前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)

miy

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第7章

108 異変2

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「…うぐっ…」


レティシアは、意識を失ってしまったアシュリーに抱き込こまれたまま、身動きが取れない。
レイヴンの魔術がレティシアの身体を圧迫感から守ってくれてはいても、五感が閉ざされているわけではないため…重みはそれなりに感じていた。


(急いでここから脱出して、助けを呼ばないと!)


渾身の力を振り絞ってアシュリーの腕の拘束を解き、彼の身体を少しずつ横へ移動させながら仰向けに転がして…何とか這い出す。

ベッドに広がっていたスカートのどこかがアシュリーのコートの装飾に引っかかったのか?途中で布の裂けた嫌な音がしたが、今はドレスよりも優先すべきことがある。
半分腰が抜けて、重い足がもつれるのも構わずに走って扉へ向かう。



─ ドン! ドン! ドン! ─



レティシアは魔法の鍵がかかった硬い扉を、何度も激しく叩く。


「誰か!ここを開けてください!!誰かっ!お願い!!」


これだけ大声で叫んで音を立てれば、ホールにいた護衛騎士が気付くはず。できれば騒ぎにはしたくない…けれど、そんな余裕を持てる状況ではなかった。
ところが、すがる思いで扉を叩き続けるレティシアを無視するかのように、一向に助けに来る気配がない。


(おかしい…一番奥の部屋だから?…ううん…違うわ)


「…音が外へ届いていない?…まさか…待って…」


レティシアは、ベッドの上のアシュリーに視線を向ける。


「…防音?…あの一瞬で、殿下は鍵を締めて防音魔法まで?…そうだとしたら…もう…私には…っ…」


魔力なしの自分がこの王国で如何に無力な存在であるのかを思い知って、焦ったレティシアは髪をくしゃくしゃと掻き乱す。
大きな音や声を出せば必ず誰かに届く…そう信じていた。頭の中が真っ白になり、瑠璃色の瞳にジワッと涙が溢れて視界が霞む。


「…駄目、駄目よ…弱気になったら終わり…諦めない…」


レティシアは首をブルブルと振り、流れ落ちる涙を吹き飛ばすと…頬を両手でパンッ!と叩く。



─ ハラリ ─



突然、ホルターネックのバンド部分が外れ、生地ごとずり下がって落ちてきた。首を振ったせいかと…再び留めてみるものの上手く嵌まらない。
よく見れば、留め金部分が歪んで噛み合わなくなってしまっている。どうやら、力加減の調節が狂っていたアシュリーが、首元を掴んだ拍子に破壊してしまったらしい。

ドレスをプレゼントしてくれた、優しいサオリの笑顔が思い浮かんだ。


「…っ…そうだ!」


レティシアはスカートの布地の破れに目をやると、壊れた留め金を震える手で握り締め…祈るように頭を下げて額に擦りつけた。


「ドレスには聖魔法がかかってる。お願い…サオリさん、気付いて…殿下を助けてください」




──────────




閉じ込められた場所から救出される可能性が一つ出たことで俄然冷静になったレティシアは、アシュリーの体温を少しでも冷まそうと…コートと上着を引き剥がして、こもった熱を逃がす。


「…殿下、しっかりして…」


レティシアが声を掛けて頬や髪に触れても反応はなく、びっしょりと汗をかいたアシュリーは眉根を寄せて苦しげな呼吸を繰り返している。
シャツのボタンを全て外して室内に備えつけてあったタオルで汗を拭うと、硬く引き締まった鋼のような筋肉が忙しなく上下していた。


(こんなにも…熱いなんて)


ベルトを緩める際、下半身の膨らみが顕著で…ここも熱く滾っていたのかと、レティシアは赤面する。



    ♢



「サオリさんは絶対に来てくれる。待っている間にできることはないかしら」


ドレスの破損を感じ取ったとしても、サオリは大事な感謝祭の主催者…簡単に持ち場を離れられないかもしれない。
このパーティー会場内にいる人で、助けてくれるのは誰か?…レティシアは考えた。


「あっ、ゴードンさんとルーク!」


護衛として付いていた二人ならば、きっと控室の近くにいる。再び扉の前に立ち、外と連絡を取る手立てがないものかとレティシアは唸った。この扉の反対側にゴードンたちがいるかもしれないと思うと、もどかしくて仕方がない。


(…何を使えばいい?…伝える手段は…)


「……手紙、紙を外へ出せないかな!」


室内を見回し、紙とペンがあるのを見つけたレティシアはパッと明るい表情になる。




──────────
──────────




ゴードンとルークは、王族が休憩に使う控室の一室…アシュリーとレティシアが入室した部屋の前にいた。
ゴードンがチラリと時計を確認する。


「30分か…休憩なら一時間くらいだろう。アフィラム殿下にレティシアを奪われて、殿下は物凄い不機嫌オーラが出ていたな。こういう時は、近付かないほうが身のためだ」

「俺は、廊下に飛び出して来たレティシアの早さにビビリましたけどね」


レティシアの護衛役である二人は、相手が王族のアフィラムということで…バルコニーでは少し距離を取って控えていた。


「あぁ、脇目も振らず殿下に突進していた。あの様子からすると、ないとは思うが…このまま朝まで…だったらどうする?」

「カリムに交代を頼みたいので、連絡してもいいですか?」


ポケットから魔導具を取り出すルークの手を、ゴードンが止める。


「いいですか?じゃないよ、気が早い。どうするか聞いただけだ、抜け駆けするな…私だって交代したい」

「……ゴードンは駄目でしょう?」

「なぜだ」

「駄目です。俺は、ロザリーのために帰ります」

「…っ…シスコンめ。私が一番年上だぞ?」

「…………」


シスコンと言われてヘソを曲げたのか、ルークが俯いて黙ってしまう。


「………ゴードン…」

「…いや、だってな…お前が…」

「扉を開けてください、ゴードンなら開けれますよね?」

「は?…どこを開けるって?」

「この扉を!今すぐ開けてくださいっ!!」


ルークは、床から拾い上げた紙を掲げて見せる。そこに書かれた赤い文字を見たゴードンは、顔色を変えてすぐさま魔法を発動、扉の施錠を解除した。



    ♢



「殿下!!」

「レティシア!!」

「ゴードンさん!ルーク!」

「「…っ…?!」」

「よかった!やっぱり外にいたのね」


室内へ飛び込んだゴードンとルークは、嬉々として自分たちを迎え入れるレティシアの乱れた姿に…揃って言葉を失う。


「殿下が、高熱で大変なの!…助けて…」


そう言ってベッドを指差し、数歩進んだかと思うと…レティシアはヘナヘナと力なく床に座り込んだ。


「……おいっ…レティシア!」

「ルーク、レティシアはお前に任せる!…殿下っ!!」


素早くアシュリーの側へ駆け寄って様子を一目見たゴードンは、通信用の魔導具で緊急事態が発生したことをチャールズ、マルコ、カリムへ伝達。会場内のどこにいるのか?それぞれの現在地を報告させる。


『チャールズ、騒がず速やかに国王陛下にお知らせしろ。お前が一番近い、できるな?身分証を身につけることを忘れるな。誰か、聖女様の居場所を教えて欲しい!』

【チャールズです。了解!】

【カリムです。聖女様はさっき舞台からいなくなったっきりです】

『いなくなった?殿下の治療は聖女様しか無理だ。何とか見つけてくれ』


ゴードンはアシュリーの着衣の乱れを直した後、他の控室が無人であることを確認。控室前の護衛騎士たちへ事情を説明し、部外者の立ち入りを控えるよう依頼した。


控室に戻ったゴードンは、ルークがレティシアを抱き締める瞬間を目撃して…目を丸くする。


「…ルーク?!…どさくさに紛れて何を…」

【マ、マルコです!聖女様が…ハァ…レティシアの下にサハラ様を向かわせたと…ハァ…そう皆に伝えるように言われました】

『何?サハラ様だと?!』

【…はい…サハラ様です…】

『…りょ…了解した…』

【カリムです。カインと補佐官殿を発見、どうしますか?】

『二人にも知らせておけ……ただし、ここへは来ないように伝えるんだ』

【了解】

【チャールズです!任務完了】

『ご苦労だった。全員待機、連絡を待て』



ゴードンが通信を終えると、室内にはアシュリーの喘ぐ息遣いしか聞こえなかった。










────────── next 109 異変3

ここまでお読み頂きまして、誠にありがとうございます!








    
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