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第9話:事の顛末とカトラの努力
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祈りが終わったあと、二人はそそくさとその場を去ろうとした。すると勝気そうな一人の巫女がやってきて、こう言う。
「ねえ、お話の続きはどうなったのかしら?」
恥のあとに追撃を食らい、リオの喉奥からなんともいえない音が出た。カトラがリオを守るように立ちはだかる。
「やめろって! あれはわざとじゃなくてな……」
相手の巫女は笑った。春の日差しのような、あまりにも爽やかな明るさだった。
「そうじゃなくて……初頭村のウトおばあちゃんはどうなったのよ?」
見ると、あたりの巫女や側付きたちは立ち去らず、リオを囲むようにして立っている。
「続きがどこかに行ってしまって、読めないの。サツマイモ泥棒は捕まえたんでしょうね? 『鶴屋根の屋根の藁を一本ずつ割いて、中を確かめてでも見つけ出してやる』って書いてあったわよね?」
「私も聞きたいわ」
「私も……」
予想もしなかったことが起きていた。結局、位が上の巫女がやってきて解散させるまで、彼女たちのお喋りは続いた。去り際、こんな言葉がいくつも投げかけられる。
「古巣リオさん。続きをきっと書いてちょうだいね」
「なんで初頭村の話が気になるんだろう?」
夕食をつつきながら、リオは疑問を口にした。カトラは、ほくほくの鮭の身をほぐしながら微笑む。
「生きるための執念がすごいからかな? それが笑いでくるまれてて、読みやすい」
上品な物語にはない泥や汗、自分たちが決して味わうことのない『飢え』の描写さえも、彼女たちには極上の調味料になるようだ。
リオの元には、次々と訪問者が現れた。みな、袖の下に『原稿料』を隠し持っていた。
「リオさん、ウトおばあちゃんが山で見た『光るキノコ』の話、もっと詳しく書いてちょうだい」
そう言って渡されたのは、髪に良いと評判の櫛だ。
「サツマイモの甘煮の描写、あれを読んだらお腹が空いてたまらないの。でも、お話にあるような、砂糖の代わりになる植物はここにはないのよ。責任をとって、続きを読ませて!」
今度は、氷砂糖の欠片が握らされた。カトラが木箱を覗いて歓声を上げる。
「すごいな、リオ! 今日は木炭か!」
二人は目を輝かせて、戦利品を部屋に積み上げる。
リオは夢の中のような、ふわふわしたような気持ちでいた。しかし、はしゃぐとまた悪いことが起きそうで油断できないから、なるべく大人しくしておこうと、とりあえず茶を入れた。カトラが肩をすくめて、にやにやしながら言った。
「意外と、受け入れられたんだな。こんなことってあるのか。いやあ、不思議だな」
「びっくりした」
リオの元には、それから白紙までもが届けられるようになった。カトラはそれを見て大笑いした。
「たくさん書けってことか!」
リオは持てる余暇時間のほぼ全てを執筆にあてることにした。祈りに下りるたびに、物語調に綴った初頭村の様子を周囲に渡した。彼女たちはそれを回し読みしては、感想を手紙にしたためて送ってくるようになった。
薄紅色の和紙に包まれた蜜菓子、桐の箱に入った茶葉、絹の布切れ。今まで想像したこともなかったことが起きていた。甘い匂いが満ちる部屋で、リオはひたすら初頭村のことを書き留めていた。
ぶつり、と集中力が切れ、途端に頭がほわほわと筆を拒否する。ぐっと伸びをすると、筋肉が固くこわばっているのがわかる。そういえば、腰も痛い。リオはどたりと寝転がって、天井の模様をなんとなく見つめた。
ごり、ごり、ごり。
襖の向こう、カトラの部屋から音がする。這いつくばっていって、開けてみた。
「何してるの?」
聞きながら、その異様な光景に言葉が尻すぼみになる。臭い。腐った魚の内臓と、古びた薬草を煮詰めて、そこに獣の脂を注ぎ込んだような異臭だ。
鮮やかな緑色の畳の上に紙を何枚も敷いて、カトラがすり鉢を抱えていた。指先は白く、すりこぎを握りしめている。
「おっ、書き終わったのか?」
「……何してるの?」
もう一度聞きながら、リオは鼻と口を覆った。カトラは元気よく言った。
「薬を作ってんだ!」
「何の?」
「祈りの力が増す薬!」
遠くの町から取り寄せた南の深海魚粉、高地でしか育たない青いじゃがいもを混ぜて、瓶の中の浅黒い練り物を少々足し、熟成させるのだとカトラは説明する。
リオは窓に目をやった。開いている。それなのに、部屋はひどい臭いに満ちている。
「それ、飲むつもりなの?」
急に心配になって言った。しかしカトラは、自信満々に胸を張る。
「あたしには才能がないんだから、最高の薬で補うんだよ。不器用な人間が人に尽くそうとするなら元手を惜しんではいけないって、父ちゃんも言ってた。自分が損をするくらいつぎ込んで、やっと人並みに喜んでもらえるんだって」
カトラの父親は、一代で財を成した貿易商だ。少し話せばカトラの父親だとわかるほど、まっすぐで情熱的な人だ。
「それはわかるけどさ、お腹壊すよ」
「腹壊したって、稲が育てばいいんだよ」
「よくないよ……」
カトラはため息交じりに、もう一度言った。
「リオ。あたしには、才能がないんだよ」
割と頑固なところがあるカトラは、こうと決めるとテコでも動かなくなる。他のことは柔軟なのに、追い詰められると他の選択肢が見えなくなるとは思っていたが、まさか、体を壊すことも厭わなくなるとは。
「ねえ、お話の続きはどうなったのかしら?」
恥のあとに追撃を食らい、リオの喉奥からなんともいえない音が出た。カトラがリオを守るように立ちはだかる。
「やめろって! あれはわざとじゃなくてな……」
相手の巫女は笑った。春の日差しのような、あまりにも爽やかな明るさだった。
「そうじゃなくて……初頭村のウトおばあちゃんはどうなったのよ?」
見ると、あたりの巫女や側付きたちは立ち去らず、リオを囲むようにして立っている。
「続きがどこかに行ってしまって、読めないの。サツマイモ泥棒は捕まえたんでしょうね? 『鶴屋根の屋根の藁を一本ずつ割いて、中を確かめてでも見つけ出してやる』って書いてあったわよね?」
「私も聞きたいわ」
「私も……」
予想もしなかったことが起きていた。結局、位が上の巫女がやってきて解散させるまで、彼女たちのお喋りは続いた。去り際、こんな言葉がいくつも投げかけられる。
「古巣リオさん。続きをきっと書いてちょうだいね」
「なんで初頭村の話が気になるんだろう?」
夕食をつつきながら、リオは疑問を口にした。カトラは、ほくほくの鮭の身をほぐしながら微笑む。
「生きるための執念がすごいからかな? それが笑いでくるまれてて、読みやすい」
上品な物語にはない泥や汗、自分たちが決して味わうことのない『飢え』の描写さえも、彼女たちには極上の調味料になるようだ。
リオの元には、次々と訪問者が現れた。みな、袖の下に『原稿料』を隠し持っていた。
「リオさん、ウトおばあちゃんが山で見た『光るキノコ』の話、もっと詳しく書いてちょうだい」
そう言って渡されたのは、髪に良いと評判の櫛だ。
「サツマイモの甘煮の描写、あれを読んだらお腹が空いてたまらないの。でも、お話にあるような、砂糖の代わりになる植物はここにはないのよ。責任をとって、続きを読ませて!」
今度は、氷砂糖の欠片が握らされた。カトラが木箱を覗いて歓声を上げる。
「すごいな、リオ! 今日は木炭か!」
二人は目を輝かせて、戦利品を部屋に積み上げる。
リオは夢の中のような、ふわふわしたような気持ちでいた。しかし、はしゃぐとまた悪いことが起きそうで油断できないから、なるべく大人しくしておこうと、とりあえず茶を入れた。カトラが肩をすくめて、にやにやしながら言った。
「意外と、受け入れられたんだな。こんなことってあるのか。いやあ、不思議だな」
「びっくりした」
リオの元には、それから白紙までもが届けられるようになった。カトラはそれを見て大笑いした。
「たくさん書けってことか!」
リオは持てる余暇時間のほぼ全てを執筆にあてることにした。祈りに下りるたびに、物語調に綴った初頭村の様子を周囲に渡した。彼女たちはそれを回し読みしては、感想を手紙にしたためて送ってくるようになった。
薄紅色の和紙に包まれた蜜菓子、桐の箱に入った茶葉、絹の布切れ。今まで想像したこともなかったことが起きていた。甘い匂いが満ちる部屋で、リオはひたすら初頭村のことを書き留めていた。
ぶつり、と集中力が切れ、途端に頭がほわほわと筆を拒否する。ぐっと伸びをすると、筋肉が固くこわばっているのがわかる。そういえば、腰も痛い。リオはどたりと寝転がって、天井の模様をなんとなく見つめた。
ごり、ごり、ごり。
襖の向こう、カトラの部屋から音がする。這いつくばっていって、開けてみた。
「何してるの?」
聞きながら、その異様な光景に言葉が尻すぼみになる。臭い。腐った魚の内臓と、古びた薬草を煮詰めて、そこに獣の脂を注ぎ込んだような異臭だ。
鮮やかな緑色の畳の上に紙を何枚も敷いて、カトラがすり鉢を抱えていた。指先は白く、すりこぎを握りしめている。
「おっ、書き終わったのか?」
「……何してるの?」
もう一度聞きながら、リオは鼻と口を覆った。カトラは元気よく言った。
「薬を作ってんだ!」
「何の?」
「祈りの力が増す薬!」
遠くの町から取り寄せた南の深海魚粉、高地でしか育たない青いじゃがいもを混ぜて、瓶の中の浅黒い練り物を少々足し、熟成させるのだとカトラは説明する。
リオは窓に目をやった。開いている。それなのに、部屋はひどい臭いに満ちている。
「それ、飲むつもりなの?」
急に心配になって言った。しかしカトラは、自信満々に胸を張る。
「あたしには才能がないんだから、最高の薬で補うんだよ。不器用な人間が人に尽くそうとするなら元手を惜しんではいけないって、父ちゃんも言ってた。自分が損をするくらいつぎ込んで、やっと人並みに喜んでもらえるんだって」
カトラの父親は、一代で財を成した貿易商だ。少し話せばカトラの父親だとわかるほど、まっすぐで情熱的な人だ。
「それはわかるけどさ、お腹壊すよ」
「腹壊したって、稲が育てばいいんだよ」
「よくないよ……」
カトラはため息交じりに、もう一度言った。
「リオ。あたしには、才能がないんだよ」
割と頑固なところがあるカトラは、こうと決めるとテコでも動かなくなる。他のことは柔軟なのに、追い詰められると他の選択肢が見えなくなるとは思っていたが、まさか、体を壊すことも厭わなくなるとは。
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