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第5章
第07話 エコノミックカンパニー
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その日、旧・魔王カンパニー全従業員に通達がなされた。
全経費の精査が完了するまで、仕入れ先との取引は一時停止。無料社食の提供も即時中止。
リモート勤務は廃止。全員、出社を義務づける。
そして──
24時間以内の人員整理。
通知は、ただ一通のメールだった。全員に向けた一斉配信。
社内チャットはすでに遮断され、最後の言葉を交わすことすら許されなかった。
該当者にはさらに別途の通知が届く。
時計の秒針は淡々と刻まれ、端末のアクセス権と入退室ゲートのIDは、予告された時間ぴったりに抹消された。
最初の人員整理で対象外となった社員たちも、決して安心はできなかった。
「ハードコアな業務にコミットメントせよ。それができる者だけ残留を認める」
それが、邪神の言葉だった。
極限まで研ぎ澄まされた効率と成果。
それに身を捧げる覚悟のある者だけが、この場に留まる資格を持つ。
長き時間と重き責務を厭わぬ者のみが、未来に関われる──
崇高なる労働への奉仕。
それこそが、邪神の掲げる新世界の選民たる条件だった。
そして、その意味を疑う者は不要であった。
***
「まったく。あのお花畑も使えなかったわね……。何が精霊さんだか。賢者が聞いてあきれるっての」
誰にも聞こえないほどの声量で、邪神の側近のひとり──ステラが呟いた。
ここは役員会議室。冷たい光が反射する鏡面のような卓上に、精緻な数字の羅列が並ぶ。月次成果報告会議が進行中だ。
ステラは資料を片手に、背筋を真っ直ぐに伸ばして立つ。
前髪が整えられたボブカットと、冷笑をたたえた横顔。 その視線は、数字と成果だけを映す。
邪神カンパニーの発展……いいや、世界の発展は私の管理にかかっている──プロジェクト進捗、精霊エネルギー供給量、売上、利益率、契約数。 全てを掌握し、達成させる。
その自負が、彼女のプライドであり、五段階欲求の頂点を満たす。
彼女にとって「情」はただのノイズ。 「努力」や「頑張り」など、定量化不能な幻想にすぎない。 成果こそが全てであり、それを以てのみ他者の価値が測られる。
「新・契約本部長のルチアさん……就任早々に目標達成。素晴らしいわ。」
ステラの声は一片の感情も含まぬ称賛だった。 ルチアと呼ばれた女性は、引きつった笑みを作り、小さく答える。
「ありがとうございます……。」
ステラの瞳はわずかに細められ、光を帯びる。
「成果には相応の地位と報酬を。年収アップに希望を乗せる……それが邪神カンパニー。
年齢も性別も、過去の栄光も失敗も、そして“感情”も──関係ない。やるか、やれないか。それだけよ」
それまで目が泳いでいたルチアは、小さく喉を鳴らすと勇気を振り絞り、声を震わせた。
「あの……今月の目標達成のために中位精霊の残業が続いていて……その……精霊から契約見直しの申し立てが入っているのと……。それと、支払いも止まっていて」
ステラはほんの一瞬だけ、眉を動かした。 が、すぐに平然とした口調で返す。
「全経費は今月末に精査が完了するわ。……エグゼスさん?」
財務担当のエグゼスが無言で頷く。
「必要な支払いは行う。それで充分。そして、残業の話など、私が聞く必要はない。ビジネスは24時間戦うのよ。話は以上」
ルチアはなおも食い下がる。
「でも、次のWSO監査で……」
その言葉を、ステラの指が止めた。白く細い指先が静かに持ち上がり、掌がわずかに横に振られる。
──議論終了の合図。
ルチアは、肩を落とし、視線を床に落とした。
(ルールを無視した進め方……。でも、私にはどうにも……)
室内の空気がさらに重く沈む中、次に声を上げたのは内規担当のタリンクだった。
「リモートワークの廃止に反対する声がまだあるとか? まったく……困ったものですね。総務部長?」
視線を向けられた総務部長の男はビクリと肩を震わせ、額の汗を拭った。
「そ、その……地方移住を前提に生活を組み立てている社員も多く……急に全員出社は……。」
タリンクは、それがどうしたと言いたげな表情。
「だから、今月内は猶予を与えているでしょう? 住む場所がないなら、社に泊まれば済む話です。」
総務部長は、「は、ハイ……!」とタリンクの声に従った。
そして、おずおずとエグゼスの方を向き、恐る恐る口を開く。
「あの……清掃業者への支払いも滞っておりまして……。せめて最小限の衛生管理の経費だけは、認めていただけないでしょうか……。いま、トイレットペーパーも持ち込みになっていまして……。」
エグゼスは軽く額に手を当て、その声を退けた。
「衛生管理も、備品類もすべて見直し対象です。……そして、過度な調度品や高級オフィス家具も。成果には関係ないものは必要ありません」
総務部長の手のひらは、知らず冷たい汗でじっとりと濡れていた。
(……社員の声を届けるのが、私の役目のはずだったのに……)
エグゼスは一度、目を閉じ、小さく息を吐くと──あらためて旧・魔王カンパニーの面々を見回した。
「コストカットの徹底をお願いします。……あらゆる資源を。原価も、時間も、心の贅肉も。その先にあるのが競争力です」
誰もその言葉に反論する者はいなかった。
邪神秘書のパルミナは、全員の熱が冷めた頃合いを見計らったかのように、「CEOの来季の目標設定を伝えます」と、居並ぶ一同に向かって言った。
邪神カンパニーの、さらなる躍進が始まる。
全経費の精査が完了するまで、仕入れ先との取引は一時停止。無料社食の提供も即時中止。
リモート勤務は廃止。全員、出社を義務づける。
そして──
24時間以内の人員整理。
通知は、ただ一通のメールだった。全員に向けた一斉配信。
社内チャットはすでに遮断され、最後の言葉を交わすことすら許されなかった。
該当者にはさらに別途の通知が届く。
時計の秒針は淡々と刻まれ、端末のアクセス権と入退室ゲートのIDは、予告された時間ぴったりに抹消された。
最初の人員整理で対象外となった社員たちも、決して安心はできなかった。
「ハードコアな業務にコミットメントせよ。それができる者だけ残留を認める」
それが、邪神の言葉だった。
極限まで研ぎ澄まされた効率と成果。
それに身を捧げる覚悟のある者だけが、この場に留まる資格を持つ。
長き時間と重き責務を厭わぬ者のみが、未来に関われる──
崇高なる労働への奉仕。
それこそが、邪神の掲げる新世界の選民たる条件だった。
そして、その意味を疑う者は不要であった。
***
「まったく。あのお花畑も使えなかったわね……。何が精霊さんだか。賢者が聞いてあきれるっての」
誰にも聞こえないほどの声量で、邪神の側近のひとり──ステラが呟いた。
ここは役員会議室。冷たい光が反射する鏡面のような卓上に、精緻な数字の羅列が並ぶ。月次成果報告会議が進行中だ。
ステラは資料を片手に、背筋を真っ直ぐに伸ばして立つ。
前髪が整えられたボブカットと、冷笑をたたえた横顔。 その視線は、数字と成果だけを映す。
邪神カンパニーの発展……いいや、世界の発展は私の管理にかかっている──プロジェクト進捗、精霊エネルギー供給量、売上、利益率、契約数。 全てを掌握し、達成させる。
その自負が、彼女のプライドであり、五段階欲求の頂点を満たす。
彼女にとって「情」はただのノイズ。 「努力」や「頑張り」など、定量化不能な幻想にすぎない。 成果こそが全てであり、それを以てのみ他者の価値が測られる。
「新・契約本部長のルチアさん……就任早々に目標達成。素晴らしいわ。」
ステラの声は一片の感情も含まぬ称賛だった。 ルチアと呼ばれた女性は、引きつった笑みを作り、小さく答える。
「ありがとうございます……。」
ステラの瞳はわずかに細められ、光を帯びる。
「成果には相応の地位と報酬を。年収アップに希望を乗せる……それが邪神カンパニー。
年齢も性別も、過去の栄光も失敗も、そして“感情”も──関係ない。やるか、やれないか。それだけよ」
それまで目が泳いでいたルチアは、小さく喉を鳴らすと勇気を振り絞り、声を震わせた。
「あの……今月の目標達成のために中位精霊の残業が続いていて……その……精霊から契約見直しの申し立てが入っているのと……。それと、支払いも止まっていて」
ステラはほんの一瞬だけ、眉を動かした。 が、すぐに平然とした口調で返す。
「全経費は今月末に精査が完了するわ。……エグゼスさん?」
財務担当のエグゼスが無言で頷く。
「必要な支払いは行う。それで充分。そして、残業の話など、私が聞く必要はない。ビジネスは24時間戦うのよ。話は以上」
ルチアはなおも食い下がる。
「でも、次のWSO監査で……」
その言葉を、ステラの指が止めた。白く細い指先が静かに持ち上がり、掌がわずかに横に振られる。
──議論終了の合図。
ルチアは、肩を落とし、視線を床に落とした。
(ルールを無視した進め方……。でも、私にはどうにも……)
室内の空気がさらに重く沈む中、次に声を上げたのは内規担当のタリンクだった。
「リモートワークの廃止に反対する声がまだあるとか? まったく……困ったものですね。総務部長?」
視線を向けられた総務部長の男はビクリと肩を震わせ、額の汗を拭った。
「そ、その……地方移住を前提に生活を組み立てている社員も多く……急に全員出社は……。」
タリンクは、それがどうしたと言いたげな表情。
「だから、今月内は猶予を与えているでしょう? 住む場所がないなら、社に泊まれば済む話です。」
総務部長は、「は、ハイ……!」とタリンクの声に従った。
そして、おずおずとエグゼスの方を向き、恐る恐る口を開く。
「あの……清掃業者への支払いも滞っておりまして……。せめて最小限の衛生管理の経費だけは、認めていただけないでしょうか……。いま、トイレットペーパーも持ち込みになっていまして……。」
エグゼスは軽く額に手を当て、その声を退けた。
「衛生管理も、備品類もすべて見直し対象です。……そして、過度な調度品や高級オフィス家具も。成果には関係ないものは必要ありません」
総務部長の手のひらは、知らず冷たい汗でじっとりと濡れていた。
(……社員の声を届けるのが、私の役目のはずだったのに……)
エグゼスは一度、目を閉じ、小さく息を吐くと──あらためて旧・魔王カンパニーの面々を見回した。
「コストカットの徹底をお願いします。……あらゆる資源を。原価も、時間も、心の贅肉も。その先にあるのが競争力です」
誰もその言葉に反論する者はいなかった。
邪神秘書のパルミナは、全員の熱が冷めた頃合いを見計らったかのように、「CEOの来季の目標設定を伝えます」と、居並ぶ一同に向かって言った。
邪神カンパニーの、さらなる躍進が始まる。
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