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最終章
212 デビュタント2
しおりを挟む義父ダグラスと踊った後、四曲目のダンス。
小さな身体で空間を大きく使うレティシアは、速いステップをも優雅に舞ってみせる。ラファエルが伸ばした腕の先で軽やかに身を翻せば、髪留めにあしらわれた大粒の宝石がキラキラと光り輝く。思わず歩みを止めた参加者たちは、会話を忘れてしばし見惚れた。
「…見目麗しい義姉弟だこと…」
「本当、益々凛々しくなられた大公殿下とも大変お似合いでしたわ。小公爵様は優しげな色合いで、物腰が柔らかいと申しましょうか…どちらのお血筋かは誰かご存知?」
「いいえ。探せば噂の一つや二つは出て来そうね」
「最近、あちらの社交界へは顔を出していなくて。少々盛り上がりに欠けますでしょう?」
「代替わりをなさいましたし、大公妃が空席では仕方がありませんわ。でも…暫くは賑やかになりますわよ」
“公認の恋人”が王家と懇意にしている家門と縁を繋いでから婚約する流れは、手続きが早い上に利点も多いと広く認知されている。そのため、同じ養子でも公爵家の正式な後継者として颯爽と登場したラファエルのほうが今や注目度が高かった。
特に、成人したばかりの娘を社交界へ送り出す王国の貴夫人たちは興味を抱かずにはいられないのだろう…こぞってダンスフロアへ熱い視線を送る。
「お誘いすれば、こちらのパーティーへもお顔を出してくださるのかしら?」
「さぁ…ご招待をお受けになるでしょうか?」
「…え?」
「嫌だわ、お忘れですの?夫人主催のパーティーやお茶会では、大公妃…いえ、ユティス公爵夫人はあまりいい思いをされていませんでしたわよ…ねぇ?」
「えぇ、確かに…大事な後継者をそんな場所へは…」
「そうね、私が母親なら敬遠するわ。他国から大公妃を迎えるのがお気に召さずに反対していた方々は、今でも一定数残っていらっしゃると聞きますし」
「…待ってちょうだい、私は別にそんな…」
「皆様、祝いの席でよしましょう。お付き合いなさる家門を決めるのは、私共ではなく公爵家よ」
たとえ爵位が同じでも、均衡の取れた権力や地位など社交界には存在しない。早速、蹴落とし合いが始まった。
ユティス公爵夫妻は耳に入る雑音など気に留めることなく、子供たちを眺めて仲睦まじく過ごす。
国王と王妃ら王族が頃合いを見計らって退席すると、それ以降は会場に残っても帰っても参加者の自由で構わない。時間の許す限り楽しむ者もいれば、早々に遠方の領地へ戻る者もいる。
アシュリーや家族と四曲踊ってダンスに満足したレティシアの次の狙いは、美味しい料理とワインだった。
♢
「お義母様の踊るお姿、格好よかったわ!」
「ウフフ…ラファエルの足を踏まずに済んで一安心ね」
「ご冗談を、義母上は男性パートも踊れる上級者ではありませんか。練習通り完璧でした」
「そうよ、お仕えしていた王女様のダンス練習のお相手も、お義母様が務めて来られたのでしょう?」
「王女様は小柄で恥ずかしがり屋さんだったのよ。レティシアは懐かしい私の昔話をよく覚えているわね」
「皆、楽しかったようだな」
デビュタントの終了時刻よりも早く会場を出れば、暗くなる前に邸へ辿り着ける。公爵家の馬車の中では、無事にパーティーを終えた家族四人が和やかに語り合う。
クロエが護衛騎士時代の話題を気兼ねなく周りに話すきっかけを作ったのは、他でもないレティシアだ。ダグラスは目を細めて頷いた後、不意に首を捻った。
「…ぅん?レティシアは、私と踊りながらクロエたちを見る余裕まであったのか?」
「目を瞑っても踊れる位たくさん練習してくださったお義父様のお陰で、お義母様とラファエルが隣で踊っている様子も見れたんです。そう言うお義父様だって、チラチラとお義母様を気にしていらしたわ」
「…ほ、ほぅ…バレていたとは…」
「お義父様はお義母様が大好きですものね」
尊敬すべき公爵家当主と妻、良き父と母である義父母は、互いを恋い慕う相思相愛のカップル。レティシアが揶揄い半分でそう言うと、ダグラスは満面の笑みを浮かべる。
「あぁ…心から愛している。勿論、お前たちのことも愛しているぞ…なぁ、クロエ」
「えぇ。レティシアとラファエルがいてくれてどれ程幸せか…ちゃんと伝わっているかしら?」
「はい。義姉上と私も幸せですから」
「ラファエルの言う通りよ」
間髪入れず答えたラファエルにレティシアも続くと、クロエが薄っすら涙ぐむ。
「後継ぎとしては未熟だと思われるかもしれませんが、今後は私がお二人をお支えし、公爵家を守ります」
「…うむ、よく言った。私の背中を追い掛ける必要はない。お前が正しいと思う道を選び、自分を信じて進め」
「はい、義父上」
普段ポーカーフェイスを心掛けているラファエルも、嬉々として水色の瞳を煌めかせた。
「私は、将来お義父様とお義母様のような素晴らしい夫婦を目指したいです」
「まぁ!うれしいことを言ってくれるのね」
「……くぅっ……」
パッと明るい表情を見せたクロエとは対照的に、ダグラスは眉間に深くシワを寄せてしかめっ面をする。
「…まだだ…まだ結婚はさせん…が…そうか、レイと…私たちのような夫婦に…」
「お、お義父様?」
「大丈夫よ、レティシア…これは涙を堪えているだけ」
「えぇっ?!」
ラファエルとレティシアの言葉に感激したダグラスの顔は、見る見るうちにシワクチャになっていった。
──────────
──────────
「……何……ラファエルが?」
夜、王族の集まりを抜け出して公爵家へやって来たアシュリーは、レティシアの話を聞いて低い唸り声を漏らす。
「アシュリー様、誤解なさらないで」
「では『レティシアが理想の恋人』だと言うのを、どう受け止めればいい」
「恋……あら、私そんな風に申し上げました?」
食い気味に詰め寄って来るアシュリーを前に目を瞬かせる。デビュタントでレティシアを独占できないまま会場を後にしたことで、彼は少々気が荒ぶっている様子。
帰りの馬車内で家族と交わした会話を順序立てて話せばよかったと、今さらながら後悔した。
いつかは、ラファエルも伴侶を迎えなければならない。これから社交界へ出てパーティーに参加し、数多の貴族令嬢と関わって行く。そこで飛び出した『理想の女性は?』との問い掛けに、ラファエルが『義姉上』と答えたのだ。
純粋に喜ぶレティシアの姿がアシュリーの嫉妬を誘ってしまった可能性はある。姉といっても血の繋がりはないのだから、外でも気を付けなければ…変に勘繰られて悪い噂の種となっては後々ラファエルに迷惑を掛けてしまう。レティシアは、愛する弟の良縁を邪魔する姉にだけはなりたくない。義父ダグラスには申し訳ないが、やはり住まいは大公邸へ移すのが正解に思えた。
(同居は早めに行動しないと時期を逃す…って、アンダーソン卿も気にしていたわよね)
「レティシア…?」
説明を求めて焦れるアシュリーは、飼い主に『待て』と言われて落ち着かない大型犬のよう。こういう年下っぽく可愛いところが胸にキュンと来て困る。
「ラファエルはお嫁さんを迎え入れる側です。寝食を共にし、毎日顔を合わせる家族が肩肘を張らずに過ごせる相手こそ理想だと言っていました」
「なるほど、叔父上たちとの良好な関係を願って…レティシアのような女性がいいと?」
「抽象的な表現より分かりやすいですよね。姉として大変光栄に思います。円満な生活を望むのは当たり前だと私は思いますが、貴族同士の結婚では出自や価値観の違いなどですれ違う夫婦のほうが多いとか…アシュリー様がラファエルの立場ならどうお答えになりますか?」
「…その質問はズルいだろう…」
「ふふっ」
「ラファエルの気持ちが分かった」
「尤も、お義父様とお義母様は未来のお嫁さんを大切になさいますから、きっと上手く行きます」
「叔父上の性格ならば、政略結婚をさせるつもりもない…か」
「はい」
溜飲の下がったアシュリーは、レティシアを膝へ抱え上げて頬を擦り寄せ、しっかり抱き締めた。
「…アシュリー様…」
「ん?」
「ラファエルは…あの子は、ユティス公爵家で今度こそ幸せになれますよね…?」
「あぁ…君も私も側にいるからな。もう幼い子供ではないが、必ず守ってやる」
────────── next 213 レティシアと友人
いつも読んで下さいまして、誠にありがとうございます。
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