24 / 56
前編
第23話 憧れとの出会い
しおりを挟む
ナークレン側の森で一通り狩りを終えたエリトは、川辺で休憩していた。川を隔てて向こう側には、ヘラーリアという魔族の街がある。
魔族と言ってもそれほど人間とは変わらず、魔獣の被害は同じく受ける。その為か、ナークレン側に魔族が来ることは無かった。
(この森、魔泉が多いんだよな。特にヘラーリア側に偏ってるみたいだし……)
川の向こう側を見ながら、エリトは無意識にクラーリオの姿を探す。
森の調査をすると言っていたが、詳しく何をしているのかはエリトには分からない。ただ、魔獣について知識が無さそうなクラーリオが危ない目に合っていないか、気には掛かる。
「……仕事仲間がいるから、大丈夫だとは思うけど……」
あの岩を持ち上げるほどの屈強な仲間たちは、きっとクラーリオを助けてくれるだろう。
そう思いながらエリトが立ち上がった瞬間、遠くから微かに魔獣の声が聞こえた。交戦しているような音も聞こえ、思わず走り出す。
クラーリオが襲われていたら。そう思うと、エリトの腹の底が冷えていく。
一心不乱に駆けていると、急に目の前が拓けた。そこには巨大な魔泉が湧き出しており、複数の魔獣が蠢いている。
咄嗟に木の陰へ身を隠すものの、僅かに遅かった。小型の魔獣がエリトを見つけ、カラカラと翅を震わせる。
(警戒信号……! やばい、仲間が来る!)
翅を持つ小型の魔獣は、群れを成して人間を襲う。群れで来られては、エリトでも成す術がない。踵を返そうと身を低くすると、目の前の魔獣が突然燃え上がった。
それは、目標を一瞬で炭化するほどの強力な炎の魔法だった。思わず身構えると、遠くから翅音が近づいてくる。
先ほどの警戒信号を拾った魔獣が、群れを成して近づいて来ている音だ。
(まだ距離がある。こっちから攻撃を仕掛ければ……!)
そう直感したエリトが武器を構える前に、目の前を黒い影が過ぎった。
その影は魔獣に直進し、個体に剣を突き立てる。確実に急所を狙った攻撃に、エリトは息を吞んだ。
『例のあの人だ』
エリトは一目で分かった。
一瞬で敵を葬り、素材を多く残して去って行く、あの人。
真っ黒な外套を身に着けて、顔の右側は大ぶりな眼帯で覆われている。
真っ黒な髪に、尖った耳。身体も人間より大きい。彼が魔族だというのは明らかだった。
しかし不思議なことに、エリトは彼に恐怖を感じなかった。
今までの狩り場での恩は、計り知れない。その上、彼の戦い方はエリトにとってのお手本だった。憧憬とも言える感情を、エリトは彼に抱いていた。
その魔族は一瞬で魔獣の群れを狩り、血に濡れた剣を振り下ろす。そして顔だけが振り返り、エリトを睨みつけた。
「なぜここに、人間がいる?」
まさに地を這うような声に、本能がぞくりと震える。しかし芯から怖いとは思えず、エリトは僅かに距離を取った。
「……俺は、捌き屋です。魔族にも、捌き屋の事は認知されているはず」
「……認知はしているが、殺せないわけではない」
魔族と人間が戦争をしていた数百年前とは違い、今ではお互いに危害を加え合う事はない。捌き屋も、残された素材を採取しているだけで、魔族から襲われることはなかった。
しかしあくまで暗黙の了解で『危害を加えてはいけない』という規則は確かにない。
じり、ともう一度エリトが後退すると、ふと魔族の瞳が見開かれる。反応できないほどの速さでエリトは腕を掴まれ、魔族の傍へと引っ張られた。
「なにを……! っつ!?」
エリトが今しがた居た所に、魔族は剣を突き立てる。地面の下から血が噴き出し、断末魔の叫びがあたりに木霊した。
エリトが魔族を見上げると、その瞳に浮かぶのは確かに動揺だった。眉根に寄った皺も、悩まし気に見える。
「……餓鬼だ。土の中にいるとはな」
「………助けて、くれたのか……?」
エリトの言葉を否定するかのように、魔族はふと視線を逸らした。
エリトから離れて突き立てていた剣を握りなおし、抉るように引き出す。その先端に刺さっていたのは、確かに餓鬼の頭部だった。
餓鬼の角は、かなりの高値で売れる。エリトが見つめていると、魔族が剣を掃ってその頭部を地面に落とした。
「それ、いらない? もらっていいか?」
「……不要だ」
「やった、もらうぞ!」
エリトが餓鬼の頭部に駆け寄ると、魔族が先ほど倒した魔獣を剣で指し示した。抑揚のない声で、エリトに向けて呟く。
「あれも、あれも、不要だ」
「えっ!?」
エリトが歓喜の声を上げると、魔族が踵を返す。その背中にエリトは慌てて問いかけた。
「あんた、名前は!?」
「……」
「名前だけ、教えてくれよ」
「………人間は俺の事を、暴戻の魔神と呼ぶ」
呟くように魔族が零した言葉を、エリトは繰り返した。う~んと首を捻りながら、彼の前へと回り込む。
「魔神さんでいいか?」
「! ……お前、俺が怖くないのか?」
その問いに、エリトは吹き出した。
手に持っていた餓鬼の頭部を掲げ、散らかった魔獣の死骸を指で差す。
「こんなに貰って、怖いわけがないだろ? あんたはいつも良い奴だ」
「……チッ」
舌打ちして去って行く魔神の背中を見送って、エリトはふ、と吹き出した。
(全然怖くなんかない。めっちゃ良い人だった! 帰ったらクリオに報告しよう)
頬を緩ませて、エリトは残された素材を剥いだ。
魔族と言ってもそれほど人間とは変わらず、魔獣の被害は同じく受ける。その為か、ナークレン側に魔族が来ることは無かった。
(この森、魔泉が多いんだよな。特にヘラーリア側に偏ってるみたいだし……)
川の向こう側を見ながら、エリトは無意識にクラーリオの姿を探す。
森の調査をすると言っていたが、詳しく何をしているのかはエリトには分からない。ただ、魔獣について知識が無さそうなクラーリオが危ない目に合っていないか、気には掛かる。
「……仕事仲間がいるから、大丈夫だとは思うけど……」
あの岩を持ち上げるほどの屈強な仲間たちは、きっとクラーリオを助けてくれるだろう。
そう思いながらエリトが立ち上がった瞬間、遠くから微かに魔獣の声が聞こえた。交戦しているような音も聞こえ、思わず走り出す。
クラーリオが襲われていたら。そう思うと、エリトの腹の底が冷えていく。
一心不乱に駆けていると、急に目の前が拓けた。そこには巨大な魔泉が湧き出しており、複数の魔獣が蠢いている。
咄嗟に木の陰へ身を隠すものの、僅かに遅かった。小型の魔獣がエリトを見つけ、カラカラと翅を震わせる。
(警戒信号……! やばい、仲間が来る!)
翅を持つ小型の魔獣は、群れを成して人間を襲う。群れで来られては、エリトでも成す術がない。踵を返そうと身を低くすると、目の前の魔獣が突然燃え上がった。
それは、目標を一瞬で炭化するほどの強力な炎の魔法だった。思わず身構えると、遠くから翅音が近づいてくる。
先ほどの警戒信号を拾った魔獣が、群れを成して近づいて来ている音だ。
(まだ距離がある。こっちから攻撃を仕掛ければ……!)
そう直感したエリトが武器を構える前に、目の前を黒い影が過ぎった。
その影は魔獣に直進し、個体に剣を突き立てる。確実に急所を狙った攻撃に、エリトは息を吞んだ。
『例のあの人だ』
エリトは一目で分かった。
一瞬で敵を葬り、素材を多く残して去って行く、あの人。
真っ黒な外套を身に着けて、顔の右側は大ぶりな眼帯で覆われている。
真っ黒な髪に、尖った耳。身体も人間より大きい。彼が魔族だというのは明らかだった。
しかし不思議なことに、エリトは彼に恐怖を感じなかった。
今までの狩り場での恩は、計り知れない。その上、彼の戦い方はエリトにとってのお手本だった。憧憬とも言える感情を、エリトは彼に抱いていた。
その魔族は一瞬で魔獣の群れを狩り、血に濡れた剣を振り下ろす。そして顔だけが振り返り、エリトを睨みつけた。
「なぜここに、人間がいる?」
まさに地を這うような声に、本能がぞくりと震える。しかし芯から怖いとは思えず、エリトは僅かに距離を取った。
「……俺は、捌き屋です。魔族にも、捌き屋の事は認知されているはず」
「……認知はしているが、殺せないわけではない」
魔族と人間が戦争をしていた数百年前とは違い、今ではお互いに危害を加え合う事はない。捌き屋も、残された素材を採取しているだけで、魔族から襲われることはなかった。
しかしあくまで暗黙の了解で『危害を加えてはいけない』という規則は確かにない。
じり、ともう一度エリトが後退すると、ふと魔族の瞳が見開かれる。反応できないほどの速さでエリトは腕を掴まれ、魔族の傍へと引っ張られた。
「なにを……! っつ!?」
エリトが今しがた居た所に、魔族は剣を突き立てる。地面の下から血が噴き出し、断末魔の叫びがあたりに木霊した。
エリトが魔族を見上げると、その瞳に浮かぶのは確かに動揺だった。眉根に寄った皺も、悩まし気に見える。
「……餓鬼だ。土の中にいるとはな」
「………助けて、くれたのか……?」
エリトの言葉を否定するかのように、魔族はふと視線を逸らした。
エリトから離れて突き立てていた剣を握りなおし、抉るように引き出す。その先端に刺さっていたのは、確かに餓鬼の頭部だった。
餓鬼の角は、かなりの高値で売れる。エリトが見つめていると、魔族が剣を掃ってその頭部を地面に落とした。
「それ、いらない? もらっていいか?」
「……不要だ」
「やった、もらうぞ!」
エリトが餓鬼の頭部に駆け寄ると、魔族が先ほど倒した魔獣を剣で指し示した。抑揚のない声で、エリトに向けて呟く。
「あれも、あれも、不要だ」
「えっ!?」
エリトが歓喜の声を上げると、魔族が踵を返す。その背中にエリトは慌てて問いかけた。
「あんた、名前は!?」
「……」
「名前だけ、教えてくれよ」
「………人間は俺の事を、暴戻の魔神と呼ぶ」
呟くように魔族が零した言葉を、エリトは繰り返した。う~んと首を捻りながら、彼の前へと回り込む。
「魔神さんでいいか?」
「! ……お前、俺が怖くないのか?」
その問いに、エリトは吹き出した。
手に持っていた餓鬼の頭部を掲げ、散らかった魔獣の死骸を指で差す。
「こんなに貰って、怖いわけがないだろ? あんたはいつも良い奴だ」
「……チッ」
舌打ちして去って行く魔神の背中を見送って、エリトはふ、と吹き出した。
(全然怖くなんかない。めっちゃ良い人だった! 帰ったらクリオに報告しよう)
頬を緩ませて、エリトは残された素材を剥いだ。
68
あなたにおすすめの小説
完結·氷の宰相の寝かしつけ係に任命されました
禅
BL
幼い頃から心に穴が空いたような虚無感があった亮。
その穴を埋めた子を探しながら、寂しさから逃げるようにボイス配信をする日々。
そんなある日、亮は突然異世界に召喚された。
その目的は――――――
異世界召喚された青年が美貌の宰相の寝かしつけをする話
※小説家になろうにも掲載中
【完結】獣王の番
なの
BL
獣王国の若き王ライオネルは、和平の証として差し出されたΩの少年ユリアンを「番など認めぬ」と冷酷に拒絶する。
虐げられながらも、ユリアンは決してその誇りを失わなかった。
しかし暴走する獣の血を鎮められるのは、そのユリアンただ一人――。
やがて明かされる予言、「真の獣王は唯一の番と結ばれるとき、国を救う」
拒絶から始まった二人の関係は、やがて国を救う愛へと変わっていく。
冷徹な獣王と運命のΩの、拒絶から始まる、運命の溺愛ファンタジー!
白金の花嫁は将軍の希望の花
葉咲透織
BL
義妹の身代わりでボルカノ王国に嫁ぐことになったレイナール。女好きのボルカノ王は、男である彼を受け入れず、そのまま若き将軍・ジョシュアに下げ渡す。彼の屋敷で過ごすうちに、ジョシュアに惹かれていくレイナールには、ある秘密があった。
※個人ブログにも投稿済みです。
君さえ笑ってくれれば最高
大根
BL
ダリオ・ジュレの悩みは1つ。「氷の貴公子」の異名を持つ婚約者、ロベルト・トンプソンがただ1度も笑顔を見せてくれないことだ。感情が顔に出やすいダリオとは対照的な彼の態度に不安を覚えたダリオは、どうにかロベルトの笑顔を引き出そうと毎週様々な作戦を仕掛けるが。
(クーデレ?溺愛美形攻め × 顔に出やすい素直平凡受け)
異世界BLです。
田舎育ちの天然令息、姉様の嫌がった婚約を押し付けられるも同性との婚約に困惑。その上性別は絶対バレちゃいけないのに、即行でバレた!?
下菊みこと
BL
髪色が呪われた黒であったことから両親から疎まれ、隠居した父方の祖父母のいる田舎で育ったアリスティア・ベレニス・カサンドル。カサンドル侯爵家のご令息として恥ずかしくない教養を祖父母の教えの元身につけた…のだが、農作業の手伝いの方が貴族として過ごすより好き。
そんなアリスティア十八歳に急な婚約が持ち上がった。アリスティアの双子の姉、アナイス・セレスト・カサンドル。アリスティアとは違い金の御髪の彼女は侯爵家で大変かわいがられていた。そんなアナイスに、とある同盟国の公爵家の当主との婚約が持ちかけられたのだが、アナイスは婿を取ってカサンドル家を継ぎたいからと男であるアリスティアに婚約を押し付けてしまう。アリスティアとアナイスは髪色以外は見た目がそっくりで、アリスティアは田舎に引っ込んでいたためいけてしまった。
アリスは自分の性別がバレたらどうなるか、また自分の呪われた黒を見て相手はどう思うかと心配になった。そして顔合わせすることになったが、なんと公爵家の執事長に性別が即行でバレた。
公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。
アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。
一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。
これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。
小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。
金の野獣と薔薇の番
むー
BL
結季には記憶と共に失った大切な約束があった。
❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎
止むを得ない事情で全寮制の学園の高等部に編入した結季。
彼は事故により7歳より以前の記憶がない。
高校進学時の検査でオメガ因子が見つかるまでベータとして養父母に育てられた。
オメガと判明したがフェロモンが出ることも発情期が来ることはなかった。
ある日、編入先の学園で金髪金眼の皇貴と出逢う。
彼の纒う薔薇の香りに発情し、結季の中のオメガが開花する。
その薔薇の香りのフェロモンを纏う皇貴は、全ての性を魅了し学園の頂点に立つアルファだ。
来るもの拒まずで性に奔放だが、番は持つつもりはないと公言していた。
皇貴との出会いが、少しずつ結季のオメガとしての運命が動き出す……?
4/20 本編開始。
『至高のオメガとガラスの靴』と同じ世界の話です。
(『至高の〜』完結から4ヶ月後の設定です。)
※シリーズものになっていますが、どの物語から読んでも大丈夫です。
【至高のオメガとガラスの靴】
↓
【金の野獣と薔薇の番】←今ココ
↓
【魔法使いと眠れるオメガ】
【完結】下級悪魔は魔王様の役に立ちたかった
ゆう
BL
俺ウェスは幼少期に魔王様に拾われた下級悪魔だ。
生まれてすぐ人との戦いに巻き込まれ、死を待つばかりだった自分を魔王様ーーディニス様が助けてくれた。
本当なら魔王様と話すことも叶わなかった卑しい俺を、ディニス様はとても可愛がってくれた。
だがそんなディニス様も俺が成長するにつれて距離を取り冷たくなっていく。自分の醜悪な見た目が原因か、あるいは知能の低さゆえか…
どうにかしてディニス様の愛情を取り戻そうとするが上手くいかず、周りの魔族たちからも蔑まれる日々。
大好きなディニス様に冷たくされることが耐えきれず、せめて最後にもう一度微笑みかけてほしい…そう思った俺は彼のために勇者一行に挑むが…
恋人に捨てられた僕を拾ってくれたのは、憧れの騎士様でした
水瀬かずか
BL
仕事をクビになった。住んでいるところも追い出された。そしたら恋人に捨てられた。最後のお給料も全部奪われた。「役立たず」と蹴られて。
好きって言ってくれたのに。かわいいって言ってくれたのに。やっぱり、僕は駄目な子なんだ。
行き場をなくした僕を見つけてくれたのは、優しい騎士様だった。
強面騎士×不憫美青年
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる