リオの偽筆と真っ赤な真実

谷 亜里砂

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第13話:粉砕された像

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 一の位様は、いつの間にかリオの名前を覚えてくれていた。凛とした声で「リオ」と呼び止められたときは、何かの間違いだと自分自身に言い聞かせてしまうほどだった。



 彼女はカトラを大変気に入っている様子で、「三の位の様子を聞きたい」という名目でリオを自室に呼び、茶を飲ませたり、自分の硯を譲ったりしてくれた。



「こんなもったいないもの」



 リオがそう恐縮すると、一の位様はにこりとする。



「わたくしも、あなたの物語を読んだのです。特に、貧しい地域の様子が気になります。わたくしどもの力が及んでいないということですからね」



 ところが二の位の顔には、それが面白くないと書いてある。カトラが急激に位を上げたので、危機感が募っているのだろう。顔を合わせれば、嫌味ばかりだ。



「本当に初頭村なんて、あるのかしらね」



 カトラがカチンときたらしく、口を開く。



「どういう意味ですか」



「村の場所を聞いたのに、『光の中』だなんて。不思議だと思わない? 一体どこにあるのよ? 兎の神様がこんな謎かけみたいなことをおっしゃるなんて、変だわ」



 リオはめちゃくちゃになって言い返した。



「『光の中』にあるということです。だから光の中にあるんです!」



 二の位様はカトラに耳打ちするように寄る。



「……あなたの側付き、よく乱暴だって言われるでしょ? あなた、実は叩かれたりしてない?」



「おやめなさい」



 一の位様はいつでも仲裁に入る。兎の巫女として上位三人が強くまとまり、国の発展と豊作のために祈ることが肝要であると、こんこんと諭す。



 リオもその通りだと思う。しかし三の位が意地悪なせいで、まとまろうにも上手くいかない。なぜ彼女は一の位様のように、降り注ぐ朝日を含んで煌めく川のように、温かく接することができないのか。



 ところが、どこから噂が飛んだのか、リオの元に初頭村が存在しないのではないか、という懸念をしたためた手紙が届くようになっていた。差出人は宮の者たちだ。リオはそれを燃やしたくなった。



 そのうち、『嘘の話なら読むのをやめます』とか、『空想の話でもいいけど、事実みたいに書くのはどうかと思う』などと書かれるようになったので、本当に燃やすことにした。



 夕方、庭先で焼いていると、カトラが二階から顔を出した。



「なにやってんの?」



「ゴミの始末!」



 赤い炎が煙を生み、それは天へ昇っていく。空を飛べたら、初頭村はきっとすぐに見つかる。また一段と涼しくなってきた。山に囲まれた初頭村では今頃、穴の開いた着物の重ね着が始まっているに違いない。



 兎の神様は、カトラが何度聞いても答えを言わない。一の位様が聞いても、『光の中』で押し通す。せめて、どんな光か描写すべきだとリオは思う。光といっても白いのか赤いのか。吸うと息が詰まって死ぬとか、焼けるとか、色々と違いがあるはずだ。



 手段と言ったらもう、大神様に頼むことしか思い浮かばなかった。



 しかし、兎の神様への質問を失敗しているカトラは、びっくりして言う。



「あたしの力じゃ、大きな神さんなんて……きっと焼かれて死んじゃうよ!」



 リオはこうなってくるともう焦れてきて、他でもないカトラに嫌味を垂れる。



「なんとかしてよ。あんた巫女なんだから祈りなさいよ」



「巫女も大変なんだよ!」



「どうせ、試験に落ちた私にはそんなことはわかりませんようだ」



「そんなこと言ってないじゃんか!」



「そういう風に聞こえた」



 だいたい、きちんと答えない兎の神様が悪い。リオは八つ当たりにまみれた。もうこうなったら、自分で聞くほかない。



 祈りの場で、三人の巫女たちが手を合わせている。リオは彼女たちが祈り終えるのを待って、兎の石像の前に立ち、合掌した。



 リオの頭の中に、身をうねらせ、こちらへ寄ってくる姿が浮かんだ。何が言いたいのか、じっと考える。ぴしり、と雷が落ちたような音がする。



「何をしているのです!」



 背後から響くのは、一の位様の尖った声だ。目を開けると、びし、びしと石像が割れているところだった。



「あっ……うあっ……」



 実物の兎が時を止めたような可愛らしい石像は、耳の先から足までもれなくヒビが入り、崩れ落ちた。



 リオは知らなかった。



 温厚な一の位様は、刺すように鋭い声を出すことができる。意地悪な二の位様は、涙を流すことができる。彼女はぽろぽろと泣きながら、割れた石を集めて嘆いた。



「おいたわしや、兎神様……嫉妬した龍の神が、兎神の石像を割ってしまったんだわ。これだから種の違う側付きなど……」



 カトラは『しょうがない』とは言ってくれなかった。リオは一人、無言で、与えられていた自室にこもる。十人のリオが大の字に寝転んでも、四肢が壁に触れることはまず有り得ないほど、広い個室だ。自分など金魚鉢ほどの空間がお似合いなのに、畳からは嫌味にも高級な匂いがする。



 耳の奥で、あの乾いた音が何度も再生された。硬い石が砕ける音だ。それは、カトラの未来が砕ける音だったのかもしれない。自分とは違う、龍の神が憑いた女を、国に身元不明と言われても信じて側に置き、いつでも正直に接するような人がカトラだ。湯気ののぼる食事と、柔らかな布団に包まれるのがふさわしい人だ。



 龍に町まで運んでもらった奇跡が不十分だと文句を言い、慎ましい一の位様を怒らせ、気位の高い二の位様を泣かせ、誰より正しく一生懸命なカトラの立場を潰す自分などは、もうどうなってもいい。



 そもそも、あの兎の像は一体いつからあったのか。誰が作ったのか。自分の給金で払えるか。もしかしたら、本物の兎が奉仕精神から自ら像になることを選んだ歴史があったかもしれない。リオは自分が身代わりとなって兎の像になることを夢見たが、きっとさらなる侮辱ととられ、二の位様あたりに粉々に割られてしまうだろうと思い至り、しくしく泣いた。
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