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第2章
番外編 ローズマリア・ナイアス 後編
しおりを挟む十二歳の夏に経験した初陣では、見事にトラビア王国軍を撤退させることが出来た。
要因は幾つかあるけれど、ジゼが先陣を切ったことで、前線の指揮は元々高かったこと、父が 狂戦士と揶揄される程の活躍をしたことも大きかった。
また、私もーージゼや父が前線にいると思うと、今まで以上の威力を歌に込めて発揮出来たと思う。
けれど、トラビア王国はそれから何度も進行を繰り返して来た。
圧倒的な数の差の前に、ルア王国の国王はこれ以上長引かせると、王都へ刃が届くのも時間の問題と判断して、結局は契約通り一定数の奴隷を渡すことになった。
こうして、王家のその決断により、再び戦争のない日々は過ぎた。
十四歳になると、どうして、王太子であるジゼが婚約者を設けないのかを知ることになる。
これまで秘匿にされてきたが、高等部にあがると露見する事実なので、王家は王太子の誕生日のため開いたパーティーのおり、公表に踏み切った。
ジゼには、王家が当然保有している魔力が無かったのだ。
これには、皆がざわめき、口々に〝ジゼ殿下が王太子で大丈夫なのか?〟〝まさか、王太子が魔法を使えないなど聞いたことがない〟〝ただでさえ大国にいいようにやられているのに〟そう囁いた。
そんな声が煩わしかったのか、その誕生日パーティーで、ジゼは殆ど会場に姿を表さず、誰も来ないバルコニーに身を置いているのを見つけて、私は話しかける。
「ジゼ」
「ローズか」
振り返ったジゼはいつもと変わらない様子に安心して、胸を撫で下ろす。
「戻らないの?主役でしょ?」
その問いかけに、少し沈黙が漂った。
「…聞いただろ?
誰も俺のことは祝いたく無いだろ」
「私は祝いたいわ」
そう言うと、私を見ない様にしていた後ろ姿が、ピクリと動いたのがわかった。
暫くの静寂の後、ジゼは深くため息をつく。
「はぁ。俺格好悪いな」
目を伏せて、ぐしゃりと髪をかきあげる。
そんな弱気なことを言う彼は初めてだった。
「ジゼは格好悪くないわよ」
「いや……魔法が使えない王太子は前代未聞らしい。
落ちこぼれってやつだよ」
両手を広げて、おどけた様にいう。
そんなことを言うジゼはらしく無い様に思えて、不愉快だった。
「いつもあんなに、自信満々な顔してたのに?」
「ぁあ。情けないところをバレないように、格好つけてたんだ」
どうしてか、さっきから目を合わせようとしない。まるで、悪いことをしてしまったかの様に。
私はそんなジゼの胸ぐらを掴んだ。
「魔力が無いから何だって言うの?
ジゼは私より剣術の腕は上じゃ無い」
どうして、努力ではどうしようもないことが出来ないからって、こんな風に、自信なさげで、後ろめたそうな顔をするんだろう。
「…この世界に魔法がある以上、魔法の使え無い者が王になるのは、皆が言う様に心許ないだろう。
子にも遺伝するかも知れないしな」
「じゃあ、私と結婚したら解決ね。
私は魔力が人の何倍以上もあるんだから、それが半分になった子が生まれても誰も足元に及ばないわよ」
「ローズ…」
「それでさ、私達が王と王妃になったら今度こそーー
国民を奴隷として献上する契約を破棄してやるのよ。
そんな偉業を成せば、誰も何も言わないわ」
そう言い切ると、驚いて目を見開いていたジゼは、いつもの調子で大笑いしてくれた。
それからすぐのこと、私達は婚約して、それと共にジゼの剣となる契約をかわした。
私はジゼだけの剣であり、生涯忠誠をささげると。
だから、簡単に揺らぐ様な絆では無いと思っていたーー
ーーでも。
ミミルが現れてから、ジゼの態度は緩やかに変わってゆく。
まるで長年の恋が覚めて、新しい人に惹かれてゆく様に。昔の恋など、煩わしいと言わんばかりの視線・態度。
何よりこたえたのは、かつて『男より強くて脳筋の女なんて、願い下げだぜ』と言った令息に憤慨して怒っていたその口で、ジゼは私に言い放った。
「魔力が強いくらいしか脳のない女など、可愛げがない、願い下げだ」
ただのーー政略的な婚姻と言うだけならこんなにも、胸が痛むことは無かったのに。
あの言葉がジゼの口から出たもので、魅了されたからだと今はわかっている。
けど、ゆっくり心変わりしてゆく様があまりにも、本当に心が動いたのではないかと思うくらい自然な流れだったから。
ジゼが向けてくる私への嫌悪の表情や声、温度は、全て本物に見えたから。
それが突然、魅了だったから、本心じゃないと言われても。
魅了により本音を言えたのではないかと思う自分がいる。
♢♢♢
過去を思い出しながら、目が覚めた。
目尻に浮かぶ涙を拭って身を起こす。
魅了事件が終わったのに、私は気が晴れない日々が続いていた。
それはきっと、ジゼだけのせいじゃない。
国民の皆の私へ向けてくる視線が怖い。
全てが魅了によるものだとわかっているのに、何時迄もそう思い怯える私は自分が思っていた以上に臆病なのかも知れない。
落ち着かないーー魔力が無いことを公表された時のかつてのジゼも、こんな気持ちだったのだろうか。
トントン
その時、扉を叩く音がした。
「ローズ!大変だ、ローズ!!」
「お父様?朝からどうしたのですか?」
扉を開けると、そこには興奮気味の父がいた。
「トラビア王国が、セレイア王国に併合されるそうだ」
「え?どう言うことですか?」
「つまり――トラビア王国は主権を全てセレイア王国に譲渡しーー消滅した」
父の言うことがあまりにも突飛で、数度目を瞬く。
「国が、消滅…なら。国同士の契約は」
「ぁあ!奴隷の献上義務は〝トラビア王国〟との契約だ!
国そのものがなくなった今、続けようがない。それにーー」
父は、書簡を広げて見せて来た。
そこには、セレイア王国の紋章が記されており、こう書かれていた。
〝旧トラビア王国の対外契約は、すべて白紙とする〟
ーーと。
つまりーー国の消滅に伴い、長年続いていたルア王国とトラビア王国の奴隷契約も、文字通り完全に消滅したと言うことだ。
「……。突然、こんな。これは、何かの夢ですか?」
こんな、長年ルア王国の民を、王族を悩ませて来た制度があっさりと覆るなんて。
「これを成した主要功労者はなーーローズ。
セレイア王国の元公爵令嬢にして、今はトラビア王国の伯爵。
リディア・ホーキンス卿だ」
父は、ここからが言いたい話だと言わんばかりに珍しくゆっくりと、静かに述べる。
ホーキンス伯爵のことは知っている。また会いたいと思っていた。関係ない立場でありながら、国境を超えて、私を助けに来てくれた子だ。
当時はホーキンス男爵で、てっきり男性かと思っていたから、私と歳の変わらない女の子だったと知った時には驚いたものだ。
「セレイア王国に起きたことは知っているか?」
「…はい、私と同じ立場に置かれた公爵令嬢が、自害したと」
「ーー彼女はな、元アルレシス公爵令嬢なんだ。
その、自害されたと言われていた」
「え?」
処刑場で、懸命に私をおろそうとしていた彼女の姿が脳裏に浮かぶ。
そんな風には、見えなかった。
つまり、この魅了騒動の顛末はこうだ。
トラビア王国の好色王による魅了の被害者であり、消滅魔法で自らの死を偽装した彼女が――元凶である好色王とともに、トラビア王国までも本当に消滅させた。
おそらく、あの様子では本人にそのつもりはないのに。
「……くっ、ふふっ」
ナイアス侯爵は、魅了事件後に暗い顔ばかりしていた娘の、小さな笑い声を聞いて、口元に弧を描いた。
「伯爵はおまえと同い年だ。ナイアス侯爵令嬢たるもの、負けてられんな」
「ーーはい」
男の子に負けたことはない。同年代の女の子など、眼中にはなかったのだけれど。
自分に出来ないことをやり遂げてしまう子がいたなんて。
私は…狭い世界で生きて来たのだと痛感した。
過去の痛みはまだ、消える気配はない。
でもーー私だけが、逃げてばかりはいられない。
また彼女に会う時、胸を張れる自分でいなければならない。
素直に、そう思えた。
♢♢♢
作者コメント
ローズマリア・ナイアスの番外編の希望があり、書いてみました。
ただ、気付いた方もいるかも知れませんが、彼女の元ネタがジャンヌダルクなので、背景が少し重めになりました。
もう少し軽めを期待していた方がいらっしゃいましたらすみませんでした。
また物語でお会い出来ますように💐
マロン株式
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感想ありがとうございます。
彼女の性格はそのままですね…😭
きっちりケジメつけてもらわなくては、ですね。
嬉しい感想ありがとうございます🌸🌸
ジゼはまたがっつり魅了されてしまったのが…本当に頑張って欲しいところです😭
室長やリディ、バンリのことも気にしてくださり作者が感動しました😭💐
またそのうちに、その後の話を描けたらと思いました✨✨💐
でも、統合した後の話なので、リディアとバンリは書き始めると止まらなくなりそうです笑笑
ローズとジゼは少しずつですね…
続きが気になるのは嬉しいです☺️
バンリとリディアは…恋愛も含めてこれから色々と問題はあるでしょうね…
私も物語が終わりさみしかったりします😭