リオの偽筆と真っ赤な真実

谷 亜里砂

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第22話:黒幕を見る

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 薬院の門の前に、二の位様が側付きと共に座り込んでいた。ぼうっとしていると思ったのに、リオが目の前を通ると、「まだ会えないわよ。医者に話しかけたりして、治療の邪魔しないでよね」と声をかけてきた。張りのない声だった。



 振り返ると、二の位様は目の下のクマを化粧で隠すこともせず、脇には稲穂の小鉢を置いている。大粒の米がついた、立派な稲だ。彼女はそれを示して言う。



「わかる? わたしにできるのはこれだけ。あんたはどうでしょうね」



 二の位様は、リオを睨み上げた。射るようなまなざしの中に、きらりと暖かい光が潜んでいる。そうだ。巫女は祈る力で、稲穂に実をつけることができる。国に富をもたらすことができる。そして、怪我を治すことができる。



 初頭村に帰ったとき、龍は姿を見せてくれた。抱きしめてもらったわけではないが、もう怒っていないはずだ。



「それ貸してください!」



 リオは二の位様から稲穂を半ば奪い取るようにした。二の位様の側付きが怪訝そうに口を開きかけたが、主に手で制されて押し黙った。リオは手を合わせ、胸の内から震えるほど強く祈った。



 カトラを助けて。唯一無二の親友の、命を助けて。誰よりも正しい人を、この世に繋ぎ止めて。



 零の位様の屋敷は、外の煤臭さや悲劇とは無縁の、百花繚乱の別世界だ。窓の外には白い花畑が広がり、甘い香りに満ちている。



 側付きたちが驚いた顔でリオを見るが、誰も声をかけてこない。それほどの覚悟と気迫が、今のリオにはあった。居室の扉の前に立つと、中からは、優雅な琴の音色が聞こえてくる。



「失礼いたします。古巣リオです。ただいま、戻りました」



 琴の音が止まる。窓辺の長椅子に、零の位様は座っていた。



「あら、お帰りなさい。早かったのね」



 零の位様は琴をしまうように側付きに命じ、いつものように微笑みかけた。



「お願いがあるんです!」



 リオが叫ぶと、零の位様は「なにかしら?」と少しびっくりしたように目を見開いた。



「カトラが、三の位が火事で、大怪我をして……」



「聞いたわ。不審火だそうね。運が悪かったわねえ」



 まるで『春の雨に濡れた』ほどの軽さで、零の位様が目尻を下げる。リオは構わず、懐に手をやり、いっぱいになった小袋を取り出した。



「これを見てください!」



 そこには、リオの胸で熱くなった砂金、それも大粒が重い輝きを放って煌めいている。



「砂金?」



「祈りの稲に手を合わせたら、砂金がなったんです。零の位様! お願いです、私を巫女にしてください! これほど祈る力があれば、カトラは助かるかもしれない」



 零の位様はリオに押し付けられた砂金を手の中で転がしながら、静かに言う。



「そんなこと、しなくていいのよ」



 ああ、そうか、とリオは早合点した。きっと零の位様はもう、カトラのために大神様に祈ってくれている。



「あっ、そうですよね。もう祈ってくださっているんですよね! ありがとうございます、零の位様のおかげで……」



 しかし、彼女は口の端を上げて言葉を漏らした。



「誰も祈ったりしないわ……あら、やだ」



 口が滑った、とでもいうように、零の位が息を吐く。リオの視野が、零の位を中心にぐっと狭くなる。リオに返された砂金の大粒たちが、小袋の中で泣いている。察しが悪く、たくさんの警告を無視し続け、事態が本当に悪くなるまで気付きもしない自分の代わりに、現実を嘆いている。



 部屋の空気は、熟れ過ぎた果実のように甘く、そして息が詰まるほどに重苦しい。いつからこうだったのか、前からこうだったのか。外の世界では木枯らしが吹き荒れているはずなのに、この部屋だけは狂ったような春の陽気に支配されている。金と銀で彩られた調度品が、ぎらりとリオを睨んでいる。



 もはやリオは、部屋の主である零の位を直視することができなかった。



「リオ、こっちを見てちょうだい」



 彼女は窓辺の豪奢な長椅子に腰掛け直し、水の入った器に触れた。溶けた飴のような甘い匂いが部屋に満ち、湯気がのぼる。零の位は湯を注ぎ、リオの分も茶を入れた。その指先は白く、細く、とても数日前に狼を焼き殺し、カトラの屋敷を燃やした手とは思えないほどに美しい。



「ねえ、やだわ。勘違いしてるでしょう?」



 ふう、と茶の湯気を吹き払い、彼女が言った。その声は、障子紙の上を歩くように繊細で、どこか悲しげだった。



「わたくしがそんなこと、するわけないでしょう? 一の位も三の位も、大切な部下よ。わたくしも胸を痛めているの。これでも、夜も眠れないほど心配しているのよ」



 彼女の瞳の奥には、『証拠もないのに、何が言えるの?』という冷徹な嘲笑が見え隠れしていた。



 狼を焼いたときの甘い匂いと、カトラの燃えた屋敷に残っていたそれ、そして湯を沸かしたこの香りが同じものだと、もしここで零の位に告げたなら、自分はどうなるだろうか。
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