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最終章
第49話 本当の名前
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「昔ね、人間の女が、魔族との間に出来た子供を隠れて育てたの。それを私らが見つけて奪ったんだわ。ちょうど300年くらい前かしら? もう覚えてないなぁ。その子供があんたなの」
「……俺が、魔族の……?」
「そう。だからね、あんたの本当の年齢は数百歳よ! びっくりでしょ!」
得意げに言う母の顔を、エリトは驚愕の目で見つめた。
今の話が真実なら、目の前の女は母ではない。それだけじゃない、自分自身の存在すらも不確かなものになってしまった。
「母親と離されたあんたは、私らに全然懐かなかった。だからね、魔法で記憶を塞いだの。そして穢れの子として捌き屋をさせた。これが大成功! 魔族の血が流れたあんたは、他の穢れの子より群を抜いて優秀だった……。でもねぇ、一つだけ問題があったの」
「……記憶を塞ぐ魔法の効果は、長くて二十年しかもたない」
急に口を開いた仮面の男を、母が睨み上げる。要の部分を言われた事に苛立ったのか、母は舌打ちを零した。
「……そう、だからあんたは数十年に1度、記憶を更新されるのよ。それが最近は効きにくくなって、副作用から髪も真っ白になっちゃったわね」
エリトの白い前髪を弄び、母は肩を竦めた。背後にいる男が、エリトの耳元で呟く。
「特にお前は、あの魔神に会ってから、魔法の効きが悪い。初めて会ったのは数百年前なのに、お前はすぐに魔神を思い出す」
「……あの、魔神……?」
そうエリトが呟くと同時に、母が窓の外を見遣った。忌々し気に顔を歪めて、エリトに視線を戻す。
「……近付いて来てるわね……もう時間がないわ。早いところ消して、偽の記憶を植えつけないと……」
「待て……。良いことを思いついた。上手くすれば、暴戻を始末できるかもしれん」
仮面の男はそう言いながら、エリトの後頭部に手を当てる。
その行為が酷く恐ろしいものに思えて、エリトは身を捩った。しかし恐怖と共に、焦りも湧いてくる。
(こいつら、宗主に危害を加える気だ……! 何とかして止めないと……!)
今は、自分の正体などどうだっていい。
スガノが巻き込まれ、宗主まで狙おうとしている。
拘束から逃れようとするエリトを見て、目の前の女がまたにたりと笑った。
「最後に、ものすごく気になること、教えてあげる。……あんたの名前の事よ」
「……?」
「エリトって名前、あんたの本当の母親がつけた名前なのよ。その名前を今でも知ってるのは、私らと、暴戻の魔神だけ」
「え……?」
後頭部がかっと熱くなり、頭全体が鈍く痛みだした。男が触れている部分から、じわりと痺れが広がっていく。
(あの名前は、クリオから貰った名前だ……どうして……そうしゅ、が……)
忘れたくない。そんな感情を抱きながら、エリトの意識は強制的に閉じられた。
____
________
ソリル村にある廃屋の中で、宗主は佇んでいた。ここは数百年前に、エリトと共に過ごした家だ。
ゆっくり周りを見渡すと、残された面影が心を抉る。
この家には、小さいながらキッチンもあった。トイレも浴室もある。今のエリトの家より、少しだけましな家屋だ。
朽ちた寝台がある場所へ進み、その床を撫でる。
(俺はこの床で寝ていたな……。エリトは寝台に寝かせてくれようとしたが、俺の身体を持ち上げられなかった……)
あの時の光景を思い出すと、自然と笑みが零れる。しかし心の芯は冷え切ったままだった。
「宗主」
「……タオか」
何もなかった空間にタオが現れ、その場に膝を付く。
「宗主、エリトさんが姿を消しました。屋敷の前で襲撃を受け、スガノさんが交戦。エリトさんは逃げた後、俺を呼ぶことなく消えました。現在、スガノさんが街中を捜索しています」
「……そうか……」
そう呟いて、宗主は息を吐いた。もう怒りすら湧かない。ただ冷たい感情だけが、心を支配する。
「……カマロに伝言を頼む。俺は今から、ガーランデを滅ぼす」
「御意」
タオが消えた気配を感じながら、宗主は眼帯をなぞる。またエリトを奪おうとする人間に、情など微塵も湧かなかった。
「……俺が、魔族の……?」
「そう。だからね、あんたの本当の年齢は数百歳よ! びっくりでしょ!」
得意げに言う母の顔を、エリトは驚愕の目で見つめた。
今の話が真実なら、目の前の女は母ではない。それだけじゃない、自分自身の存在すらも不確かなものになってしまった。
「母親と離されたあんたは、私らに全然懐かなかった。だからね、魔法で記憶を塞いだの。そして穢れの子として捌き屋をさせた。これが大成功! 魔族の血が流れたあんたは、他の穢れの子より群を抜いて優秀だった……。でもねぇ、一つだけ問題があったの」
「……記憶を塞ぐ魔法の効果は、長くて二十年しかもたない」
急に口を開いた仮面の男を、母が睨み上げる。要の部分を言われた事に苛立ったのか、母は舌打ちを零した。
「……そう、だからあんたは数十年に1度、記憶を更新されるのよ。それが最近は効きにくくなって、副作用から髪も真っ白になっちゃったわね」
エリトの白い前髪を弄び、母は肩を竦めた。背後にいる男が、エリトの耳元で呟く。
「特にお前は、あの魔神に会ってから、魔法の効きが悪い。初めて会ったのは数百年前なのに、お前はすぐに魔神を思い出す」
「……あの、魔神……?」
そうエリトが呟くと同時に、母が窓の外を見遣った。忌々し気に顔を歪めて、エリトに視線を戻す。
「……近付いて来てるわね……もう時間がないわ。早いところ消して、偽の記憶を植えつけないと……」
「待て……。良いことを思いついた。上手くすれば、暴戻を始末できるかもしれん」
仮面の男はそう言いながら、エリトの後頭部に手を当てる。
その行為が酷く恐ろしいものに思えて、エリトは身を捩った。しかし恐怖と共に、焦りも湧いてくる。
(こいつら、宗主に危害を加える気だ……! 何とかして止めないと……!)
今は、自分の正体などどうだっていい。
スガノが巻き込まれ、宗主まで狙おうとしている。
拘束から逃れようとするエリトを見て、目の前の女がまたにたりと笑った。
「最後に、ものすごく気になること、教えてあげる。……あんたの名前の事よ」
「……?」
「エリトって名前、あんたの本当の母親がつけた名前なのよ。その名前を今でも知ってるのは、私らと、暴戻の魔神だけ」
「え……?」
後頭部がかっと熱くなり、頭全体が鈍く痛みだした。男が触れている部分から、じわりと痺れが広がっていく。
(あの名前は、クリオから貰った名前だ……どうして……そうしゅ、が……)
忘れたくない。そんな感情を抱きながら、エリトの意識は強制的に閉じられた。
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ソリル村にある廃屋の中で、宗主は佇んでいた。ここは数百年前に、エリトと共に過ごした家だ。
ゆっくり周りを見渡すと、残された面影が心を抉る。
この家には、小さいながらキッチンもあった。トイレも浴室もある。今のエリトの家より、少しだけましな家屋だ。
朽ちた寝台がある場所へ進み、その床を撫でる。
(俺はこの床で寝ていたな……。エリトは寝台に寝かせてくれようとしたが、俺の身体を持ち上げられなかった……)
あの時の光景を思い出すと、自然と笑みが零れる。しかし心の芯は冷え切ったままだった。
「宗主」
「……タオか」
何もなかった空間にタオが現れ、その場に膝を付く。
「宗主、エリトさんが姿を消しました。屋敷の前で襲撃を受け、スガノさんが交戦。エリトさんは逃げた後、俺を呼ぶことなく消えました。現在、スガノさんが街中を捜索しています」
「……そうか……」
そう呟いて、宗主は息を吐いた。もう怒りすら湧かない。ただ冷たい感情だけが、心を支配する。
「……カマロに伝言を頼む。俺は今から、ガーランデを滅ぼす」
「御意」
タオが消えた気配を感じながら、宗主は眼帯をなぞる。またエリトを奪おうとする人間に、情など微塵も湧かなかった。
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