108 / 215
第7章
108 異変2
しおりを挟む「…うぐっ…」
レティシアは、意識を失ってしまったアシュリーに抱き込こまれたまま、身動きが取れない。
レイヴンの魔術がレティシアの身体を圧迫感から守ってくれてはいても、五感が閉ざされているわけではないため…重みはそれなりに感じていた。
(急いでここから脱出して、助けを呼ばないと!)
渾身の力を振り絞ってアシュリーの腕の拘束を解き、彼の身体を少しずつ横へ移動させながら仰向けに転がして…何とか這い出す。
ベッドに広がっていたスカートのどこかがアシュリーのコートの装飾に引っかかったのか?途中で布の裂けた嫌な音がしたが、今はドレスよりも優先すべきことがある。
半分腰が抜けて、重い足がもつれるのも構わずに走って扉へ向かう。
─ ドン! ドン! ドン! ─
レティシアは魔法の鍵がかかった硬い扉を、何度も激しく叩く。
「誰か!ここを開けてください!!誰かっ!お願い!!」
これだけ大声で叫んで音を立てれば、ホールにいた護衛騎士が気付くはず。できれば騒ぎにはしたくない…けれど、そんな余裕を持てる状況ではなかった。
ところが、すがる思いで扉を叩き続けるレティシアを無視するかのように、一向に助けに来る気配がない。
(おかしい…一番奥の部屋だから?…ううん…違うわ)
「…音が外へ届いていない?…まさか…待って…」
レティシアは、ベッドの上のアシュリーに視線を向ける。
「…防音?…あの一瞬で、殿下は鍵を締めて防音魔法まで?…そうだとしたら…もう…私には…っ…」
魔力なしの自分がこの王国で如何に無力な存在であるのかを思い知って、焦ったレティシアは髪をくしゃくしゃと掻き乱す。
大きな音や声を出せば必ず誰かに届く…そう信じていた。頭の中が真っ白になり、瑠璃色の瞳にジワッと涙が溢れて視界が霞む。
「…駄目、駄目よ…弱気になったら終わり…諦めない…」
レティシアは首をブルブルと振り、流れ落ちる涙を吹き飛ばすと…頬を両手でパンッ!と叩く。
─ ハラリ ─
突然、ホルターネックのバンド部分が外れ、生地ごとずり下がって落ちてきた。首を振ったせいかと…再び留めてみるものの上手く嵌まらない。
よく見れば、留め金部分が歪んで噛み合わなくなってしまっている。どうやら、力加減の調節が狂っていたアシュリーが、首元を掴んだ拍子に破壊してしまったらしい。
ドレスをプレゼントしてくれた、優しいサオリの笑顔が思い浮かんだ。
「…っ…そうだ!」
レティシアはスカートの布地の破れに目をやると、壊れた留め金を震える手で握り締め…祈るように頭を下げて額に擦りつけた。
「ドレスには聖魔法がかかってる。お願い…サオリさん、気付いて…殿下を助けてください」
──────────
閉じ込められた場所から救出される可能性が一つ出たことで俄然冷静になったレティシアは、アシュリーの体温を少しでも冷まそうと…コートと上着を引き剥がして、こもった熱を逃がす。
「…殿下、しっかりして…」
レティシアが声を掛けて頬や髪に触れても反応はなく、びっしょりと汗をかいたアシュリーは眉根を寄せて苦しげな呼吸を繰り返している。
シャツのボタンを全て外して室内に備えつけてあったタオルで汗を拭うと、硬く引き締まった鋼のような筋肉が忙しなく上下していた。
(こんなにも…熱いなんて)
ベルトを緩める際、下半身の膨らみが顕著で…ここも熱く滾っていたのかと、レティシアは赤面する。
♢
「サオリさんは絶対に来てくれる。待っている間にできることはないかしら」
ドレスの破損を感じ取ったとしても、サオリは大事な感謝祭の主催者…簡単に持ち場を離れられないかもしれない。
このパーティー会場内にいる人で、助けてくれるのは誰か?…レティシアは考えた。
「あっ、ゴードンさんとルーク!」
護衛として付いていた二人ならば、きっと控室の近くにいる。再び扉の前に立ち、外と連絡を取る手立てがないものかとレティシアは唸った。この扉の反対側にゴードンたちがいるかもしれないと思うと、もどかしくて仕方がない。
(…何を使えばいい?…伝える手段は…)
「……手紙、紙を外へ出せないかな!」
室内を見回し、紙とペンがあるのを見つけたレティシアはパッと明るい表情になる。
──────────
──────────
ゴードンとルークは、王族が休憩に使う控室の一室…アシュリーとレティシアが入室した部屋の前にいた。
ゴードンがチラリと時計を確認する。
「30分か…休憩なら一時間くらいだろう。アフィラム殿下にレティシアを奪われて、殿下は物凄い不機嫌オーラが出ていたな。こういう時は、近付かないほうが身のためだ」
「俺は、廊下に飛び出して来たレティシアの早さにビビリましたけどね」
レティシアの護衛役である二人は、相手が王族のアフィラムということで…バルコニーでは少し距離を取って控えていた。
「あぁ、脇目も振らず殿下に突進していた。あの様子からすると、ないとは思うが…このまま朝まで…だったらどうする?」
「カリムに交代を頼みたいので、連絡してもいいですか?」
ポケットから魔導具を取り出すルークの手を、ゴードンが止める。
「いいですか?じゃないよ、気が早い。どうするか聞いただけだ、抜け駆けするな…私だって交代したい」
「……ゴードンは駄目でしょう?」
「なぜだ」
「駄目です。俺は、ロザリーのために帰ります」
「…っ…シスコンめ。私が一番年上だぞ?」
「…………」
シスコンと言われてヘソを曲げたのか、ルークが俯いて黙ってしまう。
「………ゴードン…」
「…いや、だってな…お前が…」
「扉を開けてください、ゴードンなら開けれますよね?」
「は?…どこを開けるって?」
「この扉を!今すぐ開けてくださいっ!!」
ルークは、床から拾い上げた紙を掲げて見せる。そこに書かれた赤い文字を見たゴードンは、顔色を変えてすぐさま魔法を発動、扉の施錠を解除した。
♢
「殿下!!」
「レティシア!!」
「ゴードンさん!ルーク!」
「「…っ…?!」」
「よかった!やっぱり外にいたのね」
室内へ飛び込んだゴードンとルークは、嬉々として自分たちを迎え入れるレティシアの乱れた姿に…揃って言葉を失う。
「殿下が、高熱で大変なの!…助けて…」
そう言ってベッドを指差し、数歩進んだかと思うと…レティシアはヘナヘナと力なく床に座り込んだ。
「……おいっ…レティシア!」
「ルーク、レティシアはお前に任せる!…殿下っ!!」
素早くアシュリーの側へ駆け寄って様子を一目見たゴードンは、通信用の魔導具で緊急事態が発生したことをチャールズ、マルコ、カリムへ伝達。会場内のどこにいるのか?それぞれの現在地を報告させる。
『チャールズ、騒がず速やかに国王陛下にお知らせしろ。お前が一番近い、できるな?身分証を身につけることを忘れるな。誰か、聖女様の居場所を教えて欲しい!』
【チャールズです。了解!】
【カリムです。聖女様はさっき舞台からいなくなったっきりです】
『いなくなった?殿下の治療は聖女様しか無理だ。何とか見つけてくれ』
ゴードンはアシュリーの着衣の乱れを直した後、他の控室が無人であることを確認。控室前の護衛騎士たちへ事情を説明し、部外者の立ち入りを控えるよう依頼した。
控室に戻ったゴードンは、ルークがレティシアを抱き締める瞬間を目撃して…目を丸くする。
「…ルーク?!…どさくさに紛れて何を…」
【マ、マルコです!聖女様が…ハァ…レティシアの下にサハラ様を向かわせたと…ハァ…そう皆に伝えるように言われました】
『何?サハラ様だと?!』
【…はい…サハラ様です…】
『…りょ…了解した…』
【カリムです。カインと補佐官殿を発見、どうしますか?】
『二人にも知らせておけ……ただし、ここへは来ないように伝えるんだ』
【了解】
【チャールズです!任務完了】
『ご苦労だった。全員待機、連絡を待て』
ゴードンが通信を終えると、室内にはアシュリーの喘ぐ息遣いしか聞こえなかった。
────────── next 109 異変3
ここまでお読み頂きまして、誠にありがとうございます!
53
あなたにおすすめの小説
ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく
犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。
「絶対駄目ーー」
と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。
何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。
募集 婿入り希望者
対象外は、嫡男、後継者、王族
目指せハッピーエンド(?)!!
全23話で完結です。
この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。
【完結】あなたが私を『番』にでっち上げた理由
冬馬亮
恋愛
ランバルディア王国では、王族から約100年ごとに『裁定者』なる者が誕生する。
国王の補佐を務め、時には王族さえも裁く至高の権威を持ち、裏の最高権力者とも称される裁定者。その今代は、先国王の末弟ユスターシュ。
そんな雲の上の存在であるユスターシュから、何故か彼の番だと名指しされたヘレナだったが。
え? どうして?
獣人でもないのに番とか聞いたことないんですけど。
ヒーローが、想像力豊かなヒロインを自分の番にでっち上げて溺愛するお話です。
※ 同時に掲載した小説がシリアスだった反動で、こちらは非常にはっちゃけたお話になってます。
時々シリアスが入る予定ですが、基本コメディです。
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~
浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。
本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。
※2024.8.5 番外編を2話追加しました!
異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜
京
恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。
右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。
そんな乙女ゲームのようなお話。
【完結】ここって天国?いいえBLの世界に転生しました
三園 七詩
恋愛
麻衣子はBL大好きの腐りかけのオタク、ある日道路を渡っていた綺麗な猫が車に引かれそうになっているのを助けるために命を落とした。
助けたその猫はなんと神様で麻衣子を望む異世界へと転生してくれると言う…チートでも溺愛でも悪役令嬢でも望むままに…しかし麻衣子にはどれもピンと来ない…どうせならBLの世界でじっくりと生でそれを拝みたい…
神様はそんな麻衣子の願いを叶えてBLの世界へと転生させてくれた!
しかもその世界は生前、麻衣子が買ったばかりのゲームの世界にそっくりだった!
攻略対象の兄と弟を持ち、王子の婚約者のマリーとして生まれ変わった。
ゲームの世界なら王子と兄、弟やヒロイン(男)がイチャイチャするはずなのになんかおかしい…
知らず知らずのうちに攻略対象達を虜にしていくマリーだがこの世界はBLと疑わないマリーはそんな思いは露知らず…
注)BLとありますが、BL展開はほぼありません。
悪役令嬢の心変わり
ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。
7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。
そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス!
カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!
異世界転移したと思ったら、実は乙女ゲームの住人でした
冬野月子
恋愛
自分によく似た攻略対象がいるからと、親友に勧められて始めた乙女ゲームの世界に転移してしまった雫。
けれど実は、自分はそのゲームの世界の住人で攻略対象の妹「ロゼ」だったことを思い出した。
その世界でロゼは他の攻略対象、そしてヒロインと出会うが、そのヒロインは……。
※小説家になろうにも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる