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第5章
第05話 風よりも速く
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リリカは、思わず耳を疑った。
「事故は非公表? ゴーレムは廃棄?」
相手は、邪神幹部のひとり。CEO付き秘書、パルミナ。
艶やかな金髪をきちんと後ろに束ね、スーツに身を包んだその姿は、まるで氷像のように整っていた。
目も、口元も、一切の感情を映さない。
リリカの問いかけに対し、秘書パルミナはくるりと背を向ける。
その態度は、「同じことは二度と言わない」と語っていた。
「ちょっと、パルミナさん!」
思わず声を上げたリリカに、パルミナは立ち止まる。
顔だけをこちらに向け、無表情のまま淡々と告げた。
「広報統括として、外部への情報漏洩なきように」
それだけを言い残し、足音ひとつ乱さずに歩き去った。
──事故から二日。
昨日の緊急対策会議の結論、それが彼女の口から告げられたのだった。
廃棄……?
その言葉が胸を締めつける。
ユリィはどうなるのか──
リリカは押し寄せる不安を振り払うように、足早に研究棟へと向かった。
***
沈黙するゴーレムの傍らに、ライナは寄り添っていた。
張り付いたように動かないその背中に、リリカは思わず息を呑む。
「ライナ……あなた、寝てないんじゃないの? 食事も……」
声をかけると、ライナはゆっくりと振り向いた。
目の下には深い隈。乾いた口元が、引きつるように笑う。
「食事? ユリィがこんな状態で、私が?」
──危い。
リリカはごくりと喉を鳴らし、邪神秘書の言葉を小声で伝えた。
ライナの無機質な目に、暗い光がともる。
「廃棄……だって? よくもそんなことを言えるわね」
短い沈黙ののち、リリカが問いかける。
「……どうするの?」
「どうする……って……」
ライナは俯き、両手で髪をぐしゃぐしゃにかき乱した。
「私に何ができるの? 教えてよ……ねえ。どうして私たちを、ユリィを追い詰めるの?」
リリカは深く息を吸い、ライナに向き直った。
「慰めてる暇なんてないの。邪神は、やると決めたら動きが早い。あなたも今、決めないと後悔するわよ」
ライナは手を下ろし、リリカを見据える。
「後悔? これ以上なにを後悔しろっていうのよ! いいわよ、やりたきゃ私ごと廃棄でも──」
その言葉を、リリカの平手打ちが遮った。
「しっかりせんねっ!!」
ライナは頬を押さえたまま、目を見開く。
その彼女に、リリカはたたみかける。
「もう時間ないけん。グダグダ言わんで、さっさと行くっちゃ!」
そう言って、リリカはライナの目の前に鍵を差し出した。
それは配送センター専用の移動用魔導ギアの鍵だった。
「ライナ、免許持っとる?」
ライナは戸惑いながら、かすかに首を横に振る。
「私も」
リリカは、いたずらっぽく笑った。
***
俺は、リスティアに呼び出された。
なんでも、通信用魔導ギアでリリカから緊急連絡があったらしい。
「場所が遠いし、精霊さんの調子がちょっとおかしいな~」と、リスティアはぶつぶつ言いながら調整していた。
通信は途切れ途切れで、内容はよく分からなかったが──とにかく、国境近くまで迎えに来て欲しいとのこと。
王国内は魔導ギアでは移動できないため、大型の馬車を用意してくれとも。
リスティアは「先に行ってるね~」と、飛行魔法を使って先行した。
……なんなんだ。一体、何が起きてる?
とにかく行くしかない。馬車を借りに、ドワーフ商工会へ向かわなくては。
俺が動き出そうとした矢先、ゼファスが現れた。
「リリカくんから緊急連絡か。──私も同行してよいかな?」
それから、ティナもついて行きたいと言い出した。
魔王カンパニーを訪れたときに仲良くなっていたから、きっと心配しているんだろう。
今の砦には、俺がひとり抜けたぐらいじゃビクともしない戦力がそろってる。
S級冒険者に魔王……手を出す奴がいたら、そいつに同情するしかない。
そういうわけで、俺は支度もそこそこに、ドワーフ商工会へと急いだ。
***
王国は国外との往来に厳しい制限がかけられている。
しかし、王国公認ギルドであり、WSOと国内で唯一といっていい関係性を保っているドワーフ商工会だけは特別な便宜が図られているのだ。
ドワーフ商工会から馬車を借り、国境を越えると、そこには一台の大型車が止まっていた。
傍らにいたのは、リリカとライナ。
──ユリィの姿は、ない。
「詳しい話はあとで。まずは、落ち着ける場所へ」と、リリカ。
慌ただしく移動が始まった。
車には、大きな木箱が積まれていた。
相当な重量だったが、俺のフィジカルとリスティアの魔法支援で、なんとか積み込みは完了した。
道中、リリカとライナは一言も喋らなかった。
とくにライナ。あの生意気で強気だった彼女の表情は消え、目は虚ろで、すっかりやつれていた。
一体、何があったんだ?
俺たちは無言のまま、ドワーフ商工会へと馬車を走らせた。
***
「これは……」
ゼファスが絶句した。俺も同じだ。
場所はドワーフ商工会の応接室。ドランも同席している。
例の木箱の蓋が、ゆっくりと開かれた。
そこには漆黒の鎧──ゴーレム。
リリカがボディに配線で繋がれた端末を操作すると、キュインと微かな音が走り、胸部から腹部にかけての装甲がゆっくりと展開した。
その中に──ユリィがいた。
……いや、本当にユリィなのか?
茶色だった髪は、黒が混じる灰色に変色し、琥珀色の瞳もくすんだ灰色に沈んでいた。
目に光はなく、口はわずかに開いたまま。ピクリとも動かない。
沈黙の中、リリカがぽつりと言葉を落とす。
「ゴーレムの生命維持装置で……今は、なんとか。でも、食事も水も受けつけなくて。たぶん、ゴーレムから降ろしたら……呼吸すら……もう……」
言葉はそこで途切れた。
精神汚染。
そのリスクは、魔王カンパニーで少しだけ聞いたが。
だが──まさか、ここまでとは。
ゼファスが、一歩前に出る。
その目には、かすかな動揺があった。
「……ユリィのことは、私も気がかりだ。しかし……今この場においては、まず確認しなければならない」
一拍置いて、言葉を続ける。
「このゴーレムは、いまや邪神カンパニーの管理資産だ。もし不正な持ち出しが露見すれば、君たちがどれほど危険な立場にあるか……わかっているな?」
厳しいようでいて、その声はどこか苦しげだった。
本当は咎めたくない──けれど、言わなければならない。
そんな迷いがにじんでいた。
だが──。
それまで、放心状態でソファーに座っていたライナの口が、ぽつりと開いた。
視線は足元に落ちたまま。
「邪神……? あいつらはゴーレムを──ユリィを廃棄しようとしたのよ」
声は小さいが、はっきりとした怒りが込められていた。
「まだ精神リンクは切れていない……ユリィの心は、ゴーレムに捕らわれたまま。
体は治せるかもしれない。でも、心は……? ユリィの心を捨てろっていうの?」
ゼファスは言葉を失った。
ライナは膝の上で、両こぶしをぎゅっと握りしめる。
「邪神が許せない……でも」
瞳が潤み、声が震える。
「一番許せないのは、私だ」
そして、張り詰めていた何かが切れた。
「私が……ユリィを追い詰めた!!
私が……ユリィから夢を奪ったんだ!!」
その言葉は、もはや叫びだった。
ライナは涙を拭おうともしない。ただ、流れるままに任せていた。
そして、ガバっと立ち上がると、部屋の隅にいたリスティアに歩み寄り、爪が食い込むほどの強さで細いその両肩を掴んだ。
血走った瞳がリスティアの視線を捉えると、ライナは息のかかる距離まで顔を近づけ、一気にまくし立てた。
「ねえ、お願いリスティア。ユリィを助けて。何だってするから。対価がいるなら私の持ってるもの全部あげるから! ねえっ!!!!!」
リスティアの表情には、明らかに動揺の色が浮かんでいる。
ライナの荒い息づかいと懇願だけが部屋に響く。
誰も言葉を返せなかった。何もできなかった。
俺も、青ざめた顔で壊れゆくライナを見つめるしかなかった。
無力だ……あまりにも。
──だが。
そのとき、空間に澄んだ波動が満ちた。
俺は忘れていたのだ。
絶望的な状況にもくじけない意志がひとつ、ここにあったことを。
それは、共鳴。
風のない水面に、そっと波紋が広がるような──静かな“揺らぎ”が、ライナの心を優しく撫でた。
ライナは、はっとしてゴーレムを──ユリィの方向を見つめる。
そこには、ティナがいた。
静かに、ユリィの頬に手を添えている。
「ユリィちゃん……戻って来て」
その、まっすぐな願い。
彼女の在り方そのもの──“価値”が、精霊を震わせていた。
リスティアが、息を呑みながら呟いた。
「……精霊共鳴。ユリィの心に……」
すると──
ユリィの口元が、わずかに動いた。
「お父……さん。私……ライナのところに……帰るね」
ライナは数秒間、呆然と立ち尽くしていた。
だが、ゆっくりとリスティアから手を離し、ふらつく足で一歩を踏み出す。
それはやがて力強い足取りに変わり、ユリィへと駆け寄った。
「ユリィ!」
震える手でユリィの手を握りしめる。
ユリィの灰色の瞳が、ゆっくりと揺れ動く。
そして──かすかに、微笑んだ。
「ライナ……。私たちの夢、終わらないよ……。ふたりで、風よりも、速く……」
ライナの表情が、静かに穏やかさを取り戻す。
涙で滲んだ目を細めながら、ユリィをまっすぐに見つめた。
「そうよ、私たちは風よりも速く駆けるの──どんなところにだって行けるの」
ふたりは笑い合った。
そして、同じ言葉が同時に口をついた。
「なんだって……ぶち抜いてやるんだから」
そう言うと、ライナはユリィを強く、優しく抱きしめた。
「事故は非公表? ゴーレムは廃棄?」
相手は、邪神幹部のひとり。CEO付き秘書、パルミナ。
艶やかな金髪をきちんと後ろに束ね、スーツに身を包んだその姿は、まるで氷像のように整っていた。
目も、口元も、一切の感情を映さない。
リリカの問いかけに対し、秘書パルミナはくるりと背を向ける。
その態度は、「同じことは二度と言わない」と語っていた。
「ちょっと、パルミナさん!」
思わず声を上げたリリカに、パルミナは立ち止まる。
顔だけをこちらに向け、無表情のまま淡々と告げた。
「広報統括として、外部への情報漏洩なきように」
それだけを言い残し、足音ひとつ乱さずに歩き去った。
──事故から二日。
昨日の緊急対策会議の結論、それが彼女の口から告げられたのだった。
廃棄……?
その言葉が胸を締めつける。
ユリィはどうなるのか──
リリカは押し寄せる不安を振り払うように、足早に研究棟へと向かった。
***
沈黙するゴーレムの傍らに、ライナは寄り添っていた。
張り付いたように動かないその背中に、リリカは思わず息を呑む。
「ライナ……あなた、寝てないんじゃないの? 食事も……」
声をかけると、ライナはゆっくりと振り向いた。
目の下には深い隈。乾いた口元が、引きつるように笑う。
「食事? ユリィがこんな状態で、私が?」
──危い。
リリカはごくりと喉を鳴らし、邪神秘書の言葉を小声で伝えた。
ライナの無機質な目に、暗い光がともる。
「廃棄……だって? よくもそんなことを言えるわね」
短い沈黙ののち、リリカが問いかける。
「……どうするの?」
「どうする……って……」
ライナは俯き、両手で髪をぐしゃぐしゃにかき乱した。
「私に何ができるの? 教えてよ……ねえ。どうして私たちを、ユリィを追い詰めるの?」
リリカは深く息を吸い、ライナに向き直った。
「慰めてる暇なんてないの。邪神は、やると決めたら動きが早い。あなたも今、決めないと後悔するわよ」
ライナは手を下ろし、リリカを見据える。
「後悔? これ以上なにを後悔しろっていうのよ! いいわよ、やりたきゃ私ごと廃棄でも──」
その言葉を、リリカの平手打ちが遮った。
「しっかりせんねっ!!」
ライナは頬を押さえたまま、目を見開く。
その彼女に、リリカはたたみかける。
「もう時間ないけん。グダグダ言わんで、さっさと行くっちゃ!」
そう言って、リリカはライナの目の前に鍵を差し出した。
それは配送センター専用の移動用魔導ギアの鍵だった。
「ライナ、免許持っとる?」
ライナは戸惑いながら、かすかに首を横に振る。
「私も」
リリカは、いたずらっぽく笑った。
***
俺は、リスティアに呼び出された。
なんでも、通信用魔導ギアでリリカから緊急連絡があったらしい。
「場所が遠いし、精霊さんの調子がちょっとおかしいな~」と、リスティアはぶつぶつ言いながら調整していた。
通信は途切れ途切れで、内容はよく分からなかったが──とにかく、国境近くまで迎えに来て欲しいとのこと。
王国内は魔導ギアでは移動できないため、大型の馬車を用意してくれとも。
リスティアは「先に行ってるね~」と、飛行魔法を使って先行した。
……なんなんだ。一体、何が起きてる?
とにかく行くしかない。馬車を借りに、ドワーフ商工会へ向かわなくては。
俺が動き出そうとした矢先、ゼファスが現れた。
「リリカくんから緊急連絡か。──私も同行してよいかな?」
それから、ティナもついて行きたいと言い出した。
魔王カンパニーを訪れたときに仲良くなっていたから、きっと心配しているんだろう。
今の砦には、俺がひとり抜けたぐらいじゃビクともしない戦力がそろってる。
S級冒険者に魔王……手を出す奴がいたら、そいつに同情するしかない。
そういうわけで、俺は支度もそこそこに、ドワーフ商工会へと急いだ。
***
王国は国外との往来に厳しい制限がかけられている。
しかし、王国公認ギルドであり、WSOと国内で唯一といっていい関係性を保っているドワーフ商工会だけは特別な便宜が図られているのだ。
ドワーフ商工会から馬車を借り、国境を越えると、そこには一台の大型車が止まっていた。
傍らにいたのは、リリカとライナ。
──ユリィの姿は、ない。
「詳しい話はあとで。まずは、落ち着ける場所へ」と、リリカ。
慌ただしく移動が始まった。
車には、大きな木箱が積まれていた。
相当な重量だったが、俺のフィジカルとリスティアの魔法支援で、なんとか積み込みは完了した。
道中、リリカとライナは一言も喋らなかった。
とくにライナ。あの生意気で強気だった彼女の表情は消え、目は虚ろで、すっかりやつれていた。
一体、何があったんだ?
俺たちは無言のまま、ドワーフ商工会へと馬車を走らせた。
***
「これは……」
ゼファスが絶句した。俺も同じだ。
場所はドワーフ商工会の応接室。ドランも同席している。
例の木箱の蓋が、ゆっくりと開かれた。
そこには漆黒の鎧──ゴーレム。
リリカがボディに配線で繋がれた端末を操作すると、キュインと微かな音が走り、胸部から腹部にかけての装甲がゆっくりと展開した。
その中に──ユリィがいた。
……いや、本当にユリィなのか?
茶色だった髪は、黒が混じる灰色に変色し、琥珀色の瞳もくすんだ灰色に沈んでいた。
目に光はなく、口はわずかに開いたまま。ピクリとも動かない。
沈黙の中、リリカがぽつりと言葉を落とす。
「ゴーレムの生命維持装置で……今は、なんとか。でも、食事も水も受けつけなくて。たぶん、ゴーレムから降ろしたら……呼吸すら……もう……」
言葉はそこで途切れた。
精神汚染。
そのリスクは、魔王カンパニーで少しだけ聞いたが。
だが──まさか、ここまでとは。
ゼファスが、一歩前に出る。
その目には、かすかな動揺があった。
「……ユリィのことは、私も気がかりだ。しかし……今この場においては、まず確認しなければならない」
一拍置いて、言葉を続ける。
「このゴーレムは、いまや邪神カンパニーの管理資産だ。もし不正な持ち出しが露見すれば、君たちがどれほど危険な立場にあるか……わかっているな?」
厳しいようでいて、その声はどこか苦しげだった。
本当は咎めたくない──けれど、言わなければならない。
そんな迷いがにじんでいた。
だが──。
それまで、放心状態でソファーに座っていたライナの口が、ぽつりと開いた。
視線は足元に落ちたまま。
「邪神……? あいつらはゴーレムを──ユリィを廃棄しようとしたのよ」
声は小さいが、はっきりとした怒りが込められていた。
「まだ精神リンクは切れていない……ユリィの心は、ゴーレムに捕らわれたまま。
体は治せるかもしれない。でも、心は……? ユリィの心を捨てろっていうの?」
ゼファスは言葉を失った。
ライナは膝の上で、両こぶしをぎゅっと握りしめる。
「邪神が許せない……でも」
瞳が潤み、声が震える。
「一番許せないのは、私だ」
そして、張り詰めていた何かが切れた。
「私が……ユリィを追い詰めた!!
私が……ユリィから夢を奪ったんだ!!」
その言葉は、もはや叫びだった。
ライナは涙を拭おうともしない。ただ、流れるままに任せていた。
そして、ガバっと立ち上がると、部屋の隅にいたリスティアに歩み寄り、爪が食い込むほどの強さで細いその両肩を掴んだ。
血走った瞳がリスティアの視線を捉えると、ライナは息のかかる距離まで顔を近づけ、一気にまくし立てた。
「ねえ、お願いリスティア。ユリィを助けて。何だってするから。対価がいるなら私の持ってるもの全部あげるから! ねえっ!!!!!」
リスティアの表情には、明らかに動揺の色が浮かんでいる。
ライナの荒い息づかいと懇願だけが部屋に響く。
誰も言葉を返せなかった。何もできなかった。
俺も、青ざめた顔で壊れゆくライナを見つめるしかなかった。
無力だ……あまりにも。
──だが。
そのとき、空間に澄んだ波動が満ちた。
俺は忘れていたのだ。
絶望的な状況にもくじけない意志がひとつ、ここにあったことを。
それは、共鳴。
風のない水面に、そっと波紋が広がるような──静かな“揺らぎ”が、ライナの心を優しく撫でた。
ライナは、はっとしてゴーレムを──ユリィの方向を見つめる。
そこには、ティナがいた。
静かに、ユリィの頬に手を添えている。
「ユリィちゃん……戻って来て」
その、まっすぐな願い。
彼女の在り方そのもの──“価値”が、精霊を震わせていた。
リスティアが、息を呑みながら呟いた。
「……精霊共鳴。ユリィの心に……」
すると──
ユリィの口元が、わずかに動いた。
「お父……さん。私……ライナのところに……帰るね」
ライナは数秒間、呆然と立ち尽くしていた。
だが、ゆっくりとリスティアから手を離し、ふらつく足で一歩を踏み出す。
それはやがて力強い足取りに変わり、ユリィへと駆け寄った。
「ユリィ!」
震える手でユリィの手を握りしめる。
ユリィの灰色の瞳が、ゆっくりと揺れ動く。
そして──かすかに、微笑んだ。
「ライナ……。私たちの夢、終わらないよ……。ふたりで、風よりも、速く……」
ライナの表情が、静かに穏やかさを取り戻す。
涙で滲んだ目を細めながら、ユリィをまっすぐに見つめた。
「そうよ、私たちは風よりも速く駆けるの──どんなところにだって行けるの」
ふたりは笑い合った。
そして、同じ言葉が同時に口をついた。
「なんだって……ぶち抜いてやるんだから」
そう言うと、ライナはユリィを強く、優しく抱きしめた。
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