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薬屋キュウ屋
第23話 甘党の追跡者
しおりを挟む親指をへし折られ呻いている男の顎を、男は蹴り上げる。その一連の動作は一瞬で、光太朗はひゅうと唇を鳴らした。
笑みを浮かべながら、光太朗は通りの先を指さす。
「あと1人は、脇道に逃げた! 魚屋の角から出てくるから、挟み撃ちしよう」
「……!! 君は……!」
追ってきた男は、鼻から下を布で隠していた。外套のフードも深くかぶっていて、その顔は良く見えない。
唯一見えている瞳は、綺麗な緑色だった。悪人と言う雰囲気ではないようだ。
光太朗は歩きながら、男に言葉を放る。
「あんたは、脇道を追ってくれ。俺は魚屋で待ち受ける!」
「まっ……っ!」
男の返事を聞かないまま、光太朗は魚屋に向かって駆けた。
心臓がぎゅっと締め付けられ、気分が沸いていくのを感じる。3年前、死と隣り合わせの毎日は碌でもないものだったが、今ではこの緊張感が懐かしい。
魚屋の角に潜み、光太朗はポケットに手を突っ込んだ。そこから小さな薬瓶を取り出す。護身用に持ち歩いているものが、役に立ちそうだ。
走ってくる足音が二つ。
先に走っている足音はばたついていて、かなり焦っているのが分かる。
足音が角に差し掛かろうとする少し前に、光太朗は道の真ん中に火のついた藥瓶を投げつけた。
小さな薬瓶が割れ、小規模ながら火が立ち昇る。
ぎょっとした男が足を緩めたところに、後ろから追ってきた男の蹴りが飛ぶ。鮮やかな跳び蹴りだ。
追われていた男が抱えていた荷物が宙を舞う。
そして光太朗の足元へ、どさりと重い音を立てながら落ちた。きっとこの荷物がこの騒動の種だろう。
光太朗が荷物を拾い上げた頃には、追われていた男はもう拘束されていた。鮮やかな手際に、光太朗はまたひゅうと唇を鳴らす。
「すごいな! あれだけの距離をここまで詰めるなんて。俺の助けなんて、要らなかったかもな」
光太朗は笑いながら荷物を男へ差し出す。すると男が、光太朗へもの凄い勢いで駆け寄ってきた。
「……君はっ……!」
「!? な、何だよ……!」
近寄ってきた男に腕を掴まれ、光太朗は身を捩った。咄嗟に手に持っていた荷物を落としてしまい、バッグから中身が転がり落ちる。
その中身は、殆どが甘いものだった。果実のシロップ漬け、焼き菓子の袋、ありとあらゆる甘味が、ごろごろと転がり出る。
光太朗を掴んでいる男の目元が、みるみる赤くなっていく。揺れる緑色の瞳を見て、光太朗は堪らず吹き出した。
「っ! あんた! ふ、はは……! あんなに必死で追ってたから、何かと思えば……! ぷ、くくく……!」
「……」
緩んだ男の手から抜け出し、光太朗は荷物の中身をかき集めた。それを改めて男に渡し、にっこりと微笑む。
「久しぶりに楽しかったよ。じゃあな、甘党!」
「……! まっ……!」
騒ぎを聞きつけて、人が集まり始めた。光太朗はもう一度吹き出すと、人込みに紛れて家路を急ぐ。
(ああ、楽しかった。今日はゆっくり眠れそうだ)
人が集まったお陰で、街中がたいまつで明るくなる。いつもの家路もはっきり見えて、光太朗は鼻歌を歌うほど気分が良かった。
しかしそんな気分も、キュウ屋から漏れている明かりを見て吹っ飛んだ。灯りをつけたまま外出するなんて、光太朗は絶対にしない。
光太朗は大げさにため息をつくと、怠そうにキュウ屋の鍵を開ける。そして室内にいた男の姿に、もう一度大きくため息をついた。
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