銀翼のシャリオ ―転生盗賊団長、ホワイト改革で破滅エンドを回避する―

白猫商工会

文字の大きさ
74 / 163
第5章

第07話 エコノミックカンパニー

しおりを挟む
その日、旧・魔王カンパニー全従業員に通達がなされた。

全経費の精査が完了するまで、仕入れ先との取引は一時停止。無料社食の提供も即時中止。

リモート勤務は廃止。全員、出社を義務づける。

そして──
24時間以内の人員整理。

通知は、ただ一通のメールだった。全員に向けた一斉配信。
社内チャットはすでに遮断され、最後の言葉を交わすことすら許されなかった。

該当者にはさらに別途の通知が届く。
時計の秒針は淡々と刻まれ、端末のアクセス権と入退室ゲートのIDは、予告された時間ぴったりに抹消された。

最初の人員整理で対象外となった社員たちも、決して安心はできなかった。

「ハードコアな業務にコミットメントせよ。それができる者だけ残留を認める」

それが、邪神の言葉だった。

極限まで研ぎ澄まされた効率と成果。
それに身を捧げる覚悟のある者だけが、この場に留まる資格を持つ。
長き時間と重き責務をいとわぬ者のみが、未来に関われる──

崇高なる労働への奉仕。
それこそが、邪神の掲げる新世界の選民たる条件だった。

そして、その意味を疑う者は不要であった。

***

「まったく。あのお花畑も使えなかったわね……。何が精霊さんだか。賢者が聞いてあきれるっての」

誰にも聞こえないほどの声量で、邪神の側近のひとり──ステラがつぶやいた。

ここは役員会議室。冷たい光が反射する鏡面のような卓上に、精緻な数字の羅列が並ぶ。月次成果報告会議が進行中だ。

ステラは資料を片手に、背筋を真っ直ぐに伸ばして立つ。
前髪が整えられたボブカットと、冷笑をたたえた横顔。 その視線は、数字と成果だけを映す。

邪神カンパニーの発展……いいや、世界の発展は私の管理にかかっている──プロジェクト進捗、精霊エネルギー供給量、売上、利益率、契約数。 全てを掌握しょうあくし、達成させる。

その自負が、彼女のプライドであり、五段階欲求の頂点を満たす。

彼女にとって「情」はただのノイズ。 「努力」や「頑張り」など、定量化不能な幻想にすぎない。 成果こそが全てであり、それを以てのみ他者の価値が測られる。

「新・契約本部長のルチアさん……就任早々に目標達成。素晴らしいわ。」

ステラの声は一片の感情も含まぬ称賛だった。 ルチアと呼ばれた女性は、引きつった笑みを作り、小さく答える。

「ありがとうございます……。」

ステラの瞳はわずかに細められ、光を帯びる。

「成果には相応の地位と報酬を。年収アップに希望を乗せる……それが邪神カンパニー。
年齢も性別も、過去の栄光も失敗も、そして“感情”も──関係ない。やるか、やれないか。それだけよ」

それまで目が泳いでいたルチアは、小さく喉を鳴らすと勇気を振り絞り、声を震わせた。

「あの……今月の目標達成のために中位精霊の残業が続いていて……その……精霊から契約見直しの申し立てが入っているのと……。それと、支払いも止まっていて」

ステラはほんの一瞬だけ、眉を動かした。 が、すぐに平然とした口調で返す。

「全経費は今月末に精査が完了するわ。……エグゼスさん?」

財務担当のエグゼスが無言で頷く。

「必要な支払いは行う。それで充分。そして、残業の話など、私が聞く必要はない。ビジネスは24時間戦うのよ。話は以上」

ルチアはなおも食い下がる。

「でも、次のWSO監査で……」

その言葉を、ステラの指が止めた。白く細い指先が静かに持ち上がり、掌がわずかに横に振られる。

──議論終了の合図。

ルチアは、肩を落とし、視線を床に落とした。

(ルールを無視した進め方……。でも、私にはどうにも……)

室内の空気がさらに重く沈む中、次に声を上げたのは内規担当のタリンクだった。

「リモートワークの廃止に反対する声がまだあるとか? まったく……困ったものですね。総務部長?」

視線を向けられた総務部長の男はビクリと肩を震わせ、額の汗を拭った。

「そ、その……地方移住を前提に生活を組み立てている社員も多く……急に全員出社は……。」

タリンクは、それがどうしたと言いたげな表情。

「だから、今月内は猶予を与えているでしょう? 住む場所がないなら、社に泊まれば済む話です。」

総務部長は、「は、ハイ……!」とタリンクの声に従った。

そして、おずおずとエグゼスの方を向き、恐る恐る口を開く。

「あの……清掃業者への支払いも滞っておりまして……。せめて最小限の衛生管理の経費だけは、認めていただけないでしょうか……。いま、トイレットペーパーも持ち込みになっていまして……。」

エグゼスは軽く額に手を当て、その声を退けた。

「衛生管理も、備品類もすべて見直し対象です。……そして、過度な調度品や高級オフィス家具も。成果には関係ないものは必要ありません」

総務部長の手のひらは、知らず冷たい汗でじっとりと濡れていた。

(……社員の声を届けるのが、私の役目のはずだったのに……)

エグゼスは一度、目を閉じ、小さく息を吐くと──あらためて旧・魔王カンパニーの面々を見回した。

「コストカットの徹底をお願いします。……あらゆる資源を。原価も、時間も、心の贅肉も。その先にあるのが競争力です」

誰もその言葉に反論する者はいなかった。

邪神秘書のパルミナは、全員の熱が冷めた頃合いを見計らったかのように、「CEOの来季の目標設定を伝えます」と、居並ぶ一同に向かって言った。

邪神カンパニーの、さらなる躍進が始まる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか
ファンタジー
高校一年の音無厚使は、夏休みに叔父の手伝いでキッチンカーのバイトをしていた。バイトで隠岐へと渡る途中、同級生の板林精香と出会う。隠岐まで同じ船に乗り合わせた二人だったが、突然に船が沈没し、暗い海の底へと沈んでしまう。 一七年後。異世界への転生を果たした厚使は、クラネス・カーターという名の青年として生きていた。《音声使い》の《力》を得ていたが、危険な仕事から遠ざかるように、ラオンという国で隊商を率いていた。自身も厨房馬車(キッチンカー)で屋台染みた商売をしていたが、とある村でアリオナという少女と出会う。クラネスは家族から蔑まれていたアリオナが、妙に気になってしまい――。異世界転生チート物、ボーイミーツガール風味でお届けします。よろしくお願い致します! 大賞が終わるまでは、後書きなしでアップします。

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

【完結】辺境の魔法使い この世界に翻弄される

秋.水
ファンタジー
記憶を無くした主人公は魔法使い。しかし目立つ事や面倒な事が嫌い。それでも次々増える家族を守るため、必死にトラブルを回避して、目立たないようにあの手この手を使っているうちに、自分がかなりヤバい立場に立たされている事を知ってしまう。しかも異種族ハーレムの主人公なのにDTでEDだったりして大変な生活が続いていく。最後には世界が・・・・。まったり系異種族ハーレムもの?です。

優の異世界ごはん日記

風待 結
ファンタジー
月森優はちょっと料理が得意な普通の高校生。 ある日、帰り道で謎の光に包まれて見知らぬ森に転移してしまう。 未知の世界で飢えと恐怖に直面した優は、弓使いの少女・リナと出会う。 彼女の導きで村へ向かう道中、優は「料理のスキル」がこの世界でも通用すると気づく。 モンスターの肉や珍しい食材を使い、異世界で新たな居場所を作る冒険が始まる。

『三度目の滅びを阻止せよ ―サラリーマン係長の異世界再建記―』

KAORUwithAI
ファンタジー
45歳、胃薬が手放せない大手総合商社営業部係長・佐藤悠真。 ある日、横断歩道で子供を助け、トラックに轢かれて死んでしまう。 目を覚ますと、目の前に現れたのは“おじさんっぽい神”。 「この世界を何とかしてほしい」と頼まれるが、悠真は「ただのサラリーマンに何ができる」と拒否。 しかし神は、「ならこの世界は三度目の滅びで終わりだな」と冷徹に突き放す。 結局、悠真は渋々承諾。 与えられたのは“現実知識”と“ワールドサーチ”――地球の知識すら検索できる探索魔法。 さらに肉体は20歳に若返り、滅びかけの異世界に送り込まれた。 衛生観念もなく、食糧も乏しく、二度の滅びで人々は絶望の淵にある。 だが、係長として培った経験と知識を武器に、悠真は人々をまとめ、再び世界を立て直そうと奮闘する。 ――これは、“三度目の滅び”を阻止するために挑む、ひとりの中年係長の異世界再建記である。

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

処理中です...