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第8章
113 聖女宮3
しおりを挟む─ コツ…コツ…コツ… ─
ひっそりと静まり返る夜の聖女宮に、ヒール音が響く。サオリとレティシアは、アシュリーの休んでいる特別治療室へ向かう廊下を歩いていた。
等間隔に設置されたランプの灯りは、天井から広範囲を照らすには明るさが足りていないようで、幅広い廊下の端は薄暗い。
(聖女宮は神獣と精霊に護られていて、安全性は折り紙つきだって…エメリアさんが言っていたわよね)
「あら?」
歩いている途中、サオリが急に歩みを止める。レティシアも二歩余分に進んだところで足を止め、何事かと辺りを見回した。
「どうやら、先回りされてしまったようね」
「……え?」
「お待ちしておりました、聖女様。殿下が大変お世話になっております」
暗闇の中を通り抜け、音もなくスウッと現れたのはゴードン。胸に手を当てて、サオリへきっちりと頭を下げる。
「…っ…ゴードンさん?!」
「流石、元地下組織の方ね…静かだこと。あなたも大公のところへ行くつもりなら、一緒にどうかしら?」
(…ち…地下組織ぃ?!…)
「ありがとうございます。…先に…国王陛下がお待ちのご様子でございましたが…」
「えぇ。話が早くていいわね…治療室の外で、しばらくの間レティシアと待っていて貰いたいのだけれど?」
「承知いたしました」
「助かるわ。では…行きましょう」
真っ白な衣装をヒラヒラとなびかせて、サオリは再び歩き出した。
♢
「聖女殿」
治療室の前でサオリの到着を待ちわびていた国王クライスが、座っていた椅子から徐ろに立ち上がる。長い黒髪を下ろし、飾り気のない白いシャツを着た国王は、末弟レックスを心配する兄の顔をしていた。
ゴードンはレティシアの肩を支え、気配を消すようにして国王の視線の外へ静かに誘導する。
「国王陛下、大変お待たせをいたしました」
「いや…大事な祭事の最中にも拘らず、レイに“祈り”を捧げてくれたと聞いている。聖女殿には、心より感謝を申し上げたい」
「すぐに診ることができて、幸いでした」
「それで、様子はどうだろうか?アフィラムはレイが倒れる前に姿を見掛けたらしく、ひどく驚いている。一体何が起きたと言うのだ?」
家族思いの若き国王は、豪華な衣装を脱ぐと同時に大国の王たる威厳や豪胆さまで取り去ったように見えた。
「詳しいお話は、中に入っていたしましょう」
──────────
治療室の向かい側には、落ち着いた雰囲気の待合所が設けられている。ゴードンに促され、レティシアはフカフカのソファーに腰掛けた。
「髪が元に戻りましたね」
「はい、魔法って本当にすごいです。魔力のない凡人の私は、魔法の国で生きていくのが難しいと身に沁みました」
「…凡人…?」
「あの時、扉の鍵を開けてくださったのはゴードンさんですよね?…ありがとうございました」
「殿下は扉を施錠する魔法をいくつかお持ちですが、私は全て教えていただいています。今回のような不測の事態への備えですよ」
とはいえ、アシュリーが鍵をかけるのは私室のみ。秘密の会話なら防音魔法で十分、部屋に鍵を掛けてまで誰かと二人きりになるケースは過去に一度もなかった。
「…そうでしたか…」
「殿下は、魔力の有無で人の価値を決めたりはなさらない。たとえ凡人であったとしても、レティシアは殿下に必要とされている秘書官で…我々にとっては大切な仲間の一人です。しっかりと役目を果たしているのに、自分を卑下する必要はありません」
ゴードンは、熱い内容を淡々とした口調で語る。人当たりがソフトでありながら、冷静で切れ者な彼は従者sのリーダー。主人のためには手段を選ばず任務を遂行し、時に身内へも容赦なく厳しい目を向ける。
信頼を得てアシュリーの側にいても、レティシアの先行きには不透明な部分が多い。それでも“仲間”と認めて貰えたのだと理解して、頬が緩んだ。
「慰めてくださるんですね」
「…そういうわけでは…私は魔力を持つことで疎まれ、かつて悲惨な道を歩んだ人間ですから…」
「ゴードンさん…?」
「普通になりたいと、羨んだ時期もありました…皆、そんなものでしょう」
ゴードンの話は、中々に奥が深そうだった。
♢
パタパタと足音が聞こえて、ゴードンとレティシアは待合所の入口へ顔を向ける。駆け込んで来たのは、カインとパトリック。
「ゴードン、レティシアちゃん!」
「イグニス卿、アンダーソン卿」
「レティシアちゃん…レイが倒れて驚いただろう…大丈夫か?」
「私なら大丈夫です…ありがとうございます」
真剣な顔つきは、いつものおちゃらけたカインではない。長年アシュリーに仕え、幼馴染として過ごす中で同じ経験をして来た彼だからこそ、レティシアを心底気遣って掛けてくれた言葉だった。
「カイン、何か報告があって来たのか?」
「あぁ、ゴードン…団長のご指示で、会場内の映像をパトリックと一緒に確認して来たんだ。父上が言うには、話が終わった後、レイはすぐにレティシアちゃんを探しに行ったらしい」
「レティシアには私とルークがついていた。殿下は、迷わずバルコニーへ来られたはずだ」
「確かにそうだったな…映像の中のレイの姿を追ってみたが、不用意に近付いたり不審な動きをした者は周りにいなかった。レイと父上は個室にいて、女性が接触する隙はない…別れる直前まで変化は感じ取れなかったと聞いた」
「妹のフィオナも、殿下とは言葉を交わしただけだ。体調不良を起こした原因が、今のところ不明となっている」
「…女性に触れていない殿下が…なぜ高熱を…」
カインとパトリックの話を聞いたゴードンが眉根を寄せている横で、今までにない新たな異変がアシュリーに起きた可能性を否定できなくなったレティシアは…関わりを持った自分が原因ではないかと考え始める。
(…あぁ…どうしよう…)
アシュリーを癒すための行いが、回りまわって今日のような悪い結果を招いたのだとしたら?一時的なものか、取り返しのつかない深刻なものか、今何をすべきなのか、果たして自分にできることがあるのか…レティシアには分からない。心が締めつけられる息苦しさと胸のむかつきに、表情が歪んだ。
「………レティシアちゃん?」
「……う…っ……」
口元を押さえて手洗い場へ行こうと腰を上げた途端、頭が真っ白になった。
──────────
「…何をしている…」
よろめくレティシアを軽々と抱き上げたのは、神獣サハラ。
「……具合が悪いのか?」
「「「…サハラ様…!」」」
突然現れたサハラにギョッとしたカイン、パトリック、ゴードンの三人は、慌てて床へ跪く。神獣が聖女以外の女性を構う姿など、初めて目にする。
サハラは三人を一瞥した後、レティシアの蒼白い顔を眺め…不機嫌そうにため息をついた。
「ハァ…私やレイヴンの加護を持つというのに、か弱い娘だな」
「…サハラ様、この子がサオリの妹なのかい?」
サハラの後方から少々ハスキーな声を出したのは、濃い紫の髪をした、長身、スタイル抜群でお色気タップリの美しい淑女。
「レティシア・アリスという娘だ」
「…ふぅん…どれどれ…」
「…あ…あの…」
サハラの腕の中で、固まって身動きできなくなったレティシアの頬に…見知らぬ淑女が指先を伸ばす。
「おや…?…珍しい魂を持っている…」
「この娘に何かあれば、レイヴンに顔向けできんのだ」
「えぇ?…あのスカした大魔術師?…おかしなもんだ。ま、チョチョイと魔法をかけておこうか?」
(な、な、何が起きているの?)
大魔術師レイヴンを“スカした”と表現するこの淑女が何者か?皆目見当がつかない。困惑気味のレティシアの額を二回…軽く突っついた淑女は、不敵な笑みを浮かべた。
「小さな身体だ、こんなもんでどうだい」
「…え?…あっ…」
レティシアの冷えた手足に血が巡って、ポッと火が点いたように身体全体が温かくなり、胸の不快感も一瞬で消し飛んだ。
「アリス、よくなったか?」
「…はい、サハラ様。あの、ありがとうございます」
「いいんだよ。カワイイ声だねぇ……ん?んん?」
不意に、カインたちの蹲う姿に視線を向けた淑女が唸って首を傾げる。
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