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第2章
それは、時を遡る前の皇帝4
しおりを挟む俺と皇妃は、近い境遇であったのかもしれない。
冷静に話してみれば、嫌いでは無かったかもしれない。それなりに上手く皇宮で生きてゆく同士になれたかもしれない。
だが、そんな“もしも話”、それを知る術はもう無い。
せめて、仮初の夫婦であった者として、最後くらいは、その願いを聞きたいと皇帝は思った。
「皇妃が全ての罪を自白した。処刑は明日の早朝に執行する」
皇帝の言葉に、重鎮達は驚いていた。これまで何だかんだと理由をつけて先延ばしにしていた皇妃の処刑を、突如執行するというのだから。
「明日…と言うのは、些か性急では?神殿からの返事を待ってからでは…」
「どのみち早く処刑を執行しろとせっつかれていただろ、結果は同じだ」
それまで、頷くことしかし無かった皇帝が、こうも強引に事を推し進める発言をするのは初めてのことで、重鎮達は動揺していた。
「加えて、帝国刑法第25条をここに適応する。
“速やかな自白はその親族への情状酌量を赦される”故に、皇妃の親族への罪状は処刑では無く追放刑に処す。
これも、神殿の“迅速にせよ”との指示通り、明日執行する。民への触れ書きも明日執り行う」
「明日の処刑は、早過ぎます」
「“処刑は”と言うことならば、親族の国外追放は明日で良いな?」
初めにハードルの高そうな要求をして、落とし所を探し頷かせる。そんな交渉をしたのはいつぶりか。
今回大罪人である皇妃はともかく、その親族は本来、貴族達にとっても神殿にとってもどうでも良い存在だと、皆は思っているだろう。
皇妃の処遇を勝手に決めるよりも、ハードルは低い。
しかも、傀儡とはいえ俺は皇帝だ。
突然強く発言をすれば怯むだろうと予想したとおり、利権にしか興味のない無能な重鎮達はアタフタとしていた。判断がつかないのか、黙ったまま沈黙した皇帝に最後は頷いた。
「そのくらいであれば…良いかと…確かに、我々がもたついてしまって、神殿からの抗議が来ておりましたので、威光に背く気は無いと言う意思表示にはなりましょう」
まごついたままであるが、確かに肯定した重鎮の発言に、皇帝は壁隅で控えていた衛兵をギロリと睨み付けて言った。
「聞いていたか?
子爵家へ伝達し、早急にことに当たれ」
「は、はっ!」
これは一か八かの掛けでしかない。
神殿が子爵家を見逃すかは、分からない。
ーー今の俺に出来るのは、此処までだ。
◇◇◇
皇妃の処刑が執行される時間が近付いて、民衆が広場へと集まっていた。皇后の隣にある、皇帝の席は空席だ。
どうにも、今日ばかりは、隣でこれを見る気にはならなかった。仮初とはいえ、妻であった者の処刑を、新しい妻と見ているなど悪趣味も過ぎると感じる俺は、変わり者なのだろうな。
それでも、結果は受け止める。
だから、群衆の集まる広場に紛れ、ぼんやりと処刑台を見上げていたときだった。
俺は、こっそりとお付きの従者から、追放された子爵家へ、神殿から刺客が放たれたことを聞いた。
ーーやはり、そうか。
俺が何をしようが、結果は変わらなかったということなのか。
諦めていたつもりだったのに、また俺は無駄なことをしてしまったのだ。
頭を押さえつけられ、斧を振り上げられている皇妃の様子に、群衆からは歓声が上がっている。
この世界は、本当にクズばかりなんだな。
誰がこんな者達のために良き政治を治めようとするんだ?
諦めるのが正解なんだ。
権力者に良いようにされて、搾取されろ愚民共。
そんなふうに、心の中で悪態をついていたときだった。
「ーー…っ。やめてって言ってるでしょ!!!」
ーー…耳の中に、声が響いた。初めて聞く魂の叫びとはこう言うものなのだろうか。
それは、一瞬で引き込まれる程の存在感を放っていた。
周囲は、処刑に夢中で気が付いていない。
なのに、声の主を探して俺だけが視線を彷徨わせた。
すると、フードを被り、短剣を取りだして処刑台へと突進している人物が目に入る。
皇妃に集中して声援をあげていた周囲の人間は、己の身を案じて逃げ惑いはじめた。
「それ以上やったら、容赦しないんだから!!私が貴方達を殺してやるから!」
悲痛な叫び声は、聞いている者の胸を容赦なく裂こうとしている。そんな風に感じてしまうのは、何故なのか。
あいつは一体何者で、誰なんだ?
フードがはだけて、ピンクゴールドの髪が顕になった。
横顔から見える、涙にうもれた黄金色の瞳。何処かで、誰かに僅かに似ている。その姿は、異様にその場で、存在感を放っている。
何故か、目が反らせない。
『私にも、姉妹がいます』
『平凡で、優しい姉です』
そうか、こいつが、皇妃が守って欲しいと願っていた姉か。
衛兵達に取り囲まれ、引っ張られている姿を見て、足を踏み出した。
全てを、諦めていたなんて嘘だったとその時気付いた。
やめろよ、もう。
やめてくれよ。
諦めても、諦めなくても結果はいつも変わらない。
何で俺の周りではいつも、こんな結末しか待っていないんだ。
これ以上はー……もう、やめてくれ
もう誰も、俺から何も奪わないでくれ。
手を伸ばした瞬間、俺が触れる寸前で、その人は多方向から斬り込まれていた。
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────────
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ーーチュンチュン
窓辺から小鳥の鳴き声がして、カルロは目を覚ました。
ペンダントを握ったままのこぶしを開いてみれば、己の爪で皮膚を傷つけていたのか、掌には血が滲んでいる。
目頭を押さえてゆっくりと起き上がり、ベルをならす。
扉の向こうから、スピアが問いかけてきた。
「おはようございます、朝食の準備は出来ておりますが、如何なさいますか?」
「いい。それよりも、早急に持ってきて欲しいものがある」
「何でしょうか?」
「フェリミア・ロナンテスからの手紙を持ってきてくれ」
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