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感謝祭

113 聖女宮3

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─ コツ…コツ…コツ… ─



もう夜遅い時間。
治療室へと向かう廊下の外側は暗く、ランプの灯りも広範囲を照らしていないため、ヒール音だけが響く静けさが怖いくらい。


(聖女宮は神獣と精霊に護られていて、安全性は折り紙つきだって…エメリアさんが言ってたよね)


二人で歩いている途中で、サオリがピタッと歩みを止める。


「あら?…早かったのね?」


(ん?…誰に話しかけて…)


レティシアはキョロキョロと辺りを見回す。


「お待ちしておりました、聖女様。殿下が大変お世話になっております」


スウッと…暗闇から現れたのは、胸に手を当て、サオリへ頭をきっちりと下げるゴードンだった。


「……あ、…ゴードンさん?!」

「流石、元地下組織の方ね…静かだこと。大公のところへ行くなら、一緒にどう?」


(…ち…地下組織ぃ?!…何ソレ…)


「はい。…国王陛下が、先にお待ちのようですが?」

「ふふふ…よくご存知ね。少しだけ、治療室の外でレティシアと待っていてくれると助かるのだけれど?」

「承知いたしました」

「では、よろしくね。…さ…行きましょう」



真っ白な衣装をヒラヒラさせて進むサオリの後を、レティシアとゴードンがついて歩く。



    ♢



「国王陛下、大変お待たせをいたしました」

「聖女殿」


サオリの到着を待ちわびていたのは、豪華な衣装を脱ぎ、飾り気のないシルクのような艶のあるシャツを着た国王クライス。
その不安気な表情は、末弟レックスを心配する兄の顔だった。


「レイに“癒しの祈り”を捧げてくれたことに、心から感謝をする。…それで、様子はどうなんだろうか?」


威厳や豪胆さをどこかへ置いてきたようで、先程までとは話し方も大きく異なっている。

彼の黄金色の瞳にはサオリしか映っておらず…ゴードンやレティシアには見向きもしない。
レティシアは、髪も服装もパーティーの時とは丸っきり変わってしまっているので、さもありなん。


「すぐに診ることができて幸いでした。詳しいお話は、中に入っていたしましょう」




──────────




治療室前に設けられた、オープンタイプの落ち着いた雰囲気の個室待合室で、ゴードンとレティシアはフカフカのソファーに腰かけて待つ。


「髪が戻りましたね」

「はい、魔法ってすごいなと思います。
私のような凡人は、魔法の国で生きていくのが難しいんだと身に沁みました…。扉の鍵を開けてくださったのは、ゴードンさんですよね?ありがとうございました」


ゴードンは、ショゲた様子で無意識に髪を摘んでイジるレティシアを横目に…『えぇ』と頷く。


「ルークは魔力がありません。開けたのは私です。
殿下は扉を施錠する魔法をいくつかお持ちですが、私は全て教えていただいているので開けることができます。今回のような、不測の事態への備えですよ」


アシュリーが鍵をかけるのは主に私室。
部屋を施錠してまで誰かと二人きりになるケースは過去に一度もなかった。秘密の会話なら、防音魔法で十分。


「レティシアは、凡人ではないと思いますが…?
たとえ凡人であったとしても、あなたは殿下が必要とする人で…大事な同僚の一人です」


淡々と語るゴードンの横顔を、レティシアはほんのちょっと意外な気持ちで見る。

ゴードンは人当たりがソフトで、いつもにこやか。
しかし、従者sのリーダーである彼の本来の姿は、主人のためなら手段を選ばず、時には身内を切り捨てることも厭わない切れ者だと…何となく…いや、かなり勝手に思い込んでいた。


(私のこと、役立たずのお荷物って思ってないのかな?)


この王国にレティシアの居場所はちゃんとある…ゴードンからそう言って貰えた気がして、うれしくなる。


「ふふっ、慰めてくださるんですね」


ゴードンは『そんなつもりはない』と、謙遜な態度。


「私は…魔力を持つことで疎まれ、かつて悲惨な道を歩んだ人間です。普通凡人になりたいと、強く思っていた時期もありましたから……皆、そんなものではないですか?」


思いの外、ゴードンの話は奥が深い。



    ♢



「ゴードン、レティシアちゃん!」


カインとパトリックの二人が、揃って小走りでやって来る。


「レティシアちゃん、レイが倒れて驚いただろう…大丈夫?」


今は、おちゃらけたカインではない。
アシュリーの幼馴染である彼だから…自分も経験しているからこそ分かる、真剣な意味合いの『大丈夫?』だった。


「ありがとうございます、イグニス卿。私なら大丈夫ですわ。
お側にいたのに、殿下の体調の変化を見過ごしてしまって…今は反省の気持ちしかありません」

「父上に聞いてみたが、レイは話をした後すぐにレティシアちゃんを探しに行ったらしい。父上とは個室にいたから、女性との接触はなかったよ。
会場内の映像も、パトリックと一緒に全て確認した。今のところ、体調不良になる原因が見当たらない…」


長年アシュリーに仕えるカインの話を聞いたレティシアは、やはり今までにない症状が出たのだと確信せざるを得なくなり“原因は自分だ”と考え始める。


「…レティシアちゃん…?」

「レティシア、顔色が悪い。無理をしているのでは?」


カインとパトリックが、しきりに心配する。


(あぁ…どうしよう)


アシュリーを癒すためにしてきたことが、回りまわって…今日のような悪い結果を招くのだとしたら?この先どうすればいいのか。

レティシアの頭の中で黒い妄想ばかりが膨み、止まらない。心が締めつけられる苦しさに表情が歪む。


「……う…っ……」


(…何だかムカムカする…)


レティシアは口元を押さえ、手洗い所へ行こうと立ち上がったところで頭が真っ白になり…フラついた。




「…何をしている…」


よろめくレティシアを軽々と抱き上げたのは、サハラ。


「具合が悪いのか?」


「「「…サハラ様…!」」」


カイン、パトリック、ゴードンは、パッと床に跪く。…と、同時に驚愕していた。
神獣サハラが、聖女サオリ以外の女性を抱き…構っている…その事実に。


「…あ…あれ、…サハラ様…?」


サハラは三人の男性を一瞥した後、レティシアの舌足らずな声に何やら不機嫌そう。


「ハァ…私やレイヴンの加護を持つというのに、何ともか弱い。困った娘だな」

「…サハラ様、この子がサオリの妹なのかい?」


サハラの後からやって来たのは、濃い紫の髪をしたお色気タップリで、長身、スタイル抜群の美しい淑女。


「レティシア・アリスという娘だ」

「…ふぅん…」


サハラの腕の中で、突然の事態に固まったまま身動きできないレティシア。その頬に…淑女が少し触れる。


「おや…?…珍しい魂を持っている子だね…」

「この娘に何かあれば、レイヴンに顔向けできんのだ」

「えぇ?…あのスカした大魔術師?…おかしなもんだ。ま、チョチョイと魔法をかけておこうか?」


(な、な、何が起きてるの?)


レティシアが目を白黒させるのが面白いのか、淑女はニヤリと笑みを浮かべて、レティシアの額を二回突っつく。


「…あっ…」


ポッと火が点いたように身体全体が暖かくなり、レティシアの冷えた手足に血が巡って、胸焼けも一瞬で消し飛んだ。


「アリス?…よくなったのか?」

「…はい、サハラ様。あの、ありがとう…ございます」

「いいんだよ。カワイイ声だねぇ」


(…このお方は、どちら様なのでしょう?…)


不意に…カインたちが蹲う姿を見た淑女は、首を傾げた。


「おや?…その、緑色の頭は…パトリックじゃないか」


名前を呼ばれて驚いたパトリックは、思わず顔を上げてしまう。


「私は、確かに…パトリック・アンダーソンでございますが…」


『誰?』と、パトリックの顔には書いてある。


「アハハッ!私だよ?…古の大魔女“スカイラ”さ」

「……え?………えーーーっ?!」




パトリックの口が、あそこまで大きく開くとは。


(もしかして…アゴが外れたんじゃ…?)










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