前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)

miy

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第3章

32 先の見通し

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レティシアの抱える複雑な事情を、従者たちにどう説明すべきか?ベッドの中で頭を悩ませていたアシュリーは、いつの間にか眠ってしまう。

目覚めた朝は、毎日嫌という程感じていた身体の重だるさと頭痛、不快な感情が全くなかった。


「身体が…頭が軽い…悪夢を見なかった?いや、そんなことがあるのか?」


夢か現かと混乱するアシュリーは、テーブルに置かれたワインボトルと綺麗なグラスを目にして…さらに驚愕する。


「…寝酒を飲み忘れていた…信じられない…」


こんなにも深く熟睡できた理由として思い当たるのは、ただ一つだけだった。


「…レティシア…彼女だ…」


レティシアが髪に触れた時、魔力の源が大きく揺らいだ。
アシュリーに影響と変化を与えたのは、間違いなくレティシアだと確信する。




──────────




「君は食事のマナーを気にしていたが、何も心配はないように見える」

「これは、私が知る一般的なテーブルマナーですけれど…おかしくないですか?」


テーブルにずらりと並ぶカトラリーに特別珍しい形のものはなく、レティシアはホッとしていた。
常識レベルでナイフとフォークを使って普通に食事はできても、それは、食べるのに困らないだけの話。
貴族らしい細かな礼儀作法などは全く分からないのだから…『知らない』と言っておいて、先ず正解だろう。


「ナイフとフォークの扱い方は大丈夫だと思う。侯爵家で学んだわけでもないのか」

「私の世界では、大人なら皆ができる感じですね」

「大人…レティシア、前世の君は大人なのか?」



─ ギクッ! ─



レティシアはナイフとフォークからそっと手を離すと、徐ろに水を一口飲んで呼吸を整えた。


「伯爵様、前世の私は…28歳です。立派な大人でした」

「…にじゅう…はち…」

「はい、28歳」


(とうとう…この時が来てしまったわ)


アシュリーは完全に動きが止まって、フリーズ状態になっている。


「伯爵様、息をしてますか?…お気を確かに」

「…なるほど…道理で…年下と話している感じがしないから不思議に思っていた…」

「驚かせてしまって、すいません」

「いや、年齢を聞いて納得できた。レティシアは、異世界の記憶しかないんだったな?」

「はい」

「我がアルティア王国の聖女様は、異世界から召喚されたお方なんだが…」

「ショウカン?…召喚?!…この世界に喚んだんですか…」

「そうだ」


(それは、やったら駄目なヤツでは?)


「もしかして…聖女様は、黒髪で黒眼だったりしませんよね?」

「……どうして知っている…」

「えっ?!」


アシュリーが目を見開く…と同時に、レティシアも目を丸くして、椅子からピョコリと飛び上がった。


(日本人の可能性がある?…そうであって欲しいし、同じ異世界人なら会いたい!)


「あの、もし…私が今日商店を辞めて伯爵様について行くとしたら、その聖女様のいる王国にも連れて行って貰えるでしょうか?」

「勿論。陸路でラスティア国へ行くには、アルティア王国を通る必要があるからね」

「本当ですか!」


両手で口元を押さえたレティシアの大きな瑠璃色の瞳が、キラキラと輝きを増す。期待に胸を膨らませるその様子が可愛くて、アシュリーは思わず目を細める。


「レティシアが私の側ですぐに働くと決めたのなら、全て君の思い通りにしてあげよう。聖女様に会わせることだって可能だよ?」

「私みたいな平民でも、お会いできるんでしょうか?」

「約束する」

「すぐに働きます!」

「では、商店との交渉はこちらに任せてくれ。レティシアの意志確認書類を急いで用意して今日中に手続きをすれば、明日にはここを発てる」

「はい」


レティシアの気が変わらないうちに、さっさとこの王国から離れよう…アシュリーは一人ほくそ笑んだ。
 


    ♢



レティシアに『恋心は勘違いだ』と言われ、それを否定できない自分の圧倒的経験不足を…アシュリーは恨めしく思った。

レティシアの笑顔が眩しくて胸は高鳴りっ放し、一緒にいれば次々と可愛い表情を見せてくれるから堪らない。
二度と勘違いだなんて言われないように、この恋心をしっかりと温めていかなければ。


過去に多くの女性と出会う機会はあったが、触れ合える女性は当然のこと…心惹かれた女性ですら一人もいなかった。

そこへ、奇跡のように現れた運命の人。
レティシアが、今まで会った女性と同じであると考えるほうが間違っていたのだ。



─ 君が異世界の者でも何歳でも、別に関係ない ─



トラス侯爵家や商店との繋がりは、確実に断ち切っておこう。これからは自分がレティシアを側で見守り、大事にする。


アシュリーの気持ちは固まった。








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