10 / 17
恋愛小説 マーガレットside
しおりを挟む恋愛小説のような恋したいとは思っていたけれど、幼い頃から王子妃であり、まだ幼い王子を守る事が私の役目だと疑わなかった私には、何処か遠い話のように思えていた。
それでも、周りにいるのは優しい人々ばかりで、種類は恋愛のそれとは違うけれど、それでも充分過ぎる程多くの愛を受けてきた。
私は恵まれていた。初めて出会った時小さく誰かが守られねば心許なかった王子も、今では1人で身を守る術を身につける程に育ち、それだけでも充分幸せだと思える人生だと思っていたし、
残りの人生はこの国の王子妃としてただ王子を傍で支える。それだけを考え生きてきた。
その役目も後半年後で終わりを告げる。周りがどう思っているかは分からないけれど、後は誰にも迷惑をかけず穏やかに過ごす事が出来れば、私の人生はそれで充分幸せだと思えた。
(だけど……。)
椅子に座り、恋愛小説を観ながら思い出すのは昼間の辺境伯のことだった。
(私にずっと片思いをしていたって、いつから…?)
「ねぇ、マーガレット。」
「どうしましたか?王子。」
王子と私の部屋は離縁決定後も分けられていない。離縁決定後は大臣達の間では分けようかと言う話も出ているようだけれど、今の所は従来通りだ。
私も王子もどちらでも良いと言う感じだ。私としては隣にいても弟が寝ている感覚に近いし、人がいた方が安心して眠れる。
けれど、確かにたまに、寝相で抱きついてくる事もあるので、大臣達の危惧もわかる。事情も知らず側から見たら何故離縁するのか分からないほどに仲が良いと言われているから。
「…マーガレットは、恋愛小説が好きだね。」
マーガレットの手元にある小説に視線を落とすクリス王子に、笑顔で頷いた。
「はい、物語のような恋が出来る人はほんの一握りですが、本はそのように奇跡的な幸せを、読んだ者に分けてくれるんです。」
「マーガレットが気晴らしを見つけられて良かった。
最近あの噂のせいで社交界では負担を掛けているだろう?
やはり、制度はあれどそう簡単に離縁なんかすべきで無いね。」
「王子…私にとって王子は実の弟同然です。
弟の為を思えば、少しばかり何か言われたとしても、何とも思いません。
王子、唯一無二の愛する人が出来ると言うのは奇跡のようなものなんです。
ですから、少しばかり周りが煩わしかったとしても、その手を簡単に手放してはなりませんよ。」
「…もし僕にとってのその奇跡が、マーガレットだったらならどうする?」
「…私ですか?」
「もしもの、話だよ…」
いつものように笑顔を浮かべている王子が何故か元気がなく見えて、少しおかしい事に気が付いた。
手元に持っていた本を閉じたマーガレットは、ベッドサイドに腰掛けている王子の横に歩み寄りゆっくりと腰を落ち着けた。
「…ずっと共にいた私が居なくなると言うのは不安になるのかもしれませんね。 けれど、これだけは覚えていてください。
私はいつだって、王子の味方です。」
やんわりとした包み込むように王子を抱きしめて、あやす様に背をさするマーガレット。王子は僅かにのばしかけた手を止めて口を開いた。
「マーガレット、僕は「実は、ここだけの話、今日私もドキドキする出来事があったんですよ。」
「……。」
「ですから王子、もう私に気遣いをする必要はありません。
好きな方がいるんですよね?生涯ただ1人しか愛せない王子が、苦悩されていたのを知って居ます。」
「…そうだね僕は、生涯ただ1人しか愛せないと悩んでいたよ。」
王子の顔を覗き込んでいる、他意のないマーガレットの顔を見て、王子はいつも通りの笑みを浮かべた。
「だけど僕では、その人が望むものを与える事は出来ないのだろうね。」
「王子…。大丈夫です、此処まできたら離縁はもう覆りません。今は苦しいかもしれませんが…。」
.
「そうだね、、ねぇ、マーガレット…
すまないけど眠くなってきたから、僕は先に眠っているね。」
ニッコリ笑う王子は、赤子の頃から変わらずまるで天使のようだと思えた。
初めてその姿を見かけた時はまるで本物の天使のように可愛くて、私を見て無邪気に笑い、喜ぶ赤子の姿に、全力で守らなくてはと、幼心ながらに決意した日が懐かしい。
あの時、王子の可愛さに思わず生涯懸命に仕えようと心に決めて居た。
(王子…さっきは何を言いかけたのだろう。成人したと言えどまだ12歳。いくら大人びて居ても、母代わりでもあった私が居なくなる事が不安なのね。)
布団を被り、目を閉じて眠りについた王子の姿を見つめながら、後半年したらこの寝顔を見る事もないという事実と、成長した子供の姿に少し物悲しさを感じていた。
(もうこの先私が、貴方に出来る事はないのね…。)
成人を迎えてからこなす公務の量が増えた王子は余程疲れているのか、背を向け横になってからさほどもしないうちに、小さく寝息を立て始めた。
その柔らかな黄金色の髪をさらりと一梳したあと、マーガレットは自分も眠る為に本を片付けようと立ち上がった。
そして。手元にある本へと目を落とす。
(…そうだわ王子妃でなくなったその時は、きっと今より時間も出来るわね。
私自身で王子を題材にした本を書いてみようかしら。王子が奇跡的な恋をする、そんな話を。)
24
あなたにおすすめの小説
公爵夫人は愛されている事に気が付かない
山葵
恋愛
「あら?侯爵夫人ご覧になって…」
「あれはクライマス公爵…いつ見ても惚れ惚れしてしまいますわねぇ~♡」
「本当に女性が見ても羨ましいくらいの美形ですわねぇ~♡…それなのに…」
「本当にクライマス公爵が可哀想でならないわ…いくら王命だからと言ってもねぇ…」
社交パーティーに参加すれば、いつも聞こえてくる私への陰口…。
貴女達が言わなくても、私が1番、分かっている。
夫の隣に私は相応しくないのだと…。
愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました
蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。
そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。
どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。
離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない!
夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー
※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
偽りの愛の終焉〜サレ妻アイナの冷徹な断罪〜
紅葉山参
恋愛
貧しいけれど、愛と笑顔に満ちた生活。それが、私(アイナ)が夫と築き上げた全てだと思っていた。築40年のボロアパートの一室。安いスーパーの食材。それでも、あの人の「愛してる」の言葉一つで、アイナは満たされていた。
しかし、些細な変化が、穏やかな日々にヒビを入れる。
私の配偶者の帰宅時間が遅くなった。仕事のメールだと誤魔化す、頻繁に確認されるスマートフォン。その違和感の正体が、アイナのすぐそばにいた。
近所に住むシンママのユリエ。彼女の愛らしい笑顔の裏に、私の全てを奪う魔女の顔が隠されていた。夫とユリエの、不貞の証拠を握ったアイナの心は、凍てつく怒りに支配される。
泣き崩れるだけの弱々しい妻は、もういない。
私は、彼と彼女が築いた「偽りの愛」を、社会的な地獄へと突き落とす、冷徹な復讐を誓う。一歩ずつ、緻密に、二人からすべてを奪い尽くす、断罪の物語。
【完結】初恋の彼に 身代わりの妻に選ばれました
ユユ
恋愛
婚姻4年。夫が他界した。
夫は婚約前から病弱だった。
王妃様は、愛する息子である第三王子の婚約者に
私を指名した。
本当は私にはお慕いする人がいた。
だけど平凡な子爵家の令嬢の私にとって
彼は高嶺の花。
しかも王家からの打診を断る自由などなかった。
実家に戻ると、高嶺の花の彼の妻にと縁談が…。
* 作り話です。
* 完結保証つき。
* R18
真面目な王子様と私の話
谷絵 ちぐり
恋愛
婚約者として王子と顔合わせをした時に自分が小説の世界に転生したと気づいたエレーナ。
小説の中での自分の役どころは、婚約解消されてしまう台詞がたった一言の令嬢だった。
真面目で堅物と評される王子に小説通り婚約解消されることを信じて可もなく不可もなくな関係をエレーナは築こうとするが…。
※Rシーンはあっさりです。
※別サイトにも掲載しています。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる