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1巻
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◆
それから暫くの時が経ち、日が沈んで室内が暗くなり始めた頃、室長――ハビウスがようやく研究室に戻ってきた。
リディア以外に唯一残っていたモルトは、彼の帰宅に反応して駆け寄って行く。
「室長! おかえり!」
「あぁ、おまえら残ってたのか。相変わらず研究馬鹿だな」
「違うよ、リーちゃんは今日用事があるって言ってたけど、室長のことを待ってたの。そしたら眠っちゃった。昨日寝不足だったみたい」
「あー……座って寝るのは、机にヨダレたらすからやめろっつってんのに。資料が汚れる」
ハビウスは面倒くさそうに頭をかいてから、突っ伏しているリディアを横抱きにして、ソファーに寝かせた。
意味あり気な表情で、あどけない少女の寝顔を一瞥した後。
ハビウスはそのまま近くの机に寄り掛かり、胸のポケットからタバコを取り出して火をつける。
「……最近、タバコを吸う頻度が高いですね」
先程まで眠っていた少女から突然声をかけられて、ハビウスは皮肉めいた言葉で返した。
「今日は随分目覚めが良いな」
「眠りが浅かったんですよ。気になる事が多すぎて」
「気になること……奴隷の王子様とかか?」
「……やっぱり。何か知ってるんですか?」
「いや、知らねぇけど。俺が知っているのは、ただ……」
「ただ?」
「セレイアの前国王が数年前に消滅したって事くらいだな」
第三章 私の奴隷は手間が掛かるようです
私は先日、元婚約者であった王太子を奴隷として購入した。
今は、精密検査が終わったということで、彼を引き取りに来ているところだ。
(私はもう貴族じゃないし、バンとは会わないだろうと思っていたから不思議な感覚……)
私は王太子……バンリが精密検査を受けている三日間、セレイア王国の事を調べてみた。
私が消えた四年前からあえて母国の情報を見ないようにしていたから、初めて知ることばかりだった。
一番気になった記事といえば、私の死が消滅魔法によるものではなく、突如現れた悪魔に殺されたと記されていたものだろうか。記事によると、国民から慕われていた王太子の婚約者を殺したその悪魔は、速やかに火炙りにされたらしい。
……悪魔……。歴史書にはよく出て来るけど、現代ではいるのかどうかも怪しい存在だ。
それにしても自殺が外聞悪いからといって……悪魔って……悲劇とか美談をでっちあげるにしても、もっとこう……なかったのだろうか?
――そういえば、前世で有名だったジャンヌ・ダルクも魔女といわれて火炙りにされていたな……あの時代、周辺国の人々はそれを信じたのだろうか?
とにかく、王家は現在、第二王子が十歳の若き王として国を治めている。
前王は流行病により亡くなり、王位を継ぐはずの王太子は婚約者が殺されたショックから床に伏せていると報じられている。
(ミミルと王太子のハッピーエンドは? 今、どういう状態なの?)
図書館で、私が不在にしていた四年間のセレイア国を調べた所で有力な情報はなかった。妙に信憑性のある情報といえば室長が言っていた事くらいか。
『セレイアの前国王が数年前に消失したって事くらいだな』
そう室長が言うから、慌てて調べ回ってみたけれど。
結局そんな記事は一つもない。
もし王太子だったバンリが奴隷になっていなければ、室長の話を信憑性がありそうだなんて思わなかったけれど。ショックで床に伏せていると記事で書かれていたバンリが、奴隷として現れた所を見ると……
――セレイア国で王位継承権争いが起こったのではないだろうか。
普通に考えたらそうだ。それ以外にない。
(誰がそんな企てを……そんな事をしそうな人、うちの国にいたかな……? でも、奴隷にしておいて、公には死んだ事にされないという事は、やっぱりいつか王宮から迎えが来そうよね)
道すがら、思案しながらもバンリを迎えに行く。
到着すると、主治医の先生が診察結果を教えてくれた。
「重度な睡眠不足なので、睡眠薬を処方しますね。食事もロクに食べていなかったみたいなので身体がとても弱っています。何でも良いので少しずつ食べさせてあげてください。身体的には少し傷はありますが、重症なものはありませんね。気力も衰え精神的な衰弱が見られますので、精神安定剤も処方します」
――彼の不幸を願ったわけではなかったのに、どうしてこうなったのか。
それに、再会するつもりもなかったのに、この状態では放っておく事も出来ない。
(……おかしいな、奴隷には家事を手伝ってもらうつもりだったんだけど、むしろ私が彼を気遣わなくちゃ。王宮から迎えが来るまでに回復してもらおう。万が一にも機嫌を損ねて、後で断罪されないように丁重に扱わないと)
迎えに来た私に対して、バンリはまた身体を揺らしていた。
まるで、再会してからずっと、幻を見ているかのような目で私を見ている。
帰路へつく中、無言でついて来るバンリの視線が背中に刺さる。最後の別れ方が、別れ方であっただけに少し気まずいのかもしれない。
「あのね、バンリ殿下……」
くるりと振り向いて話しかけようとすると、バンリの肩がびくりと跳ねて、身体をこわばらせた。
その瞳には、私に対する畏れが浮かんでいる。
(……)
私はスッと手を伸ばして、バンリの頬に触れた。
「バンリ殿下に、何があったのか私には分からないけれど……どうか私を、怖がらないで」
「……幻……では、ない?」
「え?」
頬に添えた私の手に、恐る恐るバンリの片手が重ねられた。私の頬に壊れ物を扱うかの如く、慎重にもう片方の手でフワリと触れる。
「触れても、消えない? さわ……れる? 今まで、いったい……」
「バンリでんー……」
バンリが震える声で呟いた次の瞬間、勢いよく抱きすくめられた。
私が被っていたフードはハラリと後ろにめくれたが、それを気にしている場合ではなかった。苦しいくらいに力の込められた腕の中で、彼が全身全霊をかけて私を捜していた事が伝わってくる。
――なぜ?
私という憎くて邪魔な婚約者が目の前から消えて、今頃はミミルと共に将来を誓い合い、幸せにしているはずのバンリが、どうして私をこんな風に抱きしめているの?
「リディ、リディア、本物だ。わたしはやっと死んだのか?」
ギュウッと抱く力は私を離すつもりがないようで、バンリの瞳からボロボロと溢れ出ている涙は、まるでずっと私を求めていたと言わんばかりで。
冷えていた心の奥底に熱を宿そうとする。
なぜ? だって……貴方は、優しかった国民がある日急に私が消えることを望むようになっていたのと同じく。ゲーム通り私を遠ざけて〝暫く距離を置こう〟って……言っていた。
「バン……リ……」
その後はずっとミミルを側において……だから。
私を疎ましいと……。消えて欲しいと貴方も……思って……
『謝るんだ、リディア・アルレシス』
「わたしは君に、謝らなくてはならない事が沢山ある。全部償うから、何でも言う事を聞くから、だから夢だとしても、いなくならないでくれ、リディ」
「……」
「お願いだ……」
「……バン」
「好きだ、君が好きだ。君の事がこの世で一番大切なんだ」
何があったのかわからない、だけど。
背中へまわされた腕が、隙間なく押しつけてくる胸板が、私の頭をかき抱く手が、摺り寄せてくる頬と止めどなく溢れている涙が。
彼の心からの声が。何が真実だったのかを教えてこようとする。
『永遠に、愛を誓うよ』
もしかして、あの時もまだバンリは私を……私を愛していたの?
――そんなはずは……だって……
頭は混乱していた。ただ事実として今わかることは、私が無事であるという現実を、バンリが強く求めているというだけ。
「バン……私は、生きているの、初めから」
どうしよう、バンの顔が見られない。
あんな別れ方をして、さよならをして、もし彼が変わっていなかったのだとしたら。
彼の態度がおかしくなったのは、何か理由があっただけで、その根底にある気持ちは私が知っているものだったとしたら。
私が全てを捨てて新しく人生を始めていた時、どれ程バンを苦しめただろうか。
「生き……て……」
バンリは身体を離して、私の顔をマジマジと見つめ始めた。
「そうなの。あの時、本当に貴方の前には二度と現れないつもりだったから。バンも、私が消える事を望んでいるのだと、思っていたから……」
「望む訳が、ないだろう!」
言葉の続きを聞きたくないと言わんばかりに遮られて、頬を両手で挟み込まれた。
「君が……いない世界をわたしが望むわけがないだろう。二度と、もう二度とやらないでくれ」
「……うん」
バンリに何があってこうなっているのか、当時、本当は何があったのか、その全てを私が聞くのはもう少し先の話で。今はとにかく、弱った身体だというのに構わず、私を離すまいと力を込める彼の背中に手を回した。
第四章 元王太子である奴隷との生活幕開け
先程までの彼は、泣いて怒りながらも、永遠と私を抱きしめてそうだったのだけれど……背中をさすりながら「お家に帰ろう」と声をかけると静かに頷いてゆっくりと離してくれた。
帰り道、私達は無言だった。
お互いに聞きたい事は沢山あるけれど、見るからに幸福な道のりを歩いていたわけではないだろう彼に、過去のことを簡単に聞いて良いものかわからなかった。
彼もまた、私に沢山聞きたい事があるだろう。だけど最後の別れ方が蟠りの塊のようなものだったから、なぜ私が生きているのか聞けないのかもしれない。
(奴隷になっているなんて……思いもよらなかった)
どう切り出そうかと悩んでいるうちに私達は家についた。
とにかく今日から奴隷になった元婚約者との生活がはじまる。
奴隷商人からバンリを購入した時、特に契約書はなかった。契約書は三人以上奴隷を購入したら必要とのことだ。
奴隷商人は黒炭でバンリの左胸に奴隷紋を描き、透明の液体で私の手の甲に所有者紋を描いた。所有者紋は奴隷に罰を与える時だけ手の甲に光って現れるらしい。
奴隷が〝命令〟に違反すると奴隷紋を介して激しい痛みを伴うと簡単に説明を受けた。
〝命令〟というのは、所有者がハッキリと「我、奴隷〇〇に命じる。○○しなさい」と宣言するものらしいが、そんなことをする予定はないので、私達には無縁なものと考えている。
もし命令違反による痛みのみが奴隷契約の効力だとすれば、私が命じなければ彼は普通の人として生活できるのだろう。
そう思うと少し胸のつっかえが取れる。
けれど私は初の奴隷購入だけに、知らないことも多いのが不安なところだ。
精密検査が終わるまでの三日間は母国についての調べ物とは別に、バンリの生活準備や生活スペースをどうするか考えていた。
なぜなら私の住まいは一人住まいに適した小さな小屋だ。
私がこの国に自分を召還した時に、室長から研究員用の仮住まいを与えられた。今はそれを買い取って使っている。
私は土地を持たない所謂、法衣貴族。しかも訳ありが多いと有名な魔塔出身者だ。爵位を得ているといえ、公爵令嬢の時よりも身軽なもので、邸宅を構えて体裁を整える必要もない。
とにかく、この三日でバンリの着替えやパジャマ、部屋着と歯ブラシ……色々と買い揃えたが、このまま長く過ごすことは難しいだろう。
状況はわからないけれど、相手は元王太子様だ。
しかも、世間では婚約者の死に塞ぎ込んだ引きこもり扱いで、死んだ事にはなっていない訳だから、彼はまだ正真正銘の王族だ。肩身の狭い扱いは出来ない。
(……王族であり奴隷? これは……私もしかしてまずい事に……ん。そこを考えるのは、今はやめておいた方が良さそうね)
……色々気になる事はあるけれど、ひとまず私達はご飯を一緒に食べる事にした。
「……リディが作ってくれたのか」
「あまりこういうのは得意ではないのだけれど、この位ならなんとか。食べられる? やっぱり食欲はないかな?」
「大丈夫、リディの顔を見ていたら食欲が沸いてきた」
念のためバンリの好きな食材で消化に良さそうなものばかりを作ったおかげか、彼はとても嬉しそうに、幸せそうに用意したご飯を口に含んでくれるので、私は思わず顔が綻んだ。
まるで、私達の間には何事もなかったかのような雰囲気で……いつまでもそんな気分に浸っていたいような、そんな気持ちがわく。
(何があったのか聞くのは、もう少しバンリの生活が落ち着いてからで良いか……)
「ねぇ、リディ」
もくもくと向かいあってご飯を食べているとバンリが途中で手を止めて話しかけてきた。
「ん?」
「君に、話したい事が沢山あるんだ」
「……うん」
「ミミルのこ……っっ」
「……? バン?」
話の途中で、バンリが言葉を止める。不思議に思い呼びかけると、バンリは私を見て瞬きしたあと、顔を横にふるりと振って笑みを浮かべながら言った。
「……いや、何でもないよ」
◇
「バン、今日は私が先にお風呂入ってもいい?」
小屋には私が入居する前に住んでいた研究員が設置した、コンパクトだけれど使い勝手の良い浴室がある。
ただ、沸かしたてはいつも湯船の温度が四二度程になり、少し熱めだ。
熱めの湯船は眠気を覚ますには良いけれど、バンリには逆の身体を休める効果が必要だ。ぬるめのお湯に浸かると副交感神経が刺激されて身体が睡眠の状態になる。
だから、湯船の温度が下がっているだろう、後の風呂をお勧めした。
それに、重度な睡眠不足と診断されていたバンリにはゆっくりと湯船に入って欲しい。
(でも、仮にもまだ王族な訳だから後風呂なんて失礼かな)
「勿論だよ、奴隷であるわたしが、ご主人様であるリディより先に湯船へ浸かるなどあり得ないからね」
奴隷設定が功を奏したのか、何の疑問も抱かずバンリは綺麗な笑みを浮かべて頷いていた。
その事に安堵した……のだけれど。
「リディ、背中を流しに来たから入るね」
「え?」
後ろにある戸からバンリに声をかけられてポカンとした。
身体を洗ってから湯船に入ろうと、全身にシャワー浴びて、タオルにボディーソープをつけたところだった。私はちょうど泡だて、片手に持っていたタオルを、ポトリと落っことした。
(聞き間違い?)
なぜか、後ろを振り向けない。
(聞き間違いだよね?)
頭の中に嵐が吹き荒れている中、カチャリと戸が開く音がした。バンリが入ってくる気配がするけれど、混乱して後ろを振り向けない。
(え、え? 何で入ってくるの?)
無意識に両手を胸の前で交差させていると、浴室の床に落としたタオルをバンリが拾いあげて耳元で囁かれた。
「まず背中から洗うね」
そこまできて、先程の言葉が聞き間違いでない事を悟った私は、後ろを振り向けない中、精いっぱいの気持ちでブンブンと顔を横にふる。
「だめだよ! バン、何してるの?」
あまりの事に言葉が浮かばないけれど、拒否の意思は伝えられるように、とにかく私は必死だ。
けれど拒否の態度が伝わらないのか、バンリは構わず背中をタオルで擦りはじめる。
そして心底不思議だという声音で返答してきた。
「何って、主人の身の回りのお世話は奴隷のお仕事だよ」
「頼んでいないのに?」
「頼まれた事しかしないなんて、ただの使用人と同じだろう? わたしは君に身体も心も支配されている奴隷だ。このタオルと同じ、君の所有物。そんなに恥ずかしがる必要はないんだよ。公爵令嬢の時は侍女にやって貰っていた事じゃないか」
(……奴隷になったらそういう、俗物的な感情は抱かないって事? それって奴隷の人は平気かもしれないけど、私は平気じゃないわ。それにバンと侍女は全然違う)
「バン、私は……」
「あぁ、でも奴隷に触れられるのが不快だと言う人はいるから。そういう時は、〝命令〟して触れる事を拒否して。そしたら、もう同じことはしない」
「……触れられるのが嫌とか、そういう次元じゃなくて。えっと……」
「嫌なら、わたしに命令してやめさせてリディ。わたしも奴隷契約に基づいて動いているとはいえ、君に嫌われるのは本意じゃない」
「…………っ」
(隷属させるって、そういう事なんだ……)
つくづく、私は奴隷を購入する事に向いていなかったのだと悟る。バンリを奴隷扱いしないのは当然だと思っているし、命令はしないとも決めている。
でも、私がそう思っているだけじゃダメなのかもしれない。
(何か、そうだ入浴中は別のお仕事を頼めばあるいは……? それってでも、バンに家の片付けや雑用をさせるという事……でもこの際その方が……?)
グルグルとどうすれば良いか考えて固まっているうちに、バンリはちゃんとご主人様である私の身体を丁寧に磨いて、シャワーで洗い流してくれた。
「ほら、たいした事はないだろう? リディもそのうち慣れるよ」
安心させるような笑みを浮かべて、私の奴隷はそう言った。
その日はあっという間に夜が更けていった。
バンリは幾分か寛いでくれたようだけれど、奴隷のお仕事をちょいちょいしたがる。
奴隷契約の恐ろしさを一日目にして痛感した私は、一人で考える時間を得るためにバンリに先に寝てもらう事にした。勿論彼には私が使っていたベッドを使用してもらう。
「リディはまだ眠らないの?」
バンリに医師から処方された睡眠薬を手渡すと、そう問いかけられたので私は頷いた。
「うん、私はそこの小部屋で少し本を読んでから眠るわ。調べたい事があるから」
小屋には生活スペースと別にもう一つ小さな部屋がある。
主に研究資料だとか、本とかが置いてあり、落ち着いて読書したい時や学びたい事がある時、集中したい時にはそちらの小部屋を使っている。
バンリにはその説明もしてあるので、納得したように頷いた。
「わかった。おやすみ」
「おやすみなさい、バン」
医師から処方された睡眠薬を飲んでベッドに入るバンリを見届けた後に、私は小部屋へと移動し、先日購入した〝奴隷のすすめ〟という本を手に取った。
他にも本を探してみたけれど奴隷の説明をしている本は少ないみたいだ。古本屋で本が一冊出てきただけ有難いことだ。題名が酷いとしても、これしか本がなかったので贅沢は言えない。
筆者は女性で娼館のオーナーをしていた人。
別に期待はしていなかった。作者が奴隷をどのように扱ってきたか詳しく記載されており、読むのをやめたくなるような内容もある。
世間一般で奴隷がどういう扱いを受けるのが当然とされているのか、所有者側の通常の概念がどんなものなのかを理解するには充分だ。
読んでいた手を途中で止めて、私は深く息を吐く。
(はやく、奴隷契約の解除をしないと……バンを奴隷のままにはしておけない)
◆
わたし――バンリ・セレイアはベッドへ横になり、身体を包んでいる布団の一部を強く握り締めて引き寄せていた。
突然、元婚約者であるリディアが生きて目の前に現れた。
頭では理解しているけれど、きちんと実感するには時間を要しそうだ。
わたしは、四年前からリディアの夢を毎日見るようになった。
夢を見始めた当初、彼女は触れようとするたび消えていった。その内に、触れようとする事はやめて、わたしは何度もリディアにあの時何があったのか、その真実を話そうとした。
けれど、説明しようと口を開いて、声を出すだけでリディアは光の粒となり消える。
夢の中の彼女は脆く、刹那的な存在で。それでも、その夢が、わたしの生きるよりどころだった。触れない、話さない事でわたしは夢の中にいる彼女を守っていた。
そんなある日突然、本物のリディアが現れたのだ。
生きて歳を重ねた君を見た時、願望からとうとう現でも幻を見るようになったのかと思った。
夢のリディアより、少し大人びている姿を見た時、わたしの胸がどれ程熱くなったか君は知らないだろう。
触れることが出来る、抱き締めることが出来る、言葉を交わす事が出来る。
それから暫くの時が経ち、日が沈んで室内が暗くなり始めた頃、室長――ハビウスがようやく研究室に戻ってきた。
リディア以外に唯一残っていたモルトは、彼の帰宅に反応して駆け寄って行く。
「室長! おかえり!」
「あぁ、おまえら残ってたのか。相変わらず研究馬鹿だな」
「違うよ、リーちゃんは今日用事があるって言ってたけど、室長のことを待ってたの。そしたら眠っちゃった。昨日寝不足だったみたい」
「あー……座って寝るのは、机にヨダレたらすからやめろっつってんのに。資料が汚れる」
ハビウスは面倒くさそうに頭をかいてから、突っ伏しているリディアを横抱きにして、ソファーに寝かせた。
意味あり気な表情で、あどけない少女の寝顔を一瞥した後。
ハビウスはそのまま近くの机に寄り掛かり、胸のポケットからタバコを取り出して火をつける。
「……最近、タバコを吸う頻度が高いですね」
先程まで眠っていた少女から突然声をかけられて、ハビウスは皮肉めいた言葉で返した。
「今日は随分目覚めが良いな」
「眠りが浅かったんですよ。気になる事が多すぎて」
「気になること……奴隷の王子様とかか?」
「……やっぱり。何か知ってるんですか?」
「いや、知らねぇけど。俺が知っているのは、ただ……」
「ただ?」
「セレイアの前国王が数年前に消滅したって事くらいだな」
第三章 私の奴隷は手間が掛かるようです
私は先日、元婚約者であった王太子を奴隷として購入した。
今は、精密検査が終わったということで、彼を引き取りに来ているところだ。
(私はもう貴族じゃないし、バンとは会わないだろうと思っていたから不思議な感覚……)
私は王太子……バンリが精密検査を受けている三日間、セレイア王国の事を調べてみた。
私が消えた四年前からあえて母国の情報を見ないようにしていたから、初めて知ることばかりだった。
一番気になった記事といえば、私の死が消滅魔法によるものではなく、突如現れた悪魔に殺されたと記されていたものだろうか。記事によると、国民から慕われていた王太子の婚約者を殺したその悪魔は、速やかに火炙りにされたらしい。
……悪魔……。歴史書にはよく出て来るけど、現代ではいるのかどうかも怪しい存在だ。
それにしても自殺が外聞悪いからといって……悪魔って……悲劇とか美談をでっちあげるにしても、もっとこう……なかったのだろうか?
――そういえば、前世で有名だったジャンヌ・ダルクも魔女といわれて火炙りにされていたな……あの時代、周辺国の人々はそれを信じたのだろうか?
とにかく、王家は現在、第二王子が十歳の若き王として国を治めている。
前王は流行病により亡くなり、王位を継ぐはずの王太子は婚約者が殺されたショックから床に伏せていると報じられている。
(ミミルと王太子のハッピーエンドは? 今、どういう状態なの?)
図書館で、私が不在にしていた四年間のセレイア国を調べた所で有力な情報はなかった。妙に信憑性のある情報といえば室長が言っていた事くらいか。
『セレイアの前国王が数年前に消失したって事くらいだな』
そう室長が言うから、慌てて調べ回ってみたけれど。
結局そんな記事は一つもない。
もし王太子だったバンリが奴隷になっていなければ、室長の話を信憑性がありそうだなんて思わなかったけれど。ショックで床に伏せていると記事で書かれていたバンリが、奴隷として現れた所を見ると……
――セレイア国で王位継承権争いが起こったのではないだろうか。
普通に考えたらそうだ。それ以外にない。
(誰がそんな企てを……そんな事をしそうな人、うちの国にいたかな……? でも、奴隷にしておいて、公には死んだ事にされないという事は、やっぱりいつか王宮から迎えが来そうよね)
道すがら、思案しながらもバンリを迎えに行く。
到着すると、主治医の先生が診察結果を教えてくれた。
「重度な睡眠不足なので、睡眠薬を処方しますね。食事もロクに食べていなかったみたいなので身体がとても弱っています。何でも良いので少しずつ食べさせてあげてください。身体的には少し傷はありますが、重症なものはありませんね。気力も衰え精神的な衰弱が見られますので、精神安定剤も処方します」
――彼の不幸を願ったわけではなかったのに、どうしてこうなったのか。
それに、再会するつもりもなかったのに、この状態では放っておく事も出来ない。
(……おかしいな、奴隷には家事を手伝ってもらうつもりだったんだけど、むしろ私が彼を気遣わなくちゃ。王宮から迎えが来るまでに回復してもらおう。万が一にも機嫌を損ねて、後で断罪されないように丁重に扱わないと)
迎えに来た私に対して、バンリはまた身体を揺らしていた。
まるで、再会してからずっと、幻を見ているかのような目で私を見ている。
帰路へつく中、無言でついて来るバンリの視線が背中に刺さる。最後の別れ方が、別れ方であっただけに少し気まずいのかもしれない。
「あのね、バンリ殿下……」
くるりと振り向いて話しかけようとすると、バンリの肩がびくりと跳ねて、身体をこわばらせた。
その瞳には、私に対する畏れが浮かんでいる。
(……)
私はスッと手を伸ばして、バンリの頬に触れた。
「バンリ殿下に、何があったのか私には分からないけれど……どうか私を、怖がらないで」
「……幻……では、ない?」
「え?」
頬に添えた私の手に、恐る恐るバンリの片手が重ねられた。私の頬に壊れ物を扱うかの如く、慎重にもう片方の手でフワリと触れる。
「触れても、消えない? さわ……れる? 今まで、いったい……」
「バンリでんー……」
バンリが震える声で呟いた次の瞬間、勢いよく抱きすくめられた。
私が被っていたフードはハラリと後ろにめくれたが、それを気にしている場合ではなかった。苦しいくらいに力の込められた腕の中で、彼が全身全霊をかけて私を捜していた事が伝わってくる。
――なぜ?
私という憎くて邪魔な婚約者が目の前から消えて、今頃はミミルと共に将来を誓い合い、幸せにしているはずのバンリが、どうして私をこんな風に抱きしめているの?
「リディ、リディア、本物だ。わたしはやっと死んだのか?」
ギュウッと抱く力は私を離すつもりがないようで、バンリの瞳からボロボロと溢れ出ている涙は、まるでずっと私を求めていたと言わんばかりで。
冷えていた心の奥底に熱を宿そうとする。
なぜ? だって……貴方は、優しかった国民がある日急に私が消えることを望むようになっていたのと同じく。ゲーム通り私を遠ざけて〝暫く距離を置こう〟って……言っていた。
「バン……リ……」
その後はずっとミミルを側において……だから。
私を疎ましいと……。消えて欲しいと貴方も……思って……
『謝るんだ、リディア・アルレシス』
「わたしは君に、謝らなくてはならない事が沢山ある。全部償うから、何でも言う事を聞くから、だから夢だとしても、いなくならないでくれ、リディ」
「……」
「お願いだ……」
「……バン」
「好きだ、君が好きだ。君の事がこの世で一番大切なんだ」
何があったのかわからない、だけど。
背中へまわされた腕が、隙間なく押しつけてくる胸板が、私の頭をかき抱く手が、摺り寄せてくる頬と止めどなく溢れている涙が。
彼の心からの声が。何が真実だったのかを教えてこようとする。
『永遠に、愛を誓うよ』
もしかして、あの時もまだバンリは私を……私を愛していたの?
――そんなはずは……だって……
頭は混乱していた。ただ事実として今わかることは、私が無事であるという現実を、バンリが強く求めているというだけ。
「バン……私は、生きているの、初めから」
どうしよう、バンの顔が見られない。
あんな別れ方をして、さよならをして、もし彼が変わっていなかったのだとしたら。
彼の態度がおかしくなったのは、何か理由があっただけで、その根底にある気持ちは私が知っているものだったとしたら。
私が全てを捨てて新しく人生を始めていた時、どれ程バンを苦しめただろうか。
「生き……て……」
バンリは身体を離して、私の顔をマジマジと見つめ始めた。
「そうなの。あの時、本当に貴方の前には二度と現れないつもりだったから。バンも、私が消える事を望んでいるのだと、思っていたから……」
「望む訳が、ないだろう!」
言葉の続きを聞きたくないと言わんばかりに遮られて、頬を両手で挟み込まれた。
「君が……いない世界をわたしが望むわけがないだろう。二度と、もう二度とやらないでくれ」
「……うん」
バンリに何があってこうなっているのか、当時、本当は何があったのか、その全てを私が聞くのはもう少し先の話で。今はとにかく、弱った身体だというのに構わず、私を離すまいと力を込める彼の背中に手を回した。
第四章 元王太子である奴隷との生活幕開け
先程までの彼は、泣いて怒りながらも、永遠と私を抱きしめてそうだったのだけれど……背中をさすりながら「お家に帰ろう」と声をかけると静かに頷いてゆっくりと離してくれた。
帰り道、私達は無言だった。
お互いに聞きたい事は沢山あるけれど、見るからに幸福な道のりを歩いていたわけではないだろう彼に、過去のことを簡単に聞いて良いものかわからなかった。
彼もまた、私に沢山聞きたい事があるだろう。だけど最後の別れ方が蟠りの塊のようなものだったから、なぜ私が生きているのか聞けないのかもしれない。
(奴隷になっているなんて……思いもよらなかった)
どう切り出そうかと悩んでいるうちに私達は家についた。
とにかく今日から奴隷になった元婚約者との生活がはじまる。
奴隷商人からバンリを購入した時、特に契約書はなかった。契約書は三人以上奴隷を購入したら必要とのことだ。
奴隷商人は黒炭でバンリの左胸に奴隷紋を描き、透明の液体で私の手の甲に所有者紋を描いた。所有者紋は奴隷に罰を与える時だけ手の甲に光って現れるらしい。
奴隷が〝命令〟に違反すると奴隷紋を介して激しい痛みを伴うと簡単に説明を受けた。
〝命令〟というのは、所有者がハッキリと「我、奴隷〇〇に命じる。○○しなさい」と宣言するものらしいが、そんなことをする予定はないので、私達には無縁なものと考えている。
もし命令違反による痛みのみが奴隷契約の効力だとすれば、私が命じなければ彼は普通の人として生活できるのだろう。
そう思うと少し胸のつっかえが取れる。
けれど私は初の奴隷購入だけに、知らないことも多いのが不安なところだ。
精密検査が終わるまでの三日間は母国についての調べ物とは別に、バンリの生活準備や生活スペースをどうするか考えていた。
なぜなら私の住まいは一人住まいに適した小さな小屋だ。
私がこの国に自分を召還した時に、室長から研究員用の仮住まいを与えられた。今はそれを買い取って使っている。
私は土地を持たない所謂、法衣貴族。しかも訳ありが多いと有名な魔塔出身者だ。爵位を得ているといえ、公爵令嬢の時よりも身軽なもので、邸宅を構えて体裁を整える必要もない。
とにかく、この三日でバンリの着替えやパジャマ、部屋着と歯ブラシ……色々と買い揃えたが、このまま長く過ごすことは難しいだろう。
状況はわからないけれど、相手は元王太子様だ。
しかも、世間では婚約者の死に塞ぎ込んだ引きこもり扱いで、死んだ事にはなっていない訳だから、彼はまだ正真正銘の王族だ。肩身の狭い扱いは出来ない。
(……王族であり奴隷? これは……私もしかしてまずい事に……ん。そこを考えるのは、今はやめておいた方が良さそうね)
……色々気になる事はあるけれど、ひとまず私達はご飯を一緒に食べる事にした。
「……リディが作ってくれたのか」
「あまりこういうのは得意ではないのだけれど、この位ならなんとか。食べられる? やっぱり食欲はないかな?」
「大丈夫、リディの顔を見ていたら食欲が沸いてきた」
念のためバンリの好きな食材で消化に良さそうなものばかりを作ったおかげか、彼はとても嬉しそうに、幸せそうに用意したご飯を口に含んでくれるので、私は思わず顔が綻んだ。
まるで、私達の間には何事もなかったかのような雰囲気で……いつまでもそんな気分に浸っていたいような、そんな気持ちがわく。
(何があったのか聞くのは、もう少しバンリの生活が落ち着いてからで良いか……)
「ねぇ、リディ」
もくもくと向かいあってご飯を食べているとバンリが途中で手を止めて話しかけてきた。
「ん?」
「君に、話したい事が沢山あるんだ」
「……うん」
「ミミルのこ……っっ」
「……? バン?」
話の途中で、バンリが言葉を止める。不思議に思い呼びかけると、バンリは私を見て瞬きしたあと、顔を横にふるりと振って笑みを浮かべながら言った。
「……いや、何でもないよ」
◇
「バン、今日は私が先にお風呂入ってもいい?」
小屋には私が入居する前に住んでいた研究員が設置した、コンパクトだけれど使い勝手の良い浴室がある。
ただ、沸かしたてはいつも湯船の温度が四二度程になり、少し熱めだ。
熱めの湯船は眠気を覚ますには良いけれど、バンリには逆の身体を休める効果が必要だ。ぬるめのお湯に浸かると副交感神経が刺激されて身体が睡眠の状態になる。
だから、湯船の温度が下がっているだろう、後の風呂をお勧めした。
それに、重度な睡眠不足と診断されていたバンリにはゆっくりと湯船に入って欲しい。
(でも、仮にもまだ王族な訳だから後風呂なんて失礼かな)
「勿論だよ、奴隷であるわたしが、ご主人様であるリディより先に湯船へ浸かるなどあり得ないからね」
奴隷設定が功を奏したのか、何の疑問も抱かずバンリは綺麗な笑みを浮かべて頷いていた。
その事に安堵した……のだけれど。
「リディ、背中を流しに来たから入るね」
「え?」
後ろにある戸からバンリに声をかけられてポカンとした。
身体を洗ってから湯船に入ろうと、全身にシャワー浴びて、タオルにボディーソープをつけたところだった。私はちょうど泡だて、片手に持っていたタオルを、ポトリと落っことした。
(聞き間違い?)
なぜか、後ろを振り向けない。
(聞き間違いだよね?)
頭の中に嵐が吹き荒れている中、カチャリと戸が開く音がした。バンリが入ってくる気配がするけれど、混乱して後ろを振り向けない。
(え、え? 何で入ってくるの?)
無意識に両手を胸の前で交差させていると、浴室の床に落としたタオルをバンリが拾いあげて耳元で囁かれた。
「まず背中から洗うね」
そこまできて、先程の言葉が聞き間違いでない事を悟った私は、後ろを振り向けない中、精いっぱいの気持ちでブンブンと顔を横にふる。
「だめだよ! バン、何してるの?」
あまりの事に言葉が浮かばないけれど、拒否の意思は伝えられるように、とにかく私は必死だ。
けれど拒否の態度が伝わらないのか、バンリは構わず背中をタオルで擦りはじめる。
そして心底不思議だという声音で返答してきた。
「何って、主人の身の回りのお世話は奴隷のお仕事だよ」
「頼んでいないのに?」
「頼まれた事しかしないなんて、ただの使用人と同じだろう? わたしは君に身体も心も支配されている奴隷だ。このタオルと同じ、君の所有物。そんなに恥ずかしがる必要はないんだよ。公爵令嬢の時は侍女にやって貰っていた事じゃないか」
(……奴隷になったらそういう、俗物的な感情は抱かないって事? それって奴隷の人は平気かもしれないけど、私は平気じゃないわ。それにバンと侍女は全然違う)
「バン、私は……」
「あぁ、でも奴隷に触れられるのが不快だと言う人はいるから。そういう時は、〝命令〟して触れる事を拒否して。そしたら、もう同じことはしない」
「……触れられるのが嫌とか、そういう次元じゃなくて。えっと……」
「嫌なら、わたしに命令してやめさせてリディ。わたしも奴隷契約に基づいて動いているとはいえ、君に嫌われるのは本意じゃない」
「…………っ」
(隷属させるって、そういう事なんだ……)
つくづく、私は奴隷を購入する事に向いていなかったのだと悟る。バンリを奴隷扱いしないのは当然だと思っているし、命令はしないとも決めている。
でも、私がそう思っているだけじゃダメなのかもしれない。
(何か、そうだ入浴中は別のお仕事を頼めばあるいは……? それってでも、バンに家の片付けや雑用をさせるという事……でもこの際その方が……?)
グルグルとどうすれば良いか考えて固まっているうちに、バンリはちゃんとご主人様である私の身体を丁寧に磨いて、シャワーで洗い流してくれた。
「ほら、たいした事はないだろう? リディもそのうち慣れるよ」
安心させるような笑みを浮かべて、私の奴隷はそう言った。
その日はあっという間に夜が更けていった。
バンリは幾分か寛いでくれたようだけれど、奴隷のお仕事をちょいちょいしたがる。
奴隷契約の恐ろしさを一日目にして痛感した私は、一人で考える時間を得るためにバンリに先に寝てもらう事にした。勿論彼には私が使っていたベッドを使用してもらう。
「リディはまだ眠らないの?」
バンリに医師から処方された睡眠薬を手渡すと、そう問いかけられたので私は頷いた。
「うん、私はそこの小部屋で少し本を読んでから眠るわ。調べたい事があるから」
小屋には生活スペースと別にもう一つ小さな部屋がある。
主に研究資料だとか、本とかが置いてあり、落ち着いて読書したい時や学びたい事がある時、集中したい時にはそちらの小部屋を使っている。
バンリにはその説明もしてあるので、納得したように頷いた。
「わかった。おやすみ」
「おやすみなさい、バン」
医師から処方された睡眠薬を飲んでベッドに入るバンリを見届けた後に、私は小部屋へと移動し、先日購入した〝奴隷のすすめ〟という本を手に取った。
他にも本を探してみたけれど奴隷の説明をしている本は少ないみたいだ。古本屋で本が一冊出てきただけ有難いことだ。題名が酷いとしても、これしか本がなかったので贅沢は言えない。
筆者は女性で娼館のオーナーをしていた人。
別に期待はしていなかった。作者が奴隷をどのように扱ってきたか詳しく記載されており、読むのをやめたくなるような内容もある。
世間一般で奴隷がどういう扱いを受けるのが当然とされているのか、所有者側の通常の概念がどんなものなのかを理解するには充分だ。
読んでいた手を途中で止めて、私は深く息を吐く。
(はやく、奴隷契約の解除をしないと……バンを奴隷のままにはしておけない)
◆
わたし――バンリ・セレイアはベッドへ横になり、身体を包んでいる布団の一部を強く握り締めて引き寄せていた。
突然、元婚約者であるリディアが生きて目の前に現れた。
頭では理解しているけれど、きちんと実感するには時間を要しそうだ。
わたしは、四年前からリディアの夢を毎日見るようになった。
夢を見始めた当初、彼女は触れようとするたび消えていった。その内に、触れようとする事はやめて、わたしは何度もリディアにあの時何があったのか、その真実を話そうとした。
けれど、説明しようと口を開いて、声を出すだけでリディアは光の粒となり消える。
夢の中の彼女は脆く、刹那的な存在で。それでも、その夢が、わたしの生きるよりどころだった。触れない、話さない事でわたしは夢の中にいる彼女を守っていた。
そんなある日突然、本物のリディアが現れたのだ。
生きて歳を重ねた君を見た時、願望からとうとう現でも幻を見るようになったのかと思った。
夢のリディアより、少し大人びている姿を見た時、わたしの胸がどれ程熱くなったか君は知らないだろう。
触れることが出来る、抱き締めることが出来る、言葉を交わす事が出来る。
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