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感謝祭

112 聖女宮2

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ロザリーを公爵邸に帰した後、レティシアはソファーに座って紅茶を飲みながら部屋で待機していた。

頭の中は、反省とアシュリーを心配する気持ちでいっぱい。
エメリアが心を込めて淹れてくれた最高級茶葉の香りも味も…半減してしまうというもの。


(…早く殿下に会いたくて、どうにかなりそう…)


レティシアは自分の感情の浮き沈みに辟易しながら、両手で顔を覆い深く息を吸った。





─ …コン……コン… ─



部屋をノックする音。
この控え目な感じは、エメリアに違いない。


「はい、どうぞ」


扉を開けたのはエメリアで、顔を出したのはサオリ。


「レティシア」

「サオリさんっ!…あ、お姉様!」


レティシアは、弾かれたようにソファーから立ち上がる。

サオリは髪飾りや装飾品を外していたものの、衣装はまだ着たまま。
夜会を終え、急いでレティシアの部屋にやって来たのだと分かる。


「『サオリ』でよくってよ、お披露目は終えたもの。…無事なようね…よかったわ…」

「助けてくださって、本当にありがとうございました。サオリさんの聖魔法があったから…私…頑張れたんです!」

「ちょっとちょっと…何を頑張ってしまったの…?」


サオリは、魔法薬ポーションの効果が切れて短く戻ったレティシアの髪を撫でながら…ため息をついた。


「エメリアさんたちにも、大変ご迷惑をおかけしました」


レティシアはエメリアに頭を下げる。


「とんでもございません。私は、聖女様のご指示に従ったまでですので」

「エメリア、お陰で助かったわ。ありがとう。あなたも少し休みなさい。私が一緒にいるから、後は大丈夫よ」

「はい、聖女様。では…失礼をいたします」

「ありがとうございました、エメリアさん」


エメリアはニッコリと微笑んで、静かに扉の向こう側へと消えた。



    ♢



サオリに改めてお礼の言葉を述べた後、レティシアはアシュリーの体調の変化について詳しく話をする。
彼の治療をするサオリに今一番必要なのは“情報”だ。


レティシアは、今回の“体調不良”が…自分と毎日触れ合うことで現れた未知の症状ではないか?と、危惧の念を抱いていた。
そうであるならば、身体の変調はアシュリー本人すら気付くことなく…この一ヶ月…ジワジワと忍び寄って来ていたのかもしれない。

頭の温度が沸点に達したかのように理性が吹っ飛び、突然意識を失うなど正に異常事態…一体、彼に何が起こっていたのだろう。



「…会場にいた時から、おかしかったと言うのね?」

「はい、女性が側にいたせいかもしれませんが…魔力香がいつもとは違いました」

「…目が赤かった。それが…元に戻って、倒れた…」


聞いた話を整理するように…ブツブツと呟きながら思案していたサオリが、大きく目を見開く。

レティシアには、サオリがピン!と閃いた顔に見えた。


「そうです。…サオリさん…どうかしました…?」

「あ、ううん。…その…エメリアから、かなり乱れた様子だったと聞いて心配していたわ」


ドレスに施した聖魔法により、何か・・が起きたと感じたサオリは、サハラにレティシアの救出を頼んだ…はずだった。
しかし、サハラが連れ帰ったのは、高熱で苦しむアシュリー。

レティシアについては『無事である』と言うに留まり…気が気ではなかったサオリは、会場にいたエメリアを急ぎ向かわせたのだ。


「ご心配をおかけして、申し訳ありません」

「やっぱり、大公と…何か・・…あったのよね…?」

「…突然、ベッドに押し倒されてしまって…」

「…………」

「強引にキスを…でも、それだけです」

「…キス…」


サオリは、レティシアの表情を確かめるように見つめながら…繰り返す。

男女の交わりの導入部が、どこかしらに触れるキスであることは疑いようもない。ただ、その先…一線は超えていないという話。
同様の報告を、エメリアを通じて一応受けてはいた。

レティシアにはレイヴンの与えた加護と魔術がある…表面上の傷がないのは当然で、話を鵜呑みにはできない。

どんなキスをしたらドレスが破れるのか?
抵抗して暴れたのか?
キス以上のことが、実はあったのか?

レティシアの説明は全く足りていないが、襲われた彼女にそこを事細かに聞くことは…たとえサオリでも憚られる。


「えっと…ちょっと?濃いめのキスです。誓って申し上げますが、殿下はそれ以上…手を出しておられません」


サオリの頭の中に疑問符が飛び交っていることは、レティシアにも見て取れた。



    ♢



“乱れた様子”とは、ドレスや髪を直して貰う前の姿だ。

そうなった原因の大元は、正気を失ったアシュリーがレティシアを控室へ連れ込んで、扉に魔法をかけ…襲ったことで間違いはない。

しかし…アシュリーは口付けが性急ではあったものの、ドレスを脱がせたり、レティシアの身体を弄って傷付ける行為まで突き進むことはなかった。


(…高熱で、倒れてしまったものね…)


バンド部分ホルターネックの留め金の破壊も、故意ではないと思われる。
レティシアが蹂躙されたのは口の中のみ。だから、唇がちょっと痺れたのは彼の責任…。


よくよく考えてみると…ドレスを裂き、髪を乱して、さらに指まで傷つけたのは、レティシア自身の仕業。

そう…全てアシュリーが意識を失った後の出来事。


(…あれ?…私、殿下にかなり激しく襲われたように見えていたのでは?…いや、見えたよね)


今さら何を言っても、最早手遅れだと…察した。



    ♢



「分かったわ。でもね、今は気が張っているけれど…後から気落ちすることもあるの。何かあれば必ず言ってね?」

「はい…ありがとうございます。
あの、サオリさん…殿下のご容態はどうなのでしょう?」

「倒れた状況は今までとは全然違ったようだけれど、一見…いつもの体調不良と何ら変わりはなかったわ。
普通なら一度治療すれば熱は下がってくるはず、目覚めるかどうかは身体へのダメージ次第ね。
何年か前の時には、私のところへ運ばれるまで時間がかかって…二日間くらい意識が戻らなかったのよ。今回はすぐに治療ができたから、その点は安心できる」


サオリが手早く治療をしてくれて本当によかったと、レティシアはホッと息をつく。


「大公は大丈夫よ。でも…今の話を聞いて、少し観点が変わったかも。もう一度よく診ておくわ」

「はい、お願いいたします」

「レティシアは魔法が使えないし…まぁ、襲って来る大公に魔法で勝ち目はないけど…いえ、とにかく…あなた自身が大変な状況だったというのに、よく彼のことまで見ていてくれたわ。
私は、頑張った…立派な妹がとても誇らしくってよ」


サオリはレティシアを抱き締めて、頭を“ナデナデ”する。聖女サオリに抱かれ…自然とレティシアの心は穏やかになっていく。


「少しでも、治療のお役に立てばうれしいです。…後…」

「…後…?…なぁに?」

「…殿下に…会いたくて…堪らないんです、私」


レティシアの言葉を聞いたサオリは、今まで彼女から一ミリも?感じることのなかった甘さ・・を敏感に察知。

“猛獣”と化したアシュリーの行動が、まさか…レティシアの心境に変化をもたらしたのか?
ブワッと感動が込み上げ、サオリは一瞬返答に詰まった。


「………あ、…そっ、そうなのね……心配?」


コクリと頷くレティシアが…カワイイ。

やはり、レティシア本人に自覚がないだけで、すでにアシュリーを全面的に受け入れている。
そもそも、彼女がアシュリーとのキスを本気で嫌がったのなら…雷撃・・が落ちているはずなのだから。


「この時間であれば面会は可能よ。ただ、国王陛下を待たせているから…その後になるけど。まぁ、そのほうが…ゆっくり大公の側にいれていいわよね。ふふっ」

「国王陛下が………え?…国王陛下?待ってる…えっ?!」

「それはいいのよ、家族が大事なのはお互い様。
あなたは私の大切な妹、そっちが心配で当たり前でしょう?大公は、一度ちゃんと治療をしたもの」




レティシアの顔がくしゃりと歪む。


この人サオリは…“涙腺を緩ませる天才”だと…レティシアは思った。









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