銀翼のシャリオ ―転生盗賊団長、ホワイト改革で破滅エンドを回避する―

白猫商工会

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第5章

第16話 宴のざわめき

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「それでは──我らの新たなる決起に、乾杯だ」

宗主ゴードンの声が高らかに響く。

アリサとロイは、ヴィエール家の客として、一族の宴に招かれていた。

騎士団にはすでに使いの者を向かわせてある。
本来、新兵には門限が設けられているが、今回はクラリスの実家という特別な事情もある。

フレッドも便宜を図ってくれるはずだ。
名目上は“個別訓練”としている。

クラリスのみならず、ヴィエール一族の支援を得たアリサ。
だが見方を変えれば──アリサこそが、ヴィエールとこの国の未来を救ったとも言えた。

当初、彼らは王都貴族と王室を武力でもって排除せんと、血気にはやっていた。

だが、仮に一時的に制圧できたとしても、その後が続かなかっただろう。
下手をすれば泥沼の内乱。WSOとの関係改善など夢物語に終わっていたに違いない。

武力行使が必要とされる局面は、確かに存在する。
この世界は優しくない。だからこそ、否定はしない。

それはあくまで手段であり、目的ではない。
アリサは──その目的を、彼らに“ホワイトな国づくり”というかたちで示したのだ。

目指すのは、中央政府樹立と議会制の確立。
そのためには、貴族と民衆、双方の理解と協力が欠かせない。

いたずらにはやらず、同志を増やしていく。
それが、彼らの“静かなる決起”だった。

***

ヴィエールは、質実剛健を旨とする一族である。
だが、今宵ばかりは様子が違っていた。分家の長たちが集い、さらに新たな同志が二人。

広間の大きなテーブルには、馳走と美酒が惜しげもなく並べられている。

ロイは、早々に勧められた料理に舌鼓を打ち、すっかり上機嫌だ。
最初こそ緊張していたものの、天性の明るさと人懐っこさで、すぐに周囲の男たちと打ち解けていた。

一方のアリサは、筋骨隆々の男女に囲まれ、目を輝かせていた。
その姿は、まるで憧れの英雄たちに出会った子供のようだった。

そんな中のひとり──威風堂々たる女性が、席を立ちアリサのもとへと歩み寄る。

年の頃は二十代後半から三十代前半か。
身長こそ平均的だが、広い肩幅と引き締まった体躯が、日々の鍛錬の賜物であることを物語っていた。

女性は「ヒルダ」と名乗ると、がっしりとした手を差し出した。
それはまるで、戦場で交わすような実直で力強い握手だった。

「私はリエンツ地方を預かっていてね。魔王領が近くて、そうそう空けられないんだが──
宗主の呼びかけとあっては話は別さ。そんな日に、あんたと出会えたのは嬉しいね」

そう言って、ヒルダはまぶしそうに目を細め、アリサを見つめた。

目の前にいるのは、年端もいかない少女。
だが──未来を語るその姿に、確かに宿っていた。“圧倒的な何か”。

それは鍛錬でも経験でも辿り着けない、異質な地平。
ヒルダは、ただ静かに──そのともしびに敬意を表した。

一方でアリサは、ヒルダの言葉にふと記憶を呼び起こしていた。

「リエンツって……たしか、義賊が活動している地方ですよね?」

ヒルダは軽くうなずく。

「ああ。もっとも、最近は鳴りを潜めたようだけどね。私の任務はあくまで国境線の警備だから、直接の関わりはないけど」

アリサはその言葉を聞きながら、胸の奥で何かが引っかかっているのを感じていた。

騎士として、義賊の行いを是とはできない。
けれど、噂によれば彼らは契約労働者たちを、見返りもなく解放しているという。

この国の一員として、彼らにも何か──事情があるのかもしれない。
いや、それ以上に……自分と義賊との間に、運命めいた“何か”がある気がしてならなかった。

考えた末に、アリサは思い切って口を開いた。

「ヒルダさん。その義賊のことなんですが……もしかしたら、私たちと共に戦ってくれるかもしれません。根拠は……ないんですけど。えへへ……」

一瞬、ヒルダの目が見開かれる。

アリサの言葉から一転、急に圧が消えた。
気の抜けたような笑み──けれど、それはきっと、“彼女の素”なのだろう。

そのギャップに、ヒルダはふっと口元をゆるめた。

「分かった。覚えておくよ。私も、あの義賊たちは……ただの悪党じゃない気がしていたからね」

アリサは嬉しそうに笑った。
その笑顔は、年相応の少女のものだった。

──だが、ヒルダはあらためて思う。
この少女は、王国の現状を憂い、宗主ゴードンにも臆することなく意見し、「世界に胸を張れる国を目指す」と言ってのけた。

いったい何が、この子をそこまで突き動かしているのか。

降って湧くような奇跡など、信じてはいない。
だが──アリサの信念は、奇跡さえも手繰り寄せるかもしれない。
そんな気がしてならなかった。

***

宴も深まった頃、アリサはゴードンに呼ばれた。
クラリスも傍らに控えている。

「今後の計画について話しておきたい」──
ゴードンは静かに、しかし確かな熱を込めて切り出した。

同志を募るには、理想だけでは足りない。
彼らにも“利”がなければ動かぬ──とりわけ、貴族というものはそういう存在だ。

ならば、既得権益にどっぷりと浸かった者たちを動かすのは難しい。
むしろ、現状では冷や飯を食っているが、新しい国でこそ力を発揮できる──

そんな“埋もれた人材”に目を向け、手を差し伸べていくべきだと語った。

「その際は、お前の力も借りたい」

アリサが静かにうなずくと、ゴードンはやや声を落とし、苦々しげに吐き出す。

「……しかし、そんな骨のあるやつは、そうそういなくてな。既得権益におもねる俗物ばかりよ」

ゴードンの言葉に、クラリスも静かに同調した。

「──マルセル一派のことですね」

初めて聞く名だった。

だが、それも当然かもしれない。
王都の貴族たちは、アリサのような田舎の小貴族の娘にとっては雲の上の存在だ。

ゴードンが低い声で応じた。

「我々に対して、戯言の脅威を吹き込み、真実から目を背けさせた元凶……真っ先に首をはねてやりたいところだが……」

ぞくり、とした。
アリサはその殺気に触れた瞬間、口元が不自然に引きつるのを感じていた。

「……だが、まあ、今は抑えよう」

その一言に、ようやくアリサは息を吐いた。
いつの間にか、呼吸すら忘れていたのだ。

「貴様の小隊のアーサー。王国の裏事情に詳しそうだったからな」

クラリスが言葉を挟む。

「呼び出して“お願い”したら、いろいろ教えてくれたぞ。契約労働者の仕組みも──マルセル。この国の大臣が作ったらしい」

アリサの胸に、ざわめきが走った。
「どこかにいる悪い人を倒せば、すべてが終わる」──そんな物語ではないと分かっている。
それでも、この感情は、いったい何だろう。

マルセル。
顔も知らぬその名が、アリサの中に静かに、確かに影を落としていた。
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