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ラルフの誓い
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「ラルフ殿下、ちょっと来てください」
「は?」
「いいですから!
どうせ卒業パーティー出ませんよね?」
卒業式のあと、会場を後にして寮に戻ろうとしたところを、従者のマルコに止められた。
とても忠誠心の高く有能な従者で、幼い頃から献身的に俺に仕えてくれており、レナード帝国から連れてきた唯一の腹心である。
そして、その腹心マルコに今一番人気のない、卒業会場からは最も遠い花壇へと誘導された。
「フォルゲン皇太子との決闘など取りやめてください!」
「何故だ?」
「わかってるでしょう!?万が一怪我でもさせたらどうするんですか?」
「怪我をさせることが怖くて決闘を申込む馬鹿はいないだろう」
「……っ!こ、は?もしかして。
まさか、勝とうとしてますか?」
「当たり前だろ、おまえは俺が負けるために決闘する様なやつに見えるのか?」
しれりと述べたラルフの言葉に、マルコは驚きのあまり目を見開いて口をぱくぱくさせている。
「~~~っ!!」
ラルフは眉根を寄せる。
「なんだ?言いたいことがあるならはっきり言え」
「お立場は重々承知されてますよね!?
一体どうしたんですか!
この三年間、目立たず淡々と過ごされてきたというのに」
「だから、最後くらいちょっと目立つのも悪くないだろ」
「〝ちょっと〟!?あれが、ちょっと目立つですみますか!?」
従者の説教に、溜息をはぁとつきながら頭をかく。
「まぁ、母上に迷惑かけない程度に、〝調整〟はする。それで良いだろ」
話は終わったとばかりに、まだ言い募ろうとする従者を無視してその場を離れようと踵を返した。
「まってください!まだ話は~~」
ことがことであるので、必死になるのはわかる、忠臣として正しい姿だ。
わかっている。
この試合に勝ったとして、自分に利益はひとつもないことくらい。
むしろ、数日後に控えている帰国後が面倒になるだけだ。
だがーー
卒業式のとき、僅かに震えていた彼女が脳裏を過ぎる。
(悪いな。
男として生まれた以上、今回だけは俺も譲れないんだ)
歩を進めるにつれて、考え事よりも花壇の風景が目に入ってきた。
彼女が、良くこの場所で本を読んでいたのを知っている。だからだろう。帰国が迫る今、自然と足がここへ向かった。
ほんの三年間、見ていただけだ。
帰国した後は二度と会うこともないだろう女性。
風に誘われ、花びらが舞い散る中で、気付いた。
花壇に備え付けられた椅子に、人影があるのを。その人影は、こちらに気付くことはない。
優雅に背筋が伸びているが、不自然さはなく、淡いミルキーローズのドレスに胸元には小さなレースの刺繍がひと筆だけ添えられ、ほっそりとしたシルエット。
後ろでまとめた白金の髪には、白い花飾りをひとつ。
ロゼ色の瞳の横で風に揺られる一房の髪ーー
華美ではないはずなのに、不思議と目を奪われる。
白く滑らかな頬に、一筋の涙がつたいおちたようにみえた。
「……あれは、アリス・ウェスタリス様では?
もうご帰宅されたのかと思いました」
視線の先にいるアリスは、椅子から立ち上がり、ラルフ達のいる方向とは逆へ歩いて行く。
膝から落ちたアイリスの花にも、目を向ける気配はない。
「ーーすまない、先に馬車へ行っててくれ」
早足で歩いていくラルフの後ろ姿に、マルコは困った顔をして頭をかき、深く長いため息をつくと、その後ろ姿に呟いた。
「…はぁ。やれやれ。
ったく、今だけですからね」
♢♢♢
「ウェスタリス公女」
呼び止められたアリスが振り返ると、そこには卒業式で唯一、私の味方をしてくれた彼が立っていた。
「あ…」
何と答えを紡いで良いのか、咄嗟に考えられずに口籠るアリスに、ラルフはアイリスの花を目の前に差し出す。
「こちらの花を、落とされましたよ」
「あ、ありがとう」
考え事をしていて、花を握っていたことを忘れていたことに気付いて、受け取ろうと手を伸ばした。
こんなに近くで、アレク以外の男性と真正面から話すのは初めてのことである。
綺麗なアイリスの花が、風に揺られているせいか、緊張していた心が少しばかり凪いだ気がした。
口元に、小さな笑みが溢れた。
「やはり貴女にはーーその笑顔が似合う」
風のざわめきが、やけに大きい。
真っ直ぐこちらを見据える大きな黄金の瞳が、あまりにも綺麗で、おもわず息を呑んだ。
まばたきすら忘れてしまった。
「…決闘は、無かったことにすると私から伝えておきますから」
思わずそんなことを口にしていた。
例え振りだとしても、彼が負ける姿を見たくないと感じたから。
「今更そんな格好悪いことできませんよ」
ははっと笑い飛ばす彼の笑顔が、今の私にはとても眩しい。
「ですが、貴方の立場では、試合でーー」
「負けませんよ」
にっと笑って、ラルフは言う。
「貴女が見ている前で負けないと誓います。
だから、決闘を取り止めになんてしないでくださいね」
そうして受け取ったアイリスの花が、私の手元で静かに揺れていた。
「は?」
「いいですから!
どうせ卒業パーティー出ませんよね?」
卒業式のあと、会場を後にして寮に戻ろうとしたところを、従者のマルコに止められた。
とても忠誠心の高く有能な従者で、幼い頃から献身的に俺に仕えてくれており、レナード帝国から連れてきた唯一の腹心である。
そして、その腹心マルコに今一番人気のない、卒業会場からは最も遠い花壇へと誘導された。
「フォルゲン皇太子との決闘など取りやめてください!」
「何故だ?」
「わかってるでしょう!?万が一怪我でもさせたらどうするんですか?」
「怪我をさせることが怖くて決闘を申込む馬鹿はいないだろう」
「……っ!こ、は?もしかして。
まさか、勝とうとしてますか?」
「当たり前だろ、おまえは俺が負けるために決闘する様なやつに見えるのか?」
しれりと述べたラルフの言葉に、マルコは驚きのあまり目を見開いて口をぱくぱくさせている。
「~~~っ!!」
ラルフは眉根を寄せる。
「なんだ?言いたいことがあるならはっきり言え」
「お立場は重々承知されてますよね!?
一体どうしたんですか!
この三年間、目立たず淡々と過ごされてきたというのに」
「だから、最後くらいちょっと目立つのも悪くないだろ」
「〝ちょっと〟!?あれが、ちょっと目立つですみますか!?」
従者の説教に、溜息をはぁとつきながら頭をかく。
「まぁ、母上に迷惑かけない程度に、〝調整〟はする。それで良いだろ」
話は終わったとばかりに、まだ言い募ろうとする従者を無視してその場を離れようと踵を返した。
「まってください!まだ話は~~」
ことがことであるので、必死になるのはわかる、忠臣として正しい姿だ。
わかっている。
この試合に勝ったとして、自分に利益はひとつもないことくらい。
むしろ、数日後に控えている帰国後が面倒になるだけだ。
だがーー
卒業式のとき、僅かに震えていた彼女が脳裏を過ぎる。
(悪いな。
男として生まれた以上、今回だけは俺も譲れないんだ)
歩を進めるにつれて、考え事よりも花壇の風景が目に入ってきた。
彼女が、良くこの場所で本を読んでいたのを知っている。だからだろう。帰国が迫る今、自然と足がここへ向かった。
ほんの三年間、見ていただけだ。
帰国した後は二度と会うこともないだろう女性。
風に誘われ、花びらが舞い散る中で、気付いた。
花壇に備え付けられた椅子に、人影があるのを。その人影は、こちらに気付くことはない。
優雅に背筋が伸びているが、不自然さはなく、淡いミルキーローズのドレスに胸元には小さなレースの刺繍がひと筆だけ添えられ、ほっそりとしたシルエット。
後ろでまとめた白金の髪には、白い花飾りをひとつ。
ロゼ色の瞳の横で風に揺られる一房の髪ーー
華美ではないはずなのに、不思議と目を奪われる。
白く滑らかな頬に、一筋の涙がつたいおちたようにみえた。
「……あれは、アリス・ウェスタリス様では?
もうご帰宅されたのかと思いました」
視線の先にいるアリスは、椅子から立ち上がり、ラルフ達のいる方向とは逆へ歩いて行く。
膝から落ちたアイリスの花にも、目を向ける気配はない。
「ーーすまない、先に馬車へ行っててくれ」
早足で歩いていくラルフの後ろ姿に、マルコは困った顔をして頭をかき、深く長いため息をつくと、その後ろ姿に呟いた。
「…はぁ。やれやれ。
ったく、今だけですからね」
♢♢♢
「ウェスタリス公女」
呼び止められたアリスが振り返ると、そこには卒業式で唯一、私の味方をしてくれた彼が立っていた。
「あ…」
何と答えを紡いで良いのか、咄嗟に考えられずに口籠るアリスに、ラルフはアイリスの花を目の前に差し出す。
「こちらの花を、落とされましたよ」
「あ、ありがとう」
考え事をしていて、花を握っていたことを忘れていたことに気付いて、受け取ろうと手を伸ばした。
こんなに近くで、アレク以外の男性と真正面から話すのは初めてのことである。
綺麗なアイリスの花が、風に揺られているせいか、緊張していた心が少しばかり凪いだ気がした。
口元に、小さな笑みが溢れた。
「やはり貴女にはーーその笑顔が似合う」
風のざわめきが、やけに大きい。
真っ直ぐこちらを見据える大きな黄金の瞳が、あまりにも綺麗で、おもわず息を呑んだ。
まばたきすら忘れてしまった。
「…決闘は、無かったことにすると私から伝えておきますから」
思わずそんなことを口にしていた。
例え振りだとしても、彼が負ける姿を見たくないと感じたから。
「今更そんな格好悪いことできませんよ」
ははっと笑い飛ばす彼の笑顔が、今の私にはとても眩しい。
「ですが、貴方の立場では、試合でーー」
「負けませんよ」
にっと笑って、ラルフは言う。
「貴女が見ている前で負けないと誓います。
だから、決闘を取り止めになんてしないでくださいね」
そうして受け取ったアイリスの花が、私の手元で静かに揺れていた。
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