握りこぶしに力を込めた。
十数秒が経ち、その場の全員が「?」となった瞬間、突然モードチェンジ。
「諸君ッ!! これはもはや植民地化というより他はない!!」
ダンッ──と机を叩いて勢いよく立ち上がる。
ボルテージは一気に跳ね上がった。
「さらに!! 邪神カンパニーと取引できるのは、マルセルの息のかかった一派のみ。汚職の温床であり、国賊の豚どもがますます肥え太る仕組み!! 到底許せるものじゃない!! そうでしょう!?」
そう言って、彼女は俺をキッと睨みつける。こっちを見るんじゃない。
俺が曖昧に頷くと、ミレーヌは黒目だけの光を失った瞳で、怪しげに口角を吊り上げた。
「まあでも……」
そう呟くと、腰に差した杖を愛おしそうにそっと撫でる。
「これさえあれば……不埒な輩に、まとめて精霊の裁きを下せるわ」
クックッ、と喉を鳴らす。
そして全員をぐるりと見渡し、満面の笑みで拳を突き上げ、堂々と声を張り上げた。
「さあ!! 今こそ立ち上がれ、革命の戦士たち!!
腐敗を一掃し、邪神カンパニーの魔の手から民を救うの!!
そして……ベアトリス様の千年王国を共に築くのよっ!!!」
――誰が革命の戦士だ。
ドン引きする空気の中、リスティアとライナだけは熱い眼差しで拍手を送っていた。
ベアトリスは、ここに寄越す人選を間違えたとしか思えない。
俺はおそるおそる声をかけた。
「あのなあ……俺たちはビジネスをやってるんだけどな」
するとミレーヌは、首だけ動かして俺に視線を投げかける。
「アリサには協力するのに、ベアトリス様には協力できないと……?」
猛烈な圧に、背中の冷や汗が止まらない。
「いや……その。アリサのことは、応援しているけど……」
「ベアトリス様は?」
圧がさらに増す。
……あらためて問われると弱い。
ヒロインのアリサはもちろんだが、お姉様騎士も俺に刺さっていたのだ。
「え……ああ……まあ、ベアトリス自身は応援してもいいんだけど……」
言外に――「お前ではないけどな」と含みを持たせる。
だが、ここでスタンスだけは、はっきりさせておかねばならない。
圧に抗うように、グッと前かがみになった。
「俺は、まっとうなビジネスができて、契約労働者みたいなバカげた制度がなくて、普通の人が公平に機会を与えられる。
……それが実現できるなら、アリサでもベアトリスでも、どっちでもいい」
今、地方の大貴族エルンハルトをビジネスで攻略しているのは、貴族の中ではまだマシな方だとヴィオラから聞いたからだ。
地方からの活性化の輪が広がり、それがこの国全体に波及して──結果的に体制そのものを変える動きにつながれば、という期待は当然ある。
だが、体制変更の手段そのものを、何が正しいと決めつける気はなかった。
「俺の優先事項は、あくまでも産業基盤の強化からのホワイト化だ。
誰がトップだろうと、食えなきゃ仕方ないだろう?
だから、まともなビジネスのオファーなら──誰からであっても喜んで受ける。
……この答えで不足か?」
ミレーヌは興奮しやすいが、理がわからないわけではない。
数秒の沈黙ののち、彼女の目に光が戻ってきた。
「……そう。だけど、邪神カンパニーとかいう企業がこの国でまともなビジネスをする気がないのなら、それはあなたたちの敵という理解でいいの?」
俺は旧・魔王カンパニーの面々を見やる。彼らにとっては古巣だ。ここで「敵」という言葉を使うのは、不穏に響いた。
ゼファスが口を開く。
「どこの世界でも、道理のないビジネスには退場してもらいたい。フェアな勝負なら切磋琢磨だが……」
彼はそこで一区切りつけ、眼鏡の位置をクイと直す。
「そうではないなら、潰すか潰されるか……。我々の力が及ぶ限り、戦う。そうだろう?」
リスティア、リリカ、ライナは静かに頷いた。
彼らには、邪神カンパニーの軍門に下りて従うという選択肢は、最初からなかったのだ。
ミレーヌはその言葉に納得したようだ。
「ベアトリス様の王国は私の手で必ず実現する。
そして、ビジネスの環境作りも……それには協力して欲しい」
俺が首を縦に振ると、ぱぁっと顔を輝かせた。
「うん、じゃあよろしくね!!」
この切り替えの早さ。……忙しいやつだ。
こうして、王都騎士団の装備品コンペが行われる際は、ドワーフ商工会とホワイトシーフ商会はベアトリス側に付くことで合意した。
しかし、ひとつ不安はある。
騎士団長ガーランドがゴリ押しで邪神カンパニーに決めてしまえば、そもそもコンペ自体が開かれないのではないか?
そう伝えると、ミレーヌは顎に手を当てて考え込む。
「それは……まあ、そうかもしれない。でも、セルジュ様に話せば、あるいは」
聞けばセルジュというのは、ガーランドの秘書官だが、騎士団全体を公平な目で差配している文官だという。
「セルジュ様は優しい方なの。ガーランドには取り立ててもらった恩義を感じているようだけど、自ら不正に手を染める人じゃない。
きっと、一級兵装紛失の件も自分の責任じゃないのに抱え込んでいるのかもしれない……。私、とても見ていられなくて……助けたいの!!」
その表情は真剣そのもの。瞳が潤んでいた。
ミレーヌがベアトリス以外のことで、ここまで感情をあらわにするとは。
俺は軽く息をついた。
「わかった。ともあれ、調達要件がわからないことには、なんともだな。
その……セルジュとかいう文官と話ができるなら、早急に頼む」
頷くミレーヌ。
こちらでの用が終わり、一刻も早く王都に戻りたい素振りを見せる。
よほどセルジュが心配なのだろう。
だが少しだけ待って欲しい。
現在、こちらから送り込んでいるミアだが、あいつだけでは何かと不安だ。誰かつけておきたかった。
頭の回転が速く、臨機応変に動けて、なおかついざという時に戦闘力もある──そんな人材は数えるほどしかいない。
モヒカン・鉄仮面・和尚は……ビジュアル的に論外。
ヴィオラは営業と俺の補佐として残ってもらいたい。
魔族とエルフは、さすがに騎士団への潜入はリスクが高い。
ヴィエールの戦士ギルバートは、いかんせん血の気が多い。
ロイヤルガードのリズは、俺たちと行動を共にして、これから理解者になって欲しい。
………………………………。
「……というわけで、頼むよレナ」
いろいろ考えた結果、結局彼女しか残らなかった。
幸いというかなんというか、リズが素材採取に関してはレナに迫るセンスを持っていた。
和尚の補佐と、レナが作ってくれた資料があれば、なんとか回せそうだ。
レナは「うーん……」と長考したのち、
「猫もいっしょなら」
と了承。
これには鉄仮面が、
「ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」
と、怒りとも哀しみともつかぬシャウトを轟かせたが、最終的には猫様の意思に委ねることになった。
そして、レナと猫様は王都へ。
当初、ミレーヌは小柄なレナの風貌に頼りなさを感じていたようだった。
だが試しに模擬戦を行ったところ、一分も持たずに地に伏す。
ミレーヌは王都騎士団のエリート。それを秒殺。
さすが、S級冒険者だ。
無様に転がされた彼女は、それでもキラキラとした目をレナに向ける。
「こんなに強いなんて!! ベアトリス様の王国に必要な人材だわ!!! いまこそ革命のときよ!!!」
……どこまでも懲りない奴だ。
だが、これで各陣営の戦力は、着実に充実しつつある。
最強の精霊共鳴の波動を放つアリサは、元騎士団の仲間と共に、ヴィエール一族の武力と前王妃の権威を得て爆進中。
ベアトリス側には、チート級兵器の杖とS級冒険者レナ。
……そして、アリサとは別の意味の特異点、ミレーヌとセリーナ。ある意味、こいつらが一番ヤバい。
それでも、相手は王国政府。
そして世界規模の大企業。
──蟻が象に挑むようなものだ。
だが、それでも。
あとに引けない戦いはもう始まっていた。
この建物は三階建てで、近代的なビルと比べれば決して大きなものではない。
だが、王国の建築基準からすれば、なかなかの規模と言ってよかった。
本社の役割は主にオフィス機能に特化している。
素材の保管や加工については別施設を借りているため、現状ではこれで十分すぎるほどだ。
なお、社長は魔王、副社長はゼファス。
登記には堂々と「魔王」と記載されている。
……誰も不思議に思わなかったのか?
あるいは冗談と受け取ったのか。
この国の役人は本当に大丈夫なのだろうか。
――いや、大丈夫じゃないからこそ、こんな状況になっているのかもしれない。
俺は役職なんていらないと言ったのだが、「それでは格好がつかない」と周囲からいろいろ提案された。
そもそも、盗賊団首領の名前をどうやって登記するのか。
ゲームでは名前が出てこなかったし、団員に聞いても「団長」か「ボス」としか呼ばれない。誰も本名を知らないのだ。
……自分の名前を聞くなんて、どう考えても怪しい。
仕方なく「長い間呼ばれてなかったから忘れた」という苦しい言い訳をしたところ――ヴィオラに、露骨に変な顔をされた。
ライナは、
「じゃあ、“ゴリラ・ゴリラ・ゴリラ”の名前で戸籍取ればいいじゃない」
と提案してきたが。
それはニシローランドゴリラの学名なのだ。
仕方ないので、役職は「団長兼ボス」、名前は「ミスターX」という、謎の秘密結社のような落としどころとなった
――話が横道にそれた。
ミレーヌは、騎士団の新規装備品について相談があるということで、ドワーフ商工会からドランとライナにも参加してもらい、本社会議室での打ち合わせが始まった。
ホワイトシーフ商会からの出席者は、俺のほかにゼファス、リスティア、リリカ、ヴィオラ。
なお、魔王はといえば、鉄仮面と――いつの間にか弟子入りしていたリズに、舞の修行をつけている最中だ。
会社の業務は基本的にゼファスへ丸投げ。
……自由すぎるが、ここぞというときにいてくれればそれでいい。
全員が席につくと、さっそくミレーヌが本題に切り込む。
視線が彼女に集中した。
「近く、法改正が行われてWSO正規品の解禁が予定されています。ただし――取引可能な外国企業は、この国の労働環境について調査も監査も行わない、という条件付きですが」
暴走モードにさえ入らなければ、優等生キャラなのだ。淀みなく要点を伝えていく。
「そして、その条件をクリアした外国企業は……邪神カンパニーと聞いています」
その言葉に、一同がピクリと反応する。だが、誰も口を挟まず、ミレーヌの話に耳を傾けた。
「さらに、これは未確認情報ですが――ベアトリス様のお話では、近衛兵の装備品に邪神カンパニー製魔導ギアの導入が進められているとのこと。おそらく、王都騎士団へも団長ガーランド宛てに話が持ち込まれているでしょう」
十分にあり得る推測だった。
「そこで、ベアトリス様の意向はこうです。邪神カンパニーの進出を阻止するため、対抗としてドワーフ商工会とホワイトシーフ商会に、王都騎士団の装備品を依頼したい――と」
……つまり、コンペ形式に持ち込むということか。
そして、ミレーヌの優等生はここまでだった。
彼女は、話が全員に浸透した頃合いを見計らって、言葉を続けた。
「大臣マルセルは邪神カンパニーと組んで、この国の産業振興を行うなどと言っています……が、しかし」
徐々に、部屋の体感温度が下がっていくような気配がする。
「……その実態は、国の生命線であるインフラと軍事を外国企業に依存し、それと引き換えに国民と重要資源を差し出すというもの……」
ミレーヌは俯き、グッと握りこぶしに力を込めた。
十数秒が経ち、その場の全員が「?」となった瞬間、突然モードチェンジ。
「諸君ッ!! これはもはや植民地化というより他はない!!」
ダンッ──と机を叩いて勢いよく立ち上がる。
ボルテージは一気に跳ね上がった。
「さらに!! 邪神カンパニーと取引できるのは、マルセルの息のかかった一派のみ。汚職の温床であり、国賊の豚どもがますます肥え太る仕組み!! 到底許せるものじゃない!! そうでしょう!?」
そう言って、彼女は俺をキッと睨みつける。こっちを見るんじゃない。
俺が曖昧に頷くと、ミレーヌは黒目だけの光を失った瞳で、怪しげに口角を吊り上げた。
「まあでも……」
そう呟くと、腰に差した杖を愛おしそうにそっと撫でる。
「これさえあれば……不埒な輩に、まとめて精霊の裁きを下せるわ」
クックッ、と喉を鳴らす。
そして全員をぐるりと見渡し、満面の笑みで拳を突き上げ、堂々と声を張り上げた。
「さあ!! 今こそ立ち上がれ、革命の戦士たち!!
腐敗を一掃し、邪神カンパニーの魔の手から民を救うの!!
そして……ベアトリス様の千年王国を共に築くのよっ!!!」
――誰が革命の戦士だ。
ドン引きする空気の中、リスティアとライナだけは熱い眼差しで拍手を送っていた。
ベアトリスは、ここに寄越す人選を間違えたとしか思えない。
俺はおそるおそる声をかけた。
「あのなあ……俺たちはビジネスをやってるんだけどな」
するとミレーヌは、首だけ動かして俺に視線を投げかける。
「アリサには協力するのに、ベアトリス様には協力できないと……?」
猛烈な圧に、背中の冷や汗が止まらない。
「いや……その。アリサのことは、応援しているけど……」
「ベアトリス様は?」
圧がさらに増す。
……あらためて問われると弱い。
ヒロインのアリサはもちろんだが、お姉様騎士も俺に刺さっていたのだ。
「え……ああ……まあ、ベアトリス自身は応援してもいいんだけど……」
言外に――「お前ではないけどな」と含みを持たせる。
だが、ここでスタンスだけは、はっきりさせておかねばならない。
圧に抗うように、グッと前かがみになった。
「俺は、まっとうなビジネスができて、契約労働者みたいなバカげた制度がなくて、普通の人が公平に機会を与えられる。
……それが実現できるなら、アリサでもベアトリスでも、どっちでもいい」
今、地方の大貴族エルンハルトをビジネスで攻略しているのは、貴族の中ではまだマシな方だとヴィオラから聞いたからだ。
地方からの活性化の輪が広がり、それがこの国全体に波及して──結果的に体制そのものを変える動きにつながれば、という期待は当然ある。
だが、体制変更の手段そのものを、何が正しいと決めつける気はなかった。
「俺の優先事項は、あくまでも産業基盤の強化からのホワイト化だ。
誰がトップだろうと、食えなきゃ仕方ないだろう?
だから、まともなビジネスのオファーなら──誰からであっても喜んで受ける。
……この答えで不足か?」
ミレーヌは興奮しやすいが、理がわからないわけではない。
数秒の沈黙ののち、彼女の目に光が戻ってきた。
「……そう。だけど、邪神カンパニーとかいう企業がこの国でまともなビジネスをする気がないのなら、それはあなたたちの敵という理解でいいの?」
俺は旧・魔王カンパニーの面々を見やる。彼らにとっては古巣だ。ここで「敵」という言葉を使うのは、不穏に響いた。
ゼファスが口を開く。
「どこの世界でも、道理のないビジネスには退場してもらいたい。フェアな勝負なら切磋琢磨だが……」
彼はそこで一区切りつけ、眼鏡の位置をクイと直す。
「そうではないなら、潰すか潰されるか……。我々の力が及ぶ限り、戦う。そうだろう?」
リスティア、リリカ、ライナは静かに頷いた。
彼らには、邪神カンパニーの軍門に下りて従うという選択肢は、最初からなかったのだ。
ミレーヌはその言葉に納得したようだ。
「ベアトリス様の王国は私の手で必ず実現する。
そして、ビジネスの環境作りも……それには協力して欲しい」
俺が首を縦に振ると、ぱぁっと顔を輝かせた。
「うん、じゃあよろしくね!!」
この切り替えの早さ。……忙しいやつだ。
こうして、王都騎士団の装備品コンペが行われる際は、ドワーフ商工会とホワイトシーフ商会はベアトリス側に付くことで合意した。
しかし、ひとつ不安はある。
騎士団長ガーランドがゴリ押しで邪神カンパニーに決めてしまえば、そもそもコンペ自体が開かれないのではないか?
そう伝えると、ミレーヌは顎に手を当てて考え込む。
「それは……まあ、そうかもしれない。でも、セルジュ様に話せば、あるいは」
聞けばセルジュというのは、ガーランドの秘書官だが、騎士団全体を公平な目で差配している文官だという。
「セルジュ様は優しい方なの。ガーランドには取り立ててもらった恩義を感じているようだけど、自ら不正に手を染める人じゃない。
きっと、一級兵装紛失の件も自分の責任じゃないのに抱え込んでいるのかもしれない……。私、とても見ていられなくて……助けたいの!!」
その表情は真剣そのもの。瞳が潤んでいた。
ミレーヌがベアトリス以外のことで、ここまで感情をあらわにするとは。
俺は軽く息をついた。
「わかった。ともあれ、調達要件がわからないことには、なんともだな。
その……セルジュとかいう文官と話ができるなら、早急に頼む」
頷くミレーヌ。
こちらでの用が終わり、一刻も早く王都に戻りたい素振りを見せる。
よほどセルジュが心配なのだろう。
だが少しだけ待って欲しい。
現在、こちらから送り込んでいるミアだが、あいつだけでは何かと不安だ。誰かつけておきたかった。
頭の回転が速く、臨機応変に動けて、なおかついざという時に戦闘力もある──そんな人材は数えるほどしかいない。
モヒカン・鉄仮面・和尚は……ビジュアル的に論外。
ヴィオラは営業と俺の補佐として残ってもらいたい。
魔族とエルフは、さすがに騎士団への潜入はリスクが高い。
ヴィエールの戦士ギルバートは、いかんせん血の気が多い。
ロイヤルガードのリズは、俺たちと行動を共にして、これから理解者になって欲しい。
………………………………。
「……というわけで、頼むよレナ」
いろいろ考えた結果、結局彼女しか残らなかった。
幸いというかなんというか、リズが素材採取に関してはレナに迫るセンスを持っていた。
和尚の補佐と、レナが作ってくれた資料があれば、なんとか回せそうだ。
レナは「うーん……」と長考したのち、
「猫もいっしょなら」
と了承。
これには鉄仮面が、
「ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」
と、怒りとも哀しみともつかぬシャウトを轟かせたが、最終的には猫様の意思に委ねることになった。
そして、レナと猫様は王都へ。
当初、ミレーヌは小柄なレナの風貌に頼りなさを感じていたようだった。
だが試しに模擬戦を行ったところ、一分も持たずに地に伏す。
ミレーヌは王都騎士団のエリート。それを秒殺。
さすが、S級冒険者だ。
無様に転がされた彼女は、それでもキラキラとした目をレナに向ける。
「こんなに強いなんて!! ベアトリス様の王国に必要な人材だわ!!! いまこそ革命のときよ!!!」
……どこまでも懲りない奴だ。
だが、これで各陣営の戦力は、着実に充実しつつある。
最強の精霊共鳴の波動を放つアリサは、元騎士団の仲間と共に、ヴィエール一族の武力と前王妃の権威を得て爆進中。
ベアトリス側には、チート級兵器の杖とS級冒険者レナ。
……そして、アリサとは別の意味の特異点、ミレーヌとセリーナ。ある意味、こいつらが一番ヤバい。
それでも、相手は王国政府。
そして世界規模の大企業。
──蟻が象に挑むようなものだ。
だが、それでも。
あとに引けない戦いはもう始まっていた。
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